第百九十二話
「──というわけで、手が足りないんだよ。お給金は出すから手伝ってくれないかな?」
夕食時、手を合わせて可愛くお願いしてみる。もちろん全員に対して。
粘土を捏ねて、魔石の粉末を混ぜて、ミンチにして、型に嵌めて、取り出して、並べて乾かして、釜に並べて、それを取り出す。一連の流れは全て手作業だ。十個二十個で済むなら私一人でも可能だが、たくさん作るとなると全然手が足りない。次元箱には何万個……桁が違うな、きっともっと入る。
外部から人を雇うわけにはいかない。魔石も魔導具も見せられない。となれば……身内に頭を下げるしかない。
「いいですよ! やっと走りこみから解放されます!」
「サクラさんにはお世話になっていますから。お力になれるのであれば、喜んでお手伝いさせて頂きます」
いい子達だ。お姉さんは嬉しいよ。聖女ちゃんもやる気になってくれている。お姉ちゃんは嬉しいよ。
でもきっと、君達が思ってる以上に過酷な現場だと思う。覚悟して欲しい。
あれこれと準備をして、皆を工場へと案内する。物珍しそうに周囲を眺めている少年少女たちに着替えを渡し、道具を前にして工程の説明を始めた。
「粘土と魔石の粉末、比率はこんな感じで──それをこれで混ぜて──型はこんな風に──」
難しいことはない。そこまで厳密にやらなくてもいい。大事なのは雑に扱わないことだ。それは……大量に使っている浄化橙石を見れば一目瞭然だったのだろう。真剣に聞いてくれている。
「割ったり割れたりしても怒ったりしないけど、なるべく丁寧に作ってくれると嬉しい。分からないことがあったら私かフロンに聞いてね」
一連の工程をやってみせて、説明も乗せていく。後は実際にそれぞれやってもらって、上手にできたら褒めてあげよう。
レンガは焼けるが鉄は燃えない。そんな程度の炎を吐き続ける銀色の火炎放射器が五台立ち並んでいる。
工場内は、控えめに言って灼熱地獄だ。普通は釜の中に熱源を入れて入り口を塞ぐのだが……そうもいかないわけで。
期せずして生力育成に向いた環境が整った。いやー、偶然だなー。
「暑いですぅ……」
「言うな、耐えられなくなる……過酷だと言われてはいたが……」
聖女ちゃんとミッター君が死んだ魚のような目をして型からレンガを取り出して、同じく感情を無くしたペトラちゃんが無言でそれを淡々と並べている。
「これも修練だよ! サクラやリリウムを見てごらんよ。ピンピンしてるでしょ? 頑張ればこうなれるんだよ! 二人だって努力したんだからね!」
リューン先生が先生らしいことをしている。久しぶりに見た。彼女は私の鍛冶場にある程度居座れる程度には熱に強いので、あそこよりも低い温度の工場内は、ちょっと暑い程度で済んでいるのだと思う。
一周目は皆楽しそうにしていた。たまにじゃれあいながらミンチ装置のレバーをぐるぐる回し、型にそれを詰め込んで形を整え、フロンが魔導具でそれを乾燥させる工程を見ながら感嘆の声をあげ、水分を補給しながら小休止をして……釜に詰め込んで、火炎放射器に火が入るまでは。
やりきった表情で、これで終わりですか? みたいな期待した顔で見上げてくるわんこ二人に、じゃあ次行こうかと告げるのは大変心苦しかった。いやー、心が痛むなー。
肌寒い別の倉庫で延々と型嵌め作業をさせるのは寂しいかなと思ったので、こうして全員居る釜の前で、混ぜたり練ったり捏ねたり嵌めたり抜いたり並べたりさせている。
「お姉さん、これ……どのくらい作ればいいんですか?」
汗だくで作業着が肌に張り付いた可愛い可愛い私のソフィア。ほんのりと大人の色香を出しつつある。セクシーだよ。
「粘土はなくなったら追加を発注するよ。魔石がなくなると思う?」
セクシーは死んだ。
水分と塩分はしっかりと取らせているし、それ以外にも定期的に休憩を与えてもいる。灼熱地獄の中という事実に蓋をすれば、うちの就労環境は極めてホワイトだと言えると思う。
三セット分の型取りが終わり、それを並べて乾燥させたところで……本日のお仕事は終了だ。
一日二セットを焼き、次の日は釜の内部から完成品を取り出して、乾燥したレンガを突っ込んで火を入れてから……混ぜたり練ったりの作業が始まる。
うちはホワイトなのでお給料もきっちり支払う。一人当たり大金貨五枚。日当としては破格だと思うな。
「皆今日はありがとうね、本当に助かったよ。──また手伝ってくれるかな?」
「もちろんだよ!」
うんうん、ありがたい話だ。返事は一つしか聞こえなかったけど。うちの子達の目がここに来るたびに死なない程度までは……強引にでも生力を育てよう。
最初に感情を取り戻したのは意外なことに、真っ先に死んでいた聖女ちゃんだ。
私とて鬼ではない。毎日レンガを焼くのは辛かろうと思い、一日雇った後、二日は間を空けていた。彼らをレンガ職人にしたいわけではないのだし。
三回目のお仕事を終えた後、これまでメンタルがブレイクして死に体でリリウムに宿まで引きずられていた彼女が、自分の足で立っていたのを見て、褒めてあげたら生き返った。
チョロすぎて不安にならないでもない。その後はうちの子達を牽引して工場まで出向いてくれるようになったので、とても助かっている。
この頃には、明らかに熱に強くなり、持久力が増してきたことを、三人共実感できるようになってきたのだと思う。次にミッター君が、最後にペトラちゃんも心を取り戻して……一日置きにして欲しいと打診され、毎日にして欲しいと打診され──やがて、朝一で作業をして、その後迷宮に出張るまでになってみせた。
若いって凄い。エネルギッシュで少し眩しいよ。
レンガを焼く作業に習熟した彼らは、当初よりも遥かに素早く粘土を捏ね、魔石の粉末を混ぜ、型取り型抜きを終わらせ、空いた時間に工場で対人訓練をするようになった。放出魔法を禁止にする条件でそれを認めた。
フロン以外は全員近接戦闘が可能だ。素手のリリウムもこれに混ざって身体を動かしながら教練している。
そして私も──。
「ソフィア。威力が増すのは分かるけど、大振りすぎるんだよ。もっとこう、コンパクトにね。こうじゃなくて……こうっ!」
十七、八才の少女とは言え、気力と魔力を扱える二つ持ち。これらの修練も続けているし、最近は生力もグングン育っている。
このくらいになれば……私と打ち合ってもそう簡単にダウンすることもない。修練にも熱が入る。
「ほら、ここもここも、ここも。隙だらけだ。そんなんじゃすぐに死ぬよ?」
鞘でポンポンと小突いていく姑……ではなく、リューンちゃん。
「もっと周りを見なさい。この程度で心を乱していてはお話になりません」
ただの木の棒でバシバシと叩いていく鬼嫁……ではなくリリウムちゃん。リリウムにちゃん付けするのは何か違うな……。
「はいっ! お願いしますっ!」
そしてそんな年増のイジメにも負けず、健気に立ち上がって剣を構える聖女ちゃん。
一対三なんて状況、一目散に逃げてしまうのがいい。避けるのが一番だ。だが避けられないなら、戦うしかない。
ペトラちゃんとミッター君は既に遠くでのびている。仲間が一人加わるのも、そう遠くはなかった。
「だいぶ良くはなってきたかな」
夕食をとりながら、ぽつりと感想を漏らす。ピタッと手を止めて、うちの子達の視線がこちらを向く。
だいぶ良くなった。これは本音だ。
ミッター君はちょっとやそっとじゃ盾を落とさなくなったし、受けも流しも上達している。剣も鋭く、同程度の気力で魔法と近当てを封印してやりあえば、私は突破できないかもしれない。
ペトラちゃんは押し引きがより上手くなった。何よりも足場魔法の扱いがとても上手くなって、かなり動きが読めなくなってきている。盾として使うことにも慣れてきたようだ。切れ味強化と足場魔法を全力で使うと……すぐに魔力が枯れてしまっているが。
ソフィアはまだ些か隙が大きいが、倒れることがない。よくもまぁ重い剣をぶんぶんと振り回して……振り回さないで欲しいのだが、何度言ってもこのスタイルに戻ってしまうし……もう、こっちを伸ばす方面にシフトした方がいいのかもしれない。
総じて、同じ年頃の男女と比較すればかなり……マシな部類に入るようになったと思う。
持久力も付いてきているし、最近は三人共、魔法面もフロンに指導を受けている。着実に成長している。
今はこの調子で、生力の底上げに注力して欲しい。これが一段落ついたら実地で、護衛や迷宮攻略を見せてもらおうかと思っている。