第百八十八話
結婚式でも、お色直しとか言って頻繁に衣装を替えるもの。多少お金がかかろうが新婦が楽しめれば、別にそれはそれでいいと思う。
だが夜会お茶会夜会と全てドレスが違うというのは、それらとは金のかかり方が全然違う。借り物ではないわけで、本当にお偉いさんは金持ってるんだな。
しかもアクセサリーの類も、ドレスに合うように都度一新されているわけで……。装飾品はまた流用するのだろうけど……まさかこれも一度使って終わりとか言わないよね?
そんなどうでもいいことを考えてしまうほど、その日の夜会は平和につつがなく進行していった。
客と姫の会話の流れから察するに、だんだんと客の階級が落ちていっている。初日は公爵だの侯爵だの伯爵だの、その子息だの令嬢だのと色々いたが、今は子爵や男爵だのといった木っ端貴族がかなりの割合で混ざり始めている。変わりなく挨拶を続けているように見えて、この姫さんも少し対応が雑になってる気がしないでもない。
そういえば、この娘を刺そうとしたアホも何とか子爵の……とか名乗っていた気がする。あのおっさんのことだから、お家取り潰しにでもなるんだろうか。よもやあのアホ一人処刑にして済む問題というわけでもないだろう。
(それにしてもまぁ、本当によく体力が保つなこの娘。治癒でもかけてるんだろうか。あれで疲労が抜けるのか、私は知らないわけだけど)
思えば──本当に知らない。なんで知らないんだ! 大事なことだろう。治癒、聖女ちゃんが使えるというのに……。
私が血を流すような怪我をしたのは、思い返せば狼と戦った最初の戦闘と、神域の祠を蹴りつけた時くらいで、基本的に無傷でここまで過ごしてきた。
一度死んだとはいえ、割りと無病息災であったわけで……思えば病気一つしてないのか。すごいな私、女神様効果半端ない。
その辺も今更だけど……検証というか、フロン先生と話をしておいた方がいいな。健やかに生きていきたいし、生きてもらいたい。
いつの間にか夜会が終了して、そのままお姫ちゃんをお部屋の前まで送り届け、何事もなく仕事が終わってしまった。
これはこれで退屈というか、物足りないというか……まぁ、何事もなければそれに越したことはない。
運んでもらった食事に浄化を施してから口にして、食器ごとメイドを追い払ってお風呂に入れば、後は自由時間だ。
「いやぁ、本当に大漁だな……こんな感じだったっけ」
記憶に新しいうちに装飾品のデザインを橙石の粘土に刻みつけていく。知的財産権に真っ向から喧嘩売ってるな、日本でやったら一発でお縄だ。
皿やコップといった食器類の一つ一つを取ってしても、洗練された品が多かった。お皿にはあまり興味がないけれど、コップはお金になるかもしれない。
この世界、ガラスのようなものは存在している。だが無色透明のそれは、はっきり言って皆無に等しい。そのせいか、水晶はかなりお高い。
酒瓶なんかにも使われているくらいだし、ある程度量産できるような物なわけで……製法も当然確立されていて、広く周知されているのだと思う。
ただ、どこもかしこも開き直って色ガラスのようになっているのが、未だに拭い去れない違和感としてもやもやを心に残している。初めはカラフルでいいな、なんて思ったりもしたけれど。
(似たような物は作れる。浄化真石を薄く伸ばして変質させれば、割れにくい透明なガラスもどきは……作れる)
拠点を建てる際、使ってみようかな。下手したら窓枠ごと盗まれそうだけど……危ないかな、これも皆と相談してみるか。
まぁ窓ガラスはいい。日本ではありふれていた無色透明なガラス製のコップ、あるいは切子やヴェネチアングラスのようなガラス工芸品。アクセサリー並に……お金になるのではないだろうか。
それに鏡だ。この世界の鏡は、金属板を磨いたような物が全てだ。私はそれしか知らない。くっきりはっきり反射されるような、普通のガラス鏡は置いていない。
お城の中をそれなりに回ってみたが、それはここでも変わらないようで。もしかしたらお偉いさんの私室なんかにはあるのかもしれないけど、これだけ壺やら絵画やらを飾っているのに、鏡にだけ手を抜くということも考えにくい。
(鏡ってどうやって作るんだったかなぁ……何かガラスに銀粉を吹き付けるとか、そんな感じだったと思うんだけど……)
上手くいけばこれもお金になりそう。ならなくても自分達用に欲しいな。真銀を粉末にするのが骨だけど……試してみよう。
鍛冶場がないのが本当に残念でならない。鎚も金床も持ってきてはいるが、炉がないと何もできないわけで。
(暇を見繕ってレンガだけでも……いや、それにも炉が要る。炉を作るためのレンガを焼くための炉が要る。ままならないなぁ)
いやしかし、ヴァーリルのお爺さん達には感謝しないといけない。当時は何でこんなことをと、頭を捻ったものだが。
拐われた。私の護衛対象の、なんとかかんとかちゃんが。
朝早く起床して部屋で身体を動かしていたらメイドが部屋に駆け込んできて、寝間着のまま自称皇帝のおっさんの元に引っ張っていかれた。
夕食の後に自室へ戻ったところまでは確認されているようだが、今朝使用人が部屋に入ったところ、窓が破られていてもぬけの殻だったと。
気付けよ。っていうか部屋の中に見張りとかいなかったの? 朝まで気付かないって何なの……。
私は爆睡していた。やっぱりお城は危ないな、次元箱使わないとダメか。
「貴様を部屋付きにしなかった我のミスだ。──探せないか」
威厳も何もあったもんじゃない。娘大好きなお父ちゃんの顔をしているしょぼくれた自称皇帝。
(はぁー……めんどくさ……。だから言ったじゃん、どうなってるのって。大丈夫なのって。それに何と答えたんだっけな、この近衛ちゃんは)
青い顔をしてガタガタ震えているこの娘には既に何か沙汰が下されたんだろうか。こっちを見られてもなぁ……。
探せなくもないけど、下手したらもう殺されているか、帝都の外に出てるんじゃないの。そうなるとさすがに面倒だ、四方八方大陸中を探して回るだなんてことしたくない。
近衛ちゃんやこのおっさんはともかく、以前も見かけた老人やバリバリ騎士装備の兄ちゃんなんかに寝間着を見られているのも、興が乗らない一因となっている。
(とは言え……まぁ、あの娘に罪はないもんなぁ、きっと。生死の保証はできないけど……)
軽く探査をかけてみたが、この辺り──王城にはモニカ姫の反応はない。探査で引っかかることは確認してあるから、既にどこか外に──。
まぁ、いいや。ここで依頼終了というのも後味が悪い。夜までに連れ帰れば夜会……やるんだろうか。やるかもなぁ、このおっさん……皇帝だもんな。
報酬をケチられでもしたら私も悲しい。生死の保証はできないけれど……。
「私は高いですよ」
心底面倒そうな声音でそう告げる。半分くらいは本心だ、さぞやる気なさげに聞こえてくれていることだろう。
「言い値を出す」
言質取った。追加で千億くらい絞りとってやろう。
「帝都の外に出た可能性は? 迷宮の中には入ってない? 下手人の心当たりは?」
私室まで戻って、ひっついてきた近衛ちゃんにその辺の事情を聞きつつ、着替える。大事だ、着替え。寝間着で出歩けるのは精々コンビニまでだと相場は決まっている。皇帝の御前とか確実にアウトだろうに。
「迷宮には入っていません。帝都の外へも、おそらくまだ……。心当たりは、正直、その……ありすぎます……」
(だめだこりゃ。万が一を考えるなら帝都の外から当たるべきだろうけど……)
お外は雪塗れだ、馬は考えにくい。気力マンがマラソンしていれば……考えられるけどこれも考えにくいか。
何もこんな寒い中拐かさないでいいのにね。もっと暖かくなって、雪が溶けた頃、私の知らないところで誘拐して欲しいものだ。
「はぁ、もういいです。帝都の中から当たってみます。一応確認しておきますが、力づくで解決していいのですね?」
呼び鈴鳴らして令状見せて、なんてことになったら断る自信がある。
「もちろんです……お、お願いします……このままじゃ、わ、私も……」
半泣きになっているが、仮に見つかっても……処刑は免れないんじゃないかな。言わないけど。