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第二十話

 

 管理所を出て、すぐそばにある迷宮入り口へ向けて足を進める。迷宮入り口は縦横それぞれ十メートル程の大きさの岩のような形をしていた。それに穴が開いていて、扉のようなものが備え付けられている。迷宮へはここを下っていくのだろう。中は緩やかな下り坂になっている。番人のようなものはいなかった。

 中の道は横幅五メートル以上ありそうでそれなりに広い。そして壁が仄かに光っており明かりの必要はなかった。不思議だ、触ってみても特に熱を持っているようには感じない。

(今更か。この世界は不思議なことだらけだ)

 しばらく歩いて第四迷宮第一層へ辿り着く。部屋を通路で繋いだようなものを想像していたが、そこはだだっ広い草原だった。

 背後には迷宮入り口と同じくらいの大きさの穴の開いた岩が佇んでいる。私は今しがた坂道を下ってここから出てきた。

 だが、岩場の上には青空が広がっている。岩場の後ろには周囲と同じように草原が。

「ミステリー! なんだこれ、すごい。ワープしたわけじゃないよね、すごいすごい!」

 岩の周りをうろちょろしたり、上に乗ったり、一度道を駆け上がって迷宮入り口へ戻ってきてみたり、そしてまた第一層へ。

「すごい、これは楽しい。ワープしてるのかな、どうやって繋がってるんだろう。地下にあるんだと思ってたけど、そうじゃないのかな。この空も本物? だとしたらここはパイトじゃないのかな、でも──」

 興味は尽きない。だがそれは後で考えればいい。今は食べ物だ、ベッドだ、魔石だ。

(とりあえずこの岩が他にないか探してみよう、どこかにこれと同じものがあるかもしれない。そうすれば二層へ行けるかも。戻る時もこれを目指せばいいんだし、日が落ちなければ迷うこともないよね)

 視界には他の大岩は映らないが、一層はやたら広い。気力を身体に染み渡らせ、私は大岩を探して走りだした。


 迷宮一層入り口の大岩、そこを基点にして正面から時計回りに順繰りに、などと考えていたが、それは不要だった。走りだしてからほんの数分で次の大岩を発見したからだ。

 少し拍子抜けする。こんなに広いのに、こんなにそばに……いや、助かるのは確かだし文句はないんだけど……。

 この岩も、穴が開いていて中は道が続いている。上や後ろには青空や草原が広がっているばかりで何もない。進んでみることにした。

 岩の中の道は入り口から一層へ下りてきたものと変わらない。長さもおそらく似たようなものだろう。

 辿り着いた二層の風景は一層のものと同じ、青空と草原だった。この迷宮はこれがデフォルトなのかもしれない。

 周囲を調べてみようと足を進めたところで、ペキリと何かを踏んだ感触があった。足をどけて下を見てみると、そこには赤い血に塗れた小さな肉が潰れていた。

「……え」

 元の色は、おそらく灰色。私のよく知るヒヨコくらいのサイズ、たぶん……。

(二層の魔物? いや、でも魔物、魔物……? これが? ヒヨコじゃないのこれ)

 自分でやったこととはいえ、ちょっとグロい。申し訳なくは思うのだが、あまり見ていたくもない。

 辺りを見渡すと、この灰色ヒヨコは結構な数が動き回っていた。ピィピィと、小さく鳴き声をあげている個体もいる。

 試しにふわふわを飛ばしてみると、たくさん引っかかる。瘴気を持っているか否かは分からないが、おそらく魔物……ということでいいのだろう。

 近くにいた──ピィピィと寄ってきた──個体に浄化を込めて十手を振り下ろしてみる。ヒヨコは抵抗なく潰れ、収縮すると今までで一番小さな魔石を残して消えた。緑がかった透明な魔石。浄化緑石といったところだろうか。

「これは、楽だけど……ちょっと心にくるな」

 これ一匹から取れる魔石は、狼のそれの十分の一以下の大きさだと思う。狼を一匹倒すよりはヒヨコを十匹潰した方が圧倒的に楽だ。正直いくらでもやれる。

「うーん……三層を見て、同じような光景だったら四層を確認しよう」


 なるべく踏み潰さないように注意して次の大岩を探し始め、やはりそれは程なくして見つかった。

「大岩の位置関係も固定されてるのかな。死の階層も正面に向かって突っ切れば魔物はほとんど無視できて、突破自体は簡単だから誰も探索しない、とか」

 今は考えても仕方ないが、可能性の一つとして残しておく。問題は、この……ピィピィと飛び跳ねているヒヨコだ。日本にいたときの私なら「可愛いね」の一言で済むが、今の私はこいつらを潰さねばならない。

 辺りには二層と同じように地面を歩いている個体と、少し飛び跳ねることができる個体がいる。跳ねると言ってもその高さはほんの数センチだろう、私には間違ってもこれを飛んでいると呼ぶことはできない。

 よく観察してみると、飛び跳ねている個体は歩いている個体より身体が若干大きいようだ、ほんの一回り、その程度の差ではあるが。歩いてる個体は二層にいたものと違いは感じられない。両種ともふわふわに引っかかる。

 近くにいた二種を浄化で潰して緑石を比較してみると、大きさは飛び跳ねている個体のものがほんの少し大きく、歩いてるヒヨコのそれは三層と二層の物に違いを感じられなかった。

「行こう、四層。無理そうだったら諦めてヒヨコを狩る。そうしよう」

 管理所に掲示されていた情報には、四層に出現するのは鳥(大歩)だと書いてあった。大きいヒヨコか、ニワトリだと思う。身体が大きいならきっと魔石も大きいだろうし、とりあえず確認してみないことには始まらない。


 四層への岩場は、正面から若干左側に逸れた場所にあったが、距離に大した違いはなかった。

 坂を下って四層へ辿り着く。風景は同じだが、辺りを見回しても鳥がいない。ヒヨコもニワトリも。鳴き声もしない。

「ふむ、いないわけはない、上……でもない。とりあえずふわふわ飛ばすか」

 近場にはおらず、少し離れた場所に一羽いるようだった。これまでとは明らかに違う。気を引き締めて確認できた方向へ向かう。

 そこには……ダチョウだ。灰色の、羽のない、二足歩行の、首の長い、身体も大きい──よく見ると足ふっといな──爪も鋭い。

 彼は、こちらをじっと見つめている。鳥は目がいい。これ、襲ってくるよね。

(どうしよう、頭? 足? 蹴られたらまずい、轢かれてもまずい。とりあえず首か、首を折って頭を潰す。それでいこう。蹴りと体当たりには注意する)

 そんな事を考えている最中に、物凄い勢いで襲いかかってきた。地響きがする、図体がでかいだけにとにかく怖い。

 強めに気力を張って、進行方向からずれると横合いから首に向けて十手を薙ぐ。首は簡単に折れたが、折れたものを下げたまま、奴はこちらへ向けて再度加速してきた。

「聞いてない聞いてない! それは怖い!」

 これまでとは別種の恐怖に駆られて逃走を決意したが、奴はあらぬ方向へ向かって駆けている。

「ひょっとして死に体か。あたま、あたまをつぶす」

 加速と停止を繰り返している不気味なダチョウモドキの横合いから足を払うと、倒れたそれの頭に向かって十手を振り下ろして仕留めた。

 収縮して、ヒヨコとは段違いに大きい緑石が残る。あー怖かった。

 魔石は狼のものの二倍以上ある。ヒヨコと比べると二十倍といったところか。流石にこの大きさとなると、ダチョウを狩るかどうかが選択肢に入る。ヒヨコを潰すよりは気が楽……かもしれない。

 安全にお金を稼ぐのは大事なのだが、今は楽をするより自分を鍛えなければいけない。私に何よりも足りていないもの、それは経験だ。

 狼狼、ヒヨコヒヨコヒヨコ、ダチョウ。私が倒した魔物はこれで六匹目だ、たったの。一匹踏みつぶしたから七匹か、鳥の方が多いから七羽か、それはいいとして。今はとにかく数をこなす。

 改めてふわふわを飛ばす、少し強めに……。いる。しかし群れている。流石に群れに突っ込むのは駄目だ、死ぬ。

「場所を変えて……単体でいるのを襲って狩ろう。逃げられるように大岩の位置だけは確認しておかないとね。できれば視認できる範囲で戦いたい」

 新たなダチョウを求めて場所を変える。望遠鏡欲しいなぁ、売ってないかなぁ。


 その後、新たに二羽狩ったところで探索を終了することにした。ダチョウはどうやら群れで生活する生き物らしく、群れから離れて単体でいる個体が思いの外少なかった。時間もそれなりに使ってしまったし、五層への大岩の位置も確認してある。切り上げるにはちょうどいい頃合いだろう。

 浄化緑石がダチョウのものとヒヨコのものが三つずつ、これだけあれば宿に泊まれるだろう。やっとベッドだ、シーツだ。長かった、お風呂も入りたいな、でも高いかな……そもそもあるかな、早く帰ろう。食べられそうなら温かいものも……。

 層を上がる坂道の途中で冒険者のグループとすれ違ったが、私にはどうでもよかった。

 迷宮入り口まで戻って管理所へ入る。魔石は他で売った方が儲かるかもしれないが、優良宿の情報も知りたいのでここを利用することにした。

 受付に朝方対応してくれた役人がいたので、彼女の前に作られている列に並んで待つ。管理所内には朝以上に多くの人がいて、特に掲示板の前や会話スペースはひしめきあっている。

 ほどなくして私の番が回ってきたので会釈して話を始める。


「先程はお世話になりました。魔石の買い取りはここで大丈夫でしょうか。それと認定を受けている宿泊施設についての情報が知りたいので、対応よろしくお願いします」

「ご無事でなによりです。魔石の買い取りはここで可能です。今お持ちでしたらご提出ください。魔石は小さいものは個数に関わりなくまとめて重さを量って値段を出します。大きい物は個別に値段を出しますので、多少お時間頂くこともあります」

 構いません。と頷いて財布から魔石を取り出してトレイに置く。いくらになるか楽しみだ、これで一泊もできないなんてことは流石にないだろう。

「これはまた……そのまま少々お待ちください」

 役人は微かに目を見開くと、トレイを抱えて裏へと下がって行った。魔石買い取り専門の人がいるのかもしれない。

 カウンターの中を眺めたりして時間を潰していると、先程の役人が魔石の載ったままのトレイとは別に布袋と紙を数枚携えて戻ってきた。

「お待たせ致しました。こちら今回の買い取り価格についての内訳です。こちらでよろしければこの場で買い取らせて頂きますが、いかがでしょうか」

 紙を確認する。提示された内容は、浄化緑石(中) 個数三  品質(特上) 浄化緑石(極小) 個数三 品質(特上)。その下に単価八千、三点、単価四百、三点。計二万五千二百。


(にまんごせ……?)

「あの、これはこんなに高いものなのですか。精々この半額もいけばいい方かな、とか思っていたのですが」

 狼の黒石の単価は三千だった。これはその二倍以上、三倍近い。大きさ、重さは精々二倍がいいところだと思う

「中型の方はこの大きさの浄化品ですから、妥当な価格設定と自負しております。それに、ここまで綺麗な色をしている物は数が少なく貴重です。薬師が飛び付くでしょうね」

 薬の材料にもなるのか。それに色も……そういえば大きい物は高値が付くとか言ってたっけ。

「小型の方は……本来このサイズの魔石は、一定量以上のまとめ売りでしか買い取っていないのですが、今回は浄化品ということで……重さで頭割りした価格を付けさせて頂きました。恐れ入りますが、今後このサイズの魔石はまとまった量を溜めてから持ってきて頂けると幸いです」

 なるほど。恐らく(小)のサイズがあって、その分集めてくれば(小)として扱うよ、ってことかな。頷いて答える。

「分かりました、こちらはこの価格で構いません。買い取りよろしくお願いします」

「ありがとうございます。こちら代金となります、ご確認ください」

 大きい金貨が二枚、私も手にとったことのある普通サイズの金貨が五枚、銀貨が二枚。この大金貨が一万なのだろう。貨幣と言うよりは最早小判か大判かといった感じだ。

「問題ありません。ありがとうございました。それと、先にも申した通り、宿の……」

「はい、心得ております。こちらの地図をどうぞ。今年発行された物です。裏側にパイトの認定店の情報も記載されています。個人的にお勧めな宿と食事処も印を付けておきましたので、よろしければご活用下さい」

 おお、これは嬉しい。役人さんが個人的にやってくれたのだろう。大変助かる。

「おぉ、ありがとうございます。大切にします、とても嬉しいです。あと、この都市で水浴び……欲を言えばお風呂に入りたいと思った場合、どうすればいいのでしょうか。それと石鹸なども売ってるところは……」

 役人は嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。こういうことは同性に聞くに限るよね。



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