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第二百七話

 

 ピースが嵌った。

 改めて思い返してみても、私の《結界》は少しばかりおかしい。

 視覚や聴覚、嗅覚まで阻害できる隠密性、物理も魔法も問わずに弾ける頑強な防御能力、まだ使ったことはないが、魔物を近寄らせないように遠ざけることもできる。南大陸では触れた魔法や魔力を属性問わずに分解して、無害なそれを散らすことすらできるようになった。

 私の愛しい女神様の本領、本質といった部分だけあって、《浄化》よりもより優れているんだろう。──そんな認識でいたのだが。

 はっきり分かった。今ようやく理解した。真の技法に至っていたか否か、差はここにあったわけだ。


 パッと浄化と耳にして、何をイメージするだろうか。

 汚染の対義語。汚いものを綺麗にする。霊を祓う、あるいは鎮める。

 ピュリフィケイションだ。これも確かに浄化で、私はこちらのイメージを強く持っていた。仕方ないと思う。最初にギースに受けた説明でも、霊や瘴気を祓うとか、質の良い魔石を生み出すとか──。

(──齟齬を決定付けたのは浄化品か。何が『浄化』品だ……紛らわしい『名前』付けやがって、どこのどいつだ。全くもうっ)

 他に色々あっただろうに。魔宝石とかどうだろう。いかにもそれっぽい名前じゃないか。

 エステで身体を綺麗にできたり下の処理ができたり、そういったおまけに早々に気づいたのも思い違いに拍車をかけたわけだ。

 私の名もなき女神様は、盾とこういった浄化の力で仕方なく敵対神と戦った結果……負けて、死を偽装して、あの泉の底に引きこもっていたのではないかと。そう思っていたのだが……。


 固定観念だ。まるで違った。あの人の浄化は、パージ(Purge)だ。

 もっと『法術』的な、粛清とか、裁きとか、天罰という面が色濃い。比べてみると明白ではある。魔物を無理やり収縮させて魔石の質を上げるなんて、清らかな女神の行う所業ではない。少なくとも清廉なイメージからは程遠い。

 あの人はきっとゴリゴリの脳筋系で……浄化の(つるぎ)を携えて、自分からノリノリで北大陸に乗り込んで、なんやかんやあって敗北した末に、あの地下に隠れていたのだろう。雌伏して時至る(タイミング)を、後継者の召喚に成功するその時を待っていた。何もかもを失うことになっても。

(ノリノリで乗り込んで、北大陸で敗北したってのは、洒落のつもりなんですかね)

 そもそもがあれだ、意思疎通に任せっぱなしにしていた私の横着が招いた結果だな。

 言葉と本質の間に生じていた齟齬が、深く根付いてしまっていた。


 私の《結界》も《浄化》も、それ単体ではただの……火とか氷といった根源の属性と変わらない。故に特に工夫することなく打撃や近当てに乗ったりするわけだ。これまでやっていたことは燃える剣と同じ。浄化で燃やして十手で斬っていた。これは、言うなればただの技術だったのだろう。

 最初にリューンと出会った頃、北の王都の宿で簡単な仕組みの暖房魔導具を使っていた彼女に尋ねたことがある。これは何が熱を発しているの? みたいなことを。

 彼女は何と答えたか。浄化赤石から火の魔力を少しずつ取り出して、熱を散らしてるだけだと言ったはず。

 魔石の魔力を木の板で熱に変換するように指示しているだけだと。

 熱の発生源は魔石ではなく、魔力の方だと。


 私が女神様に怒られたのは──あまり認めたくはないのだが──過去の私は、魔導具に例えれば、魔石をそのまま投げつけていたのだ。

 そりゃ怒る。魔力を引き出しも変換もせず、魔石を、水の入ったコップごと投げつけて、これが浄化だ! などとほざいていたわけだ。そりゃ怒る。私でも怒る。

 浄化橙石は他の魔石に比べて重い。浄化真石は透明に透き通っている。魔石にだって個性がある。私の神力は、ただ投げつけてぶつけるだけでも、きっと浄化の力が若干働いた。ふわふわが私の護りについていてくれたのも、魔石から残滓が漏れ出ていたに過ぎない。

(そりゃ……怒るよなぁ。ごめんなさい女神様……)

 コップごと投げつけるわ、護衛のふわふわを遠くに延ばして魔物をタッチしてくるわ、早々に死亡するわ……。


 さて、魔導具の例えを続ければ……《結界》や《浄化》は神力と言う名の魔石から引き出された魔力だ。《結界》の魔力。《浄化》の魔力。引き出せば、暖房と同じように熱を持つ。

 今までの私の《浄化》がこれだ。魔力を纏って殴っていた。熱によって魔物が浄化された。だが《結界》は生えた段階で既に一つ先へと進んでいたわけだ。十中八九……魔法術式との併用によって。

(技法と言うくらいだ、技術なんだろう。浄化パンチよりは上の)

 私が《浄化》を十手に纏ってぶん殴っていたのはただの技術。技法は……真の技法が……これだ。

 足下の石ころを摘み、放り投げて、浄化術式に魔力を込め、《浄化》を重ねて十手で突く。パーン! と甲高い音を立てて破裂する。

 いつだったか、確かリューンと出会う前のはず。北の王都の魔導具屋で、試着した売り物の小手を破壊した、女神様の御業。仕業でもいい。

 コップに入ったガソリンを、最も効率よく燃焼させることができる技法。ようやく至った。本質へと。本領へと。


 私に刻まれている浄化の魔法術式は、単に魔物を魔石にしたり、瘴気を祓ったりするだけの代物だ。別に浄化の神の特性を引き出すとか、そういった特異なものではない。

 浄化術式の『魔石を生成する』とか、『瘴気を祓う』とか、そういった効能の面ではなく、単に《浄化》の力と適合する術式の『蓄える』、『纏う』といった性質に同調し、素顔をのぞかせたに過ぎない。

 浄化ビームがオミットされていなければ、私は遠当てモドキを使えるようになっていた反面、あの近当てモドキの威力はかなり落ちていたんだと思う。

 《結界》も最初は足場魔法をベースにして魔改造をしていた記憶がある。細かくいじれるのは、きっと設定項目の多い足場魔法の特性故なのだと思う。

「さて……さてさて。と言うことは……ですよ」

 《探査》、《転移》、《次元箱》……箱はちと怪しいけれど、前二つは……もしかしたら、同じことができるのではないだろうか。

 私が得手不得手ない魔力特性をしているのは、ここまで考えた上でのことだったんだろう。たぶん。

(私が結界師に向いてないとか言ったのは、フロンだったかリューンだったか……。取っ掛かりさえなんとかなれば、効力その物は適当でもよかったんだな、きっと)

 過去のルナで、あれは……いつ頃の話だっただろうか。


 考察と検証を進めたい。進めたいが……いい加減帰らないと不味い。今は先にやらなければならないことがある。お家が待っている。皆が待っている。

 お家そっちのけでいつまでも宿暮らしをしているわけにはいかない。優先順位を考えなくては。まずお家、次にお風呂だ。

 さっさと役目を果たしてこよう。浄化橙石を集めて帰ろう。検証は逃げない。あとでいい。


 アイオナと比較すると、ルナは一つの階層に湧いてくる魔物の数が少ない。ここの奥の方は知らないが、既知の階層は死竜や赤いドラゴンのようなボスっぽい奴らを除けば、どこもかしこも最大でも六十匹程度しかいない。

(はた迷惑な爆発キノコは五百弱……四百五十匹くらいいたけれど、あれはあの階層だけの例外……なのかな)

 三つか四つの階層で土石をかき集めても二百前後。大した数にはならないわけで。

「隣の芝は本当に青いね……いい迷宮だったんだなぁ、アイオナは」

 うちの子達がリューンと倒していた鬼火は、確か百三十匹程度いたはず。そこから先、土石の階層は十階層近くあったはず。

 となると、片道千三百個程度の浄化橙石をかき集められかもしれないわけで。

「無理してでも一、二往復しておけばよかった……はぁ、何で私はいつもこう……」

 頭がパンクしそうだ。とりあえずさっさと仕事を終えて……四十階層分走って帰らなきゃいけない。気が滅入る。その前にお風呂行かなきゃ……はぁ。

 いやいや、溜息をつくことではない。収穫はあった。とても、とてもとても大きい収穫が。この行程もいずれ省略できるかもしれない。

 多少汚物に塗れてそれが体内に入った程度、なんだというのだ。笑い飛ばしてしまえばいい。それだけの価値ある発見だ。


 強がっていても、ぐちゃぐちゃでびしょびしょなことには変わりない。浄化橙石のみを回収するに止め、風石ゾーンはスルーして引き返した。

 とりあえず帰りがけ、ほぼ全ての階層で瘴気持ちの姿を確認することはできた。

 あの近当てモドキで神力が漏れ出ている感じは微塵もしていないが、一応気を配って置く必要がある。

 すぐさま反映されるものとも思えないし、この点はしばらくの間、注意しておかないと。



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― 新着の感想 ―
[一言] ようやくここで女神さまの性質が見えてきて、わくわくが増してきました。 なかなかこの辺りの説明を理解するのに1度読んだだけでは分からなくて、何度か数話前から読み直したりしてようやくちょっと…
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