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第百九十八話

 

 まったりゆっくりとお風呂で温まり、朝昼兼ねた食事を取って、ほかほかわんこ同伴でお部屋に戻ると……ハイなエルフ達はまだ戻ってきていなかった。暖房は切れたまま、部屋の空気は冷えきっている。

 リューンとリリウムが揃ってトレーニングに出ていて、フロンは部屋で魔導具や術式をいじくったり。そんな光景が多かっただけに、揃って不在というのは割りと珍しく感じる。

 私と出会う前からの知り合い同士なのだし、仲良くお出かけというのもおかしくはないけれど。顔を見たいときに限って居ないというのは、間の悪いエルフだ。

 ならリリウムに──とはならない。リューンに甘えたい時とリリウムに甘えたい時はまた別だ。ミカンはリンゴの代用にはならない。

(ミカンとリンゴは違うな……リューンはモモで、リリウムは……ナシかなぁ)

 ナシは違うな。リューンはモモっぽいけど……なんだろうな、リリウムは。フロンはカキかな。

 まぁ果物はどうでもいい、何をして過ごそう。

 休暇の間、迷宮行きは禁止されている。昨夜もダメだと言われた。魔食獣を狩ることも禁止されている。スライムの養殖と至高品の浄化黒石集めも禁止されている。

(めちゃくちゃ管理されてるな……魔石いじる気分でもないし、やることがない)

 昼寝しようにも、わんこ一号が私のベッドに潜り込んでスハスハしていて邪魔だ。二号はリリウムと何やら話をしている。

 今からまた修練を積みに出るというのも違う。身体を動かしてご飯を食べてお風呂にも入った。もう本日の営業は終了だ。

「ソフィアー、お姉ちゃん退屈だよー。遊んでー」

 しばらくボーっとしていたが、暇だ。絡んでみよう。靴と上着を脱いで、シーツをめくってベッドに潜り込もう。

「えっ? お、おねえさ──」

 北のおっさんに預ける前はよくこうやって一緒に眠ったものだ。懐かしいな。

 湯上がりだけあってほくほくわんこだ。ぬくい。身体強化を切ってぎゅーっと抱きしめると、リューンやリリウムとはまた一味違った美少女臭に包まれる。それにしても。

「……本当に胸育たなかったね。可哀想に」

 上着をめくって、まっ平らなお胸を露わにすると……まな板かな? ひゃぁ、とか可愛く悲鳴をあげている場合じゃないぞ。これは由々しき事態だ。

 私もそれほど大きくはないが、ここまでぺたんこではない。というか豊満さではどう足掻いてもドワーフに太刀打ちできないので、上を見ても仕方がないけれど、これはあんまりではないだろうか。

 でも柔らかくは……あるな、かろうじて。ふにふにしてる。板ではない。昔からお肌綺麗だと思ってたけど、これを生まれ持ってきたというのは……素晴らしいね。天は二物を与えなかったわけだ。

 貧相な身体をしているけれど可愛いし努力家だし良い娘だから、嫁の貰い手はあるはずだ……でも相手は少なくとも私より強くないとダメだな。安心して送り出せない。

 家事を一通り仕込めば潰しも効くのではないかな。ただ残念なことに、家事をするための家がない。

「がんばれっ」

「な、なにをですか!?」

 強く生きてくれ。

 キャベツってあるのかな。似たような野菜は探せばあるかもしれないけど……形だけ似てても仕方ない。栄養素次第だ。

 後は鶏肉と、豆と豆乳と……何が効くんだっけ、きちんと調べておけばよかった。そもそも十五かそこらで止まるんじゃなかったっけ、成長って。私もその頃からほとんど変わっていない。


 飽きたのでそのまま昼寝に移ろうとしたところで、外出していたエルフ達が戻ってきた。脂の香りが漂ってくる。

 一度相棒の食生活について真剣に話し合った方がいいかもしれない。

「ああ、姉さん戻っていたか。ちょうど良かった、相談したいことがある、聞いてくれないか」

 その前に別の話が持ち上がった。要約すれば、さっさと南大陸を離れないかということだ。

「南は粗方当たったんだが、術式の工面に限界が見えてきてな。他所と手紙でやり取りをしていては調達するのに時間が掛かり過ぎる。頼まれていた物も西か東に出向かないと手に入らないだろう。直接尋ねて交渉した方が手っ取り早い。いずれにせよ、ここに留まることは得策ではないという判断だ」

 粗方と言うのは、文字通り粗方なんだろうなぁ。そもそも南大陸にはあまり大きな国はないわけで……うん。そりゃ限界も見える。

 一生ここに滞在するつもりもない。とりあえずうちの子達の修行期間が終わるまでは、といった予定だったけれど……ないな、ないない。

(私もいい加減南には飽き飽きしていた。春までに支度して、どこかに移動するのも全然ありだ。またお偉いさんに使われるかもしれないし、魔食獣もスライム牧場も禁止されているし……浄化の術式が手に入っただけで良しとしておこう)

 後は普通の浄化黒石を多めにかき集めておきたいのだけれど、在野の魔物は……冬眠してるんじゃないかなぁ。雪の中活動してるんだろうか。

 在庫はそれなりにあるが、神器をいくつか作ったらそれで終いだ。お船全体を不壊金属で作るのは……元から厳しいな、どんだけ打てばいいんだか。ないないだな、ないない。


 思考の泉に沈んでいたところで、腕の中でもじもじしてる可愛いのが、何やら言いたげにしていることに気付いた。トイレかな。

「どしたの? 言いたいことがあるなら言っていいんだよ」

 おねぇちゃぁん、おしっこぉ。って言ってもいいんだよ。

「あっ、いえ、その……ルナに行くのかなぁ、なんて思っただけで、その……はい、何でもないです」

 違った。何を照れてるんだこの娘は。まだフロンに馴染んでないんだろうか。こう見えて気さくで頼りになるんだぞ。

「ルナでも構わないだろう。あそこならば全方位に手も足を伸ばすことができる。我々のような者にとっては生きやすい土地だしな」

 あそこは同業者が多いし、王族などといったお偉いさんもいない。精々町の有力者レベルだ。地価は高いが、それなりの家の一軒や二軒、買って買えないものでもない。

 そしてルナに反応してわんこ二号も盛り上がり始めた。行きたいです! みたいな表情で見上げられたら私はお手上げだ。勝てない。

「いいんじゃない? 何をするにもあそこは便利だし、服もお茶も良い物が流れてくるしね!」

 リューンはアイオナで──というよりも南大陸へ来てから、おしゃれ着の類を一着も仕入れていない。

 ダメだそうだ。南のお洋服は、ダメなんだそうだ。私には大して違いがないように思えるが、リューンがそう言うならそうなんだろう。

 リリウムに視線を送ってみたが、異論はありませんわオホホホホ。みたいな視線と頷きが帰ってくる。

「じゃあ、そういうことで。船の予定は調べておくよ。工場は……引き払おうかな、しばらくはそれどころじゃなくなるだろうし。ミッター君にも伝えておいてね」

 コクコクと頷くと、ペトラちゃんはすっ飛んでいった。今伝えてきてと言ったわけじゃないんだけど……いいや。

 少し早いけど、休暇はこれにて終了としましょう。昼寝も次の休暇までお預けだ。


 その日は、久し振りに七人揃っての夕食となった。お酒は遠慮してもらっている。

 慣れ親しんでしまったいつもの食事処の個室。ここを使うこともこれが最後になるかもしれないと思うと、一抹の寂しさを覚える。

 残酷な現実を突き付けなければならないことにも申し訳なく思う。それがこの和気藹々とした空気をぶち壊すことになろうとも、私は告げなくてはならない。

「あのね。ルナ行きの船なんだけど、締め切りは四日後だって」

「──ほへ?」

 誰が発した音だったのか。おそらくわんこのどちらかだろうとは思う。

「その次はいつになるんだ?」

「未定だってさ。何か船が他所に取られたらしいよ。西か東の大陸を経由すればゆっくりしててもそのうちルナには向かえるけど、船代は倍かかるね」

 確かな情報だ。なにせつい先程、実際に訪れて確かめてきたのだから。

 南大陸へは西大陸からもセント・ルナからも、聞くところによれば東大陸からも船が出ているらしいのだが、共通して本数が極めて少ない。

 季節が一巡りする間にそれぞれ二本前後といった感じだろうか。ただ、一年を通して全く船が行き来しないなんてこともざらにあるらしい。

 でも私達はツイている。なにせ今、フロンが滞在していた町の港に目当ての船が待機している。急げば間に合うのだから。

「確かに急げば間に合いますわね。ここいらで雪中行軍の鍛錬と言うのも、悪くないかもしれません」

 流石にリリウムは話が早い。さぁ、選択の時だ。走るか、待つか。


「待て待て待て! 姉さん、実質移動に使えるのは三日と言うことだろう? 気力バカのリリウムはともかく、私には無理だ。早馬車が出せるというわけでもないのだぞ」

 滅茶苦茶焦っている。珍しい姿だな、かなりレアだ。だが安心してほしい、心配無用だ。

「フロンは私が優しく運ぶから心配しなくていいよ」

 お姫様抱っこでもおんぶでも、お好きな方を選んでくれて構わない。この手のマラソンには慣れている。

「そうか、それならば問題はない。時間を無為にするのは得策ではないしな」

 流石フロン、話が早い。ゆっくりと食事を楽しんで欲しい。さぁ、選択の時だよ。

「ねぇサクラ。サクラちゃん? 私は?」

 甘えんな、走れ。

「お姉さん、あの、私は……?」

 甘えんな、走れ。

「私は走ります! ルナ! ルナに早く行きたいです!」

 あま……おぉ、流石本家元気系わんこペトラちゃん。後で飴ちゃんをあげよう。

「サクラさん、その、港町まで走るというのは……現実的に可能なのでしょうか?」

「三人共撥水靴の魔導具持ってるでしょ、十分可能だよ。道は通ってるし、除雪もされてる。魔物も少ないし、商隊を護衛する必要もないからね。水や保存食も十分確保してあるし、そもそもあっち方面は道中に町がいくつかあるから」

 西大陸からの船が発着する港からアイオナの間は道こそ通っているものの、信じられないことに村や町の類が一切存在しなかった。たぶん魔物に潰されたんだと思う。

 野宿に次ぐ野宿を重ねてここまで辿り着いたわけだが、ルナからの船が発着する港町までの間には町がそれなりに存在するのは確認済みだ。

 町までの街道がそれなりに除雪されているのも、魔物が少ないことも当然確認してある。問題はやる気と覚悟があるかどうか。

 気力バカ的な視線で見ずとも、正直雪中行軍なんて大層な行程ではない。ちょっと寒い中マラソンをするだけだ。

「なるほど。分かりました、自分も異論ありません」

 逆の立場なら私は絶対に断ると思うんだけど、皆すごいな。やる気満々だ。

「ねぇねぇサクラ。私は? おんぶは?」



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