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第百八十六話

 

「──と言うわけで、依頼を請けることになった。少し長めに空けるからね」

 おーとか、やっと仕事を……とか、色々言われている。私は検証や修練に時間を使っているだけで、別に宿でゴロゴロしているわけではないんだ。財布に入らないから貨幣を稼いでないだけであってだね──。

「あの! ど、どんなお仕事なんですか!?」

「守秘義務があるから、そこは勘弁して欲しいな」

 当たり前だろ……とか言われてミッター君に呆れられているペトラちゃん。もうすっかり夕食時の風物詩だ。照れてソフィアとじゃれあっているのが可愛い。二倍可愛い。

「本当に請けるとは思わなかったよ。そんなに報酬がよかったの?」

 本当だよ、何で請けたんだろう。

 おそらく通いではない。湯たんぽ扱いでリューン持参できないかな。これがあると安眠できるのだが。

「私は高いよって言ったのに、言い値を出すってさ。千億絞り取ってくるよ」

 億は冗談だとしても。と言うか、お金はこの際どうでもいい。私が欲しいのは表に出てこない術式とか、使ってない鍛冶場や炉を設置できる広い空き家があったら回して欲しいとか、そういった面での便宜だ。

 そうでもなければ、わざわざ危ない橋を渡ろうなんて決断は下さない。割りと直前まで断るつもりでいた。

「面倒事の香りがするな。滅多なことはなかろうが、気を抜くなよ」

「確かに面倒事ではある。けどまぁ、仕事内容は得意分野だし、しっかりこなしてくるよ」

 自分で言うのも何だが、こういうのは割りと向いている。護衛対象が一人というのが最高だ。結界に閉じ込めておけば万が一もない。

「というわけでフロン。急かして悪いんだけど、頼んでいた物を早めに仕上げてくれると助かる。主に命が」

「ああ、どちらももうほぼ完成している。明日には仕上がるだろう」

 さすがフロンだ。ハイエルフ最高だな……有能な友人がそばにいてくれて私は嬉しい。

「……何よ?」

 なんでもないよ。


 私のお仕事は三日の間、依頼主の娘さんを護衛することだ。

 ようは、顔見せパーティーにかこつけて不埒なことを考えるアホからまだ見ぬ皇女ちゃんの生命を守ればいいわけだ。

 それ以上のことは私の管轄外。多少拘束時間が長めだが、パーティーの前後も面倒を見ることになるんだろう。

 仕事はするが、私にはそれ以上に興味のある事柄がある。

(お城の金銀財宝……装飾品。いっぱいあるんだろうなぁ……一流の物が、うじゃうじゃと)

 別に根こそぎかっぱらってくる腹積もりなわけではない。単に造形をちょっと見せてもらいたいだけ。見るだけ見るだけ。形を記録できたら本物に用はない。

 きっとお客さんも素敵なアクセサリーを身に纏ってやってくるのだろう。良さそうな物は片っ端から記憶しておかねば。

 創作意欲が湧くような、素敵な物を見せてもらいたい。それが何よりの報酬となる。


 準備という名目で一人であちこち飛び回り、エルフ達に色々とお仕事を押し付けてお城へ向かう。多めに魔石を置いていくので、魔法袋関係は上手くやって欲しい。

 さて、ここからは傍若無人モードだ。門は素通り、適当な使用人を呼び止めて皇女の部屋まで案内させよう。そして扉を蹴り開けて、どちらが皇女? みたいな態度で接するのだ。

 ──と考えていたが、現実は槍の人達に門に引き留められ、その間に先日の女近衛が走ってやってきて、彼女の案内で仕事の説明をされながら会場巡りを行う。護衛対象とはまだ会えていない。

 お城の中は豪華絢爛の一言に尽きる。無意味に鎧が立ち並び、こんなところ誰も見ないだろうってところにまで高そうな絵画や皿やら壺といった美術品が並べられている。しかも何か、思っていた以上に城の中が広い。無駄に広い。これ勝手に出歩いたら迷子になるな……絶対になる。《探査》を使わざるを得ない。

(壺とか見てる場合じゃないな、真面目にやらないと)

 ボーンチャイナって骨使うんだっけ? とか考えてる場合では本当にない。そもそもなんで白くなるんだ、あれは。

「基本的に姫殿下が孤立するタイミングはありません。群衆に対する警戒を厳にお願いします」

「毒の類はどの程度対策を? 治癒使いの配置については」

 毒は本当に困る。浄化できなかったらアウトだ。即死されてもダメ。

「会食の際、姫殿下は飲み物以外を口になさいません。飲み物に関しましては食器類も含め厳重に管理されていますので、心配は無用です。治癒術師も常に控えています」

 毒味済みの食事が並べられると言うわけではないんだな。

 そりゃそうか、誰が好き好んで冷めた食べかけを……でもそれが日常なんだよなぁ、きっと。お偉いさんも大変だな。私ならその日のうちに出奔するであろうことは想像に難くない。


 私の行動範囲は想像していた以上に狭かった。バルコニーとか、立食会場とか、階段とか廊下とかお庭とか、それと寝床など。広い王城のごく一部のみ。宝物庫には案内してくれなかった。

 護衛対象の部屋で二人っきりというわけでもなく、勤務時間外は寝床で控えておくことになるとのこと。傍若無人モードなのでごねてもよかったが、別にお姫様の私生活に興味があるわけではない。

「それで……大変申し上げにくいのですが、護衛の最中は、その、衣装を……」

 私の一張羅はダメらしい。魔導具なんだぞ! とごねたが、半泣きで頭を下げられたら……いじめてるみたいで気分が良くない。

「上からは、燕尾服か騎士の正装か、ドレスか……いずれかを選ぶように、と」

 騎士装備はダメかなぁ。興味はあるけど、十手だしな……流石に違和感バリバリだろう。ガチャガチャ音を立てるのも歓迎したくない。

 燕尾服は……生地次第か。身動きを阻害しなければ別に構わない。聖女ちゃんが見たらキャーキャー言いそうだ。

 ドレスは……ないな。これはない。護衛だぞ私は。そんなもん候補に挙げないで欲しい。似合わないと思うけど、リューンが見たらキャーキャー言いそうだ。


 お偉いさんの生活は秒……いや、流石に分単位かな。とにかく管理されているものなのだろう。タイムスケジュールはきっちりと決まっていて、私の成すべきこともかなり明確で助かる。

(というか、拘束時間の割に実働時間が短すぎるな……寝ずの番をしろってことでもなさそうだし。なんで一介の冒険者のワガママに付き合ってまで私を雇ったのか本気で謎だ)

 女近衛による案内と説明を終え、充てがわれた部屋でのんびりと思索に……とはいかない。なぜかメイド付きだ。監視役だろうか。

 メイドは暗殺者と相場が決まっている。気を抜くわけにはいかない。

 まだ護衛は始まっていないので帰ってもいいのだろうが、先方は私がこのまま留まるつもりでいるとでも思っていたのだろうか。食事も良い物を頂けて、部屋も護衛や使用人が使うようなものではないと思う、かなり立派な部屋を使わせてもらっている。

 こうまでされたら、わたしおうちかえるとは言い出しにくい。暇だが、メイドの目があるので魔石もいじれない。庭の散歩でもさせてもらえないだろうか。

(使用人の仕事増やしてもね……大人しくしておこう)

 しばらくの後に呼び出されて衣装合わせを行い、その日は夕方になる前にお仕事終了となった。これでお金がもらえるっていうのが何ともまぁ……。お優しいことだね。これも税金だろうに。

 数日の間、段取りを確認したり会場を目で見て調べたりと、そんなことをしながら時間が過ぎていった。


 私はお祭りとか祝い事とか、そういうイベントに疎い。どれくらい疎いかと言えば、この十年以上の暮らしの中で、ただの一度もそのような催し物に参加したことがないくらい疎い。

 祝い事をしていたことくらいは知っているが、何か(ひと)種とエルフで新年の位置が違うようなのだ。冬明けとか、春とか。ドワーフは秋頃によく騒いでいる。

 まさかリューンに新年っていつなの? などと聞くわけにもいかない。変な子扱いされてしまう。

 今までは大変難儀していたのだが、フロンが私の事情を知ったことで、その辺の常識は尋ねればフロン先生が教えてくれるようになった。とても助かる。

 閑話休題。一国のお姫様のお披露目とかいうパーティーは、国を挙げての祝い事のようで、帝都は何かもう、お祭り騒ぎになっている。

 豪華な馬車で町中を練り歩くなんてことにならなくてよかった。王城の賑やかさも……勘弁して欲しいけど。

 私の護衛対象は第六皇女とかいう、モニカなんたらかんたらうんたらアイオナちゃんだ。御年十一才。可愛い盛りだね。やたら長かったが、探査にかけてみたところ引っかかった。普通に本名のようだ。

 毛先にウェーブのかかったセミロングの赤毛を綺麗に結い上げ──これなんて言うんだったかな──おませな赤いドレスを身に纏っている。

 ただ子供のうちにヒールを履かせるのは止した方がいいと思うな。指先に負荷がかかりすぎる。

 まぁ、彼女の足先の問題に目を瞑れば、概ね問題なく催しは進んでいる。


(王族? 帝族? 皇族でいいのかな。なんて呼ぶのか知らないけど、こういう人達って椅子にどっかり腰掛けて、客の方から挨拶に来させるものじゃないんだな。よもや本当に挨拶回りに付き合わされるとは)

 護衛が必要な事態になっているのであれば、それに合わせた形態に変えてしまえばいいのに。変なの。お陰で私の仕事が増えるわけだ。

(いやしかし……良い服だ。燕尾服いいな。気に入った。これは格好良い。仕立てもいいし、合わせただけあって身体にぴったりだし……これ貰えないかな。報酬に予備を数着頂ければもうそれで満足まである。これ魔導具化できないかな……紅茶を淹れる練習をしないと)

 馴染みのあるワイシャツっぽい白いシャツに同色のタイと手袋、灰色のウェストコート、紺のテールコートにスラックス、黒い革靴。まさに礼服だ。私のコスプレとは違う、本物のオーラが出ている。これは本当に欲しいので、後でお願いしてみよう。


 あれこれ要らんことを考えてはいるが、お仕事はきちんとこなしている。感付かれないように《結界》で周囲を覆って、客と接触する際は一部だけ開放し、それが終わればまた囲む。

 相手が決まっているのか、何も考えずにフラフラ歩いているのか、あっち行ったりこっち行ったり、先が読めずに結界の操作が忙しい。一言二言で終わる人間がいるかと思えば平気で数分話し込んだりするし、相手がおっさんだったり同い年くらいの子供だったりと、節操がない。

 一番理解ができないのが、このお守りを一人でさせられていることだ。……近衛は何やってるんだ、一人くらいこっちに回して欲しいんだけど。

 ちなみに私はこの娘とはまだ口を利いたことがない。護衛と紹介され、一言名乗られ、それっきりだ。会話中にうなじを指でツーっとやったら怒られるかな。手袋脱いで素手でやりたい。可愛い声で怒られたい。

(流石に娘に恥をかかせたらあのおっさんも怒るかな──って、あれか)

 いた。狙われてるって本当だったんだな。魔力がもやもやしている怪しい客を発見。どう見ても臨戦態勢の魔法師じゃん、あんなの。

(先手打って殺しても──あー、人死はマズイか。そもそもそれ私の仕事じゃないもんな。護衛に集中しろとのことだし)

 しかし魔法師か。剣や毒よりは魔法の方が、物騒だ。とはいえ持ち込みを制限できるようなものでもない。

 こうなると『黒いの』が欲しくなるな……いざとなったら使おう。


 不届き者は一人ではない。複数の魔法師がこちらに狙いを向けているのが目でも肌でも分かる。丸テーブルの下とか……隠れてるつもりなのか、あれは。

(六人かな。囲まれてはいないけど、どうしたもんか。流れ弾で怪我人が出たら大惨事だけど……魔法の放出に合わせてあいつらを囲む? でもそれで死んでも面倒くさいな)

 どうしたもんか。殴りに行ける距離でもない。行けなくはないけど、職務が──。

 なんて考えていたら容赦なく火玉が飛んできた。よりにもよって火かよ。しかも弾じゃなくて玉だ。勘弁してくれ。

 自身とお姫ちゃんと、近くにいるお客さんもついでに守りながら、アホを狩りに行くかどうか悩んでいると、ようやくと言うべきか、迅速にと言うべきか。騎士装束の男達がすっ飛んできて、アホ共を捕縛していった。女近衛とは違う見事な手際だ。素晴らしい。捕縛術とかあるのかな、あれは便利そうだ。

 火玉は触れた端から結界に分解されて霧散してしまった。物音一つ通していないので、きっとお姫ちゃんは気付いていないだろう。

 音の阻害を解いてあげると、全周囲から注目されているちっこいのが、きょとんとした顔で周囲を見渡していた。下手人は視界にすら入っていなかったらしい。哀れなものだ。



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