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第二百四話

 

 お船の中とは言えど、半年近くも住みつけば、色々と荷物は増減する。

 毎日規則正しい生活を心がけ、気力や魔力の修練に加えて革の加工をコツコツと続けたミッター君の手によって、アイオナで購入した魔法袋のほぼ全てに四重のイノシシワニ製の革の内装が備え付けられた。例外は分解用の一枚のみ。

 革が盛大に余ったので、いわゆる旧作も全てワニ革で内装をリニューアルされている。

「ふむ。……いい出来だ。全て確認を終えたぞ、問題はない」

 おぉー。フロン先生のお墨付きだ。誇っていいぞ、ミッター君。

 黒々とした立派な革を、丁寧にきっちりと加工し続けて……量が多くて大変だったろうに、手を抜いていない。性格だね。

「ありがとうね、まさか移動の間に全て揃うとは思ってなかったよ。大変だったでしょ?」

「ありがとうございます。皆さんにはお世話になっていますから、これくらいは……」

 照れてる照れてる。可愛いんだから。

 そしてそんな立派な内装の魔法袋に、まぁ……初心者が頑張ったんだなぁ、というような印象の、丈夫な布製の外装が取り付けられていく。

 ブランド品に、小学生の家庭科の授業の──。


 魔法袋は背負えてなんぼだと思う。クラッチバッグのように小脇に挟んだり、トートのように手で持ったりなんていう物は、冒険者が使う物としては適していない。

 私は魔石を放り込みたいので、手持ちの物が一つあってもいいかなと思ってはいるが、それはさておき。

 これらの外装により、魔法袋は全てショルダーバッグかナップサック的な姿に様変わりしている。

 術式をいじっていたリューンやフロン、主に本を読んでいただけの私の分は、裁縫組がそれぞれ作ってくれた。

 リューンとフロンのものと旧作の外装はソフィアとペトラちゃんが共同で、私の分はリリウムが担当してくれたようなのだけれども。

「なんで猫?」

「可愛いからですわ! 見てくださいサクラ、お揃いですよ、お揃い」

 ウキウキで瓜二つの自分用の魔法袋も見せてくれる。うん、お揃いだね。

 黒の生地に灰色の糸で、身体を丸めて眠っている猫の刺繍が丁寧に施されている。

 どこかで見たことがあると言うか、リリウムにあげた浄化真石製のグラスに描いたあの猫がモデルで間違いないだろう。

「可愛いけど……私が使うにはちょっとファンシー過ぎない?」

 南の港町の布屋で布組に希望を聞かれ、汚れが目立たない丈夫なもの、といった希望しか出していなかった。刺繍をするな、なんて言わなかったけど……。

「よいではありませんか。可愛いんですもの。ねぇねぇ、いいでしょう?」

 よく分からない絡み方をしてくるな。ねぇねぇねぇねぇとやたら押しが強い。まぁ……ダメじゃないけど……。いいやもう。

「……分かった分かった。分かったから。大事に使わせてもらう。ありがとね」

 猫に目を瞑れば作りはしっかりしている。服用の薄い布ではない、きちんと使える。紐も丈夫そうだ。動いても、身体を動かすにも支障はない。燃えなければ問題は出ないと思う。私の私物を燃やせたら大したものだと思うけど──。

 逆さまに身につければ猫を隠せることに気付いたが、お嬢が悲しむのでしばらくは止めておこうと思う。


 魔法袋や術式の問題は滞り無く解決した。道中洗濯のサービスに毎回出していたことで下着がスレてダメになり……大ピンチに陥っていたらしいわんこ達の問題も、ルナに到着したことで解決しそうだ。

 この世界の縫製は割りと甘い、かなり甘いと言ってもいい。安物は特にだ。下着は多めに確保しておいた方がいい。丈夫なものを買った方がいい。勉強になったね。よかったね。

「随分と久し振りな気がするよ、懐かしいな」

 いい天気だ、きっともう夏が近い。北に移動したけれど、ここは言わば赤道直下の南国のようなもの。

 青い空、白い雲、強い日差し、磯臭い風。まさに南国だ、最高に気持ちいい。

 相変わらず多くの船が行き来し、港も、そこから程近い市場も大層賑わっている。

 以前フロンの言伝を頼りに北大陸から走ってここに来た時は、この空気を楽しむことなく、そそくさと西へ移動してしまった。

 もうしばらくこの空気に浸っていたかったけれど──。

「お、お姉さん……服、服屋に……」

 顔を真っ赤にしてもじもじしている可愛い可愛い私のソフィア。最後の一枚がお亡くなりになったとかで、今日はノーパンだ。言えばパンツくらい貸してあげたのに。恥ずかしくて他の誰にも相談できなかったとかなんとか。少女らしくて良いと思う。

 ペトラちゃんは最後の一枚がギリギリ保ったらしいが、ギリギリなのでいつ紐が切れるか気が気でなく、今は珍しく楚々としている。

 残念なソフィアは保たなかった。短いスカートの裾を押さえて顔が沸騰しそうになっている。

 変なところばっかりリューンに毒されて、短いスカートばっかり履いてるからこうなるんだぞ。冒険者ならズボンを履きなさいズボンを。持ってなかったっけ? ないならないで、これも言えば貸してあげるのに。

 珍しい姿をもう少し見ていたくなったけれど、他人に見られるのは可哀想だな。

「しょうがないなぁ。宿を決めないといけないから、寄り道しないですぐに出てくること、いいね?」

 やんちゃな男児にスカートをめくられてしまう前に移動してしまおう。船旅は終わった、これからは少々慌ただしくなる。

 私は自分で洗っているのでどんな姿になってしまったのかは知らないが、縫ってもダメなくらいダメになってしまったんだろうか。船ではどんな洗い方してたんだろう……少し興味がある。


 最初に見つけた日用品店で冒険者らしい、色気の欠片もないやっすいパンツを若干数仕入れ、店内を見渡す前に退店を乞われた。試着室なんてものはない。

 人生初のセント・ルナの滞在記がこんな始まり方をするとは、残念なソフィアらしくてとても良いと思う。愛おしくなってくるね。

「ねぇミッター君、面白そうだからソフィアのスカート捲ってみなよ」

「いえ、あの……それはどうかと……」

 小声で唆してみたが、この真面目君には通じない。そしてそれを耳にしていたリューンが剣の柄をこっそりと股の下に通そうとして、一悶着あるわけだ。賑やかだね。

 お昼前とあって人通りも多い。ここは割りと時間を選ばずに賑やかだが、今日はやたら……町中に冒険者の姿が多いような気がする。気のせいだろうか。


 フロンに選んでもらった中央区の仮宿で大部屋を一部屋借りて、ベッドを七つになるように運び入れてもらう。その後、言われる前に自分から部屋を出ていたミッター君を呼び戻してから、本日の予定を告げておく。今朝は騒がしくてそれどころではなかった。

「じゃあ、フロンとリリウムは三人の案内お願いね。私はリューンと家を見てくるよ」

 アイオナでの収入の残りが二億と七千万、あと細々とした財貨がちらほら残っている。三億はないだろうけれど、まぁ何とかなるだろう。足りなければ稼げばいい。

「お家……買うんですか?」

「そうだよ。工房は必要だし、家風呂も欲しいからね。新築で建てる時間はないから、空き家を買ってくる予定」

 ほへーと、間抜けな顔をしている聖女ちゃんが超可愛い。パンツを装備してやっと人心地ついたんだね。よかったね。

「今日は一日役所関係を回ってくるよ。夜は戻ってくるか分からないから、夕飯も適当に済ませておいてね」

 戻ってくるつもりはないのだが、そういうことにしておく。


 まぁ、お楽しみは夜からだ。まずは本題を片付けなければならない。

「不動産ってどこで扱ってるんだろう。商業ギルドかな? ここって全ての家屋が登録されてるんだよね?」

 久し振りにリューンとデートだ。いわゆるお家デートと言うやつだね。お家を買いに行くのだから。

 強い日差しの下、二人で手を繋いで、と言うのはまた……随分と久しい気がする。やっぱり南大陸は駄目だな。

 以前ギースの屋敷をもらった時は役所で手続きをしてそれでおしまいだったが、あれは買ったわけではなく、所有権を移しただけだ。今回はまた勝手が違うと思う。

「そうだと思うけど、まずは役所で聞いてみようよ。近いし」

 予定が詰まっていなければ散歩がてらまったり歩いてもいいのだが、残念ながらそうもいかない。候補が複数あれば相談もしたいし、手早く済ませてしまいたいところだ。

 借家ではなく買い上げられる建物で、鍛冶場と工房に使える部屋が一つか二つ、居室に使える部屋がいくつか、後はお風呂だ。居間もいるな。

 とりあえずこの辺が何とかなれば、あまり高望みはしない。



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