第百八十五話
準備期間ですべきことが明確になりつつある。
リリウムは術式を刻んで魔力も鍛えることになり、ゆくゆくは私と同じように身体強化の三種併用を目指す。
リューンとフロンは冒険者のランクを集中的に上げていくことにしたようだ。少なくとも二級にはなりたいと言っている。
意外なことに、フロンの階級はリューンよりも低かった。過去どの程度だったかは知らないが、間違っても四や五といったレベルではないだろう。
私の事情に巻き込まれてその辺も全部吹っ飛んだわけで……すんませんマジで。リリウムにしたって二十年真面目にやって二級になったんだ。私が魔石七個納品しただけで一級冒険者になっただなんて口が裂けても言えない。
うちの子達も地力の底上げのために日々修練を続けている。アイオナは国全体が壁で覆われていることもあって季節感がないが、なんだかんだ今は冬なわけで、私は部屋で大人しくしていようと思う。
「サクラー。何かギルドがサクラのこと探してる。一級冒険者の黒髪の人種女性と連絡が取りたいって、張り紙があった」
部屋で大人しくしていようと思う。
「見なかったことにしていいよ。興味がない」
私は部屋で大人しくしているんだ。今は神力の検証で忙しい。
「でも、依頼主が皇帝だったよ。すっごい目立ってた」
聞かなかったことにしたい。……なんだよ皇帝って、誰だよそれ。
そもそもお偉いさんに声をかけられる理由がない。そもそも黒髪の一級冒険者なんて他にもいるだろう。そもそもなんで私のことが国に割れてるんだ?
「確かにいないとは限らない。だが黒髪で女性で人種の一級冒険者が、南大陸の一都市に複数いるなんてことは考えにくいな。一級は今、存命を確認されているのが七、八人だったはずだ。増えていてもそこから精々一人二人だろう」
「──へ?」
ちょっと待て、今何言うた。そんなに少ないの?
「サクラもご存知かと思いますが、二級から一級に至るには膨大な貢献点を必要とします。その上一定以下の貢献点は、全て切り捨てられるのです」
何だそれ、後半部分初耳なんだけど。
「知らなかったの? 近場の森での薬草採集を何千年続けたって、二級から一級には永遠になれないんだよ。ドラゴンを狩り続けないとなれないんだよ!」
知らなかった。初耳だ。ドラゴンはともかく……あのおっさん、きちんと仕事をして欲しい。確かに私にはもう不要な情報だったかもしれないが。というか皆詳しいな。
「無視しても問題はないが、断るにしても、直接出向いて断った方がいいだろう。相手が相手だしな。アイオナに居座るつもりなら尚の事だ」
仰る通りではあるんだが、面倒くさいなぁ……どこから漏れたんだ。やっぱりあの護衛依頼に参加した商人だろうか。それ以外は考えにくい。二度とあそこからの依頼は請けないことにしよう。商人嫌い。
「サクラさん! 冒険者ギルドがサクラさんのことを探していますよ! なんと皇帝直々の依頼らしいですよ! すごいですねぇ……!」
それから数日してうちの子達にもバレた。ペトラちゃんは分からなくもないが、三人共……ミッター君までもが目をキラキラさせている。
国のトップから直々にご指名がかかるなんてすげー、って感じなのかな。でもはっきり言って迷惑なだけだ。
「ほら、もう腹くくって行ってきなよ」
「やだ」
どうせあれだ、豪華絢爛な謁見の間とかに呼び出されて、お偉いさんに囲まれて跪かされて、『面をあげぃ』とか言われるんだ。何が悲しくて衆人環視の中、ひげのおっさんに頭を下げんといかんのだ。それで私にとっては何の利もないような面倒事を押し付けられて、その後も良いように使われるに決まってる。絶対に嫌だ。誰が行くかよ。私はノーと言える日本人だ。
「そういうことも多いでしょうけど。……いいですわね、一級って。わたくしだと断る選択肢なんてありませんのに」
二十年で二級なら、百二十年も続ければ一級にはなれるはずだ。是非とも昇級して欲しい。私だけだと威圧感が足りていない。
「姉さんが依頼で不在になるなら、私達もそれを前提として動かねばならない。途中で折れて依頼を請けられるというのが一番面倒だ。行くなら行く、行かないなら行かないできっぱり決めてもらえると助かる」
聖女ちゃんまでも『行かないんですか?』みたいな目をして見上げてくる。何を期待しているのかがはっきりと分かってしまう。その目に弱いんだ、止めてくれ。
(やだなぁ……行きたくないなぁ……)
いつものコスプレ軍服に着替え、足取り重くギルドに向かう。良きお姉ちゃんは、嫌な仕事も嫌々言いながら、きちんとこなすのだ。
(まぁ、依頼は請けないと思うけどね……何言われるんだろ。面倒事になったらルナかヴァーリルにでも逃げるか。ちょうどいい口実にはなるな)
そういえば、作戦会議の時に……ギルド証見せたっけ? あの時はリリウムとおまけ二人といった体だったような……はぁ。
引き返そうと思いながらも一人歩いていると、そう時間をかけずにギルドに着いてしまった。はぁ。
そのまま中に入り、適当な受付に並び、一生この列が消化されないことを願ったが、私の願いは通じない。溜息が止まらない。
「──はぁ。お呼びとのことですが」
観念してギルド証をカウンターに提示した。おうちかえりたい。
そのままお偉いさんの部屋まで連行され、お茶もお茶菓子も出されぬまま、部屋主との面談が始まった。減点八だな、十点満点だ。現在はマイナス八点。
「依頼の概要を説明してください」
挨拶なんて不要だ。さっさと終わらせたい。
「それが、その……我々にもそれは明かされていないのです。城へ来るように、と」
減点十だな。マイナス十八。
あーめんどくさい……ここで断っちゃおうかな。でもそれで諦めてくれるだろうか。あとをつけられてうちの子達にちょっかい出されても面倒だ。
かといって、ここでバカ真面目に登城して、彼らの安全が確立されるとも限らないわけで……あー……嫌だなぁ。しばらく単独行動するかな。
(──無意味か。情報が商人から漏れたんなら、若者三人とエルフとで組んでることは割れてるし……はぁ)
「はぁ……そうですか。顔だけ出してきます、今すぐ紹介状を──」
いや、いっそもうそんなのガン無視で押しかけて、さっさと用件を吐けと通告すればいいだけの話か。
些かどころかだいぶ礼儀知らずではあるけれど、へりくだってやる義理もない。何が皇帝だ、こちとら女神の後継者だ。
来いと言われたのだ。いいだろう、お願いを聞いてあげよう。私はさっさと宿に戻って検証の続きをしたいんだ。
お城というものは、大体国の中央か端っこにあるというのが相場だ。
北大陸のガルデはお城を中心に城下町が広がっていたが、アイオナは迷宮を中心に町が広がっていて、お城は南の郊外、広大な敷地の中にそびえ立っている。
庭が綺麗なのはいいな。きっちりと手入れされた庭園。大変美しくて眼福だ。私の機嫌が極悪でなければ、足を止めてこの美しさを褒め称えたことだろう。
「皇帝とやらを呼んできなさい」
あんまりな物言いだと自分でも思うが、用件はそれだけだ。皇帝を出せ。
礼儀正しく紹介状を提示して、参上致しましたなんて膝をつく気は更々ない。
(こんなことになるなら先にどこかの大国で試しておけばよかったな。どこまでこの身分で無理が効くのかを)
もうここで試そう。アイオナに未練はない。ルナに行くなら行くでそれでいい。どこまで横柄に振る舞っていいのかを試しておきたい。
そうと決まれば徹底的にやろう。ギルドから早足でわざわざ出向いてやったんだ、はよしろ。ほらほらはよはよ。
門番というか衛兵というか、あるいはもっと立派な名前が付いているのかは知らないが、そんな番人に槍を向けられてしまう。有無を言わさぬ早業だ。よく訓練されている。そのまま依頼者を呼びに走ってくれれば、マイナス十八点を帳消しにしてもよかったんだけど。これで二十五くらいだな。
「痴れ者が! ここをどこだと──」
城だよ。知ってるよ。
「呼ばれて来ました。来てあげました。いいからさっさと呼んできなさい。私は忙しいのです」
ただ、この槍男達の練度はそう大したことがない。十手を握るまでもなかった。
どんどん数が増えて、今では二十を越えてしまったが……結構面白いな、怪我をさせないように気を遣って転がすのは中々いい修練になる。人数に合わせて二十まで減らしてあげよう。
そのお陰で敵の数が減らないけど、次から次へと鋭い穂先が飛んでくる。楽しい。
これでも気を遣って城の敷居はまたいでいないのだ。さっさと呼んできてくれ。
「何が目的だ! この狂人が!」
途中で群れに加わった女騎士が吠えた。この娘ももう何度もコロコロと転がしているのだが、一向に諦める気配がない。見習いか何かだろうが、根性のある娘だ。
「いいからさっさと皇帝とやらを呼んできなさい。何度も言っているでしょう、呼ばれて来たと」
「誰が呼んだと言うのだ! 貴様なんぞお呼びではない!」
気が合うな、私も君はお呼びじゃないんだ。
「ですから、ここの皇帝とやらに呼ばれているのです。ギルドに依頼を出したのはそちらでしょうに。用がないなら帰りますよ」
「帰すわけがないだろうこの阿呆が! ──ちょっと待て。ギルドに依頼? 何の話だ」
「冒険者ギルドにでかでかと掲示して呼び出したでしょう。人種、黒髪、女性の一級冒険者と連絡を取りたいと。皇帝の名で。ギルドに顔を出したら、用件は城で聞くように言われたのでわざわざ出向いたのです。それなのにこの対応は……ふざけているのですか」
静まり返ってしまった。シーンと、そんな音が聞こえてきそうなほど。
(ん? ──あー、言ってないか。見せても……いないな)
ギルドで出したから見せた気になっていた。ギルド証。そりゃ頑なにもなる。でも先に槍や剣を向けてきたのはそっちだ。わたしわるくないもん。
「た、確かに一級の……アダマンタイトのギルド証……ですね」
素材まで分かるのか。知ってたのかな。でこぼこしてるけど、本物なんだぞ。
「分かったのならさっさと呼んできなさい。私も暇ではないのです」
「い、いえその、あの……こちらにお連れするのは流石に……そのぉ……」
謁見の間に出向くなんて絶対にごめんだ。用があるならお前が来い。
「城なんて物騒な建物に近づくわけがないでしょう。舐めているのですか。四半時以内にここへ連れてきなさい。でなければ帰ります。二度と呼集にも応じません」
おー、すっげー無理言ってる。胸を張って堂々と、三十分で国のトップを連れてこいって。騎士の人も大変だな、こんな奴の相手をするだなんて。
槍の人達は可哀想だったので、仕事に戻るように言ってみたところ、騎士の人を置いてさささーっと職務に復帰してしまった。兜被ってるし中身が誰かなんて分からないだろう。ペナルティが課せられないことを、願うだけ願っておく。
「しょ、少々お待ち下さい! ただ今お声掛けをして参ります! 帰らないでくださいよ!? お願いしますからね!?」
それだけ言い残して、返事も待たずに走り去ってしまった。それにしても女騎士か……いいなぁ、ああいう鎧も格好良い。やっぱり金属鎧も作ろう。軽くて硬くて、魔法も弾けるようなやつ。ただアダマンタイトで作ると色がおどろおどろしくなるからなぁ。
それにしても、どうしてこの世界の若い女性は太腿を防護したがらないんだろう。太い血管通ってるから狼にでも噛まれたら致命傷になりそうなものだけど。見せたいのかな。
(ここで帰ったらどうなるかな。あの娘処刑されるんだろうか。──流石に処刑は可哀想だな。三十分は待っていてあげよう)
鎧のデザインや工法などを考えていると、早馬のような速度で突っ込んでくる馬車の姿を遠目に確認することができた。
(そういえば時間測ってないな。時計……今なら作れないかな? 金属も魔石もいじれるし、機械式なら模倣でなんとかできそうだ)
後はやっぱり遠視と暗視の魔導具が欲しい。フロンに相談してみよう、研究してくれるかもしれない。
まぁ、この辺は後でいい。とりあえずここを乗り切ってから考えよう。
「貴様が件の冒険者か」
おー、またおっさんだ。ひげは生えていないが、顔がいかつい。けど身体は結構華奢だな、顔だけゴリラ。
衣装は無駄にきらびやかだし、お金かかってそうな王冠とかかぶってるし、いかにもって感じの王様像だ。そういえば王侯貴族と会うのは初めてだな。
「貴方がアイオナの皇帝? さっさと用件を言いなさい」
胸を張って堂々と告げる。皇帝がなんぼのもんだ。御者や同伴してきた女騎士の表情が真っ青なのが面白い。この場で処刑されてもおかしくないことをしている自覚はあるが、私に傷一つ付けられれば大したものだと思う。そのまま世界征服できるぞきっと。
「──いいだろう。娘の護衛を任せたい。報酬は言い値を出す」
一番面倒な仕事を押し付けてきたな。南大陸、護衛、お偉いさんの娘で三倍満だ。マイナス三万六千と……二十くらいか。
「どちらまで? 馬車の数は? 護衛対象はその一人?」
「間もなく皇女のお披露目の儀が執り行われる。三日間だ」
護衛は護衛でもそういう系か。騎士でも何でもいるだろうに、なんでわざわざ。
「なぜ私に?」
「あれは男嫌いだ。──女の近衛は知っての通りだ。何かと物騒なので隠しておきたいのだが、そうもいかん。噂に貴様の話を聞いた。若く美しい一級冒険者が、ここに来ていると」
あらやだ、ピッチピチで絶世の美女だなんて! そんなに煽てても何も出ませんよ。
そして睨まれた女騎士が震え上がっている。近衛だったのか、見習いだと思ってた。
「私は高いですよ」
「言い値を出す」
凄いな王様。そんなに娘が可愛いんだろうか。本当に高いんだけど、私。
まぁ金持ちが相手だ。存分に絞り取ってやろう。