第百八十七話
当然お開きになる。夜も更けていたのでちょうど良い頃合ではあったのかもしれない。
飛んできた女近衛にちっこいののお部屋の前まで護衛をするように言われ、道中会話は一言もなく、待機していたメイドにバトンタッチして、そのまま皇帝を自称しているおっさんに呼び出された。
謁見の間的な場所ではなく、私室というか、仕事部屋のようなところへと。言うて執務室だろうこんなの。無駄に豪華な部屋だ、こんなところに獣の剥製とか要らんだろうに。
「見事な腕だ」
開口一番に褒められた。喜んであげてもいいが、私の笑顔は高いんだぞ。見知らぬお爺さんもいるし、お値段三割増だ。
「それはどうも。公然と狙ってきましたが、予想できていたのですか?」
「無論だ。故に貴様を雇った。よもや結界師とは予想だにしていなかったが──」
結界師か。結界師と呼ばれるのは……いいな。私は冒険者か法術師と扱われることはあっても、結界師扱いされる機会は今まで皆無だった。
結界と浄化の女神の後継者としては、結界師……うん、いいな。大変よろしい。これからもその認識でいて欲しい。
それにしても、生命と天秤にかけてでも祝わなければならないのか。大変だとは思うが、私には関係ない。とりあえず明日以降どうすればいいんだ。予定ではこの催しは、まだ続くようだけど。
「公務は予定通り執り行う。引き続き任に当たれ。下がってよい」
まさか三日連続で敵襲があるとか言わないよね。余裕だと思っていたが、結構気を遣って疲れる。残り二日は何事もなく過ぎ去って欲しい。
下がってよいじゃなくて下がれじゃないのかな、なんて考えながら、首肯するだけで挨拶もなしに部屋を出て、待機していた女近衛に部屋に戻るように告げられてから、充てがわれていた部屋へと引っ込んだ。
そのお部屋にはなんと! 予備の仕事着が一式……燕尾服が三着! 新たに届けられているではないか!
(おー! やったー! そりゃそうだ、私は護衛だ。破損するかもしれないし、破れることを考えれば当然予備も要るよね、洗濯間に合うとも限らないし。こ、これ、四着ともくれないかな? くれたらいいなぁ、何食わぬ顔で持って帰っていいかな、四着もあれば……)
メイドを部屋から追い出した後に、にっこにこで寝間着に着替えてその日は眠りについた。今日もシーツが冷たい。
私はこと結界に属するものであれば、かなり自由に組み合わせて、意のままにそれを操ることができる。
自身の知識にない結界を操ることはできない。だが、それが魔法術式であろうが発現した魔導具の現象であろうが、結界由来の力でさえあれば、一目見るだけでそれを看破して理解し、自分の力へと引き込めるズルい能力の持ち主だ。
新機能の具合はすこぶる良好だった。フロンはセンスが良い。いい仕事をしてくれる。
彼女の知識にあった結界っぽいそれを簡易魔導具に刻んで発現させれば──それはもう私の物だ。しかも理解したそれよりも、遥かに高位の《結界》として扱うことができる。
今回使用した機能は主に放出魔法などを鎮火、消火させて霧散することに特化した術式が元になっている。普通は火系統の術法に対する防御に用いるらしい。
私はズルいので、火でも風でも光でも、防ぐでも弾くでもなく、無害な魔力にして散らすことができる。できるようになった。
ただ水と土系統に対しては残念ながら効果が弱い。本当に残念でならない。質量があるとダメなんだろうか、その辺の仕組みはよく分かっていないけど。
難点をあえて挙げるとすれば、機能を増やすことで燃費が悪化することだろうか。熱の問題が残る火や氷以外には……使わないでいいかもしれない。
ただ攻撃から身を守るだけならこのような機能は必要ないが、魔導具一つ分程度の出費で永劫使えるとあって、費用対効果が極めて高い。今後も手を増やしていければと思う。
今回はほぼぶっつけ本番で用いたが、延焼せずに済んでよかった。おそらく怪我人は出ていない。捕縛されたアホ共は除いて、精々勝手にパニックになって転んだ客がいたとか、そんな程度だと思う。
自分でもよくやったと思う。良い成果を挙げたと思う。ボスからお褒めの言葉も頂いた。だから、あの服はもらっていってもきっと何も言われない。言われないはずだ。
うちの年寄り組は布製品に弱い。服は自力で既成品を調達するしかない。するしかないんだ。
部屋に内湯が付いているというのは本当に便利でいいな。掃除をする必要がないし、メイドさんが沸かしてくれるし。大浴場もあるみたいだけど、私も使わせてもらえないだろうか。
今日も目覚めは爽快。仮にもお姫様の護衛を任されているわけで、心持ち念入りに全身への浄化を施して、より清潔にしておく程度の心遣いは必要だ。
お披露目ぱーちー二日目が始まる。
一日目は夜会のみ、二日目は夜会の前に、お昼からもお庭でお茶会のようなものが開かれる。三日目もうんざりするが、また夜会がある。その後は客が捌けるのを確認できたら、そこでお終い。その予定だ。
(美味しそうだなぁ、摘んだら……怒られるよなぁ)
朝と晩にそれぞれ食事を頂けてはいるが、こうも美味しそうな豪勢な料理が並んでいるのを前にすると、こっそり食べてみたくなるのが人情というものだと思う。
傍若無人モードの私がそれをせずにいられているのは、護衛対象のこのちっこいのが、真面目に公務という名の挨拶回りに励んでいるからだ。
礼儀正しく折り目正しく、頭を下げてドレスを摘んで、愛らしい笑顔を作ってオホホホと談笑するわけだ。ずっと顔を見ているので、明らかにこいつ嫌いなんだなとか、これは素の笑顔だなとか、何となく分かるようになってきたのが楽しい。
男嫌いと聞いてはいたが、どうやらこの娘のこれは、かなり筋金が入っている。
まず少年、青年、おっさんが問答無用で全てアウトだ。たまに小さくぷるぷると震えているところを見るに、本当に嫌なのだと思う。
お爺さん系は極々稀に例外がいるが、これも基本的にお嫌いらしい。私でもちょっとどうなのと思うような、ねっとりとした、いやらしい顔を向けてくる爺さんとかいるし……十才そこらの娘さんにこれは辛かろう。
(十一歳相手って、ロリコンになるんだろうか。でも昔は割りとそのくらいで結婚したり子供産んでたとかって聞くし……婚約者とかいるのかな? 相手も大変だな、この娘が相手だと)
三十分一時間程度ならいいが、小休憩を挟みながら、これが延々と続くわけだ。夜になれば夜会もある。体力あるなぁ……うちのわんこ一号よりもありそうだな。
途中で見かけた怪しい魔力持ちのことをその辺の騎士に告げ口していくと、すぐさま処理されて消えていくので大変助かる。
魔力をもやもやと練っているのが悪い。冤罪だったらごめんなさいだが、お姫様を眺めて怪しい行動取ってるんだから有罪だと思う。もやもやするのは脳内だけに留めておいて欲しいな。それなら私も見つけようがないし、手を出さなければ別に咎めようとも思わない。
そんな中、一人の優男風の美青年とお姫ちゃんが談笑している最中に問題が起こった。魔力なしの青年かと思いきや、このアホ、お手を拝借すると見せかけて、懐から刃物を取り出して──。
「ひっ!」
──と、可愛い悲鳴をあげたが、そんなもん刺さるわけがない。状況を把握できたのか、今はきょとんとした顔をしている。一方のアホは顔面蒼白になっていた。
すぐに逃げ出そうとしたのは良い判断だと思うが、ナイフと足を払って地面に転がして……後は騎士の仕事だ。はいよろしくー。
(……この城、刺客入り込み過ぎでしょ。なんでこの娘こんなに命狙われてるのよ……。よく知らないけど、第六皇女って、継承権ないに等しいんじゃないの? 取り入るでもなく、真っ向から命を獲りに来るってのが解せない。となると身内の仕業なのかな、これ)
身内の手引ならいくらでも仕込めるだろうけど……。メイドとかも危ないんじゃないの、これ。
(平時に暗殺されたらまず間違いなく身内の仕業だし、外部の犯行を装って、とか。ありそうだ)
これでお開きになるかと思いきや、大した騒ぎにもならずに挨拶回りは続いた。解せぬ。
お昼のお茶会が終了し、客の移動の前にホスト勢がどこぞに消え始めた。私もお仕事なので、くっついて部屋までお守りしなくてはならない。
女近衛がそばにいることから、この後またあのおっさんに呼び出されるのだろうか。どこに敵がいるのか分からないので、彼女に対しても気が抜けないというのが……面倒くさいな、お城って。
王族になんてなるもんじゃないな。この豪勢な暮らしは対価としては妥当だろう。この上清貧な暮らしを強要するなんて、鬼か悪魔の所業だと思う。
良い物食べて体力をつけて、気合と根性で日々の暗殺の恐怖を乗り越えて、強く生きて欲しい。
護衛対象が部屋に引っ込んで、昼間のお仕事は終了だ。部屋の中で暗殺されていたら私にはもうどうしようもないわけだが、私は中に入れないわけで……まぁ、どうしようもない。それしか言えない。
近衛ちゃんから夜会まで休憩との報せをいただけた。それはありがたいんだけど──。
「ここの警備はどうなっているのですか? 次から次へとよくもまぁ……あの娘、よく今まで命が無事でしたね」
「その……はい。色々と……ありまして」
事情は何やらありそうだ。そして多少知ってはいるが、吐く気もなさそう。吐かせても仕方ないっちゃない。深入りしても仕方がない。
「そうですか──この辺りは安全なのですか? 迎えに来て部屋で既に死んでいたなどということにでもなれば、私も困るのですが」
「はい。お披露目の儀の最中だけ護衛して頂ければ構いません。その……それ以外で万が一があったとしても、責任を負わせられることはないかと」
微妙に小声で教えてくれる。色々ややこしい問題があるんだろうけど……いいや、もう。