第百八十九話
これは……面倒なことになった──などとニヒルに決めて、タバコでも燻らせたいところだが、そうもいかない。
見つけてしまった。王城から貴族街に近寄って、どうやって探そうかと《探査》をかけたら一発目でヒットした。そりゃないぜ。
普通はこの探索で一波乱あるだろうに……いいやもう。
認識阻害転移で敷地内に侵入してみたが、布で手足に口まで縛られ、私室に転がされているところを発見。ここまでやるなら目隠しもすればいいのに。生かして帰す気はなかったってことかな。
部屋の主は見当たらない、っていうかここ、誰さんのお家?
(どうしようかな、連れ帰るのは簡単だけど、どうやって見つけたってことにもなるし……普通に騎士にやってもらうか)
そうだな、それがいい。あの近衛ちゃんに先陣切ってもらえば……少しは酌量の余地も出てくるかもしれない。
若干ゴロツキの類が多いが、その辺は私が処理すればいい。善は急げだ。
屋敷の様子を確認してから王城まで走って戻り、近衛ちゃんにまだ残っている信頼のできる騎士を数人捕まえてきてもらって、件のお屋敷までまた走って引き返す。
「あ、あの! 本当に!? まだ半刻と経っていませんが!」
「いいから黙って走りなさい。疑問を介在させず、言われた通りに動きなさい。保証はできませんが、首は繋がるかもしれませんよ?」
一緒に城デートをした仲だ。首を切られても私がそれを知ることはないが、無駄に命を散らすことはない。
彼女達からすれば何の保証もなく貴族のお屋敷に殴り込むわけで……まぁ、信じろといっても無理な話だな。
「あ、あの……ここ? ここ、公爵──」
鶏かな。誰とかそういうことはいい。
手早く門に駆け寄って門番を十手で殴って静かにさせて、そのまま近当てで贅を──税を? ──尽くした立派な門を吹き飛ばす。爆音が周囲に響き渡った。
「行きますよ。ここまでやったらもう頭を下げても同じです。腹を括りなさい」
君達、目を点にしている暇なんてないんだぞ。時間との勝負だということを理解して欲しい。
返事を待たずにお屋敷まで走る。本気を出すと後ろが付いて来られないので少し手を抜いているが、凄い庭だな。公爵とか言ってたけど、一番偉いんだっけ。違ったかな。具体的に何がどう違うのかが分からん。男爵子爵が木っ端ということくらいは知っているが。
まぁ、とにかく偉い貴族のお庭だ。そりゃ立派だ。無駄に広いし、地面は綺麗に均されているし、ところどころ石畳だし、植木は綺麗に剪定されているし、花もそれなりに咲いている。冬なのになぁ……。
騎士が全員付いてきていることを確認して、辿り着いたこれまた無駄に立派な屋敷の前で探査をかけ直す。
(よしよし、まだいるね。しかし玄関に見張りもいないとは……不用心なことだ)
そして有無を言わさずに屋敷の玄関扉も吹き飛ばす。全然スマートじゃないが、仕方ない。鍵がかかっていたら面倒くさいし。
「ここは私が抑えておきます。貴方達はさっさと連れてきなさい」
これだけ暴れれば、当然相手方にも動きがある。屋敷の中には大して人もいないが、兵隊を抱えておく建物が近くにあるのは知っている。そこからどんどん男が雪崩れ込んでくる。きゃーこわい。ここは私に任せて早く行けー! ってね。
対人で相手を無力化するのに良い方法がないか。私は私なりにずっと考えていた。
盗賊は殺してしまって問題ない。フロンに何かと言われた今もその気持ちは変わっていないが……殺さずに捕まえた方がいい相手がいる、ということも確かだと思う。
専用の武器を作ることも考えた。刺股なんかが分かりやすい。あれは殺さず捕らえるにいい装備だと思う。魔法には無力だけど。
今回の依頼の最中、夜会で騎士風の男が魔法師を捕らえていたような体術も有効だと思う。こんな面倒なことにならなければ、是非とも学ばせて欲しいと願ったことだろう。
リューンが使っているような束縛魔法ももちろん有効だろう。私がノーコンであるということに目を瞑れば。
これらには、今すぐどうにかできることではないという共通点がある。今どうにかするにはどうすればいいか。
──まぁ、気絶させてしまえばいい。
漫画だったか何だったか、以前読んだ覚えがある。知識として持っている。
顎をかすめるようにして当たった拳は、脳を揺さぶって……脳震盪を起こすのだと。
当時は普通に顔面ぶん殴った方が効くんじゃないか、などと考えたかもしれない。あるいは特に何の感想もなかったかもしれない。
それはもうどうでもいい。本当に効くかどうか、今ここで試してみよう。
流石にうちのわんこ達やリリウムの顎をぶん殴るわけにもいかない。そんな可哀想なことできない。こいつらは……別に可哀想ではない。
むさい男の髭面なんて手袋越しでも触りたくないので、当然十手を使う。顎をかすめるようにして……薙ぐ!
一人目は顔から吹っ飛んで顔から落ちて転がって行った。……失敗だ。
二人目は薙ぎが外れ、咄嗟に振り上げて顎を砕かれ、顔から飛んで背中から落ちた。これまた失敗だ。
三人目はその場で崩れ落ちた。
(おっ? 成功したかな。死んで……ないよね。流石に皆殺しは避けたい。でもこの中に下手人がいるかもしれないし……)
いいや、後はあのおっさんが何とかするだろう。
当てる位置や力の入り具合を変えたりして色々と試行錯誤をしていて分かったが、金属製の兜を被った相手にはよく効いた。非常によく効いた。
(脳震盪っていうくらいだから脳が揺さぶられる……頭に重りがあると、そう……なるのかな。よく分からないけど、兜は危険だな。いや、基本的にはいい防具だと思うんだけど……)
動いている相手の一点、顎の下ギリギリをピンポイントで薙ぐのは結構難しい。今の私には横振りにするよりも突く方が正確で、喉を潰さないように顎の下を突いて回るといった手法で男達の群れを無力化し続けていた。しかしおそらく、薙いだ方が効果は高そうに思える。
数人失敗したが、それ以外は全て一撃で意識を刈り取れている。たぶん脳震盪を起こしてる。二人目と首に当たった連中以外は死んではいないはず。
顎も……最初の数人以外はおそらく砕かれていない。殺さずに制圧するには良い手だな、これは。近当ても浄化も入れなくていいから、非常に楽。
(かすらせるようにして……喉を突かないように……やっぱり突きだな。突きは最高だ)
いつかのように一人も逃さずに追い回して意識を刈り取っているが、ぼちぼち近衛ちゃん一行が玄関口に現れる頃合いだ。遊びは終わりにしよう。
近衛ちゃんによってちっこいのが救出され、お城から応援がやってきて、ゴロツキ共がついでにお縄について、本邸にいたとかいう黒幕が引っ捕らえられ、私はまたもや夜会で護衛を勤めている。
誘拐上がりで夜会に参加しているこのお姫様の胆力には本当に舌を巻くばかりだ。ベッドに引きこもってしまいそうなものだけど。
(タフだねぇ、本当にタフだ。数時間と眠れなかっただろうに)
深夜に拐かされて、昼前に助け出されたとしても……うん、拘束されてぐーすか眠っていられたら大したものだ。この娘は別に、その点は大したものではなかった。
化粧で隠してはいるが、目もその周りもまだ赤い。それでも義務を全うしようとする姿は幼子とは思えないほど、本当に立派だ。
(まぁ、頑張れ。草葉の陰から応援してあげよう。三日くらいは)
拐われたお姫様を助け出す近衛騎士。ロマンチックだね。助け出した近衛ちゃんと、助け出されたお姫ちゃんとのロマンスを期待する展開だ。
まぁ、そんなもんが始まろうものなら、このおっちゃんが黙ってはいないだろう。残念でならない。他人の恋話は楽しいのに。
救出に同行した騎士はほとんどが男だったが、残念なことにあの娘は男嫌いだ。話が広がらない。
「大儀であった」
そのおっちゃんから労いのお言葉を頂けたが、そんなものはどうでもいい。一体全体どうなってるんだろうね、この国は。
「どうも。私の仕事はこれで終わりでいいですね?」
帝都の騎士がお姫様の所在を探り当て、近衛ちゃん率いる騎士達が頑張って助けて、貴族のお家が一つ取り潰しになった。対外的にはそういうことになる。してもらった。
なので、公的に謁見の場的な場所に呼ばれて、面をあげぃ的なシナリオはない。その点は一安心ではある。
「無論だ。よくやってくれた。望みを言うがいい」
報酬のことだろう。望みねぇ、いっぱいあるんだけど……。考えていたんだけど……。
時計的な物はフロンと作る方が楽しそうだし、術式系も……公にされていないものをホイホイと見せてくれるとも思えない。
装飾品のレパートリーはだいぶ増えたから、現状で満足はしている。
家の一軒くらいは言えばくれそうだが……これは受け取ったらヤバそうだ。近くにいたら体よく使われてしまいそうだし、そもそもこんな物騒な国には長居したくない。あの体術も……口惜しいが止めておこうと思う。
となるともう、現金でいいな。まるで夢がないが、お金でいい。
「大金貨で結構です。あるだけ出しなさい」
「ふむ。──おい」
無駄にきらびやかな自称皇帝のおっさんの執務室、今日は当社比三割増しで爛々と光り輝いているように見える。
常におっさんのそばに控えていた老人に声がかかった。なんていうんだっけ、宰相だとか、たぶんそんな感じの立場の人だ。知恵袋的な。
「──そうでした。レンガを大量に焼きたいのです。ついでに耐火粘土と大型のカマドを手配してください。報酬から差っ引いてくれて構いません」
もうおっさんを通す必要もない。このお爺さんに直接頼もう。
ヴァーリルのお家でもレンガは焼ける。だが私の魔石炉は高品質だが、あまりサイズが大きくない。
レンガは焼き上がるのに時間がかかるので、あそこでたくさん作るのは不向きだ。大型のものがあったら貸して欲しい。大国だし、それくらい持ってるでしょ。
「レンガでございますか。少々お待ち頂けますかな」
私のような小娘に対しても礼儀正しく一礼してから、何やら書類棚の前を行ったり来たりして資料を集めている。
しばらくして皇帝にそれらの資料を提示して、小声でごにょごにょ話していたが、やがておっさん御自ら書類を作成して、封筒を蝋で止めてそれをこちらに差し出してきた。
「西の外れに稼働していない工場がある、それを役所に届けて好きに使え。金貨も朝までに用意させる」
ありがとうお父ちゃん。