表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/375

第百八十三話

 

 何日も寝たきりになれば、普通は身体を動かすのも難儀しそうなものではある。だがそれは地球人の問題に過ぎず、ここは地球ではない。

 生力を鍛えに鍛えた私は、この程度で活動に支障をきたすような軟弱な肉体をしてはいない。

 とはいえ、身体はなまるし勘もにぶる。健康な身体を取り戻すためには、よく食べてよく動いて、よく寝る必要があると思う。

 なので、今日は聖女ちゃんとデートだ。


「ほら、怪我の心配はしなくていいから。全力でかかっておいで」

 彼女の片手半剣──アダマンタイト製のそれは私の力作で大層な凶器ではあるが、エルフの強化術式だけならまだしも、《結界》や足場魔法を備えた私に通るような武器ではない。

 私の十手は言わずもがな。加減を誤らなければ相手に怪我をさせることはない。

 白刃取り、というか指の又で剣を受け止め、目を見開いて驚いている彼女のおでこを十手で突付き、次を促す。

「手を抜いたらおやつ抜きにするからね」


 封印が解け、神力をある程度回復させてから浄化を済ませて、やっと三人にフロンを紹介することができた。

 私の眠ってる間に済ませているかとも思ったが、どうやら顔も合わせていなかったらしい。

 港町から彼女を連れてきて、部屋に入った途端に始まったお説教の間は席を外していて……その後すぐに有無を言わさず意識を刈られた。彼女はその日のうちに魔導具製作に取り掛かったとのことだ。

 それからずっと、私が身体を動かせるようになるまで篭もりっきりで木箱を量産していて……まぁ、そうか。落ち着いて自己紹介なんてしている暇はなかっただろう。

 私のことも落ち着いて、ようやく話ができると思いきや……数日顔も見せずに放っておいたせいで、ソフィアの機嫌が大層悪くなってしまっている。

 身体を動かしたいし、ちょうどいいので先にわんこと遊ぼう。落ち着いて話すのは、また後でいい。


 やーっと、可愛い掛け声を上げながら斬りかかってくる聖女ちゃん。緊張感に欠けるのは……殺意の欠片もなく、じゃれるようにして跳びかかってくるからだ。真面目にやって欲しいが……いいのかな、いいか。いいやこれで。

 棒身で剣を受け、軽く弾いて喉元に棒先を突きつけるも、ニコニコしている。いや、よくないな。よくない。真面目にやって欲しい。これじゃ訓練にも運動にもならない。

「ほら、本気で打ち込んできて。そう簡単に怪我はしないし、殺すつもりで斬りかかっていいから」

「はぁい!」

 ──と口では言うが、骨を銜えた犬が駆け寄ってくるようにしか見えない。鈎で受けて突き放そうと力を入れると、そこで初めて抵抗して……骨を取られまいとぐいぐい……いや、これはあかん。本当に遊んでいるだけだ。それなら剣なんてしまって町中にでも繰り出した方がいい。

 模擬戦用の剣でも作っておけばよかったか。次元箱に産廃……失敗作がないこともないが、アダマンタイト色をしてるものばかりなので、取り出すわけにもいかない。刃もついているし。

 十手だと緊張感がないんだろうか……うーん。『黒いの』は論外だし……数打ち買ってきても、すぐ壊れるだろうしなぁ……。

「ペトラちゃん、ちょっとその剣貸してくれないかな?」

 多少の傷は自分で治せるだろう。痕が残ったら……こっそり少しずつ薄めてあげよう。


「ちょ、ちょっと待って! 待ってください!」

 思えばこれを手にするのは……作った時以来か。他との比較はできないが、凶器としては……かなりいい出来だな。

 やっぱり刃は両刃に限る。突いた後どちらにも振り抜けるのは、片刃にはない利点だ。剣術の心得はないけれど、振って突くくらいはできる。

 ビュンビュンと振って突いて振ってと、一通り具合を確認してから聖女ちゃんと対面すると、彼女はガタガタと震えていた。

「なるべく当てないように気をつけるけど、当たったら自分で治してね」

「待ってください! 待ってください! 当たったら死っ、死んじゃいますっ!」

 そりゃそうだ。当たりどころが悪ければ死ぬ。何を当然のことを言っているんだ、この娘は。

「首と心臓はなるべく狙わないから大丈夫だよ。即死はしない。さぁ、構えて」

 人に剣を向けるということは、自分に向けられても仕方がないということだ。ソフィアに刃物を向けることにはとても抵抗があるけれど、仕方ない。

 嫁入り前の娘さんに傷をつけるのは忍びないが、これも愛だ。愛の鞭だ。それにこんなものは、まだ序の口でしかない。


 この娘はバランス感覚に優れている。サーカス団にでも所属できればきっと大人気間違いない。

 多少戦い慣れてきている感もある。魔物相手に物怖じしているところはまだ見たことがない。だけど、対人は不慣れなんだろうか。

「逃げてばかりいないで。ほら、こっちおいで? お姉ちゃんと遊ぼう」

 私なら抜身の剣を握って迫ってくる姉となんて遊びたくはないが、それはそれとしてだ。

「い、嫌です! それ、本当に死んじゃいますって!」

 試しに相対して、横薙ぎに剣を振るってみたところ、聖女ちゃんの右手に握られていた剣が甲高い音を立て、すっぽ抜けて飛んでいってしまった。

 それが見えなかったというか、何をされたのか理解できなかったらしく。少し時間を置いて理解が追いついた時点で、剣そっちのけで逃げ回るようになってしまった。

 優しく声を掛けて歩み寄っても逃げられてしまう。目に涙を浮かべてイヤイヤしているが、実戦でそんなことをしても相手は止めてくれない。加虐心を煽るだけだ。

(困ったなぁ……向いてないんだろうか、こういうの)

 でも十手だとこの娘本気にならないし、『黒いの』だと剣切っちゃうし、かといって手を抜いて温い修行をつけても何にもならない。

 三年前ならともかく、誰かと手合わせをしているのを見ていても、私は助言の一つもできないわけで。

 困った。このままじゃ……私は何一つこの娘に残してあげられないのではないか。

 今一度この辺りも考え直さないといけない。私との記憶が、ただ火山で炙られたり氷山に放り込まれたり……それだけと言うのは流石にどうかと思う。

 本気で修行をつけなくては。このままじゃ危なっかしくて独り立ちさせられない。


 一方のペトラちゃんは肝が座っている。

「私もお願いします!」

 の一言で、彼女とも相対することになったが……十手を恐れずに突っ込んでくる。突きのラッシュを捌いて肩にこつんと棒先を当てたり、フェイントを織り交ぜたヒットアンドアウェイに参ったを言われるまで延々と付き合ったり。試しに実剣を使って欲しいと言われ、ミッター君の物を借りて相対してみたり──これは打ち合う前にギブアップされたが──。

「隙がなさすぎますよぉ……動いた瞬間頭と胴がお別れしている姿がくっきり脳裏に浮かびました……」

 随分と青い顔をしている。想像力が豊かで結構なことだ。流石にいきなりノーモーションで首を獲りにいったりはしない。

 折角なのでミッター君ともやりあったが、彼は器用貧乏だな。

 剣技と魔力の格と器は三人の中で一番かもしれないが、気力はソフィアに劣り、生力──というかスタミナ──と敏捷さはペトラちゃんに劣り、何より盾の使い方があまり上手くないように感じる。

 ただ、目がいい。普段からペトラちゃんと修練しているせいか、私の打突に盾を合わせようと反応していた。──吹き飛んでいたけど。

「三人共地力の底上げが急務だね。基礎力が圧倒的に足りてない……何か手を考えないと」

 ルナなら火山が使える。氷山ではないが、打ってつけの階層もある。とはいえ、まだ南に来たばかりだ。

 もういっそあれか。サウナと冷凍庫でも作って……。


「──ふむ。作るだけならそう大した物は必要ない」

 その後も代わる代わる三人と手合わせをして、今は七人揃って昼食を取りながらのお話だ。ここの個室にはお世話になっている。すっかり顔馴染みのようになってしまった。

 数人青い顔をしているが、見なかったことにしている。

「ルナまで行けば手っ取り早いんだけどね。あそこなら溶岩に炙られながら走れるし、凍死しないために必死に身体を動かそうとするじゃない? 箱に閉じ込めて凍らせるだけじゃリリウム式とは言えないし、どうしたものかなって」

「何だ、アイオナにはそういった階層はないのか?」

 ないんだなぁ、これが。南大陸の迷宮はある程度回ったが、ルナほど都合のいい階層は見当たらなかった。

「七十から先は分からないけど、そっちは私達四人だけで突っ込んでも、たぶん厳しい」

 私単独で奥に進むだけなら可能だと思う。七十階層以降を確認してくることもできると思う。ただ閉じ込められる可能性がある上、修行で使うことを考えたらありえないお話になる。

「経験から言わせて頂ければ、耐熱と耐寒の修行はそれぞれ行うのではなく、兼ねた方がいいと思います。並行してどちらにも訪れるのが最良です。そういった意味ではルナの六十層以降を拠点とするのが一番だとわたくしも考えます。リベンジしたい階層も……あることですし」

「リベンジ……ああ、お前でも音を上げた階層……どこだったか、あれは」

「中央の六十七層です。忘れもしません! あれを克服しなくては、わたくしは前に進めない……そんな気さえするのです!」

 リリウムが燃えている。生力おばけということに誇りを持っているんだろうか。

 大変心強いけど、零下何十度あるか知れない寒さを克服できたら、それはもう生物ではないと思います。慣れれば何とかなるとは思えない。私もそこまで至りたいとは思っていない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ