第二百三話
いつぞやお船でペトラちゃんが失敗をしたけれど、手にした力の確認をしたい、早く習熟したいという気持ちはよく分かる。
だがそれは叶わない。なにせ魔物がいない。瘴気もない。
「ねぇ、ちょっと海に潜ってこようとおも──」
「ダメに決まってるでしょ! 魔力通すだけにして大人しくしててよ、もうすぐ着くんだから」
もうすぐっていつだよー。我慢できないよー。近いんだったら、こっそり転移でルナに行ったら──。
「ダメに決まってるでしょ! ねぇ、せっかくゆっくりできるんだから、ゆっくりしようよぉ……着いたらあんまりのんびりできなくなるんだからね?」
甘くねだられたら私は本来イチコロなのだが、今は甘々エルフよりも魔物の方に意識が向いている。幽霊大鬼……イノシシワニ……水色ゴーレム……。わくわくするね!
私の浄化術式が馴染んでからしばらくして、ルナに着いた後の活動方針についての話し合いが持たれた。
これまでは割りとなぁなぁで済ませてきたが、こういうことは明確にしておいた方がいい。
「私とリューンは冒険者の階級上げに集中する。術式や魔導具製作に関しても併行して行っていくが、迷宮に篭もる時間が多くなるだろう。これに関しては基本的に二人、もしくはリリウムを含めた三人のみで行っていきたい」
うちの子達がいるとフロンは転移が使えない。そして私やリリウムがいると貢献点を吸われる。ハイエルフ二名で無理や危険がありそう依頼であればリリウムを、それでも厳しいなら私を駆り出すといった具合だ。そんな難度の依頼、請けないで済むならそれに越したことはないのだが。
どの道三級以上に階級を上げるためには試験をパスしなくてはならない。訓練も兼ねてやってもらえばいい。
「わたくしは……身体強化の扱いに慣れること……ですわね……」
はぁ……と大きくため息をついて憂鬱そうにしている縦ロール。彼女は日々の修練を怠ること無く魔力の訓練魔法を使い続け、予定より早く条件を満たしたことで、先日ついにハイエルフの身体強化術式を刻むに至った。
だが、私もよく知っている。これは扱いが非常に非常に難しい。二人羽織で中の人を操作しているような……そんなあやふやな、違和感塗れの特訓を続けなければならない。
リリウムは元々魔力が弱く、二つ持ちだが過去からほとんど使っていなかったわけで……魔力操作がまだ不得手とあって、大層これに難儀している。
「慣れるまでは苦労するだろうね、私も大変だったよ。リューンは指差して笑うし。あの時は何度、こいつ置いて……ガルデに捨てていこうと思ったことか……」
えっ? じゃないよ。何をキョトンとしてるの? 覚えてるからな、忘れないからな。
「──置いて行きましょうか。二人でならどこでだって生きて行けますわ。ねっ、サクラ……わたくしを連れて、逃げて?」
胸元に縋り付き、囚われのお姫様のようなことを言い出したお嬢を前にしていつものようにリューンが騒ぎ出した。会議中にギャーギャーとやかましくなる。賑やかで結構なことだが、後にして欲しい。
リューンはおろか、フロンも壊れかけのブリキの玩具のようになったリリウムを見て大笑いしていた。私は苦労をよく知っているので全く笑えない。
「身体強化をきちんと扱えるようになったら考えてあげるよ。それいじわるなハイエルフの術式だけど、本当に効率が良くて優秀なんだよ」
ハイエルフのものとドワーフのもの、二つの身体強化術式の効果に単純な優劣をつけるのであれば、基本的には前者の方が優れていると言える。
燃費がよく、強化の度合いも大きく、おまけに防御力も上がる。難点は慣れるまでが大変なこと。
後者にも気力との相乗効果があったりするので、単純に上位下位の関係にあるわけではないのだが。
そして三種強化を目指している以上、これの修練で魔力の格と器を育ててドワーフの身体強化を刻めるまで成長するというのが、無駄のないスマートなやり方だろう。今は耐えて頑張って欲しい。これに関しては、残念ながら教えてあげられることは私からも一切ない。本当に慣れるしかない。
「はぁ……分かりました。これを立派に物にして──あの首捩じ切ってやりますわ」
どす黒い。二人が遠慮無く大笑いするものだから、リリウムは拗ねて居間で修練するのを止めてしまった。多くは一人で、たまに暇な私と二人で寝室に篭って頑張っている。
思っている以上に鬱憤を溜め込んでいるのかもしれない。息抜きもたまには必要だ。覚えておこう。
「最終的には私達三人、全員一級を目指すということで意思の統一は成されている。その前段階として私とリューンは階級を早急に二級まで引き上げる。リリウムは魔法術式の訓練。姉さんは……とりあえずは鍛冶か」
そう、鍛冶。鍛冶だ。待ってました!
「一応確認するけど、お船関係は全て後回しでいいんだね?」
「ああ、優先順位は相当落ちた。今は私もそこまで手が回らないし、姉さんの助力があるのだ。これまでの構想は白紙に戻して一から全てやり直したい。少なくとも二級になり、一級が見えてくるまでは着手するつもりはない。姉さんは武器や装備の拡充に努めて欲しい」
そう、武器。武器だ。フロンとリリウムの武器を作る。わくわくするね!
フロンは放出魔法師だが、アイオナでは迷宮に入ることなく無手のままでいた。それでも攻撃系の放出魔法は使えるが、杖のような道具があった方がより強い魔法が使える。
冒険者の階級上げに邁進するなら是非とも欲しいとのことで、私が作ることにした。もちろん合作になるのだが。
フロンの物は特に奇を衒うことなく杖。そしてリリウムの物が──トンファーだ。
いつだったか魔石で遊んでいる際、何となく一対作って机に放置していた模型のこれにお嬢が興味を示した。
私もあまり詳しくはないけれど、こう、取っ手を握ってくるくる回しながら、遠心力を活かしてガツン! と殴るような、そんな動きをしてみせたところ、真剣な顔でこれ欲しいと言い出したわけだ。
得物は何でもいいと言っていて、あげたナイフも一切使わず、無手の遠当て一本で二級まで冒険者の階級を上げてきたリリウムが興味を示した得物がトンファーというのが面白くて……その場で作ってあげる約束をした。
魔石の模型は脆い。リリウムの気力でぶん回されると簡単に自壊してしまうので、今は長さや形状といった部分の具合を確認するのみに止め、ぐるぐると回すのは遠慮してもらっている。
「サクラが使う鍛冶場は……作るんだよね? ルナで借りたり、ヴァーリルに通うんじゃなくて」
「それがいいだろうな。アダマンタイトの加工に耐え得る炉が都合よく借りられるなんてことは期待薄だ。小型のものであれば適当な家屋を買って、一室に備え付けてしまった方が安上がりだ。耐火レンガも十分にある」
お家を建てるのも今回はお預けだ。今は大きな敷地を工面して家屋を建てるのにはお金も足りていない。
かと言って宿暮らしというのはなしだ。仮にいつでも借りられる鍛冶工房があったところで、家は要る。お家風呂欲しい。ここは譲れない。
うちの子達が修行の後もしばらく行動を共にするかもしれないことを考え、お部屋の数がそれなりにあり、工房も一つか二つ、そして鍛冶場……後は精々井戸と風呂トイレ付き。そんな程度のお家を買って、いじる。
「ルナに着いたらまず宿を取って、あの子達にルナの案内をしたら……探しに行こうか。早い方がいいし」
「案内なら私がしておこう。リリウムかリューンを貸してくれ、どちらかが居れば万が一絡まれてもどうにでもなる」
言外に、早く杖を作りたいので家を探してきて欲しいとおねだりされる。美人のおねだりに私は弱い。
きっと試作品を含めて何本も作ることになる。生活用品も用意する必要があるし、何よりアダマンタイトを仕入れないといけない。早ければ早い方がいいというのは確かだ。
そしてお家のこととなれば、リューンが隣に居る方が据わりが良い。これまで拠点としてきた建物は、全て二人でいる時に貰ったり買ったり建てたりしてきたわけで。──お化け屋敷はちょっと違うか。
(あれ、ギースからもらった時って……こいつ寝てたか。寝てたよね、宿で。──別に据わりは良くないな)
視線を向けてみたが、私の心のうちは伝わっていない。ほんの僅かだけ首を傾ける仕草はきっと、無意識でやっているのだろう。それすごく好き。
リューンを連れていこう。聖女ちゃん辺りはまだフロンやリリウムと若干距離がある。南でも何かともじもじしていたし、これを機に親交を深めてきてもらえればと思う。
ルナは大きく、都会で、賑やかで、楽しくて、それなりの危険がどこそこに潜んでいる。ストーカーに襲われたりする。
二人とも美少女なので……変な連中が溜まっている場所などはしっかりと教えておかなければならない。
ミッター君が居れば滅多なこともないとは思うけれど、常に三人一緒というわけでもない。浮足立ってうっかり迷い込んでしまったら目も当てられない。
酒場についても良し悪しあるだろうし、きっとフロンはその辺も詳しいだろう。