第百八十四話
食事を終えたうちの子達は、荷物を背負って走りに出掛けて行った。勤勉で大変よろしい。
私が寝ている間もリリウムに色々やらされていたらしいが、自発的に向かったのは初めてだという。良きかな良きかな。
というわけで、年寄り組だけが残ればお話をしなければならない。
「──つまり、準備期間に当てていると?」
早い話が、そういうことになる。
「フロンも知っての通り、私は私の都合で絶対に死ぬわけにはいかないんだよ。かといって安全なお屋敷に引きこもっていればいいってわけでもない。気魔生神力を伸ばすことも必要だし、上等な装備、魔導具も自分達で作っていく必要がある。あの子達が独り立ちするまでは、その辺を重点的にと考えてる」
魔導具に制限がかかっている以上、この辺は全て自分達で作らなければならない。あるいは確実に人造であることが確認できた魔導具でなければ使えない。あの学者さんの魔法袋のような、スペシャルなありとあらゆる武具や快適製品を身内で作れるようになるのが理想だ。
(そういえば、そろそろ何枚か仕上がってくるかな? 納期は……聞いてない気がする。借り物も返しに行かないと)
思えば適当すぎたな。仮にも売買契約なのに、書面の一枚もなしとは。
「面白いではないか。そうだな、魔力と術式を用いた現象である以上……迷宮産にできることが人造品にできないなんてことはないだろう。ただ難題なだけだ。面白いな……ああ、面白い」
「そうだよ、面白いんだよ! 魔石は使い放題だし、アダマンタイトも真銀も使い放題だし、いくらでも作りたい物が作れるんだよ!」
「本気で言っているということも理解できる。変形変質までは予想できなくもないが、よもや鍛冶までやっているとはな──それに聖樹の柄に鞘とは、泣かせる話じゃないか」
リューンの剣はアダマンタイトと聖樹とかいう高級木材のハイブリットだ。加工には難儀していたが、使い込んでいるのに今でも美しい色艶を維持している。
そして聞き流すところだったが、ヴァーリルでは安価で手に入れることができるとは言え、アダマンタイトは使い放題ではない。真銀もそれなりに高価だ。魔石と同列に考えるのは止して欲しい。
「単に利害の面だけで見ても、姉さんのそば以上に都合のいい居場所は……世界中どこを探してもないだろう。以前は無理をさせて大量の浄化真石を集めてもらったが、我々以上の長命種である以上、これに関しても焦る必要はない。おまけにリューンもリリウムもくっついてくる。──私も同行させてもらおう。これでもハイエルフだ、それなりに役立つ」
こうやって改めて一緒にいてくれると言ってくれるのはこそばゆいな。リューンは自動でくっついてきたし。
「こちらからお願いしようと思っていたくらいだよ。ありがとう、頼りにしてる」
フロンを手に入れた! てってれー。
「任せてくれ。術式の選定や改良などはリューンより秀でている。というか、基本的にそのポンコツよりも私の方が優秀だ」
「──フロン。私は瞬きする間にその首をたたっ斬れるということを忘れないでね」
そうだ、術式。術式で思い出した。いい機会だし色々と相談しよう。聞きたいことがあったんだ。
「いくつか質問と、やってもらいたいことがあるんだ。今話すだけ話しておいていいかな?」
「聞こう」
「まず、術式を隠蔽とか、保護する手段……みたいなものがないかな。例えば、リューンは私に触れれば魔力身体強化を解除したりできるよね? それと、ソフィアの治癒魔法の術式とか、遠くから見ただけで分かったんでしょ?」
これは常々……でもないな、死ぬ前に考えていたことだ。外部から身体強化を弄くられるのは困る。今は結界で保険がかけられるが、お空で足場魔法を切られたりしたらたまったもんじゃない。
見られることも、もちろん歓迎したくはない。窓は閉めてカーテンもかけておきたい。鍵をかけられるなら尚宜しい。
「どちらも可能だ。極めて簡単な部類に入る。その二つは装身具の類で一纏めにできるし、身体に埋め込むことも可能だ。追加の機能を持たせようと思わなければ……二日もかからない。すぐにでも作れる」
マジか。流石フロンだな……。頼りになる。埋め込むか……女神様の身体切り刻むのも……でもそっちの方が安全ではあるな。
(いや、身体は私のものか。なら別にいいかな?)
「私それ相談されたことない」
「次に……金属を扱う上での補助に使える術式みたいな物に心当たりがないかな? 宙に固定したりとか、薄く伸ばしたりとか」
「──いくつか心当たりはある。特に金属を薄く伸ばすのは何と言ったか……ローラーだったかな」
「円柱を二つくっつけて、その間を押し通す、みたいな?」
「まさにそのようなものだ。金属以外にも応用ができるだろう。扱ったことはないが、これも当てはある。少し遠出をすることになるが、術式を手に入れることは可能だ。覚えておこう」
流石フロンだ……頼りになるな。最高だ。
「ねぇ、私それ相談されたことない」
「あとね、浄化の術式が欲しいんだ。普通の……って言っていいのかな、一般的に使われているやつ。私の《浄化》と併用したらどうなるか試してみたいんだよ」
「興味深いな。浄化は流派によって色々と違いがあるらしいのだが、純粋なものは手に入れようと思えば手に入る。価格帯は把握していないが……まぁ、誤差のようなものだろう。いくつも試してみるか?」
そういえばどこかで聞いたな。流派か……わざわざ教えを請いに行きたいわけではない。術式さえあれば自力でなんとかする。
「そうだね、比較できるならしてみたいな。魔法術式のみの併用や、私のものと合わせての浄化で変化があるかもしれないし、なければないでいいし」
フロン最高だな。これもうあっちのエルフいらないんじゃ……。
「それも相談されたことない! ちょっとサクラっ! どうして今まで黙ってたの!? フロンにばっかり! フロンにばっかり!」
あっちのエルフが吠えた。いたの?
「どうしてって、聞かれなかったからだよ。リューンが普段からよく言うから、お返し」
「ぐ……ぐぬぅ……」
湯たんぽだと思えば……要るか。うん、要る。
「それと……結界由来の術式を仕入れて、魔導具化して欲しいんだ。人造品なら既成品の魔導具を買ってくるとかでも構わない。効能の強度は適当でいいから、とにかく種類が欲しい」
「それは容易いが、意図が読めないな。どういうことだ」
「一目見れば使えるようになるんだよ。例えば、まっさらな状態の私があの結界石を手にする……と言うか、発動しているところを見れば、それだけで私の《結界》に聴覚阻害と認識阻害なんかが加えられる。組み合わせも自由だから、選択肢を増やしたいんだ」
「な、なんだと!? い、いや……冗談を言うはずもないな。見るだけでとは……分かった、いいだろう」
「結界由来のものじゃないと理解できないけど、便利そうなものがあったらお願い」
何かフロンのみならずリリウムも引いてる。リューンも形容し難い、微妙そうな顔をしてるな……言ってなかったっけ。
「そうだ、『精力』について何か思い当たることがない?」
これに関しては他の二人の顔も見渡して問い掛ける。
私の名もなき女神様は言っていた。気力魔力生力精力神力。私が扱える特殊な力はこの五つだと。
気力は身体能力の強化や衝撃波に使え、魔力は魔法の源。生力は持久力や耐熱耐寒、怪我の治りの早さなど、言うなれば主に耐久面に影響している。
さて、そこで『精力』だ。意思疎通で精力とされている。
ただこれ、存在こそ広く知られているものの、何なのかがさっぱり判明していない。本当に謎の力だ。
「ある……とされているということは、もちろん存じておりますが……本当に存在するのですか?」
「それは確かだ。お前も会ったと言っていただろう。あの女神が直々にそう告げたことを、私はまだはっきりと記憶している」
「私会ったことない! もうっ! どうしてフロンばっかりフロンばっかり! ムカツク!」
私の愛しいリューンは、フロンの前でも稀に子供っぽくなる。楽しそうで何よりだ。だが今は放っておこう。
「気力魔力生力精力、それと神力……あとここだけなんだけどなぁ」
「順番が違うぞ姉さん。『生力、気力、精力、魔力、そして神力。貴方はこれらの力を使って──』だ」
なんだと。あー……どうだったかな。ダメだ、思い出せない。私にとっては十年くらい前──いや、フロンは二十年前か。私の頭がお粗末なだけだな。
「その順番で聞けば、前二つが肉体面に関連する力ですから、後ろ二つは……となりそうですが」
「無視しないでよぉ! 三人共分かっててやってるでしょ! 泣くよ!?」
はいはい、こっちにおいで。私の胸の中でお休み。
「もし精神干渉なんかに対抗できる力なら育ててみたいけど……その都度封印されたらたまらないからなぁ……」
無関係だったら封印され損だ。あれはもう二度と味わいたくない。封印怖い。
「その手の干渉は装備で防ぐのが一般的だな。呪術の類が多い。私も身に付けようと思えばできないことはないが、姉さんを惑乱させるのは危険すぎる。試すにしても、正直他の手を考えたい」
防げるのか。今までノーガードだったとは、我ながら豪胆に過ぎるな。死神の干渉はおそらくその類の代物で、それはふわふわで防げてたんだけど……自力で何とかできるんだろうか。でもできなかったら……封印怖い。
「そういえばリリウムって今、術式何か入ってるの?」
元々何が入っていたか聞いていなかったけれど、全て使えなくなったとか言っていた。
「いえ、何も。わたくしも相談しようと思っていたのです。鍛えて育つのであれば鍛えておきたいですから」
ここ数日は相談どころではなかったわけだ。有無を言わさずに封印されてしまっていた奴がいる。
「……サクラと回路が同じだから、大体なんでも使えるよ。格がものすごく低いから、あれもこれもと詰め込むわけにはいかないけど」
以前のリリウムの魔力はソフィアよりも酷いものだったが、今は事情が違う。
私と全く同じように育つというわけではないだろうが、ハーフ時代よりはなんぼかマシになっているんじゃなかろうか。何十年か鍛錬すれば、一端になるかもしれない。
「姉さんは今何が入っているんだ?」
「ドワーフとハイエルフの身体強化がそれぞれと、物理障壁の足場魔法と、魔石の変形と変質」
ここに鍛冶の際に使える補助術と、魔力術式の浄化を組み込みたいと考えている。おそらくスペースが足りていないので、足場魔法を薄めて消せるよう、使わないように気を付けておかないといけない。
「魔力の身体強化で気力の衝撃波……何と言ったか、あれの威力は上がるのか? 二つの術式の違いは?」
「上がらない。エルフの方は扱いが難しいけど、防御力も上がって身体強化もより高性能。ドワーフの方は気力との相乗効果があって、かなり楽に腕力が跳ね上がる。扱いも気力と同じ感覚だから慣れてれば違和感なく使える。衝撃波飛ばしても身体強化が切れないから、接近戦するなら便利だと思う。もちろん全て併用できる」
フロンが居てくれるなら、後衛は彼女一人で十分っちゃ十分だ。だがあの遠当てを殺すのはあまりにも惜しい。前も後ろも両方いけるように、拡張するというのもありだと思う。魔力の話だ。
「放出系魔法を何とか物にして後衛に、ということも考えていましたが……身体強化の三種掛けを物にしておくというのは、それよりも魅力的に感じます」
そうすると武器が必要になるな。予備は色々あるけど、剣とナイフと産廃くらいしか手元には残っていない。
でもまぁ、四人で動くならともかく、七人だと後ろに居てもらった方がバランスはいい。フロンは防御力の低い典型的な魔法師だ。彼女の守護者となってくれれば、私も前で憂いなく戦える。
それに、前に六人もいたら、混み混みで戦えたものではな……い……?
(──私が後ろにいた方がより安全なのでは)
そんな馬鹿な。脳筋を後ろに下げるなんてこと、あっていいはずが……。