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第二百六話

 

 セント・ルナは水の都。地球のそういう都市でも自動車が進入禁止だったりしたような記憶がある。ここもきっと似たようなもので、ゴンドラのようなものからモーターボートや遊覧船のようなものまで、とにかく多種多様な船が使われている反面、馬車の類は禁じられていて一切存在しない。

 かつては領主や貴族といった立場が存在して、そういった人達は特権として持つことを許されていたとか、そんなことを道中商業ギルドのおっさんが説明してくれる。

 歩かせているのには理由があるとかいう弁明だろうか。あるいはそういう振る舞いをしないで欲しいと言外に伝えられているのか、それは分からないけれど。

 お家の選定は三人に任せてしまうことにした。私はお風呂が立派で鍛冶場に使える部屋があって、後はまぁ乾燥部屋が欲しいとか精々その程度の希望しかない。

 正直あまり興味がないので、興味がある組に選んでもらうのが良いだろう。私は財布。私は空気。


 立地が良く、塀が高く、門が立派で、庭が広く、大きな洋館が鎮座する。巡ったお屋敷はおおよそこの辺りが共通していたものの、とりあえず立地に大きな違いがある。

 繁華街から程近い屋敷が二軒、そして港のそば、森の中、高台の丘にそれぞれ一軒ずつ。

 森の中はハイエルフが揃って嫌がり、丘の上のお家は実家を思い出すとリリウムが難色を示した。繁華街から近い屋敷は敷地も広いし建物も立派、外見こそ派手だが、中は率直に言えばボロく、二軒とも揃って水回りに難がある。毎日外の井戸からだだっ広いお風呂まで水を運ぶのは流石に辛すぎる。これらは私が嫌だ。

 残された港から程近い家は……敷地面積も建物の大きさも部屋数も五軒の中で一番慎ましやかだが、建物の造りそのものはしっかりとしているし、割と築年数も浅いようだ。水の便も水質も優。近隣に他の住民がいなく、その上で飲食店街に通えない距離でもない。ただ港のそばではあるが、内陸にかなり入っている上に水路も遠いので、造船ドッグを兼ねるのは無理そうなのがもったいない。

 他にあえて難点を挙げるとすれば、巨人種が暮らすには狭すぎる、(ひと)種向けの物件であるということだろうか。

「ここにする?」

 私の希望は全て満たしている。市場が近いのもグッドだ。

「いいと思う! 良いお家だよ」

 森の中を嫌がった自称ハイエルフのリューンからも合格認定された。フロンとリリウムも何やら思案顔で頷いているが、懸念があるという雰囲気ではない。

 おっさんも頷いている。何を納得しているのかは分からないが、まぁいい。

「では、ここを頂きましょう。支払いをします」

「ありがとうございます──」

 ギルドへ戻ろうと言ったつもりだったんだけど、こんなこともあろうかと! おっさんは、契約書やら印鑑やら、その辺を全て持参してきていた。机も椅子も魔法袋から出てくる。商人だな。

 リューンとフロンに契約書の中身を確認してもらい──私もきちんと目を通したけれど──問題ないとのことで、この場で契約書にサインした。

 後は大金貨の束を積んで、書類と鍵束を受け取ればおしまいだ。

「ご成約ありがとうございます。何かご入用の際には、是非当ギルドまで──」

 一日歩きづめだったにも拘わらず、おっさんは颯爽と一人で去っていった。お偉いさんには見えないな……。不用心だとは思うが、もしかしたら元冒険者なのかな。とりあえず私達は彼の護衛ではない。ばいばい。

 金属の原石が欲しかったけれど、あまりギルドとは関わりたくない。そっち方面の依頼が来たら面倒くさいし、自分で探そう。石だけあっても炉がないことにはなにもできないわけだし。

 その前にまずは掃除して家具と魔導具を揃えて……久し振りだな、懐かしいぞこれは。


「とりあえず中の掃除は私が何とかするよ」

 もう夕暮れが近い。宿に戻って晩御飯と行きたいところではあるが、お外ではできない話もある。買ったばかりのお家のエントランスにて当面の行動計画を立てる。

 大掃除ともなれば人を雇ったり、せめてうちの子達に手伝ってもらいたい──ところであろうが、私に限っては無用だ。全部浄化で綺麗にできる。そこから先の話だ。

「結界石が必要になるが、橙石はもうないのだったな?」

 害虫害獣の類を弾く結界石。立派なお屋敷とはいえ、窓が多く気密性はそこそこといった程度なので、これは必須だ。部屋数も多いのでかなりの量が必要になる。

「少し残ってるけど足りてない。朝一で取ってくるよ。お願いしていいかな?」

 フロンに転移で運んで貰えれば、かなり時間を短縮できる。ついでに浄化の魔法術式の検証もしたいので、片道だけでいい。

「請け負おう。後は──家具か。とりあえず……姉さんのために風呂だな」

 そう、お風呂。お風呂だ! マッハで掃除を終えてボイラーを買ってきて、お家風呂を堪能するんだ! 炉の設置はその後でいい。埃や粘土に塗れて公衆浴場まで歩くなんて辛すぎる。思えば、ここからは結構距離があるな……。

「じゃあ、それは私が担当するよ。前にも行ったことあるし、場所は分かる」

 ここのお風呂は薪ではない。ギースから貰った家と同様に魔導具で沸かす。過去にリューンと二人で魔導具屋に出向いた経験がここで活きる。リューンにお願いすれば間違いはない。

「ねぇねぇフロン、わたくしは?」

「お前は……リューンの荷物持ちでもしてやれ」

「荷物持ちならわたくし、サクラの方がいいです」

 可愛いことを言ってくれる。私はいつでもウェルカムだが、連れて行くなんて口にしたらあのエルフに角が生えてしまう。

「サクラに荷物持ちが要るわけないでしょ……。はぁ、昔はあんなに慕ってくれていたのに……」

「若気の至りでしたね。そもそもそれは最初の一年程度の話ではありませんか」

「あー! またそういうことを言う! 可愛くない可愛くない可愛くない!」

 屋内では暴れないで欲しい。住む前に壊れちゃう。

 可愛げがなくなったのはリューンの態度にも原因があるんじゃないかと思わないでもないが、ややこしくなるので口に出したりはしないのだ。

 二人共可愛いよ。


 とりあえず今しばらくは住むことができない。浄化橙石をかき集めて、結界石を量産して、お家の中を清掃して、石を配置して……少なくともここまでは済ませないといけない。

 その後お風呂を使えるようにして、炉を設置して、家具を揃えて……カーテンはどうしよう。買い直したいけど……その辺も買い出しついでに仲良く喧嘩してる二人に任せてしまおう。

 翌朝いつものようにエルフをベリベリと引き剥がして、リリウムに鍵とお金を預け、宿を出てからフロンに奥まった階層にある不人気な土石の産地まで転移してもらう。そのまま適当に《浄化》のみで橙石を二十個ばかし確保して、放り込んだ布袋ごとフロンに預け、ひとまずはそのまま帰ってもらった。

 リューンとリリウムは買い出しを、フロンには結界石を作ってもらって、私は魔石を集めながら浄化の魔法術式の検証を行う。ついでに減りに減った他の魔石も補充して、徒歩で帰る予定だ。


 アイオナでは五十三層に出てくるハエトリグサっぽい魔物は、ルナでは比較的浅い北西の四十一層に出没する。

 この辺りはハエトリグサから始まり、その次の次の層辺りまで土石の、その後に風石のゾーンが続き、四十八層に幽霊大鬼、その先に水色ゴーレムといった分布。五十層も水棲生物で水石が取れたはずなのだが、何が出てきたか失念してしまった。まぁ、あまり大した相手ではない。

 この辺りは真っ直ぐ奥に進むしかなく、その先が死層とあって本当に不人気なので、殲滅して進んでも誰も困らない。

(さて、サクサク行こう。浄化の魔法術式は……っと──)

 普通の浄化魔法というものは、ようは浄化ビームの魔法だ。

 杖に浄化の力を蓄えて、それをこう……えいっ、ってするわけだ。すると浄化がビビビーっと飛んでいって、接触した霊体や瘴気を祓える。前者は浄化真石になるかもしれない。なったら美味しい。分かりやすい魔法だと思う。

 ただ私が浄化ビームを扱っている姿を、使いこなしている姿を、リューンもフロンも全く想像できなかったらしく、この機能はオミットされてしまっている。

 なのでこの術式を使うには、拳や杖や──十手といった物に、浄化の力を蓄えて、えいっ、っと相手をぶん殴らなければいけない。

 この蓄えて飛ばす工程でかなりのロスが発生するとかで、むしろ威力は上がっていると熱弁されたが……それはそれとして。

 その効果の程を試してみたところ。三匹目のハエトリグサが弾け飛んだ。


 臭いヨダレを垂れ流しながら捕食にかかってきた一匹目を、腕力と浄化の術式のみで普通に何度か叩いていると、それなりの時間が経った後に動きを止め、徐々に姿が薄れ始め、若干小ぶりで質の悪い浄化橙石を残して消えた。生成のプロセスは少し違うが、術式は正常に……機能していると思う。

 継続して二匹目に取り掛かったが、こいつは何も残さずに、スーッと消えてしまった。ミステリーだと思うが、普通の浄化は失敗することがあるということは知識として知っている。これは別におかしなことではない。ここまではまだよかった。


 続けて襲いかかってきた三匹目の本体を、浄化の術式と《浄化》を十手に込めて腕力のみで横薙ぎにぶん殴ってみたところ、バーン! というよりもパーン! に近い、大きな音を立てて破裂──したのだと思う。とりあえずひたすらに臭いヨダレや体液、そしてハエトリグサの葉肉や何やらの破片が降ってきてパニックに陥った。

(ぎゃああああ!! くさいにがいくさい! 浄化浄化浄化──)

 《結界》も張らず、息も止めずに適当に十手を振るったことで、口の中はおろか肺や胃まで汚された。のた打ち回りたいが、そんなことをしている場合じゃない! 次元箱から水樽も取り出し、頭からかぶる。場所を変えて身体を浄化して、また水をかぶる。口もゆすぐ。

(うわぁ、最悪……何が起きた。破裂した? にがぁぃ……毒じゃないよねこれ、口にしていい物じゃないだろうけど。後でソフィアに治癒かけてもらおう……何で爆発して……爆弾キノコじゃあるまいし、何だ、爆発……破裂……破裂──?)

 破裂──破裂。なんだ、破裂した……? 知ってる気がする。破裂……バーンって……パーンって……。

 ふと、脳裏に二つの情景、一つの言葉が浮かぶ。


 《──貴方のあれは浄化でも索敵でも身体強化でもありません。まずは神格を育てなさい。そして──》


 《真の技法に至りなさい》



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