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第百九十四話

 

 じゃあ遊びに行きましょう! デートしよう! というお誘いはフロンが一蹴してくれた。それでは私が休暇にならないではないかと。

 というわけで……私は珍しく日が昇ってから目を覚まし、いつものようにくっついているリューンを引っぺがす事なく、毛布を掛け直して二度寝を楽しみ、お昼前になってようやく身体を起こした。

(あー……寝た。すっごくねた)

 二度寝はただでさえ気持ちいい。その上寒い季節に快適な温度になるように暖房を効かせて、柔らかい湯たんぽを抱き抱えて毛布にくるまる。至上だね。至福だね。

 この幸福感はちょっと他では味わえない。明日はリリウムにもくっついてもらおうか。それで四倍幸せだ。

 そのリリウムは既に部屋にいない。フロンもいないな。暖房魔導具は物音一つ立てないので、とても静かだ。

(あー……こういう時に冷凍食品があれば便利だろうなぁ)

 堅パンに干し肉はまだ残っているけれど、あまりおやつ感覚で摘んでもな。

 さて、何をしよう。ストレッチは……後でいい。素振りも今日はもういいや。迷宮もなし。リューンはまだアホ面晒して眠っている。どうしようかな……また寝るか。

「本当によく寝るよね……頭痛くならないの?」

 ヨダレを垂らして眠っているエルフから返事は返ってこない。服の袖で適当にそれを拭って、抱き枕にして目を瞑る。

 眠気は襲ってこなかったが、空腹に耐えかねた湯たんぽの意識が覚醒するまで、そのまましばらく穏やかな時間を楽しんだ。


「……サクラがいる」

「お休みだもの。おはようリューン」

 しかしあれだな、相変わらず可愛いな。

 寝顔も最高だが、とろんとした寝起きの顔……髪はボサボサで顔に布の跡が残っているけれど、こんなだらしないふにゃふにゃ顔まで可愛いんだから……ズルい。

 最近はこういう時間ほとんどなかったし……たまにはお休みもありだな、定期的に設けてもいい。働き過ぎだな。いつだったか反省した記憶がなくもないんだが。

「好き」

 お口はスイッチ入っちゃうからダメだ。ほっぺにチュッ、くらいでちょうど良い。

「お、おぉ……? ……サクラがデレた!? そうだよ! こういうのをねっ? こういう時間を待っていたんだよ!」

 いや、朝っぱらからそういう展開はない。雰囲気が台無しだよリューンちゃん。昼ならいいというわけでもない。


 頑張って維持しようとしてみたが、そんな甘々な空気も長くは続かない。お腹を空かせたエルフにお昼ごはんをねだられ、焼けた肉の脂に塗れたことで台無しになる。

「ねぇねぇ、早く帰って続きしようよ」

「嫌だよ、リューンお肉臭いんだもん。今日はもう店じまい」

「えぇ……だってしょうがないじゃない、食べないとお腹空くでしょ? サクラも食べてたじゃない」

 がっつり焼いて濃いソースをかけたお肉を塊で食べてたエルフと、小さなパンに薄味のそれを一切れ二切れ挟んで食べてた私とを同列に並べないで欲しい。

「ずっと不思議に思ってたんだけど、どうしてそんなに食べて太らないの? 何に栄養使ってるのよ、胸もないのに」

 フロンもリリウムも別に大食らいではない。エルフの血ではないことは分かっている。放っておけば食べて寝て食べて……食っちゃ寝してるだけなのに、どうしてこうも……私が陰でどれだけスタイルを維持する努力をしていると思っているんだ。

「どうしてって、そんなこと言われても分からないよ……」

 あーズルいズルい。妬ましい。可愛くてスタイル良くてたくさん食べても太らないとか、反則だろう。なんだこいつ。細いウエストしやがって。誘ってんのか。

 このエルフは自分がスタイルいいからって、私にも腰とか足とか晒す服を着せたがるんだ。許せない。すべすべの良い身体しやがって。

「言い掛かりだよぉ……ちょっと、くすぐったいからつっつかないでっ」

(うーむ、ちょっとくらいなら……でもこのエルフ脂臭いんだよな……お風呂か。風呂だな、お風呂に入ろう。それからならいい)

 最近は磨いてなかったし、ちょうどいい。ピッカピカにしてやろう。


 公衆浴場の個人風呂も悪いものではない。けどやっぱり……欲しいなぁ、お家風呂。

 長めに借りてはいるが、時間を気にしてお風呂に浸かるのは落ち着かない。贅沢になったもんだ。

「ねぇ、海沿いの温泉地とかって心当たりない?」

「温泉湧いてるところはいくつか知ってるけど、海沿いかぁ……うーん……」

 髪をまとめた頭が重い。老けた気はしないし身長や胸囲も変化は見られないが、髪や爪、それに腹周りのお肉と言った無駄なところは育つというか伸びるというか、増えるというか。どうなってるんだろうね、この身体は。

 毛先は揃えているものの、あまり伸びるがままにしておくというのもどうかと思う。いっそばっさり短くしてみようか。

 ただリューンが真似っ子してショートになったら、フロンとパッと見で区別できなくなりそうで困る。私達三人は、かなり背格好が似ているわけで。

 間違ってフロンに抱きついているところをリューンに見られたら……彼女の首が飛ぶやもしれぬ。

 このエルフのサラサラの金髪、正直かなり好きだ。愛していると言ってもいい。なので、できれば切らないでいて欲しい。私は邪魔なので短くしたい気持ちがある。真似っ子しないで欲しい。

「沸かしてもいいけど、いつでも熱々のお風呂に入れるようなお家、建てたいなぁって」

 打たせ湯とか、源泉掛け流しの大きなお風呂……いいなぁ、憧れる。

「それは大層魅力的だね。でも海沿いとなると……分からないなぁ」

 探せばないだろうか。ボタン一つで自動で水を張ってお湯を沸かしてくれるお風呂なんてきっと作れない。

 ならばもう、自然の力で勝手に湧いてくるような温泉地に家を建てる方が簡単だ。

 交易の盛んな海沿いの港町ウィズ温泉。ないかなぁ……流石にないか。

 健康にも美容にも良い、そんな自家用温泉、欲しいなぁ。

 掃除は浄化しちゃえばいいわけで、全然手間ではない。いっそ寂れた温泉宿を買い取った方が早いかな。


「あら、お風呂でしたか」

 湯冷めするのもよくないな。よくない。やっぱりお家だ、家風呂が欲しい。季節感をガン無視してタンクトップ一枚でいる私の使徒のように、皆が皆寒さに強いというわけでもない。

「リューンが臭くてね」

「ちょっと! その言い方は語弊があるよ!」

 宿の部屋に戻ると、うちのエルフは揃ってお酒を飲んでいた。結構な数の酒瓶が床に並べられている。無色透明に近い物は見当たらない。

 ハイな方はほんのりと顔が赤くてセクシーだ。酒場に居たら一発で絡まれる系の顔になっている。

 聖女ちゃん、セクシーというのはこういうことを言うんだよ。

「フロンは飲むんだよね。リューンがお酒嫌いなのって種族的なものじゃないんだ?」

(ひと)種と変わらない。血で強弱があったり、単に嗜好であったりな。そのような幻想を抱かれていることはよく知っている」

 コップを揺らして香りを楽しんでいる姿も様になっている。

「よくそんなの飲めるよね……臭いだけでも酔いそう」

 しかめっ面で嫌そうにしている、こういうところはエルフっぽいんだけどなぁ。私が持っていたエルフ幻想はもう、とっくに消え失せてしまっている。

 肉塊にかぶりつくわ、船を作ろうとしているわ、お酒は飲むわ……森の民、かっこわらい。そういえば爆発キノコも見分けられなかったっけ。爆笑だな。

「大人になればリューンさんと飲めると思っていましたのに……残念です。サクラはいけるのですか?」

「飲めるよ。リューンが嫌がるから普段から飲まないだけ」

 最後に飲んだのいつだっけ。北の王都の宿で二日酔いになった──いや、その後に次元箱の中で一人酒をしたか。あの時が最後だな。

 ヴァーリルのお家が建ったときも結局飲まなかったし。

「サクラはすごく優しいんだよ? お酒を運ぶ仕事の時もね、収納の時にお酒の香りが服について、私が嫌がるからって、真っ先にお風呂で臭いを落としてくれてね──」

「思えば姉さんと酌み交わしたことはなかったな。少し付き合わないか」

「何を聞いてたの酔っぱらい。サクラは私のためにお酒は飲まな──」

 うーん……たまにはいいか、お休みだし。私は浄化でアルコールは残らない。飲みニケーションというやつだ。

「強くてもいいから、甘めのがあったらお願い。辛いのは苦手なんだ」

「そうこなくてはな! あるぞ、少し強いが、良いのがな」

 木製のコップに琥珀色の液体がなみなみと注がれる。いい香りだな、美味しそう。

「ちょっとぉ! サクラはこれから私といちゃいちゃするんだから! 変なもの飲ませないでよ!」

「うるさいぞリューン、ここからは大人の時間だ。それとも何だ、お前も付き合うか?」

「ぐ……ぐぬ……きょ、今日だけはサクラを譲ってあげるよ……」

 負けるのか。そんなに嫌いなのか。まぁ、アルハラは良くない。

 しかし、この椅子はどこから調達してきたんだろう。買ってきたのかな。


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