第百七十七話
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大きな変化はありません。
朝を待ち、身体を動かしてからお出かけの支度をしていると、珍しく早起きをしていたわんこ一号と、いつも元気な二号が揃ってお部屋に雪崩れ込んできた。朝食のお誘いだったようだが……。
「あ、あの……またどこかへ出かけるんですか?」
次元箱に入ってなくてよかった! ノックをしなさいノックを。今のは危なかった……油断していた。
「移動なら荷物まとめなきゃ! 全部出しっぱなしだよ!」
どういうことかな? 荷物はいついかなる時でも整理しておくように教えた気がするのだが。
「ちょっと落ち着いて。旧友と連絡が取れたから迎えに行ってくるだけだよ。すぐ帰ってくるから」
リューンもリリウムも一緒に行きたがったが、三人も四人も抱えて転移するわけにもいかない。どちらか一人は連れて行きたいが、そうすると選ばれなかった方が拗ねかねない。なので私一人で出向く羽目になった。
「またですかぁ……お姉さん、最近ずっといないじゃないですかぁ……」
なんて考えていたら、三人目が拗ね出した。困ったなぁ。
リリウムを迎えに行った時は確かに長めに不在にしていたが、それは仕方がない。親睦を深めるという意味ももちろんあったけど、現状浄化黒石が圧倒的に足りていない。集中的にかき集められる機会を逃すわけにはいかなかった。別にソフィアのことを忘れていたわけじゃない。たぶん。
その後私がいなかったように感じるのは……倒れるか気絶するかしていたからだと思うんだけど。どうでしょうか、聖女ちゃん。
「今回はそう長くかからないよ。長くても二、三日だから」
「でもぉ……」
チラッと上目遣いをされると、私も折れそうになってしまうのだが……走るか? 走るなら……まぁ、まだ許容範囲……じゃないな。復路も走る羽目になる。
フロンを走らせるわけにはいかない。彼女は気力も身体強化の術式も持っていない、純粋な後衛の魔法師だ。体力はソフィアにも劣る。
困っていると、リリウムが助け舟を出してくれた。
「ソフィア、貴方は修行に来たのでしょう? ワガママを言ってサクラを困らせていないで、走り込みの一つでもしてきたらどうですか?」
この使徒も昔は歳相応にワガママ言っていた気がするんだけど……まぁ、いいや。
それよりも、走り込み……走り込みはいいな。都合のいいことに癒し系わんこがいる。いくらでも走れるだろう。
「ねぇ、三人の生力面……見てあげてくれないかな? すぐ帰ってくる予定ではあるんだけど」
「それは構いませんが……わたくし、サクラほど優しくはできませんよ?」
私がやるとどうしても甘さが出る。きつい辛いと泣かれたら……きっとそこで指導を止めてしまうだろう。
それに、火炙りにする前に……ある程度の下地が整っていないと死にかねない。一日二日でなんとかなるようなものでもないが……一年二年続ければ、少しはマシになると思うし。
「ゆくゆくはリリウム式で鍛えあげるつもりでいるんだ。必要だと思うし。ただ、今のまま修行を付けても……死ぬからね」
「そうですね、確実に死ぬでしょう。とりあえずサクラの修行に耐えられる程度まで……身体を鍛えなくてはなりませんか」
「お願いね。死ななければ、どれだけきつくやってもいいから」
「言質頂きました。では、存分にやらせて頂きます」
藪をつついて何とやら。何やら理解してしまったわんこと、まだよく理解していないわんことがいるが……ついでだし、飼い主君にも一緒に頑張ってもらおう。
「戻ってきたらお望み通り、私も修行を付けてあげる」
まだ良く理解してないわんこが理解したのは、はたしていつの頃になっただろうか。
魔石を集めていると時間がかかるし、ストレッチと素振り以上の日課は後回しだ。大陸北の中央部にある港町へ短距離転移で移動をする。地図もあるし、この辺りには何度かリリウムと訪れたことがある。迷う理由がない。
港町はいい。大きい港町は最高だ。セント・ルナほどではないが、それなりに物が集まっていて……特にお茶っ葉が簡単に手に入るのが嬉しい。
私が不味いと思ったお茶は、やはり南大陸産の物だった。南端の港町の食事処で賞味したお茶は、南大陸から更に南に向かった先の諸島群からの交易品が使われていたらしい。
やっぱり住むなら交易が盛んに行われているところがいいな。そういう点では理想はルナになるのかもしれないが……あそこ地価高いって言うしなぁ。確かリューンが言ってた気がする。
自重無しに振る舞えば土地や屋敷の一つや二つ造作もないが……。ルナで自重なく振る舞えば、その情報は世界中に拡散するだろう。アホの所業だ。
(さてさて、フロンはどこかなーっと──)
大きい港町で人っ子一人探すのは……別になんてことない。なくなってしまった。
私の二歩目を挫いた敵対神達の見事な御業。私の神格が育たないように瘴気持ちを遠ざけるという策は、絶大な効果を挙げていた。
(検索検索っと、フーローンーはー……んーっと──あー、いたいた。宿かな、あれ)
私が長らくお世話になっていたふわふわの索敵。それの本来の機能は《探査》と言う。《索敵》ではない。敵に限らず探って調べる。
単に魔物だけじゃなく、人の居場所も……かなりの精度で調べられるようになってしまった。魔石がいけるんだから、おそらく物もそのうち調べられるようになるのではないかと感じている。まだ神格の育ち具合が足りてないみたいだけど。できるようになるだろうという予感がある。
とはいえ、神の目線で誰も彼もとはいかない。見習いの私には、本名が判明していて、ある程度近くに居て……という制限がある。
フロンは本名だ。過去の私が名前を認識できていたことからそれは間違いない。ならば、見つけられない理由はない。
これを封じられていたのは……本当に、お見事としか言いようがない。探偵でも食べていけそうだな。
北大陸に魔食獣がいれば、言伝なしでも自力でリューンの元へ至れたかもしれない。
(いや、その前に流石にルナへ向かったか……でも見つけられる自信がないな)
宿の受付にフロンの部屋に手紙を届けてもらうようにお願いして、近場の喫茶店で時間を潰すことしばらく……見知った顔のハイエルフがやってきた。
普通の外套、私服、普通の靴、杖もなし、魔法袋もたぶん持っていない。嫌な感じも──しない。おそらく迷宮産魔導具の類は持っていない。
身長も胸の大きさもそう私と変わらない、綺麗な金髪をショートボブにした美人さん。巻き戻ったあとも何度かルナで会いはしたが、今改めて『再会』したといった感じがする。
「久し振りだね、姉さん。見つけてもらえて助かったよ」
「久し振りっていう程かな。三年ぶりくらいじゃない?」
「実はそうではなくてね。大凡のことは理解している。あの二人は?」
「アイオナにいる。足が遅くなるから私だけで来たんだよ。先に聞いておかないといけないことがあるんだけど、いいかな?」
「──あぁ、神器も含めて魔導具は一切持ち合わせていない。随分と難儀な使命を担ったものだな。場所を変えたいのだが」
ほぉ? ここまで話が早いのか。
アイオナまで戻ってもいいが、先にこっちで話をしておいた方が良さそうだ。リューンもリリウムも、朝出て昼までに戻るなんて考えてはいないだろうし、いいか。聖女ちゃんにも数日はかかると伝えてしまっている。
フロンが使っていた宿は、本がいくらか積んであることを除けば、リリウムが寝泊まりしていた宿とそう変わらない。
最上階にベッドが一つあるだけ。並んで腰掛けても、私とフロンじゃ艶っぽい雰囲気になりはしない。革袋から取り出した結界石を自分から設置してくれる。
「狭い所で済まないね、お茶も出せないのだが……飲んできただろうし、それは後にしよう」
「気にしないで。こっちにも色々と事情があって、向こうじゃ話せないことも多いんだ。質問には全て答えるよ」
フロンは話が早い勢の一人だ。ありったけ質問されて、質問して、その繰り返しでいいだろう。
「助かる。では──姉さんはこの世界の人間ではないのだね?」
「そうだよ。どの大陸でも島の出身でもない。この星でもない」
「どのような手法で召喚されたかは、分かっていないのだな?」
「分からないね。これはできるようになる気がしない。なぜ私が……っていうのも分からない。候補はいくらかいたらしいけど、結局私が選ばれたらしい。そういった人達が残ってるのかも私は知らない。少なくとも見たことはないね」
「私や……おそらくリューンやリリウムにも降りかかった時間遡行は、姉さんの仕業なのかい?」
「それはうちの女神様の御業かな。私は一度死んだらしいんだよ。リリウムとパイトに出向いたのは覚えてる?」
「あぁ、オークションの代金を受け取るとか、確かそんな名目だったな。二人で北大陸へ出かけたのは確かに覚えている」
「その時に……もう勘付いているだろうけど、迷宮産の魔導具や神器の類を溜め込みすぎて死んだんだ。その際に一度やり直しをさせてもらってね。皆はそれに巻き込まれたんだと思う。私はそんなに交友関係が広くないから影響範囲は分からないんだけど、今のところリューンとリリウム、それにフロンだけだね」
「私は──夢で姉さんを二回目撃している。一度目は姉さんが下着姿で神と神格を授受している場面。二度目はその神と全裸で別れを告げている場面だ。私の察している事情は、大凡その二回の夢の内容が全てだ。洞窟で神と対面し、水に飲まれるまでのな」
下着……まぁ、下着か。下は確かに下着と言われてもおかしくない。そしてまた夢か……リューンも見たんだろうか。
「うちの女神様から何か言われなかった? 使徒だのなんだのって」
「いや、それはないな」
「気力が使えるようになっていたり、魔力の回路が変わったりは? 浄化ができるようになっていたり」
「それもないな、身体的な変化はない。若返ったかどうかまでは自信がないが……おそらくないだろうと思う。幼少期ならともかく、この年にもなればな」
ふーむ、使徒ではないのか……なさそうだな、リリウムとはまた違う。リューンっぽい。
「転移もまだ使える?」
「あぁ、問題なく使える」
「フロンの転移は魔法的な物だよね? あれは普通の術式によるもの?」
「ハイエルフも一枚岩ではなくてね。私の家系はこっそりとこれを継いできた。適性の関係で誰でも使えるとはいかないが……まぁ、普通の魔法術式だよ。神だの何だのは関係していない」
なるほどなるほど。リューンが私の浄化と同じとか言ってたのは……まぁ、本人に聞いてみればいいか。
「リューンとリリウムの二人は、既に時間遡行をした後に姉さんと合流しているのか?」
「そうだよ。リューンは私が死んだのとおそらく同じタイミングか、その少し後。そこから二十年くらい遡行したみたい。リリウムはちょうど今の時期から二十年くらい、これはフロンも同じかな?」
「そうだな、私もおそらく二十年程になるだろう。だが、そこがよく分からない。リューンと私達でタイミングがズレたのはなぜだ?」
「それがよく分からないんだよ。時間遡行が起きたのは神格が育ったせいで間違いないと思うんだ。三人に爆弾が埋め込まれて……それが私の神格の成長とをトリガーにして、順次爆発していった……少なくともリューンとリリウムまではそんな感じだと思うんだけど。フロンが過去に飛んだ時期は、今くらい? もっと早かった?」
「ずっと閉じこもっていたからな……部屋か作業場か迷宮か……恥ずかしい話だが、正直時間感覚が曖昧なんだ。ただ、リューンから手紙は貰っていた。南大陸に出向くと。少なくともその後、多少時間が経ってからのなのは確かだ」
リリウムと似たようなタイミングか。やっぱり魔食獣の討伐で神格が育ったことによるもの……ということで間違いなさそうだな。
それにしても、時系列が滅茶苦茶だな……。気にしたら負けだな、もう。
「三人が時間遡行をしたのは間違いないとしても……なんでこの三人なのかが分からないんだよね。交友関係は狭かったけど、他にも接点のある人間はいたんだよ。今、過去に縁のあった子達の面倒を見てるんだけど……彼らは違うっぽいんだよなぁ」
「その面倒を見ている子というのは人種なのか? 私達三人はエルフの血脈だが」
「血が混ざってるかどうかは分からないけど、人種だね。会話したことがある、くらいのエルフは他に何人かいたと思うけど、一緒に住んでたとか、それなりに関係が深いとかなると──」
聖女ちゃんを一夜預かったりはしたが、彼女は影響を受けていない。実は受けていてまだ神格が足りてなくて遡行できないという可能性がなくもないけど。
その後しばらくあーだこーだと討論したが、これに関しては結論が出なかった。どれもこれも、何となく違う気がして。
「──なぁ、もしかしてこれじゃないのか?」
二人でお風呂に入っている。洗濯物もあったし、フロンに所望され、私の女神式……奉仕……フルコー……ス……?
「姉さんのこれは……あれだろう?」
……あれだ。間違いなくあれだ。あー……つまりあれか、比喩じゃなくて、私が本当に爆弾を直に埋め込んで……それで……。
時期に差が生まれたのも頻度に原因があるとすれば……リューンが一番多くて、次がリリウム、そんでもってフロンだ。
「……あり得る。これは三人にしか施してない。私自身を含めても四人だけだ」
「納得できる理由ではあるな。これをしたから……これ由来のあれに巻き込まれて……ってな」
「納得できる理由だね……そうかー……あー……ごめん」
お肌の手入れをしたことで全財産を失うことになるとか、ちょっと予想できない。
「いや、気にすることはない。おそらく二人も気にしていないだろう。これのためなら無手で二十年やり直すくらいなんてことはない。エルフの女とはそういうものだ」
フロンは結構美容にうるさい。最初に目ざとくリューンの変化に気づいて、あの駄エルフを吐かせて私に頼み込んできたくらいには、美に執着がある。
別に悪いことではない。私だって自身に施しているし。──誰彼構わず施さなくて本当によかった、収拾がつかなくなるところだったよ。
思い返せば、最初は聖女ちゃんを実験台にしようかなんて考えてたっけ……あぶないあぶない。
「これを生業にしなくて本当によかったよ……」
「……考えたくもないな」
ルナを中心に、世の女性達が、突如全裸で──。