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第百九十五話

 

 色合いと香りから何となく予想していたが、たぶんラム酒だな、これは。

 飲んだことがある。これがサトウキビのお酒かどうかは分からないけど、かなり似たような作物から作られたものだと思う。雰囲気が砂糖酒のそれだ。

 昔はオレンジとかライムジュースなんかで割って飲んでいたけど、美味しいなこれ。そのまま飲んでもいけるじゃない。

 私はそれほど強くないので、こっそりと適度に浄化をかけつつ、ほろ酔い気分を楽しんでいる。

「いける口のようだな。リューンはやらんしリリウムは子供だった……こうして仲間と飲むのは随分と久しく感じるよ。楽しいな」

 空けた端から二杯目を注がれ、もう一杯。うーん、強い。喉が焼けそう。

 ルナではお茶かジュースのようなものしか飲んでなかったからなぁ。あの頃はリリウムも若かった……というか、子供だったのか。

「ルナで初めて会った時、いくつくらいだったの?」

「出会った頃は、十四か五くらいだったと思います。まだこれの味は……知りませんでしたね」

 見た目は変わってないのだが、今はもう三十四、五年生きて──ん、もしかして年上になったのか。

(いつの間にか年下が年上になっていた……不思議だね。でもこれが現実だ)

 全体的に赤くなっているフロンと違い、元年下は流石ハーフドワーフと言うべきか、外見上の変化は一切見受けられない。

 お酒に弱いドワーフというのも探せばいるのだろうけど、リリウムはそうではないらしい。水を飲むような勢いで苦そうな香りのそれをぐいぐいと空けていく。見ていて気持ちいいな。

 フロンはバーのカウンターが似合いそうだが、リリウムは……うん、ノーコメントで。


 しかしなんだな、木のコップというのは……やはり些か色気に欠ける。

 片手でコップを傾けながら、ついでに次元箱からおつまみになりそうなものを取り出して──本命の浄化真石を手にする。

「ちょちょいのちょい……っと」

 この程度の変形、リューンを泣かすよりも容易い。適当な大きさに分けたそれを薄く延ばして丸めて……はい、ロックグラスー。

 後は変質させてしまえば──そう簡単に割れることもない。軽く爪で弾くと、甲高い良い音が響いた。

「……なるほど、これはまた……金の臭いがするな」

「しますわね。こんなに簡単に……」

 念の為に浄化を施してからお酒を注げば……うん、綺麗。こっちの方が千倍おしゃれだ。そして、万倍おしゃれにすることもできるわけだ。

「あまりド派手にしても、センスを疑われるからねー……っと」

 緑石と赤石を混ぜ合わせて黄色を作って、それで金髪と、肌の色は白石をメインに残った黄色を混ぜて……赤石でちょこっと頬を染めて、それをグラスに混ぜ込めば。

 デフォルメ化した酔っぱらいフロンの生首、一丁上がりだ。

「どうよ? 可愛くない?」

「わぁ……すごいですわ! すごいですわっ! ねぇねぇサクラ、わたくしにも! わたくしにも作って!」

 よかろう。この程度リューンを怒らせるよりも容易い。

「こうも精密に加工できるとは……正直予想だにしていなかったぞ。思いのままではないか」

 身体を丸めて眠ってる黒猫を、少し大きめのグラスに練り込んで──はい、完成。

「ずっと練習してたからね。鍛冶に装飾品に食器作りにと、大活躍だ」

 魔石を混ぜて色を作るのは手間だが、魔石でないと思い通りに加工できない。筆で染料を塗るなんてのは私には無理だ。絵心なんてものはない。

 可愛くお礼を告げられ……早速グラスにお酒を注いで、水面を揺らして遊んでいるリリウムが愛らしい。昔に戻ったみたいだ。

 本腰入れて作ればもっと色々できるけど、今は面倒なのでいい。──お皿だけ作っておこうかな。ガラスや陶器よりは衝撃にも強い。割れても汎用魔導具の電池になるはずだし、大変エコだ。


「はぁ……可愛いですわぁ……猫さん、ふふっ」

 お皿もリリウムの希望で黒猫さんになった。この子は寝起きでグーッと伸びている。猫の上に散らばったおつまみは端の方に除けられ、あまつさえお皿も没収されてしまった。

 猫なんかより君の方がよっぽど可愛いんだけど……せっかく作ったのに、使えないのは困るな。返してくれそうにない。

 仕方がないのでもう一枚。何にしようかな──話の取っ掛かりにもしたいし、あいつにしよう。

 緑の混ざった土色の獣が、両手で大木を掴んでもぐもぐしようとしている様を、デフォルメ化して白石製の皿に埋め込んでみる。二色で済むから簡単だな。白石のお皿は綺麗だけど、これ闇夜で光ったりしないよね……?

「──魔食獣か。特徴はよく捉えているな、こんなに愛らしい姿はしていなかった記憶があるが……」

 身体が大きくて、一心不乱にもぐもぐしてる。そこだけ聞けば可愛いかもしれない。実像はあまりにも巨大で、共喰いすら辞さないほどの食欲お化けだ。

「フロンはあれを見たことがあるんだ?」

「二度だったか三度あったか……その程度だがね」

「ねぇ、あれは……何なの? 魔物じゃないとか言ってたよね」

 魔物じゃないから狩るのは止めろ的なことを言われた記憶がうっすらと残っている。

「魔物ではない。もちろん魔獣でもない。あれは生物ではなく、精霊に近いと言われている」

 なんじゃそりゃ、そんなのがいるのか。精霊……精霊なぁ、そんなメルヘンな存在かな、あれは。

「浄化しても魔石が取れないから、魔物でも魔獣でもないっていうのは受け入れてもいいけど、精霊って?」

「居るとされている。精霊、聖霊、妖精。神や亜神もそうだが、実在するかも疑わしい怪しげな、あやふやなもの。神秘の一欠片。──私もよく分かっていない。全てを正しく把握している者などいないのではないかな。かつてはエルフも妖精とされていたらしいが」

 妖精ねぇ。ギースが森に物盗り妖精が出るとか何とか言ってたっけ。お伽噺の登場人物としてはポピュラーなのかもしれない。

 ただ、エルフを妖精と呼ぶことには断固として反対したい。こいつらはそんなメルヘンな存在では断じてない。森の民かっこわらいだ。

 神は居る。確かに居た。亜神というのは私を表現するのにぴったりだな。なら精霊も妖精、それに聖霊とやらが居てもおかしくない。というかこの不思議世界だ、なんでもありだろう。そもそも魔法なんてものがある時点でお伽噺の世界と何ら変わらない。

「それで、魔食獣はその精霊に分類されていると」

「私はそう教わった。姉さん、あれの死骸がどうなるか知っているかい?」

 知ってる知ってる。お友達にもぐもぐされる。そんな私を見てフロンは少し笑い、首を振ってから教えてくれる。

「あれはな、放っておくと消えるんだよ。迷宮に魔物の死骸が吸われるように、いつの間にか消えてなくなってしまう。魔石を持たず、死骸も残らず。魔物や動物とは根本的に在り方が違うんだ」

 はぇー……それは……メルヘンだな。そんなものでも魔物と同じく瘴気持ちになったり、糧が取れたりするんだから……何なんだろうね、ほんと。

「瘴気って何なの?」

「──分からん。何なのだろうな、瘴気とは」

 是非とも解明してもらいたいものだ。瘴気と灰色と、神力との関係を。私は匙を投げつつある。


 フロンがお酒好きということはこの短時間のうちによく理解したが、実はあまり強くないこともすぐに判明した。

 自分の顔絵入りのグラスにワインっぽい色の液体を注いで景気良く飲んでいたが、ある時唐突にパタリと倒れ、動かなくなった。

「寝てる?」

 中毒起こしてたら流石に浄化してあげないといけない。

「寝ていますね。ベッドに放っておきましょう」

 言うなり立ち上がり、抱え上げて、そのまま近くのベッドに文字通り放り投げて戻ってきた。扱いが雑過ぎやしないかい。靴くらい脱がせてあげればいいのに。

「やっと邪魔者が消えたのですから。ふふっ、二人っきり……ですね?」

 椅子を隣に。太腿と腕とを引っ付けて。ほんのりと赤……くはないな。シラフにしか見えないのが惜しい。目が笑っていなければ艶っぽいんだけど。

「今夜は寝かせないよ」

「あら、わたくしは一体何をされてしまうのでしょう!」

 リューン帰ってこないし、黒猫グラスに手酌でお酒を注いでいるし、朝まで飲み明かす気満々だ。

 お酒もつまみもまだまだ残っている。フロンがやたらめったら開封しまくるものだから……置いておくと不味くなるから、仕方ない仕方ない。

 お休みだしね。たまにはこういうのもありということで。



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