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第二百五話

 

 役所で家屋購入の流れの説明を受け、その日の活動は中止することにした。作戦変更だ。

 お風呂の前にまずはご飯。お昼も過ぎているし、夕方からはゆっくりしたい。鳴ってもらっても困るし、まずはお腹を満たす。

「参ったね」

「参ったは参ったけど……いいじゃない、買っちゃえば」

「簡単に言うねぇ……」

 ほっぺをぷにぷにしたいが食事中だ、そうもいかない。散々私の金銭感覚をうるさく言っていたエルフだが、こいつも随分とその辺おおらかになってきた気がする。冗談で言っているのか、諦めたんだろう。

 家の一軒や二軒パパっと買ってしまえばいいと思っていたが、セント・ルナは冒険者の楽園だ。豪商や他所の貴族がでかい顔できない仕組みが整っていた。ありがたいのか迷惑なのかちょっと判断に困る。


 ようは、冒険者の階級に応じて購入できる土地や建物に制限がある。

 戸建ての場合、利便性の良い広い土地は階級が高くないと買うことができない。そこに建てられる建物の大きさにもこれまた制限がかかる。

 私が過去にギースから貰った家──と言うよりも土地の方──も、本来は二級冒険者でないと住むことができない場所だった。

 役所に名義変更の届け出を出していたので、あのまま何も知らずに住み続けていたら、冒険者の活動を行う気が皆無だった当時の私は、数年後にあそこを階級不足を理由に売却する羽目になっていただろう。何やら監査が入るらしい。説明を受けた記憶は……ないと思う。確か。おそらく。

(あー……あの時はこれが背中で寝てたのか……)

 そして、いわゆる一等地に住むにはそれなりの階級が必要だ。それだけならいいのだが、ここでは冒険者は階級に応じた……身分相応の住居へ住むことが推奨されている。

 私の名義で買ってしまうと、ちょっとしたお城か豪邸みたいなエグい土地や建物が必要になってしまう。それに、一級冒険者は私が思っていた以上にレアキャラだ。なにせ世界に数人しかいない。ならばいっそ、ついでに私の存在は秘匿しておいた方がいいのではないだろうかと思い至った。

 北大陸の王都でも、南大陸の帝都でも、何かと面倒事を押し付けられた。もう勘弁して欲しい。


 そこでリリウムだ。大事な大事な可愛い使徒の出番だ。

 私とて僻地のボロ小屋に住みたいわけではない。無駄にだだっ広い、使用人を雇わなければ維持ができないような豪邸を買わされるのは困るというだけの話。ならば、リリウムの名義で相応の家屋を買ってしまえば問題は解決する。

 リューンは四級、フロンも現在はうちの子達と同じ五級だ。このレベルで買える家は、正直程度があまりよろしくない。

 二級冒険者は割りと数がいる。そこから一級に至るにはそれなりの難度の依頼をこなし続けねばならないらしいので、多くは途中で諦めるか息絶える。リリウムなら特に都会では言うほど目立たない。

 贅沢を言えば三級程度のお家でいいんだけど……残念ながら現在我々の中に三級はいない。

 お家を買うには本人が出向いて契約する必要がある。私はリリウムのお付きをこなせばいい。ちょうど南からかっぱらってきた相応しい服もある。


 ゆっくりお風呂に入ってちょっとお高めな宿に二人で泊まって、翌日エルフにちょっとだけ配慮して、お昼前から活動を再開した。

 隣のエルフは私以上にぴっかぴかでご機嫌だ。後光が差している。これが昼食後には、お肉の脂でてっかてかになるわけだ。儚いね。

 探査でリリウムの居場所を探ったところ、普通に全員宿にいるようだ。ちょうど良かった。


「──と言うわけでね、リリウムの名義で家を買って欲しいんだ。付き合ってくれないかな?」

 科を作って可愛くお願いすれば、リリウムもイチコロ──。

「お話は理解しましたが……買ってしまえば良いではありませんか、一等地を。わたくしもいずれは一級になるのですよ? 二度手間になりますわ」

 ──にはならなかった。私が弱いのかリリウムが強いのか。ここだけは二つ返事で頷いて欲しかった。リューンみたいなことを言わないで欲しい。

「理由は色々あるけれど、とりあえず今は持ち合わせがないんだよ。私だって常に大金持ち歩いているわけじゃないんだから」

「現金はどの程度あるのですか?」

「三億弱。二億と八千万くらい」

 以前は迷宮産魔導具を購入するという目的のためにひたすらお金をかき集めていたけれど、今はその目的がなくなった上に次元箱の容量がへっぽこだった為、手元に大金を置かなくなっている。大金貨はとにかく場所を取る、キャッシュレス社会が恋しいね。

「それだけあれば、二級の邸宅くらいでしたら余裕で一括で買えますわね。うーん……」

 何を悩むことがあるんだろう。というか三億ぽっちで買えるのか。詳しいな。

「昔少し調べてみたことがある……というだけですわ。若気の至りです」

 いずれは自分も大豪邸に、みたいな感じだろうか。微笑ましいエピソードだが、私とてここに永住するというわけではないんだ。お城なんていらない。

「大きなお屋敷を買ったところで維持するのが大変じゃない。使用人とか雇いたくないし、私は静かに穏やかに暮らしたいんだよ。ねっ、お願い?」

 私は攻めに攻めてここまで生きてきたんだ。霊鎧を、幽霊大鬼を、死神や死竜、魔食獣だって攻めの姿勢を崩さずに突破してきた。受けより攻めだ。リリウムだって倒してみせる!


 リリウムは仲間を呼んだ! フロンが現れた!

「私も正直賛同しかねる。二級と一級の扱いに絶大な開きがあることは知っているだろう? 平穏を望むなら、それこそ姉さんが表に出るべきではないだろうか。ルナは冒険者無くして成り立たん。特に役人の類は骨の髄まで染み渡っているだろう──最高位冒険者の恐ろしさはな。帝都のように面倒事を持ち掛けられることはないと思うがね」

 四面楚歌だ。リューンもリリウムも、フロンまでもが敵に回った。どうしよう、わんこは役に立たない。ミッター君を巻き込むのは可哀想だし……。

「そうだとしても……ほら、お金! お金足りないでしょ? 私はほら、刃物も魔石も極力売り物にしたくないんだよ、忙しくなるのも困るし、目立つから。先立つモノがなければ家も買え──」

「いえ、買えるかと。一級用の敷地や邸宅はかなり価格が抑えられているようですよ。優遇されていることもありますが、そもそも買い手がおりませんから」

 ああぁぁもおおぉぉ……。もおぉぉ! もおぉぉ!!

 一部の土地は公園のような扱いになっているようだが、すぐにでも家を建てられるように維持されているんだとか。一種の観光名所のようになっているお屋敷はいくつもあるらしい。詳しいね! 流石だね!

 ほら言ったじゃない、みたいな顔をしてるリューンは何なんだ。もしかして知ってたのか。またいつものように、聞かれなかったから言わなかったのか。

「知らなかったけど……こうなるような気はしてたんだよ」

 ……さようでございますか。


「家を一軒貰いにきました」

 もう自棄だ。傍若無人モード解禁だ。昨日訪れたばかりの商業ギルドにきれいめの私服に着替え、まるで効果のない見てくれだけのアクセサリーを身に着けて宿から直行し、言われる前にギルド証を受付に叩きつける。

 歓待された。昨日まで乗っていたお船程ではないけれど、豪勢な応接室へ案内され、北の冒険者ギルドのおっさんと似たデザインの、礼服を着込んだ笑顔の自称責任者のおっさんに対応されて、この度は当店をご利用頂き誠にありがとうございますされている。店じゃないけど。

 笑顔が胡散臭いが、商売人とは得てしてこういうものだ。気にしないでおこう。

「ここは面倒な島ですね。仮宿の予定でした。小さな家で構わないのですが、認められていないのでしょう?」

 ソファーにふんぞり返り、手足を組み、不服だ、そっちの都合で大きなお屋敷を買わされるんだ。という面を強くアピールしていく。我ながら嫌な客だと思う。しかも大した意味はない。

「仰る通りです。ご不便をおかけしてしまい申し訳ございません」

「しばらく滞在します。候補を出しなさい」

 こういうのはリリウムにやらせたら似合いそうなのに。やっぱり連れてくればよかったか。私は執事役で後ろに控えていたかった。

「はい。少々お待ち下さいませ──」

 リューンが隣でぽかんとしている。気にしないで欲しい。


 色々と制約はあった。

 安く買えるのは最初の一軒目のみ。同級の冒険者にしか譲渡ができない。ルナを長く離れる場合は前もって届けを出しておかないと、一定年数の経過で所有権が失われる。などなど。

 まぁ、安く高価なお屋敷を買い占められては困るのは当然。同居はともかく、それをポンポンと譲られては困るのも当然。何のための制限なのかという話になる。所有権の失効も危険な稼業だ、当然のことだろう。

 五軒あったお屋敷の候補の間取図と価格、それらを書面で確認した後に、日を改めて実際に見に行ってみることにした。

 仕方がないことではあるのだが、おっさん同伴になる。間取図を見てその場で決めてしまおうとしたところ、リューンに大反対された。おっさんの前で超怒られた。台無しだ。

「明日家を見に行ってくるけど、二人も来る?」

 というわけで、そこまで話を進めて一度宿へと戻ることになる。一緒に住むのだから、フロンやリリウムの意見も聞こう。

 うちの子達は不在にしている。迷宮にでも行ったか、あるいは日用品を揃えに出たか、単に町中に遊びに行っているだけかもしれない。

 彼らのことも考えないといけないけれど……もう少し待って欲しい。今はちょっと忙しない。世話しないわけではない。

 私としては、お風呂さえしっかりしていれば割りと何でもいい感はある。あと鍛冶場。

「そうだな、せっかくだし同行しよう」

「わたくしも興味があります。──どうでした?」

「余裕で一括でいけたよ」

 ほら見たことですか! みたいな顔をするのは止めて欲しい。

 多少価格に差はついていたけれど、五軒とも込み込みできっと二億もしない。固定資産税みたいなものも存在しない。その土地で商いを始めると少し勝手が変わってくるようだ。

 基本的に冒険者にはギルドの年会費以上の税金はかからないが、国によっては住民税みたいなものもあるらしい。

 一級ともなれば、下手に税金税金とうるさく言って他所に逃げられるよりも、優遇して囲った方が儲けに繋がるのかもしれない。まぁもうなんでもいいです。もうお船が恋しい、まったりしたい。リューンの言った通りだったな。もっとゆっくりしておけばよかった。

 何で皆大きいお家に住みたがるんだろうか。普通のこぢんまりとした一軒家……は流石に皆で住むには狭すぎるけど、もっと分相応な家というものがあると思うんだ。

 その日の夜、何度か使ったことのある食堂で夕食をとる際にわんこ達に同行するかを尋ねてみたところ、ミッター君によって辞退された。先にやることがあるから、と。

 なので、ちょっと行きたそうにしているわんこ達の姿は見なかったことにした。頑張れ冒険者。



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