第百七十五話
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アルマジロを横目に五十五層から六十層までを走り抜け、今日の移動はこれでおしまい。というか、撤退を視野に入れなくてはならなくなった。
「いやいやいやいや、あれは無理。無理無理無理無理」
「何なのですか、あの非常識な階層は……」
ハイエルフとハーフエルフの顔が揃って引きつっている。昨日、六十層まで足を運んだついでに六十一層の確認をしておくべきだった。
魔物はキノコだった。普通の、柄の上に傘がついて、地面から生えているような、そんなキノコ。私は見たことがなかったが、リューンもリリウムも作戦会議中の資料にある外見のキノコ型魔物を見たことがあるから、たぶんそれだろうと。
全然違ったわけだ。背丈が三メートルから五メートルほどある赤いキノコという、大きさと色が同じなだけ。
流石キノコ、見た目だけで判断すると痛い目を見る。
階層は胞子というか鱗粉というか、微細な粉が充満していて……察しが良ければ気付く。どこかで生まれた火種に引火して爆発した。
ビックリドッキリ一発限定の粉塵爆発ならまだ何とかなったかもしれないが、赤いだけあって火には強いのだろう。爆発を物ともせずにキノコ達が傘をわさわさと揺らしてまた粉を撒き散らし始めて……二度目の爆発の前に六十層への通路へと避難した。衝撃にも強いんだな、きっと。
「あの粉、魔力篭ってたよね? どれだけ殺意高いのよ」
「し、死ぬかと思いましたぁ……」
咄嗟のことで《結界》の強度にしか意識を向けられず、爆音とか閃光とか、そういうのが筒抜けになってしまった。ミッター君と聖女ちゃんは仲良く気絶している。咄嗟に目を瞑って耳を守ったペトラちゃんは偉い。この娘はきっと長生きできる。
自身に浄化を施してみるが──特に変化はない。寄生してどうこうするっていう種ではなさそうだな。ただの火薬か。
ただやられっぱなしというのも癪だ。撤退するにしても、奴らは刈り取ってこよう。たぶん火石だろうし。
「四百二十六……?」
「四百と二十六個……数え間違いではありません、確かにあります。魔法袋を一枚空けなくては持って帰れませんわね」
キノコいすぎ。数度の爆発に耐えながら魔石をかき集めてきた。多くて二百程度かと思いきや、その数なんと四百オーバー。
「浄化する前に自爆した奴もいたから、階層に居た数はもう少し多いよ。全部で五百はいなかったと思うけど、あと五十はいた」
魔物に自爆されたのは初めての経験だ。いい勉強になった……こういうのもいるんだな……。
「あのぉ……アイオナの迷宮って、この先も……判明しているんですよね? どうやって突破したんでしょうか……?」
「サクラみたいな物理と魔力、どちらの障壁も使える結界使いがいたとか、囮を突っ込ませてその隙に……とかかな?」
ひぇー、とか言ってペトラちゃんが震えているが、私は割りとそれどころじゃない。この浄化赤石……質が良すぎる。六十層クラスから取れていい魔石ではない。大きさは及ばないが、ルナの真っ赤なドラゴンの物より質がいい。
「これは、至高品と言っても?」
「うーん……至高品には及ばないなぁ。特級品から究極品に片足踏み込んではいる」
至高品はもっとこう……文字通り最高、天上の一品でなくてはならないと考えている。流石に餌場の黒いスライムの物と比べれば、格が落ちると評価せざるを得ない。
「これでもダメなのですか……。これより上の浄化赤石……存在するとすれば、それは一体どれほどの美しさになるのでしょうね」
魔石を手にうっとりとしている顔がなんとも情欲をそそ──いや、うつくしい。きれい。かわいい。
ルナの迷宮で私のお供をして魔石集めをしている時も、彼女は蒼石よりも、赤石を拾うときの方が嬉しそうにしていたのを思い出した。
「これは燃料にするのはちょっともったいないね……加工して遊ぼう」
「加工……ですか?」
「少し前から装飾品作りを始めてね。──ペトラちゃん、今あのペンダント持ってる?」
「あ、はい! あります! ちょっとまーってくっださーいねっ!」
うっきうきで魔法袋の中を探ってペンダントの箱を取り出すペトラちゃん。可愛すぎる……。
「これは……また……」
目を点にし、口を開け、ぽかんとした表情で青いペンダントを眺めていたリリウムが正気に戻るのにそれなりの時間を要した。
「こ、これを……サクラが?」
「そうだよ、魔石の形をいじくる術式があってね」
この場で変形を見せてもいいが、この赤石を粘土にするのはちょっと抵抗がある。危ないし。
「浄化蒼石と浄化真石でしょうか……。見たことのない色合い……素晴らしいですわ……」
「そこも研究をしてね、結構幅広くいじくれるようになったんだ」
「ねーっ! 二人で色々頑張ったんだよ!」
エルフの意見もふんだんに盛り込まれている。私にはよく分からない微細な差の物も含め、かなりの量のサンプルが次元箱に納まっている。
「リューンさんもこれを?」
「いや、それを持ってるのはそっちの三人だけ。魔導具じゃないし、これはほら、靴底の大金貨的な奴だから」
「靴底のって……いえ、もういいです。ありがとうペトラ、良い物を見させて頂きました」
魔導具を作るにしても術式がまだろくに集まっていない。汎用的な物はそれなりに売っているようなのだが……良いものはどうしても秘伝とか、機密とか、先祖伝来とか、そういった物が多いとかで。
私は金属を精錬して加工はできるが細工の経験はないし、おそらく向いてないと思う。魔石オンリーで構成すると耐久性が不安だし、リューンが細工をするにしても、環境は整えたい……工房欲しいなぁ。
宿の大部屋で金屑撒き散らしてカリカリ作業させるのも気が引ける。拠点を用意したいが……アイオナに腰を据えるというのはどうも気が進まない。
「それで、どうするの? あの迷惑なキノコは掃除したんでしょ? 先に進む?」
「二人がこのザマですし……撤退すべきでは。命に別状はないでしょうが、かなりダメージは残っているのではないかと」
六十層から六十一層への階層間通路に六人で休息を取っている。進むか戻るか決めなくてはならない。私はさっさと帰って魔食獣と黒いスライムを狩りに行きたいが、気絶中のわんこが納得しないだろうと思いもする。
「撤退して六十層で狩りをして帰ろうにも、魔法袋の中身減ってないんだよね……三十五層の素材もあるし、一袋はそれ用に空けておきたいんだけどなぁ」
「リューンさんが干し肉を平らげてしまえば解決するのでは。一袋分くらい食べてしまえるでしょう」
「──リリウム、喧嘩売ってるの? サクラの前だからって私が大人しくしてると思ったら大間違いだよ」
「浄化赤石も……なんとか空きを作らないと、捨てていかないといけなくなりますよね……」
年寄りをガン無視してペトラちゃんが真剣な顔をして悩んでいるが、安心して欲しい。これを捨てていく気は初めからない。
「最悪食料を置いていくしかないかな……かなり気が引けるけど」
「リューンさんも一緒に置いていきましょう。そうすれば食べ物を粗末にすることも、食費がかかることもなくなり──」
「いいよ、買うよ。表出ようか」
そういえば、そろそろ水樽空かないかな? 水を捨てて、そこに赤石を詰めて抱えて持っていけば……いや、魔物素材をそっちに詰め込んで、赤石は魔法袋に突っ込んだ方がいいか。次元箱は隠し通せるな。
よもやこのサイズの魔法袋が四枚あって荷物が入りきらなくなろうとは。かなり最初の頃にも、似たようなことで悩んだ覚えがあるな……トンビの魔石が大きくて……みたいな。懐かしい。
「とりあえず二人が起きるまでは休憩だね。身体が鈍りそうだ……」
かといってここで暴れるわけにもいかない。暴れさせるわけにも──。
「二人共、暴れるなら六十層のあれ、適当に間引いといて。ペトラちゃんも退屈だったら見学しに行っていいよ」