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第百九十七話

 

 迷宮行きは却下された。夕飯も食べ損ね、干し肉を齧りながらお話しタイムが始まる。

「先に話しておこう。手配していた浄化の術式が手に入った。まだ一種類だけだが、すぐにでも施せる」

 吉報だ。仕事が早くて大変素晴らしいな、すぐにでも刻んでもらいたい。

「術式が馴染みにくい体質であるということを鑑みても、見た感じ……三日はかからないと思う。二日もあればたぶん大丈夫」

 リューンがそう言うのであればそうなんだろう。長くて三日……休日に重なればちょうど良かったんだけど、少しズレたな。

 咀嚼したお肉を嚥下してから口を開く。

「今から刻んじゃっても問題ない?」

「それでも問題はないが、多少改良を加えたい。些か術式が雑でな……期待させてしまって申し訳ないんだが、あと数日待ってくれないか」

 そんなもんが流通しているのか。普通の浄化使いが使っている術式が、雑とは。

 それにここで私が寝ちゃうと、魔導具の類が使えなくなる。個室を取らないと……っていうか暖房なしか。それはちょっと辛いな。

「……数日で終わる? かなり雑な術式だし、サクラに合わせると……手を加えるというか、一から書き直した方が早いよ、これ」

 取り出した御札を横目にピラピラさせているリューン先生。私には何とも言えないが、彼女がそう言うのであればそうなんだろう。

「急がなくてもいいよ。暖房なしで眠れるくらいまで暖かくなってからでも」

「書き直すまではしなくてもよかろう。件の部分をいじくれば──」

「ダメだよ! サクラにそんな手抜きの術式を刻もうだなんて、私が許さないよ!」

 賑やかだ。もう夜なんだけど……まぁ、いいや。愛してるよ。


 一夜明ける。本日は休暇最終日だ。寝てばかりいた気がするが、今日からは普通に過ごして身体を平時のそれに戻さなくてはいけない。

 布団からの誘惑を振り切り、リューンをベリベリと引き剥がして身体を動かす。この二日間ストレッチすらろくにしていなかったせいか、少し身体が重い。念入りにほぐしていく。床が冷たくて嫌になるね。

 昨夜から大人しかったリリウムと一緒になって前屈したり、開脚したり。押したり押されたり。久々に身体に血が巡っているような感覚だ。これは怠るべきではなかったな、少し反省する。

「朝食の前に少し外で身体動かしてこようと思うんだけど、一緒に来る?」

「……ご一緒してもよろしいので?」

 よろしくてよ。リリウムが一緒なら色々できるな。何をしよう……迷宮でもいいけど、言葉通り外に出ようかしら。


 珍しくまだ眠っているらしいミッター君を除いたわんこを二人連れて、門からアイオナの外へと出る。思えば久しぶりに二人とも顔を合わせた気がする。たぶん気のせいではない。

 積もりに積もった雪が除けられていて、雪山が酷いことになっている。しんしんと降り注ぐ雪景色だけ見れば静かで大変よろしいが、住むもんじゃないな、こんなところは。次の冬までにはここを離れよう。

 門から距離を取っていれば、多少騒いでも怒られはしないと思う。さぁ遊ぼう。

「二人は投擲の訓練とかはしているの?」

「や、やってません。練習……しておいた方がいいですか?」

 できるに越したことないだろうが、私ができないので強くは言えない。でもまぁ、適性を見るくらいは可能だろう。半分は遊びだ。

「雪球のみだと味気ないし、ペトラちゃんとリリウムは氷弾と遠当て使ってもいいよ。ソフィアも石投げていいからね」

 走り込みでもすると思っていたのか、二人の心が僅かに動いたのを感じる。

「私に一発当てるごとに……そうだね、大金貨一枚分くらいずつ、何かプレゼントしてあげよう」

 円を二つ描く。半径二メートル程のものと、それよりだいぶ大きなもの。私はここから動かず、その中には入ってこないでほしい。

「……なるほど。それは、温まりそうですね」

 意図を把握したのか、わんこズが燃えに燃えている。私はそれを見て萌え萌えだ。でもそう簡単にはいかないゾ。

 さぁ、どこからでもかかってきなさい。


 雪玉を握り、おっかなびっくり投擲してくる二人からの雪玉を十手で弾く。パッと粉雪が舞い、サラサラと漂って消える。

 リリウムも一発遠当てを飛ばしてくるが、それを近当てで相殺していなした。過去のリリウムのものとは違い、今の遠当ては近当てなしだと力負けしかねない。

 パンッという乾いた音と共に周囲の積雪が飛び散った。おぉー、と感嘆されている。悪い気はしないが、こんなのでびっくりされていても困る。

 遠慮はいらないと言うと、三人掛かりで遠慮無く投擲の嵐を見舞ってきた。

 基本的には十手で相殺することを意識する。当たるわけにはいかないので回避は二の次とはいえ、色気を出さずにきっちりと避けていく。

 頭部へ飛んできた雪玉を首を捻って躱し、胸目掛けて飛んできた雪玉と、それに隠れるようにして飛んできた氷弾を立て続けに十手で突いて壊す。待っていました! とばかりに足下へ飛んできた遠当ての二連打を咄嗟の回避と近当てで相殺する。

 埒が明かないと思ったのか、三人が集まって作戦会議をして……囲まれた。そうそう、それでいい。それを待ってたんだよ。


「──サクラ、うなじに目でも付いているのですか? なぜあれを回避できるのです……」

 勘だよ勘。見るんじゃない、感じるんだ。

 ねちっこく背後を取って足下を集中的に狙ってくるリリウムと、斜め前方から力任せに思いっきり腹部を目掛けて投げつけてくる聖女ちゃん、そして行動の後の隙に合わせて的確に投擲を置いてくるペトラちゃんと、性格が出ていて面白い。

 猛攻を前に、私も無傷とはいかなかった。《結界》はおろか障壁──足場魔法も使っていなかったので、足を取られて数発被弾してしまった。その全てが聖女ちゃんの鋭い一撃だったのは、別に手を抜いたわけでも忖度したわけではない。

 何も考えていないような全力のストレートがとにかくきつかった。狙ってやっていたなら大したものだと思う。これにかまけていると他の二人のラッシュが捌けないわけで、必要経費だったのかもしれないが──。

 ムキになったリリウムの遠当てだけは何とか全て相殺しきったが、私も修練が足りていない。

「ソフィアは凄かったね、三発当てたもんね!」

「二人の相手で手一杯になってたからだよ……はぁ、はぁ……」

 二人共息が上がっている。リリウムも少しふらついているし、相当気力を使ったんだろう。私は大したことがない。

(もしかして、遠当ての方が近当てより気力使うのかな? 単に身体に漲らせていた気力量の差かもしれないけれど……確かめようがないね)

 気力は大したことはないが、割りと気疲れしてしまった。それに寒い……お風呂入りたい。朝食はその後だな。

「私お風呂入りに行くけど、皆どうする?」

「あ、私も行きます! 汗かいちゃいましたし!」

 この気温だとすぐに冷えて酷いことになる。着替えを持ってきていないので……リューンとフロンも起きてるかな。ミッター君はごめんなさいだが、二人も誘って朝風呂と洒落込もう。


 ハイなエルフ達はあいにく不在。朝食にでも出ているのかもしれない。という訳で、四人でお風呂だ。当然個人風呂だ。

 この寒い中、朝っぱらだというのにお風呂は盛況で大浴場はかなりの人で賑わっている様子。そんな方々を尻目に、ちょっと贅沢に個人風呂だ。私は大浴場を利用したことはないけれど。

 大都市の浴場とあって打たせ湯こそついていないが、タオル石鹸乾燥部屋といったアメニティグッズは充実している。打たせ湯は思えば北の王都以外で目にしていない。結構恋しくなっている。

「わぁ、結構広いですね……!」

「個人風呂ってこんな風になってるんだね……」

 もしかして初めてなのか。洗濯とかどうしてるんだろう。大浴場の方にも乾燥部屋ってあるの?

「……教えてあげませんっ」

 お嬢が機嫌を損ねてしまった。知らないものは知らないんだもん、仕方ないじゃないの。

 そんな年寄り組そっちのけで、早速湯船からお湯を汲んで背中を洗いっこしてるわんこ達の様子に和む。ほんと仲良いなこの娘らは。

 少し色は違うが二人共長めの金髪で、胸はだいぶ片方が残念だけど……私よりよっぽど姉妹っぽい。

 リューンとソフィアとペトラちゃんとで並んでいると、よくもまぁ金髪ロングばっかり集まってきたなと謎の感慨に耽ってしまう。

 見分けが付かなくなるのでフロンは伸ばさないで欲しい。切に願う。

 ささっと身体と髪とを洗って湯船に飛び込んでキャッキャとはしゃいでいる二人の声を背景音楽に、非金髪組も身体を洗い始める。

 少女達の前なので洗いっこもエステもなしだ。手早く身体と髪とを洗って湯船に逃げ込む。ぬくい。生き返る。

 濁点のついた『あ』の音を垂れ流して脱力したいが、自重する程度の自制心は残っている。


「お二人共、肌とか髪とか……綺麗ですよねぇ」

「年齢を感じさせ──いたぁい!」

 半分エルフにデコピンを食らっている。変なことを言うからだ。

 うちの聖女ちゃんは恐れを知らないな。リリウムを相手に戦争を挑むのは無謀だと思うぞ。

 なんだかんだリューンはこの娘達を可愛がっているけれど、リリウムがどう思っているかは知らない。

 さておき、髪や肌が綺麗なのはごにょごにょしているからなのだが、どんな悪影響を及ぼすか分からないので、もうエルフ達以外には施せないわけで。

 ここからいきなり遡行を起こす……なんてことはないと思うんだけど、念には念を入れておきたい。

 美少女わんこを磨き上げたい気持ちがないではないのだが……残念でならない。

「日々の手入れを怠らないことです」

 澄まし顔でそれっぽいことを言っているが、彼女も私と同様にそれっぽい化粧品は一切使っていない。地力と私のご奉仕のみで戦っている。

 フロンは割りとあれこれ荷物を増やしているようだけど……私も擬装用にいくつか準備しておくべきだろうか。これでも見た目は乙女だ。

「二人共十分過ぎるほど綺麗じゃない。きちんと手入れしてるし、偉いと思うよ」

 隣の芝は青く見えるもので、私からすれば金髪とか碧眼とか、それだけで十分すぎるほど強い。お世辞抜きで二人共可愛い。これは男達が放っておかないだろう。

 冒険者なんてやってないでお金持ちにでも嫁げば幸せに……なれるとも限らないか。

 おばさんやおばあさんが平気な顔して迷宮に入っているような世界だし、そういう生き方もありなのかもしれないけれど、未だに家庭に入った方が──的な考えは根強く残っている。



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