第百七十三話
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大きな変化はありません。
五級になりたての冒険者と私達の常識は、大きく乖離している。
「じゃあ、私とリューンが前で、リリウムはその後ろ。基本的にリリウムはリューンをサポートしてね。とりあえず序盤は無視して──まずは三十層まで走り抜けようか。はぐれないでね?」
へ? とか、えっ? とか。言っているが……本気でやってとお願いされて、それに応えようと言うのだ。本気でやらせて頂く。
エルフ達もそのつもりだ。序盤の三十や四十層でちんたらやってる暇はない。
本気で戦う、進むと決めたのであれば、そりゃあもちろん下調べを入念に行う。
「──特に知らない魔物はいないってことか。魔法を使ってくる……この辺りから少し怪しいかな?」
ギルドに情報を開示してもらって、三人で作戦会議を執り行っている。
同じ大型迷宮という区分だが、ルナとアイオナでは大きく異なっている点がある。
ルナは横に五つものブロックがあり、そこから奥へ数十層、もしかしたら三桁階層まであるかもしれない、とにかく広大な迷宮だ。魔物の種類も普通の迷宮の五倍になる。死層も多くて私は楽しい。
アイオナは……一ブロックだ。判明している限りで七十層。死層も見つかっている限り一層のみ。そして一つの階層に出現する魔物は一種類のみらしく、魔物は七十種類しか出てこない。そしてこれら全てと私達三人は接敵経験があった。
過去、ルナの階層を網羅していた経験がここでやっと活きた。私が知らない魔物がいくつかいたが、それらもリューンかリリウムのどちらかが相手したことがあるとのこと。
「五十層くらいまでは飛ばせそうですが……流石に三人を連れて行くとなると、厳しいかもしれませんわね」
「例の魔法袋屋さんに頼まれた素材って、三十五層と六十層だよね? この辺までは行く?」
「六十層までは行きたいね。三十五層は帰りに狩って帰らない? 行き掛けに狩っても荷物一杯だし、初日で四十層辺りまでマラソンしてさ──」
「き、教練を思い出すな、これ……」
「はぁ……ひぃ……もう、無理ぃ……」
「きゅぅぅ……」
遠距離から干渉してくる魔物がいないことは確認してある。ノンストップで三十層まで駆け抜けさせ、小休止を挟んだ後に、続けて四十層までのマラソンを強行した。道中他の冒険者パーティとすれ違ったが……彼らはどんな顔をしていただろうか。私は確認していない。
「修練が足りていませんわよ?」
「私も六十層まで直行、とか言われたら困るけど……まだ四十層だからね」
二人もこれは予想外だったのか、少し呆れた顔をしている。まだ四十層、それもただ走っただけだ。
リューンは少し息が上がっているが、これはすぐに落ち着くだろう。私とリリウムはなんてことない。やはり生力は持久力とか、そういう面にも密接に関係している。
とりあえずソフィアの持久力のなさが浮き彫りになった。目をぐるぐるにして死んでいる。この間十八層に入った時もそうだったが、これは何とかしないといけないな。この程度でへばっているようでは、迷宮で食べていくのは厳しい。
(ただアイオナの迷宮には火山とか溶岩っぽい環境の階層、なさそうなんだよなぁ……鍛冶場に閉じ込めておけばよかったな)
本当にヴァーリルにいる間に検証しておけばよかったと後悔している。早急にリリウム式修練法を生力対応版にバージョンアップする必要がある。
本来ならこのまま六十層辺りまで駆け抜ける予定だったが……予定変更だ。
「動けるようになったら四十五層まで走ろう。そこでまた休憩入れて、次は五十層。五層置きに休憩挟んで、とりあえず六十五層まで向かうよ」
「わ、分かりました……すいません、足止めさせてしまって……」
「いいよ。走るのも修練のうちだ。これまでも散々走らされてきたでしょ?」
私も根性論で、走れるところまで走れ! みたいなやり方には懐疑的だ。だが、走ることで持久力……生力が育つというのも、この世界では確かな事実。私もギースと別れた直後からマラソンをひたすら続けることで、航続距離が伸びたわけで。
「長距離を走るというのは確かに効果があります。スタミナを鍛えたければ……一番手軽な方法なのは確かですわね」
「火炙りだけでも持久力は伸びるよね?」
「わたくしと港町から迷宮都市まで一緒に走ったのをお忘れで? あの頃はフロンを殺してやろうかと寝所で幾度となく考えたものですが……思い留まって正解でしたわ」
そうなんだよなぁ。火や冷気に強くなるのは精力の方の力なのではないかと考えたことがある。精力が精神力的なそれなら、心頭滅却すれば火もまた涼しとか言うし、割と的を射ているんじゃないかなと。
ただ、それだとリリウムの急激な持久力の上昇に説明がつかないわけだ。過去、ルナで行動を共にしていた間、リリウムは長距離を走ったり延々と筋トレをしたり……そういった修練は積んでいなかった。フロンが送迎に付いていたし。
些か現実味がないが、溶岩地帯や氷山地帯に放り込んで耐えるだけでも生力は育ち、生力は持久力や傷の治りの早さなどにも関係している。そして不思議なことに、炙られればそれらも伸びるわけだ。環境が人を育てるとはよく言ったものだな、誰の言葉だったっけ……もう思い出すことは叶わないけれど。
もちろん長距離を走ったり、私が鍛冶場でやっていたように、散々高熱に炙られながら金鎚を振り続けるような修行じみた真似をしても育つ。
私は暑さにはそれなりに強くなったが、寒いのはまだ苦手だ。これも克服したい。
「ねぇ……火山と氷山、どっちが効果高いと思う?」
「断然火山です。氷山も素晴らしいですよ? 暖房代が浮きますから」
経験者の言葉はためになるな。
「ね、ねぇ……それ私にもさせるつもりじゃないよね……?」
今まで会話に入ってこなかったリューンが──寒いのかな? ガタガタと震えているようだけど。
「…………」
「────」
「ちょっと、何か言ってよ! 謝るから! フロンを止めなかったことは謝るからぁ!」
虐待ではない。愛の鞭だ。
聖女ちゃんが復活したところで五十層まで走り、小休止を経て五十五層へ……といったところで、足止めを食らってしまった。
五十三層、雑草区画でのこと。大型のハエトリグサっぽい食肉植物に通せんぼされている。
こいつらはハエトリグサの癖に消化系も強い。溶解液っぽい汁をダラダラと垂れ流していて……大変臭う。ちなみにこいつらに限らず、植物系は土石を内包していることが多い。
「強行突破は危険だね。茎も長めの個体が多いし、倒していこうか」
「ひぃ、き、気持ち悪い……」
ペトラちゃんが泣きそうになっている。この娘は結構涙もろいというか、すぐ目に涙が浮かぶ体質だ。気持ちは分からないでもない。
よく見ればミッター君もかなり苦手そうな雰囲気を……まぁ、怖いとは言えないよね、男の子だし。私のソフィアは平気そうな顔をしているが、助けるのが面倒なので飛びかかるのは止めて欲しい。というか助けた後がめんどくさい。くさいし。
「可愛かろうが気色悪かろうが、落ち着いて対面しないと危険だよ。この手の魔物は茎を斬ったくらいじゃ平気で飛び跳ねて襲い掛かってくるからね、ちゃんと注意して」
エルフ先生はしっかりと先生してるが、どうしても言っておきたいことがある。
「昔、リリウムこれに食べられそうになって泣きべそかいてたよね」
「なんでそれをっ! 今言うんですかっ!?」
おぉ、やっぱりこいつだったか。似たようなのが結構いるんだな、これが。違ったら名誉毀損で訴えられていたかもしれない。
「汚名返上といこうよ。今なら倒せるでしょ?」
「言われるまでもありません。──後でお話がありますからね」
私でも見逃してしまいそうな速度で拳を突き出し、ゆらゆら揺れている茎を遠当てでぶった切ってみせた。見事な精度だ、惚れ惚れする。
それを何度か繰り返し、ものの数秒で六つの本体が地面に落ちて……跳ねるように、大口開けてこちらに飛びかかってくるわけだ。
「面倒だから本体に当ててよ……」
「知っておかねば、わたくしのようになりますから……ねっ!」
そのまま大きなお口の中に遠当てを放り込んで危なげなく爆散させる。滅茶苦茶臭う。余裕でここまで漂ってくる……気が滅入るねほんと。
「外皮は硬いので口内を遠距離から……というのがベストです。放出系魔法師が同行していない場合は、可能な限り接敵を避けるのが望ましいですね」
リリウムも立派に先生してるな。楽ができて助かる。
「ちなみに、サクラさんとリューンさんならどのように相手を?」
「浄化するなら普通に叩くけど、しないなら上か裏を取るかな」
「私はそもそも茎を落とさないかな。落としたら裏を取って斬るけど。ソフィアでも一撃じゃ倒せないと思うから、今はまだ相手しない方がいいよ。あれ本当に噛む力強いから」
「囮に向かわせて後ろから、というのが比較的安全ではありますが、それも在野でしか通用しません。このような場所では……」
「それで昔リリ──」
「サクラっ!」
怒った顔もキュートだよ。