第百七十一話
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「ねぇリューン、顔洗って着替えだけしようよ。その後はほら、くっついてていいから」
「やだぁ……」
そしてこれだ。朝起きるとリューンが駄々っ子化していた。二人だけの時なら何も問題ないが、今は全員いる。
ペトラちゃんはドン引きしているし、ソフィアも……これはたぶん混ざろうかどうか葛藤している顔だな。ミッター君は努めてこちらを見ないようにしてくれている。リリウムはくつくつ笑っていて手を貸してくれそうにもないし、私は途方に暮れるしかない。
こうなるとこのエルフは頑固だ。二人だけの時なら好きにさせておけばいいのだが……。
「はぁ……リリウム、石どこ?」
「はいはい、用意していますわ」
使い方は覚えてもらった、ベッド回りに手早く設置してくれる。朝っぱらから本当にもう──。
朝食を食べ損ねた。ご機嫌取りをしてからリューンと二人で魔導具屋の店主に魔石を届け、魔法袋を一枚レンタルする。その後リリウム達と合流して六人で迷宮へと向かう。今日の日課はお預けだ。
(魔食獣を食べ損ねたのが痛い……先に一時間だけ時間くれないかなぁ……)
「では、引き続き自分が指揮を執ります」
魔法袋をミッター君に預けて、迷宮入り口で入場料を支払い、ここからは真面目モードだ。リューンも切り替えのできないエルフではない。今は剣を片手にキリッとしている。朝と同一人物とは思えんな……。笑いそう。
(それにしてもまぁ、入場料まで取るのか。銀貨数枚とはいえ、徹底してるね……)
「隊列は普段通りでお願いします。サクラさんとリリウムさんは、申し訳ないのですが基本的には後詰ということで」
「心得ました。……ふふっ、わたくし達が後ろにいるというのも……おかしいですわね」
リリウムが後ろにいるというのは別におかしくはないのだが、私達は前衛にいることがほとんどだったわけで……不思議な感じがするのは確かだな。とはいえ年寄り組が本気を出しても仕方がない。特に今日は二人共初見なので、見学がてら……ということになっている。授業参観にでも来た気分だ。
この迷宮、何やらルナよりも序盤の難易度が高いらしい。リューンも別に手を抜いているわけではないとのことだ。
「私達のことは気にしないで。自分達のペースでやればいいよ」
ペトラちゃんもソフィアも張り切っている。怪我をしないように……いや、してもいいけど、ソフィアが治癒できる範囲の怪我に留めて欲しい。
アイオナの大迷宮、その下層は国に専有されているため、若干空気が悪いことに目を瞑れば、子供でも散歩ができるくらい安全だ。森や草原、湿原といった階層が続き、騎士っぽい人達と兵士のような人達とが、分かれて狼なんかの小動物を処理して魔石を取り出している姿をあちらこちらで見ることができる。
そんな光景は十一層まで。十二層にもなると人の姿が──滅茶苦茶いるな。
「……こんなに多いの? すごいね、ここまで賑わってる階層は初めて見たよ」
生まれてくる間隔が他所よりも早いのか、あるいは単純に数が多いのか。こんなところに居座っても食えないだろう! って思ってしまうくらい、数多くの冒険者で賑わっている。
「私達はまだ十八層までしか行ってないんだけど、十五層程度までは大体こんな感じだよ。とにかく上に上がるのがきついんだ。まっさらな状態から進めば、四人だとたぶん十五層辺りで足止めされると思う」
十五層となると、私の感覚ではかなり浅い。リューンも似たようなものだと思うのだが、そのリューンがきついと言うんだから……他所を経験した腕利きには危険そうな迷宮だな、これ。
「気を引き締めなければいけませんわね」
呑気に見学、とはいかないかもしれない。気を付けておこう。
十六、十七層辺りまでは冒険者パーティの姿もそれなりにあったが、十八層に到達したところで一気に過疎化した。
「腕利きは当たり前のようにもっと上にいて、それなりに実力のあるパーティはまとまって上を目指すみたいなんだ。だからこの辺りは不人気で、こうなるってわけ」
空洞化というか、ドーナツ化というか。ちょうど冒険者の空白地帯が生まれてしまっていて、それがこの辺りということなのだろう。
「百と……三十くらいか。結構いるね」
ふよふよと漂っている青白い鬼火──ウィルオウィスプ──を前にしてさっと数を数える。これはパイトでは光迷宮にも火迷宮にも出てくるという、結構珍しい種だ。
魔石も光石と火石をほぼ半々で残す。霊体ではないらしく、霊石も死体も残らないが、普通に倒すだけでも魔石が取れる、楽な魔物。これが不人気なら、火石も光石も、もっと簡単に集められる場所があるのかな。
ただ、こいつらはただの光熱費ではない。うっかり触れると火傷をする。そして魔物らしく──。
「くるぞっ!」
襲ってくるわけだ。
とはいえ、別段苦戦しているようには見えない。ミッター君はきっちりと盾でいなしながら堅実に数を減らしているし、ペトラちゃんも機敏に動いて一匹ずつ確実にサクサクと散らしている、ソフィアは大振りに薙ぎ払って数匹まとめて斬り飛ばす。リューンも特筆することはない、真面目にやっている。
「──数が辛いのかな? 一人頭三十そこらなら、なんてことないと思うんだけど」
「ここはかなり空気が薄いようですし、それで辛くなるのかもしれません。空調系の魔導具がないと」
言われてみれば……? 私はあまり気にならないが、ソフィアの息が上がってきた。あんなにブンブン振り回せば、そりゃ疲れるでしょうに。
「リューンは気付いているよね?」
「本人たちが気づくのを待っているのでは。そういうところがあるの、ご存知なのではなくて?」
思い当たる点は確かにある。色々ある。
過去に王都で魔導服の鑑定をした後、散歩に誘われた東の街道で、猪にも鹿にも出会えず……彼女は助言を出すことに反対していたはずだ。気づくのも試練のうちだとか何とか言って。
ルナで私が足場魔法の修練に励んでいた際も、足から魔法を使えばいいということを……結局教えてくれなかった。あの時答えをくれたのは、ダメな私を不憫に思ったリリウムだ。
「本当に面倒見がいいね」
「あの頃は、純粋に格好良いと思っていたのですけれど……」
懐かしい。そもそもリリウムは、リューンが私を良く言うのが気に入らなくて私のストーカーと化したんだ。
「あの時殺さなくて本当によかったよ」
「あの時は本当に殺されるかと思いましたわ……今でも稀に夢に見て、夜中に飛び起きることがあるのですから……」
私の中ではとっくにいい思い出と化しているのだが、彼女はそうではないらしい。
階層をほぼほぼ殲滅して、四人はいそいそと魔石を回収している。リューンはこういう作業が好きだ。森でどんぐり集めとかしてそう。
見せてもらった火石と光石はパイトの物よりも若干大きい、それなりに質のいい立派な魔石だ。普通はこれが明かりや暖房に使われる。
「これ、浄化したらどうなるのかな?」
「そりゃあ浄化品になるだろ。お前話聞いてなかったのか? 税金がかかるし目立ちたくないから、極力手は出さないって──」
遠くでペトラちゃんとミッター君がじゃれている。聖女ちゃんはエルフと……競争してるのかなあれ、可愛すぎるだろ……。
目立ちたくないと言うのもあるが、彼らがやる気を損ねそうで怖い気持ちの方が強い。私は十手の一振りで莫大な金を産む。打ち出の小槌じゃないけれど。
そんな私の心中を知ってか知らずか、小声でリリウムに問われる。
「あのウィスプ、どの程度の浄化品にできます?」
「んー……握り拳よりは大きくなると思うけど」
これくらいかな、と緩めに握った拳を見せる。
「……言葉もありませんわ」
その後一悶着あった。ペトラちゃんとソフィアが、集めた魔石をそのまま魔法袋に突っ込んでしまった。
ミッター君に叱られている。借り物なんだぞと、丁寧に扱えと、少しは考えろと。リューンはたぶん……気付いていて言わなかったな。布袋はいっぱいあった方がいい。
十九層へ進むのは断念したようだ。エルフと魔石集め競争をしたことで聖女ちゃんのスタミナが危険域まで落ち込み、フラフラになっている。それでまたミッター君に怒られるわけだ。
「いつもこうなの?」
帰りがけ、ずっと保護者をやっていたエルフ先生に聞いてみると……。
「んー、普段はここまでは酷くない。でも大体こんな感じ。賑やかだよ」
とのこと。先生も結構楽しそうにしている。
高校生くらいならまぁ……こうもなるか。戦闘中はふざけてないし、無理して先に進もうともしないし……口を出すほどのことでもない。
色々と教えてあげてもいいんだけど……教育方針がぶつかりそうだしな。