第百七十六話
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大きな変化はありません。
「大変ご迷惑をおかけしました……」
「ごめんなさい……」
気絶組の意識が戻ったのは、夕飯を食べて就寝し、全員が起床してしばらく経った頃になる。
よもや丸一日近く気絶しているとは思わなかった。治癒術師に見せるために急いで引き返すかどうかを相談している最中にようやく……だ。やっぱり後衛の治癒使いは要るなぁ……。
「大怪我を負ったり、一人でも先に進むのが危険だと判断したら無理せず引き返す。──最初にそう決めたね? 今から六十層も三十五層もスルーして宿へ帰るよ」
六十層は三人掛かりで素材を集めてくれたし、三十五層は後日改めてリューンとリリウムが向かってくれることになった。戦闘を見せるのは中止。希望があればペトラちゃんが三十五層に付いて行くのは認めてあげるように頼んである。
三年修行を積んだと聞いていたが……正直このままじゃ不安だ、なんとかしないといけないんだけど……うーん。
あの爆弾キノコを知ることができただけでも十分な戦果とすべきだろうか。あそこは入場料と大金貨二枚支払ってでも、通い詰めたい良い狩場だ。
とはいえ、今は特に浄化赤石を集中的に集める必要もない。何かのついで……ということになるだろう。
何度か小休止を挟み、無事帝都に戻ってこれた。もうだいぶ夜も更けているが、宿を取り直さねばならない。安い借家でも……うーん。
大部屋にベッドを六つ運び入れ……となると時間がかかるので、今日は三人部屋を二つ取って、少年少女たちと分かれることにした。
とはいえ同じ宿だ。少し離れているが、不都合はないだろう。
「朝が来たら私は日課に出てくるから、食事は二人か、五人で取っておいて。夕方までには戻ってくるから」
お風呂も入りたい。浄化はしているが……汗を流せないのはやっぱりこう、気持ち悪い。防汚服ってカビるのかな……。
「夕方って……そんなにかかるの?」
魔法袋からナイフと干し肉を取り出し、もぐもぐし始めるリューンちゃん。もう何も言うまい。
「魔食獣倒すのもだけど、黒石集めるのに時間がかかるんだよ。ここ数日狩れなかったから、本当は今すぐにでも狩りに行きたいんだけど」
暗いとお外、見えないからなぁ……。その後の餌場巡りも少々骨だ。とはいえ観察はしなければならないし、浄化黒石は私の生命線になる。これを怠る真似はしたくない。
「ちょっと待って。今なんて言った?」
「なんてって……魔食獣?」
「そう、それよ! 馬鹿じゃないの!?」
「ちょっと、声大きいって」
もう夜半だ、結界石なしに騒がないで欲しい。
「サクラは危なげなく狩っていますし、問題はありませんわ。むしろわたくし達がいては邪魔になります。お空飛べませんもの」
「──何でアンタがそんなこと知ってるのよ」
「わたくしは見せて頂きましたので」
ふっふーんと、煽る煽る。喧嘩してるようだが、迷宮でもそうだったが、この二人は以前に比べてだいぶ遠慮がなくなったというか……仲良くなった。
リューンもリリウムも楽しそうにしていて、私も嬉しい。
「サクラ! わたしも!」
「寝込みを襲いたいから日が上る前に出るけど、起きられるならいいよ」
「いってらっしゃい!」
諦めるんだ……そんなに寝ていたいか。
宣言通りに翌朝……寝こけているハイエルフを横目に支度をして宿を出る。リリウムは起き出して見送ってくれた。この差よ。
魔食獣は見る限りまだそれなりに数がいるが……瘴気持ちの数がだいぶ減っているのが気にかかる。
「このままじゃ枯れるかなぁ……放っておけばそのうち、染まるとは思うんだけど……」
そもそも魔物はどういうプロセスを経て瘴気持ちになるんだろうか。瘴気がもちろん関係しているんだろうが、南大陸とて一面瘴気に覆われているというわけではない。この近辺にも餌場のような瘴気溜まりはないようだし……謎だ。
色々と実験をしているが、瘴気持ちを食べた魔食獣が瘴気持ちになる、というわけでもなさそうだ。いい加減あの──霊鎧騒動の原因となった、霊薬の開発に着手しなければならないかもしれない。魔食獣の群棲地はここ以外に見つけられていない。
(とはいえ、薬なんて作ったことないからなぁ……リューンが作れるかな)
幸い素材も製法もはっきりしている。やってできないことはないだろうけど、それでこいつらが瘴気持ちにならなければ……どうしたもんかな。
「東大陸にもいるっぽいんだけど……まぁ、後で相談してみよう」
日課を済ませた後にリスロイの港町まで出向いて魚料理を食べ、適当に腹ごなしに瘴気持ちを屠って回って、夕方に再度魔食獣を討伐した後にアイオナへ戻ったが、宿には誰もいなかった。
若者ルームの扉を叩いても反応がない。年寄りルームも鍵がかかっていて入れない。閉め出されてしまった……。
(少し早かったか……どうしようかな。中にいたら変だし……お店見て回ろうにも、もう閉まる頃合だし……っていうかもしかしてあれか、夕飯まで含めて先に食べていて……とか、そんな感じに捉えられたのかな)
先にご飯食べていて、みたいなことを口にした気がする。あまりお腹空いてないけど、私も夕飯食べてくるか。
お風呂入りたいけど、一人で行ったら文句が出そうだし……いい加減入りたいなぁ。ペトラちゃん達はどうしてるんだろう。入ろう入ろうと思いつつ、結局まだアイオナに来てから入っていない気がする。
大きいお風呂も好きだけど、やっぱり家風呂でゆっくり……といきたいところだ。買うかなぁ、家。
私の希望だけで建てるなら、魚の美味しい港町に鍛冶場とお風呂が付いていれば……まぁ、文句はない。
そこにリューンの工房と、個室寝室と、トイレもいるか、ないと変だ。
南大陸でアイオナ以外に居を構えるなら、乾燥部屋は必須だと思う、これも要る。庭は……いらないかな。身体を動かすための、道場みたいなスペースがあると便利かな?
後は野良迷宮程度の規模で構わないから、火石と水石が集まる迷宮が近場にあると嬉しい。
(ああ、床暖房も欲しいな、やってできないことはないだろう、きっと)
そういえば倉庫もあるに越したことない。忘れていたが居間も要る。こうなると、かなり広めの敷地が──。
思索に耽っていると賑やかに五人が帰ってきて、有無を言わさず年寄り組に年寄り部屋に連れ込まれる。挨拶をする間もなかった。
「な、なに。どしたのいきなり」
リューンが興奮していて、リリウムも……何やら楽しげにしているのが雰囲気で分かった。ともかく、先に明かりくらい点けて欲しい。私はエルフみたいに夜目が効かない。
「フロンと連絡ついた!」
お、おう……?
正面から抱きつかれていて……肉臭が凄い。おそらく顔も色々な意味でテカっている。こいつは毎度毎度脂っぽい物ばかり……。これ防汚品じゃないんだけど、洗濯物を増やさないで欲しい。
げんなりした顔で視線を送ると、リリウムが答えてくれる。
「冒険者ギルドにフロンからの手紙が届いていました。港町で待っているとのことです。話がしたいと」
このタイミングでか。魔食獣を四匹狩って、それで届いたのかな。
「その手紙、アイオナに届いたのはいつになってた?」
「少し前ですね、百日は経っていないようでしたが」
「手紙の送り先は、リューンのみ? それとも私もだった?」
「お二人でした。わたくしのことは、文面に少しだけ。記憶はあるようです」
なるほど。過去に戻った系と見て間違いなさそうだ。
「魔導具……使ってなければいいけどなぁ」
「フロンは……どうでしょうね、二十年あれば無手からでも……手に入れられそうですが」
色々と思うところはあるけれど、会ってみないと始まらない。
「今から行こうよ!」
こっちのエルフは随分と嬉しそうだな。ルナでは……だいぶ塩対応していた気がするんだけど。