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第百九十六話

 

 惨憺たる有り様だ。

 酒瓶が山と転がり、おつまみが散らばり、食器類が積み上がり、魔導具の明かりは灯りっ放し、部屋ははっきり言って酒臭い。エルフ臭の欠片も残っていない。

 ほろ酔い具合を維持しながら、二人で延々と空き瓶と食器を増やし続けた。深夜テンション恐るべし。

 真面目に作った切子のような、透明の真石に魔石で色模様をつけた物が山となり、床に適当に転がされている。

 机の上には……息抜きに作ったファンシーな猫ちゃん模様のコップやお皿といった食器類が丁寧に積まれている。

「これならどうだ!」

 魔石で猫模様を作らせたら、私は世界一の腕前だろう。一夜にして極みへと至った。リリウムを喜ばせるくらいにしか使い道のない、洗練された無駄な技術を存分に振るっている。

「いいですね、色彩は好みです。それに……特にこの数多の猫が揃いも揃って、一匹たりともこちらを見向きもしていない……この徹底振りにこだわりを感じられます。八点を差し上げますわ」

 良いところまでいくと思ったんだけど、八点か。厳しすぎるだろう──いや、意味が分からん。二人揃ってだいぶ頭が怪しくなってきた。八点のマグカップを放って一息入れる。

「あー……楽しかった。でもちょっと疲れちゃったよ」

「一晩中魔力を使い続ければ、それはそうでしょう。でも……嬉しいです。ありがとうございます、サクラ」

 おねだりされるがままに猫を創造し続けた。リリウムが喜ぶからだ。可愛い顔で喜ばれると、私は弱い。

(いやしかし、たくさん作ったな……フロンの生首どこいった? 食いしん坊もいないな。床に転がされてるのかな……いいやもう)

 机は一仕事終えた後のパレットのように、絵の具と化した魔石がこびりついていてひどい有様だ。掃除するのめんどくさいけど、これは浄化で綺麗にはできなかった。酒瓶と部屋だけは浄化しておこう。


 朝までお酒を飲んで、昼過ぎまで眠って……ダメな学生じゃないんだから。

 お昼過ぎに目を覚ますと、そこでは呆れ顔と怒り顔、そして得意気な、三者三様のエルフが騒いでいた。

 騒がしさで目を覚ますというのは初めてかもしれない。賑やかで結構なことだが、騒ぐなら外でやって欲しい。うるさい。

「なに騒いでんのよ……」

 あくびを一つ噛み殺しながらベッドから出ようとしたけれど、やっぱり止めた。めんどくさい。

 今日もお休みだ。二度寝。二度寝をしよう。

 ちょうど近くにいた小柄な湯たんぽを抱きしめて、毛布をかぶり直して──即座に剥ぎ取られた。身体強化は全て切っている。為す術がない。

「ちょっと、何すんの。かえして」

「その前にその泥棒猫に話があるんだ。それ渡しなよ」

「えー……やだよ寒い。毛布返して」

 次元箱に毛布あったっけ──ないか。ヴァーリルに全部置いてきている。その後仕入れた物は全部魔法袋の中だ。

 暖房が効いているとはいえ、毛布の中より外気の方が気温が低い、身体が冷える。無意識に縋るようにして抱きしめると、それを見た元祖湯たんぽが沸騰してまたぎゃーぎゃー騒ぎ始めた。すごくぬくそうだな、沸騰湯たんぽ。

「リリウムぅ、さむいよぉ……」

 睡眠が足りていない。まだ少し寝ていたい。今日はお休みだぞ、起こさないで欲しい。

「いじわるなエルフがいたものですね、こんなにも震えて……可哀想に」

 私より遥かに薄着なのに、こんな格好で寒くないって言うんだから……私も耐寒訓練を始めるべきか。

 腕は丸出しだし、腹も丸出しだし、胸も丸出し……ん?

「リリウム、服どうしたの」

 なんでこの娘すっぽんぽんなの。いや、下は履いてるのか。上を放り出してるだけだ。

「着替え中に寝所に引きずり込まれましたので、見ての通りですわ」

「何が引きずり込まれたよ! 服畳まれてるじゃにゃい! ノリノリで自分から抱き付いていたの知ってるんだからね!? この泥棒猫! 雌狐!」

「にゃいって……ふふっ、にゃいにゃい。似合ってはいませんけれど、可愛らしいですわね?」

「──短い付き合いだったね。すぐ楽にしてあげるよ」

 あーうるさい。他所でやってくれ。

 隣にあったフロンのベッドから毛布をかっぱらい、一人でそれにくるまって目を閉じた。頼むから静かにしてくれ。私は寝る。

「サクラっ、わたくしも、わたくしも一緒に寝ます」

 うーん……了承。湯たんぽは持ち込み可だ。勝手に入ってきた。楽ちん。

「あっ、ちょっと! まだ話は──ああぁもぉぉ! わ、私も! 一緒に寝る!」

 うるさい……了承。湯たんぽは三百円までだ。こっちも勝手に入ってきた。楽ちん。ぬくい。けどちょっと狭い。

 何やらフロンがボヤいていたようだけど、よく聞こえなかった。ねる。起こさないでね。


 ──二度寝から目を覚ますと部屋には誰もいなかった。明かりも灯っていないし暖房も切ってある。窓の辺りを見やれば、もうすっかり日が暮れてしまっている。

 流石にビビった、寝過ぎだろう。

(これはあれか、置いていかれたのか、夕飯。まぁ仕方ない。食欲より睡眠欲の方が強い。勝てない)

 そのまましばらくぼうっとする。静かだ。お昼の喧騒が嘘のよう。

 しかしあれだな、間接照明的な魔導具が欲しいな。真っ暗という環境、(ひと)種には少々辛い。鍛えてどうこうなるものならいくらでも特訓するのだが。

(二日……過ぎてしまった。ゆっくり休んだ、十分休んだ。明日からもう活動を再開したいけど……後一日休みにするって言っちゃってあるしな。休むは休むとして、何しよう)

 ベッドから抜け出し、手探りで明かりを灯して暖房を稼働させ、空腹を保存食で紛らわせながら部屋を見渡す。

「散らかっているなぁ、物も増えたし……やっぱり家を借りようかな」

 転がった酒瓶と後先考えずに作った食器類、出しっぱなし読みっぱなしの本、それに乙女の寝所とは思えぬほど、ぐちゃぐちゃなベッドが四台。

 エルフ臭は好きなので私は構わないんだけど、シーツ……洗濯に出してるのかな、これ。

 アウトなのではないか。乙女的にアウトなのではないか。実年齢はともかく、うら若き乙女達がこんな様では……女を無くしてはいけないのではないか。これでは話に聞く女子校のそれではないか。酒瓶は転がっていないだろうけど。

 私達がこんなだと、うちの娘達に強く言えない。そういえばあの子達どうしてるんだろう、休みに入ってから一度も会っていない気がする。

 探査で探ってみたが、三人共近くにはいない。彼らも四六時中一緒にいるというわけではないだろうが──。


 よく知りもしない他所の国の言語で書かれた本という物は、大抵は目を通したところで理解不能な代物だと思う。

 似たような他の言語に近い単語を一言二言拾えたりするかもしれないが、眠気を呼び起こす羊の役割も果たせない。

 私は《意思疎通》によってそういったものでも問題なく理解できるわけだが、それが専門書となると話が変わる。

 フロンが置きっぱなしにしていった本はそういう魔法関係、特に私の大の苦手とする術式に関わる物が大半だ。

 読めるしそれが何を言っているのかは分かるが、意味することを理解できない。

 私のおつむの出来がお察しでなければ……残念でならない。

 そんな綺麗に装丁された魔法書の山のそばに、かなり年代物の巻物が一巻、これまた年季の入ったノートのような紙束と一緒に置かれていた。

(迷宮産の巻物? ではなさそうだな、人造の……皮紙っぽい。触ったら破れそう……ノートはなんだろう)

 そこには在り処? だの、場所? だの、何やら地名や人名のような単語が並べられていたり、それに対する推測やら何やら。暗号を解読している途中、といった表現がしっくりとくる。

(ちょっと興味が……勝手に見たら怒られるかな)

 あーどうしよう……気になる……気にしないようにしようと思えば思うほど気になる。魔法袋に片付けていないってことは、そんなに重要なものでもない? でも巻かれてる巻物を広げたら……探査だ、探査をかける。

(いな……いか。近場にはいない。……いない? どこ行ったんだろう。お風呂かな。まぁいいや。近くにいないなら、ちょっとだけ……)

 隠してあると見たくなる。巻物にはそんな誘惑が……さて、するするーっと──。


「──めでたしめでたし。ってね」

 ただの物語だった。だが中々に興味深いお話だったということも確かか。触りだけ見て止めるつもりが、最後まで読みきってしまった。

 古い時代のエルフによって書かれたであろうエルフの騎士とお姫様の冒険奇譚。ひたすらにエルフをよいしょしてドワーフを道化役にしているところから、昔っから仲が悪いんだなー、的なことは読み取れた。何人か食われてたし。

 後はまぁ、空の竜を倒して財宝を見つけたり、海の竜を倒して迷宮を見つけたり。エルフってドラゴン好きなのかな。あまり文量もなかったし、大人が子供に読み聞かせるお伽噺の一節なのかもしれない。勧善懲悪的な要素もあった。

(探査だ、探査をかける……げっ、もうすぐ帰ってくる。やばいやばい、巻かなくては。破けるとまずい、丁寧に巻かなくては)

 三人が戻ってきたら私もご飯を食べに出よう。ついでに迷宮にも行ってこようかな?

 お伽噺の騎士の人に触発されたわけではないが、いい加減に身体を動かしたい。



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