表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/375

第百八十話

 

「……どうだった?」

「ダメだ。近場を一通り当たってみたが、在野の法術師は全滅だ。法術士や浄化使いも捕まらん」

 一夜明けた。……明けてしまった。サクラは眠り続けている。というか、意識を封印されてうなされている。

 こんなはずではなかった! サクラの身体を私が不意打って取り押さえて、ただの打撃や術式でこの子を気絶させられるわけがないから、フロンが強めの封印術で意識を縛って、その間に応急処置をして、治療して、完治させて……目が覚めたサクラは感激して、私に精一杯の感謝の気持ちを向けてくれるはず……だったのに。

 アイオナを拠点にしている浄化使いは見つかっていない。フロンが転移で近場の町や国を回ってきたが、これも成果が出ていない。

「こんな迷宮しかないような物騒な田舎で、浄化使いが暇を持て余しているわけがないではありませんか。ルナでも西大陸でも、移動した方がよろしいのではなくて? お船でサクラの意識が戻ったら……沈むかもしれませんが」

 ああぁぁ……そうだ、そうなんだ。この眠り姫は……大型魔導船の一隻や二隻、簡単に沈めてしまえる力をお持ちだ。

 樽にでも捕まっていれば、フロンは転移でどこぞの海原に逃げられるかもしれないけれど……次の転移までに絶対に発見される。殺される。

 樽の中にでも隠れていれば──でもあのサクラのことだ、これくらいのことで逃げられるだなんて考えない方がいい。

 ──ゆっくりと近づいてきて、ガタガタと音を立てて蓋を外されて、目が合ったらにっこりと微笑んで、頭を──。

「いやあぁぁっ! フロンが、フロンが死んじゃうよおぉぉ……!」


 普段のサクラならそんなこと絶対にしないけど、今は大人しくしているが……この子、中身がヤバイ。正直このまま宿に置いておくのもまずいと思う。意識を失っているからか、かなり濃い目の瘴気が……その……全身から滲み出てきている。

 リリウムは平気そうな顔をしてそばにいるが、私とフロンは正直……ダメだ。近づいただけで頭が割れそう。

 こんなものに頭をヤラレたままのサクラが冷静に話を聞いてくれるとは……楽観的にはなれない。それくらいヤバイ。まずい。

「どうしよおぉ、リリウムぅぅ……」

 涙が溢れてくる。まずい。これはまずい。応急処置だけでも済ませたいのに、早く治さないとヤバイのに──。

「もっと強く封印を施して、永久凍土の下にでも閉じ込めてみては。数千年は……寿命が延びるかもしれません」

 リリウムは一人サクラのそばで、何やら紙の束に目を通している。返事も適当だ。もっと真剣に考えて!

「……なるほど、その手があったか」

「あってたまるかぁ!」

 お願いだから真面目に考えて! このままだと……このままだと……。


「まず、これはもう治癒でどうこうなるようなものではない。確実に浄化使いが必要だ」

 状況を整理し始めた。分かってるよ、そんなことぉ……。

「治癒で薄くなったり、軽くなったりはしないのですか」

「しない。これは怪我でも病でもない。姉さんは瘴気に侵されているだけで、病を患っているわけではないからな。まぁ、それが原因で病むことはあるが……」

「ならばもう、どこかから連れて来るか、探してこちらから向かうかするしかないではありませんか。浄化使いに心当たりは?」

 そうだ、私達は長命種。ハーフエルフとハイエルフが二人。人脈は豊富だ! 浄化使いの一人や二人──。

「ない」

「ないね」

「わたくしも、ありません」

 沈黙が……痛い。何をしているんだエルフ。ブクブクと年ばかり肥やして!

 大きな国なら、それこそルナとかなら、浄化使いの一人や二人いるだろうけど……船は……樽は……ああぁぁもおぉぉぉ……。

「……フロン、ルナまで飛べないの?」

「どれだけ距離があると思っているんだ……仮に無理してギリギリ飛べたとしても、人一人抱えてとなると確実に不可能だ。魔力の消費は倍ではきかん」

 フロンだけ飛んで浄化使いを連れてくるとしても、何百日かかるのか……その間にサクラの目が覚めれば私達はお終いだ。フロンは逃げられるかもしれ──いや、ない。ないな。想像できない、そんな未来。

「浄化以外に瘴気を何とかする手段はないのですか。お香とか、絵本に出てくるではありませんか」

「お香……ああ、物語には出てくるな。だが心当たりはない」

 あーもぅ! どいつもこいつも! 早く何とかしないと……何とかしないと……サクラだってきっとお腹が空く。食べないと弱ってしまう。弱ったら……きっと瘴気に負ける。そんなことになれば──。


「では、自分達で作るしかありませんわね」

 そんな物が作れれば苦労しないっての! なんだ、どこぞの魔導具屋に売ってるとでも言うのか!

「なんだお前、当てがあるのか?」

「わたくしが、ではなく……サクラが知っていましたわ」

「……は?」

 何だそれは。私はそんなこと知らない。サクラがお香を……?

 腰を上げたリリウムが、ずっと目を通していた紙の束を持ってこちらへやってくる。それをフロンに手渡して、またサクラの隣へ戻ってしまった。

 そしてまたほっぺをぷにぷにしだす。ずっと触っていたくなるのはよく知ってるけど、ちょっと触りすぎだよ! 離れて!


「──リューン、姉さんの浄化品……何か残っているか?」

 どうにかしてリリウムを引き剥がせないか思案していると、一人で書類に目を通していたフロンが戻ってきた。声が真剣で、力強い。こういう時のフロンは頼りになる。よく知っている。

「浄化品? 魔石はほとんどサクラの箱の中に……」

「キノコの火石が残っているのではありませんか? あれはペトラに見られていましたし、箱ではなく魔法袋にしまい込んでいたはずです。袋はこちらの部屋に置きっぱなしにしていましたし、あれを取り出しているところを、少なくともわたくしは目にしていませんが」

「数は?」

「大きめの特級品が四百二十六個です。足りるのではないかと」

 魔法袋魔法袋……これじゃない、これかな……。ああ、あった! いっぱいある。すっかり見慣れてしまった、極上の宝石も霞んでしまうような美しさの、大きな浄化赤石。

 袋からいくつか取り出してフロンに見せてみる。いっぱいあるよ?

「──道具と素材を集めてくる。リリウム、財布を寄越せ」

 ちょっと! 二人で話を進めないで! 説明して!


 浄化瘴石と魔物の変異についての調査報告。リリウムとフロンが読んでいた紙束は、そのような一文から始まっていた。

 調査だとか、報告だとか、なぜそんなものをサクラが持っているのかとか。色々と分からない点も多いが……今は置いておこう。浄化瘴石?

「信じ難い話ではあるが、実際に実験をして成果を上げているようだ。浄化品を瘴気で侵すことで、瘴石にすることが可能だと記されている。そしてその浄化品の瘴石──浄化瘴石。瘴石なのに浄化とはおかしい名付けだが、とにかくこの浄化瘴石を素材とした水薬を迷宮に散らすことで……瘴気持ちや悪霊の数が増えるということは確かなようだ。浄化黒石とは性質も全く違うようだが──」

 初めて聞いた。浄化品を瘴石にする? そんなこと普通は考えもしない。もったいなさすぎる。


「ありがたいことに術式を含めて製法まで事細かく記されている。これは姉さんがどこぞの研究者にでも依頼したのか、あるいはこうなることを予見していたのか……。尋ねてみたいものだな」

 そういえば、霊薬がどうのとか言っていた……ような気がする。

「その水薬……霊薬の効能はこの際どうでもいい。瘴気を魔石に吸わせる手段がある。工法は判明しているし大した道具も必要ない。浄化品にしか吸わせられないという点も──」

 瘴気を吸わせる。サクラから瘴気を……助かる?

「これだけの瘴気だ。下手をすると魔石の方が足らなくなる可能性もある。だが症状が緩和されれば……話が通じるかもしれない。後は説得できるかどうかだ」

「魔石は結界石の土石が使えるのであれば、それも多少残っています。わたくしが面倒を見ていますから、二人は道具の用意を」

 ズル……いっ……ぐ、ぬぅぅ……!

 分かってる。分かってる。これは私が……私とフロンでやらないといけない。リリウム……悔しいけど、今だけ、今だけはサクラを預けてあげるよ!


 道具屋、魔導具屋、ギルドなどをハシゴして、工具と素材と、必要な物は全て取り揃えることができた。

 こちとらハイエルフだ。ここから必要な魔導具を作るなんてことは容易い。

 試作品に改良を加えてより良い物を……普段ならそうするが、今はとにかく物量で攻める。優美さの欠片もない。口惜しいけど、そんなことを言っている場合じゃない。

 瘴気を集める術式、浄化品に瘴気を込める術式、それらを固定して、魔石をセットして──。

 あとは子供が作った玩具のような外見の、不格好な木箱のようなそれをリリウムに起動してもらえばいい。

 リリウムは、サクラの口に指を突っ込んで遊んでいた。

「何やってんのよ!?」

「水と糖分を与えています。コップで飲ませるわけにはいかないでしょう」

 あの袋の中身は……砂糖か。確かにそうだ。水は要る、糖分も塩分も……分かってる。理解はできるけどっ!

 あぁ、ちゅぱちゅぱされてる……いいなぁ、私がやりたい……。っていうか布でも何でも使えばいいでしょ! 何で指なのよっ!

「さっさと手を動かせ。一つ作って終わりではないのだぞ。十でも二十でも、作れるだけ作るんだ」

「ぐ、ぬ……ぐ……ぐぅ……」

「指くらい頼めば吸ってくれるだろう。終わった後に頼め」

 違うんだよ、分かってないなぁフロンは! サクラが無意識のうちにね、私を求めて指チュパしてくれ──。

「いいから手を動かせ!」

 フロンも必死だ。命がかかっている。私もなんだけど……サクラに殺されるなら……。あ、ちょっといいかも?

 でもあれだね、きっとあの棒でグシャッとやられて……私はミンチだ。……やっぱりだめだ。愛がない。美しくない。

「そうでした。リューンさんリューンさん」

「な、何よっ!?」

 不埒な考えを読まれたのかと思ってどもってしまった。知ってか知らずか、私と視線が合ったリリウムは、サクラのお口に突っ込んでいた指を、そっと自分の唇に……。

 ブチ切れた。飛びかかった。怒られた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ふあああああヾ(⌒(ノ’ω’)ノああああああwww 更新お待ちしておりました! サクラさんの生命力保持(&瘴気による暴走を防ぐ)の為におろおろしつつもリリウムに嫉妬してるの可愛いよおおおお…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ