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第百七十二話

12/19 編集済みです。


ほとんど変わっていません。

 

 迷宮出口で荷物検査を受け、ミッター君が税金を払い、そのまま昼食と相成った。歓迎会を開いた食堂に入ると、ハイなエルフが勝手に個室を取ってしまった、その席でのこと──。

「ちなみに、あの、えっとぉ……参考までにお聞きしたいのですが!」

 珍しく歯切れ悪くペトラちゃんが声をかけてくる。もぐもぐ勢も含めて一同の視線が彼女に集まる。しかしソフィアは最近やたら食べるな……成長期と言うには……太らないか心配だ。

「サクラさんはお一人で、十八層……突破できますか?」

「できるよ」

 一匹五秒で六百五十秒、十分程度でおそらく終わる。

「あの、リリウムさんは……?」

「十九層へと向かうことも、階層の敵を殲滅することも可能だと判断しますが」

 ウィスプなら遠当ても当たるし、リリウムも可能だろう。魔石を回収することを考えなければ、私よりも早いかもしれない。

「じ、じゃあ、リューンさんは!?」

「普通にできるよ。どうしたのペトラ」

 リューンの剣はそもそも霊体にも当たる。討伐速度はともかく、あの程度の物量に押し負けるような腕はしてない。束縛魔法もあるし。


「いえ、あの……えっと……皆さんの戦いぶりというか、本気で戦うところを……見てみたいなって!」

 三人で顔を見合わせる。どうしたものか。

「わたくしは別に……構いませんが」

「私も、たまには本気で身体を動かしたい……かな?」

「私はちょっと気が引ける」

 返答が予想外だったのか、ペトラちゃんと、なぜか聖女ちゃんも驚愕している。驚きのダブルわんこ。

「ど、どうしてですか!?」

 魔食獣狩りに行きたいだけとは言えない。

「いやほら、リューンは冒険者の階級こそ低めだけど、本気でやったら私やリリウムと戦闘力は遜色ないんだよ。二級が三人いるようなものでしょ? 浅い階層は正直余裕だと思う。それに触発されて、判断基準が狂って、自分達も奥へ奥へ……って考えになったら危ないから」

「それは……はい、仰っていることは理解できます……」

 ペトラちゃんは聞き分けがいいから……こう、しゅんとなられると……うーん。

(先の階層の様相を目で確認しておく……っていう名目なら……どうかなぁ)

 力量に見合わない階層へ突っ込んでも、待っているのは確実な死だ。迷宮は決して安全な訓練施設などではない。自分の目で見ておくというのも間違いだとは思わないけど──。


「どう思う?」

「いいんじゃない? ミッターがいるし、無理はさせないでしょ」

「最終的には自己責任です。──わたくし達も、一度息を合わせておく必要があるのではないでしょうか。ちょうど良い機会かと」

(二人共乗り気だな……)

 けど確かに息を合わせておく必要が、っていうのはその通りだな。私達三人、あるいはフロンを含めて四人で迷宮に入っていたのは、二人からすれば二十年以上前になるわけで。

 リリウムは戦闘スタイルも変わっているし、かなり無茶が効くようになっているが、私は多少見たけど、リューンはまだ……宿でやりあってなければ知らないはずだ。

「うーん……ミッター君とソフィアはどう?」

「自分も……その、見学させて頂きたい気持ちはあります。リューンさんとは行動を共にする機会がありましたが、本気を出されているところを見たことはありません。サクラさんの戦闘も、ワイバーンの討伐しか目にしていませんし……あれも本気ではないのですよね? 正直、興味があります」

「見たいです! お姉さんの本気! 浄化も!」

 あー、浄化……本気でとなると使わないわけにはいかないんだけど……。

「戦果の税金ってどういう仕組みでかかるの?」

「迷宮の入り口で簡単に査定が入って、一律歩合で掛かります。ただ、すり抜けることも可能なようです。その場合は一人頭大金貨二枚必要になりますが。普通は余程のことがない限り、そんなに支払うことにはなりませんので……。遺品を回収したり宝箱を開けたパーティなどに対する救済措置なのだと思います」

 十二枚なら……まぁいいか。

 そもそも持ち込んだ魔石と迷宮で手に入れた魔石、どうやって区別してるんだろう……全てに一律でかかったりしないよね?

 迷宮に出入りするたびにお金を取られるのは正直釈然としないのだが……それがこの帝都のルールだしなぁ。

 わんこズの目がキラキラしてる。うーん。いいや、もう。

「──分かった、いいよ。ただし魔法袋が二枚届いて、しっかりと準備をしてからになるよ」

「やった! ありがとうございます! それで、あの、準備って!?」

 すぐ行きましょう! みたいな目で見てくるが、それはとんでもないことだ。

 迷宮は怖いところだ。水と堅パン、干し肉なしで進むなんてとんでもなくとんでもないことだ。


「水と保存食と、耐熱耐寒に酸素系と……泊まりで進む?」

「本気で……となれば、泊まりになるでしょう。そういった道具も必要になりますわね」

「その辺は既成品でいいかな? お店は確認してあるからすぐに揃うよ」

 この辺は分担して集めればすぐだろう。耐熱耐寒系は買わないと手持ちにはない。

 鍛冶の際に耐熱の魔導具を身につけようかと考えたことがあったが、お爺さんに相談したら怒鳴られた。酷い話だ。

 空気のペンダントは確か二つ持っていたはずだが、しばらく使っていない。動作不良を起こされたら死活問題だ。全部新調してしまおう。


「あとはとりあえず靴だけでも買わないと。商業ギルドのそばにさ──」

「あぁ、やっぱり目についたんだ。あれはいい品だよね。とりあえずあれを──」

「防具は仕方ありませんが、靴と外套くらいは──」

 オーダーが『本気で戦って欲しい』だ。本気となれば私もリューンも、まず間違いなく靴を履き潰す。

 ある程度堅牢な魔導靴の類は必須だ。往復の間破損しなければいいとはいえ、要求水準はかなり高い。

 幸い私がちょっといいな、と思った物をリューンも目にしているらしいし、これは任せておけば大丈夫。

 靴さえ何とかなれば、前衛の私とリューンはハイエルフの全身強化魔法のお陰で、私服でもそれなりに防御力がある。

 リリウムが少し不安だが……っていうか、リリウムも術式刻めるんじゃない? 魔力はあまり強くないみたいだけど、私と回路が同じなら刻めない道理はない。後で聞いておこう。

(防具ももっと色々作っておけばよかったかな……でもここでアダマンタイトの防具持ちだしたら怪しさ全開だな。今回は使うの止めておこう)

 いやしかし、何か楽しくなってきたぞ。思えば全力で迷宮に入るのは……いつ以来かな。過去……あれ、最初の死神くらいまで遡る?

 でもあれは割りと唐突に放り込まれたようなものだし……もしかして初めてになるのか……な?


 あまり気乗りはしなかったけれど、興が乗ってしまった。やるだけやろう。それから数日掛けて、三人で分担して慌ただしく準備を進めていく。

 主にリューンが魔導具系、リリウムがお泊りセットや水に食料といった品を担当する。もちろんうちの子達も同行させた。

 私は魔導靴のサイズ合わせをした以外は別行動だ。こっそり水樽を買い集めたり、食料のへそくりを溜め込んだり、魔法袋屋さんに進捗を聞いたり、使ってない袋を借りられないか交渉したり。

「そういうことなら構わないよ。あと三枚ある、気にせず持って行ってくれていい。あと、もしよかったら集めてきて欲しい素材が──」

 といった具合で快諾頂けた。袋四枚、大樽四十から五十個分の容量があれば……多少物が増えても不審には思われないだろう。

 当然魔食獣を食べに行ったり、スライムを刈り取って浄化黒石を集めたりといった日課もこなしていく。神力の器が拡がれば、それだけ結界を使える回数が増えるわけで──。


「……随分な量だね」

「た、食べ物は必要でしょう!?」

「いえ、それでもその……これは流石に多すぎるのではないですか? ほとんど食べ物ではないですか」

 食料はリリウムに任せていたのだが、うちの食いしん坊エルフがこっそりお小遣いでかなりの量を買い足したせいで……えらいことになってしまった。

 私達の魔法袋三枚に対して、食料だけで二枚分を使っている。何日滞在するつもりなんだ……十日も二十日も迷宮に潜り続けたくはないぞ、私は。精々二日か三日のつもりでいた。

「って言うか、魔法袋なかったらどうするつもりだったの? 背負っていくとか、行商人じゃないんだから」

「う、飢えるよりはマシだよ! 食べればなくなるんだからいいじゃない!」

「はぁ……まぁ、サクラの浄化品一個で元が取れますから、間違ってはいないかもしれませんが……」

 うちの子達も広げられた物資を見て呆れている。パンに干し肉に干し肉に干し肉に干し肉にチーズに新鮮な果物にドライフルーツに……遠足かよ。

 お願いだからこれが普通だとは思わないで欲しい。


 ともあれ、あらかた準備は整った。

 魔石を電池として使う耐熱耐寒、それと空調の装飾品を人数分。手頃な大きさに変形させた浄化品が大量に。

 多少の魔力を弾く外套をこれまた人数分。これは放出系魔法への保険として用意した。

 後は魔導靴を三人分。南大陸だから当然こういった品の研究も盛んだ。これはなんと──足裏の水を弾く、撥水効果に特化した代物。

 編み上げブーツ型で若干着脱に難があるし、地味であまりお洒落な物ではないが……質実剛健を絵に描いたような、結構いい品だ。

 これはうちの子達にもお勧めしておいた。外で護衛任務を受ける前に、是非とも手に入れて欲しい。世界が変わると思う。

 後は寝袋やテント、解体用のナイフに小型の明かりに冷暖房、それと魔物除けに特化した結界石といった野営装備を兼ねられるような便利グッズ。それと着替えやタオルなどなど。

 余ったスペースに水樽を詰め込めば……まぁ、こんなもんじゃないだろうか。魔法袋がなかったらと思うと……リューンちゃんは目を逸らさないで欲しいな。


「リリウム、本当に武器いらない? 剣あるよ?」

「えぇ、頂いたナイフがありますし……魔物の分布から見るに、わたくしが前に出る機会は少ないでしょう」

 他所様の常識ではありえないのだろうが、私達は三人とも魔導靴以外の防具らしい防具を身に着けていない。

 リリウムは最近お気に入りの黒いタンクトップとハーフスパッツにナイフ一本。リューンは汚破損してもいいらしい、私服のロングワンピースに剣一本。私は軍服コスプレ一号君と十手一本。

 私服、私服、防汚付きの私服。うーん……流石に思うところはある。

 外套はうちの子達には羽織らせているが、私達は三人とも魔法袋に突っ込んでいる。口を揃えて動くのに邪魔だから……と。流石に──。


「じゃあ、改めて流れの確認をしておくよ」

 戦闘するのは年寄り組三人。少年少女たちは自衛以上の戦闘行動は不要だが、魔石の回収は手伝ってもらう。食料が半分を切ったり、大怪我を負ったり、一人でも先に進むのが危険だと判断したら無理せず引き返す。特定の魔物は解体して素材を持ち帰る必要がある。税金は大金貨を支払ってすり抜ける。

「序盤はかなり無視することが多いと思うけど、道中を殲滅するか通り抜けるかはその都度判断するから、ちゃんと付いてきてね」

「はい!」

 ペトラちゃんもだが、何かやたらソフィアの機嫌がいい。そんなに楽しみだったのかな。



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