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第百八十二話

 

 祈りは届かない。

 神格者たる私が断言しよう。祈りは届かない。神頼みなんてしても無駄だ。まるで意味が無い。

 あるいはあれか、神頼みは効くけれど、私の祈りを聞き届けてくれる神なんてものがどこにもいないだけなのか。救いはないのか。ない。ないのだ。今そう決めた。救いは、ない。

 四日か五日か、あるいはもっと長かったのかもしれないが、とにかく、私のそれは誰にも届くことがなかった。少なくとも反応が返ってくることは──。


 目が覚めたのは早朝。まだリリウムですら寝静まっているような深夜、あるいは未明の頃。

 瞼が開いている。それを自覚した瞬間に飛び起きようとして、身体に力が入らずに失敗する。身体強化のかかっていない生身の性能なんてこんなものだ。

(あー、なんか……自覚したら頭だるくなってきた……なんだこれ。意識を失っている間は意識がしっかりしていて、覚醒したら意識が……)

 不思議な感覚だ。まるで意識の置き場が二つあって、スイッチ一つで切り替わったような、そんな感じ。眠っている間は冴えていて、今は……あー、だっるぅ……ほんとに何これ……。

 糖分とかカロリーとか、明らかに足りていない。その前に身体を浄化しないといけないんだけど、そうするための神力が本当に枯れそうだ。

(とりあえずこの、愛しくも忌々しい箱達を滅するのが先だな……)

 何かの儀式かと思うほど、周囲に敷き詰められた大量の……木箱の数々。距離を取らないと、これ以上は本当にヤバイ。もう勘弁して欲しい。許して欲しい。

 転移で横着したいが、下手するとそれでしきい値を下回るかもしれない。本当に勘弁してくれ……。

 もぞもぞと動いていたらベッドからずり落ちた。……だがそれで功を奏した。ドシンと大きな音を立てたことで、気付いてくれた。リリウムっ!

「サ、サクラ!? あ、あの……意識は……?」

「急いで……魔石、抜いて……し、死んじゃう……」


 ドワーフがどうかは知らないが、リリウムは夜目が効く。半分エルフなお陰だろうか。今ほど彼女に感謝したことはない。

 手際よく浄化赤石──とはもう、呼べるような代物ではないだろうが──を箱から取り出して退けてくれる。どんだけ作ったんだ……。

 箱と魔石が分離する毎に、私の黒と灰、そしてそれに引っ張られた白の流出が抑えられ、やがて止まった。

「もうない? それで全部?」

「え、えぇ……はい、これで全てですわ……。あ、あの……正気……です、か?」

 つまらないギャグを言っている場合ではない。

「正気だよ。しばらく瘴気、漏れるかもしれないけど、少しだけ……我慢して。眠らないとまずい……本当に、死ぬぅ……」


 身動きが取れない間に考えた。生きて目を覚ますことができたら…灰色の存在と、白を吸い出せたことは黙っておこうと。

 今回の件、非はどう考えても私の方に……と言うか、私にしかない。

 フロンがああも必死になって、私の治療に尽力してくれたことは、素直にとても嬉しく思う。

 怯えが入っていたのも、それだけ私の状態が……まぁ、やばかったんだろうなぁ。──本気で殺されると思っていたんだろうか。うーむ……。

 フロンは瘴気との接点がほとんどない私と、ルナで数年付き合っていたんだ。過去と今の温度差……瘴気差みたいなものを、一番強く感じていたのだと思う。

 よもや私の生命が箱に吸われて、生死の境を彷徨っていたとは思ってもいないだろう。

 わざわざ言う必要はない。私がおかしくなって、皆がそれを治してくれた。それでいい。

 私の神力が目減りしまくって干乾びたミミズのようになっていたことにリリウムが気付いていなければ、察しなければ、気付いていても口に出さなければ……少なくとも、二人には知られずに済む。

 あのまま瘴気持ちの魔食獣やスライムを狩りに出かければ、近いうちに本当にイカレ野郎の仲間入りをしたことは確かだと思う。感謝だけする。これでいい。


 それに……神力を吸い出せるというのは、伏せておきたい。恋人とか使徒とか友人とか抜きにして、秘しておきたい。

 少なくとも、自衛の術を確立できるまでは──。


 ドタバタという軽い騒音が聞こえて、ちょうど三人に囲まれたところで目が覚めた。兆候でもあったのだろう。

(神力は……よしよし、戻ってる。これなら足りる──よね)

 まだそれなりに濃い瘴気が若干漏れているが、それでもリューンとフロンの二人がそばまで来てくれている。少しはマシになったんだろうか。

 身体を起こして《浄化》を施す。神格に、全身に、隈無く。ついでに衣服や寝具、部屋にも撒いておこう。

 灰色を消化するにはまだ少し時間が必要だ。これも後でやらなくては。

「──うん。……うん、もう大丈夫。おはよう皆、助けてくれてありがとう」


「──なんだ、意識があったのか?」

 ベッドに腰掛け、えぐえぐ言いながら抱きついてくるエルフを前掛けにして、パンと果物でお腹を満たしている。パン屑が溢れるから退いてと言っても聞くようなリューンではない。放っておくことにした。

「どれくらい眠っていたのかは分からないけど、ここ四日くらいはあったと思う。身動きが取れなくて焦ったよ。金縛りにでも遭ってるのかと思った」

「姉さんに掛けた術式は封印術と呼ばれる類のものでな。意識と肉体と、それぞれの自由……活動を封じるものだ。意識の方にはほとんど効果がなかったのだろう」

 驚かれている。私は割りと色々特殊──特異? ──だから、そういうこともあるのかもしれない。

 仕方がなかったのは分からないでもないけれど、友人を封印するのは……どうかと思うよ、フロン。

(それにしても──封印術、ね。本当に危険だなこれは。対策しないと……)

 どのようなものか聞き出して、これに対する抗魔……アンチマジックのような対策品を用意しなければならない。

 これは確かに私に効いた。これをぶつけられたら私はまた、いつでもどこでも簡単に意識を失うことになる。

 よもや、身近にこうも恐ろしい術式の使い手がいたとは……。思えばフロンの手を、私はほとんど知らない。

(まぁ、封印のことが分かっただけでも良しとしよう。今はこの幸運に感謝する。それでいい、そう決めた)


 論文と魔導具、それに汚染された浄化赤石を全て回収して、用意してもらった箱に敷き詰めて次元箱に封印する。

「しかし、何が助けになるか分からないものだね。これで魔食獣を瘴気持ちにできないか、試す予定だったんだけど……」

 パイトの所長、ミッター君のお父様に依頼していた霊鎧騒動の報告書。私は最初から悪用する気満々だったが、よもやこれに生命を救われ──吸われ──ることになろうとは。

「姉さん、分かっているとは思うが──」

「やらないやらない。それは約束するよ。浄化黒石も全て提出するから。チェックしてもらって問題があったら、きちんと破棄する。約束する」

 さすがにこの、変質した浄化赤石だけは自分で管理しなくてはならない。私に課された唯一の役目でもある。

(頑張ればここから吸えないかなぁ……無理そうだよなぁ)

 この赤石の魔力は私の白と混ざって……言うなれば、桃色のような別種のそれに変化してしまっている。もちろん黒と灰色も混ざっているわけでして、そんなに可愛らしくも綺麗なものでもないけれど。

 暖房の燃料に使って爆発して瘴気や神力を撒き散らしでもしたら目も当てられない。これだけは私自身で管理する。神力を吸っていなければ、躊躇わずに処分できるのだけれども。



 フロンとリューンの頭の中に、術式の知識が残ってしまっているのが不安材料ではある。だからと言って……これはもうどうしようもない。

 ぶん殴って記憶が消えるわけでもないし、そのような術式があったところで私は行使できない。この謎魔石製造機に使っていた術式はかなり複雑な物のようで、お手本なしに再現するのは難しいだろうとのことだけど。

(問題は、北大陸にこれを生み出した連中が居るってことなんだよなぁ……どうしよう、先手打って滅ぼしておくべきか。とは言え、これみたいにどこかで漏洩していたら……同じことなんだよね。独自に研究を進めて対策品を、自衛の術を確保するのが先だ)

 とりあえず、黒と灰色のない状態で、白を吸い出せるかどうかだけは確認しておかないと──。



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