第百七十話
12/19 編集済みです。
以前とは話の流れが変わっています。
私のパートナー、ハイエルフのリューンは大人で美人で人格者だ。
年長者らしく気が利くし面倒見が良く、魔法に関しての知識が豊富で、うちの子達の相談にもよく乗っている。
修練にも積極的に付き合っているし、魔法のみならず剣技の方も、私はよく知らないがかなりのものらしい。
魔導具や術式に対する知識欲も旺盛だ。冷暖房のみならず、コンロや空調や……そういった簡単な物なら自作してしまえて、修理もこなせる腕がある。一家に一人欲しい逸材だ。
夏場しまえないのは難点だが、湯たんぽとしての性能も秀でている。勝手に身体にまとわりついてくるので朝までずっと温かい。
最近は私が一人で色々やっていても前ほど情緒不安定になることはないし、逆に一人であれこれやっていることも多い。依存──共依存関係からは、割りと脱却に成功していると……思っていたのだが。
「ねぇ、邪魔だからそろそろ離れてよ……皆と迷宮行くんでしょ? 私も用事があるんだってば」
「やだぁ!」
腕で首と胸を、両足で腰を、がっちりホールドされている。早いとこ魔食獣を狩りに行きたいのだが、その前にストレッチと素振り……いや、それ以前に着替えも洗面も済んでいない。
「やだじゃなくってさ。ほら、リリウムも笑ってるよ? ペトラちゃん引いてるし……ねぇ、私も寝間着だと恥ずかしいんだよ。顔くらい洗わせて」
「やだっ!」
埒が明かない。一体何なんだこれは。いつになく頑固なんだけど……。
私の泣き虫ハイエルフ、リューンちゃんは二人っきりの時やドワーフ相手だとだとかなり子供っぽくて、可愛い。
大人で人格者とは世を忍ぶ仮の姿だ。かつてはがっつり依存体質で、メンヘラな部分がその大半を占めていた。
そもそも私は捕食された立場。泣き声と綺麗な顔に引き寄せられ、落ち着ける場所まで連れて行ったらその場でガブリ。それからしばらくは、本当に今のように……そばを離れようとしなかった。顔を洗いに部屋を出ただけで情緒が不安定になるレベルで。
やっと落ち着いたと思っていたのに……。
「──リリウム。何言ったの? 何かしたの? 怒らないから教えてよ」
「ダ、ダメっ! それはダメ! 絶対ダメっ! リリウム、言ったら斬るからね!? お、脅しじゃないからねっ!?」
そんな格好で凄まれても怖くないだろうに。コミカルで大変愛らしいのだが……本当に邪魔だ、とりあえず離れて欲しい。
魔導具屋の店主との話をまとめて夕方に宿へと戻ると、うちの子達はまだ戻ってきておらず、半泣きでギャーギャー騒いでいるリューンと大人の余裕でそれをあしらっているリリウムの姿だけが部屋にあった。結界石は片付けられている。騒ぐなら使って欲しい、他所様に迷惑だ。
「ただいま。ごめんね遅くなって……それともお邪魔だったかな?」
「いえ、話は随分前に済みましたから。出かけたらサクラが部屋に入れませんので、二人して待っていたのです。人種の子達ももうすぐ戻ってきますわ」
かつてはリューンとフロンがお姉さんキャラで、リリウムは歳相応というか、私達の妹キャラだった。私も下手したら妹に分類されていたかもしれないけど……リリウムからも。
それが今は、まるで真逆だ。可愛いリリウムが美人なリューンに対して優位に立っているというのが、なんかおかしい。雰囲気はともあれ、見た目はそれほど変わっていないのに。
「あの子達はどこに?」
「夕食の予約をしに出掛けました。なんでもいい店があるそうで……ふふっ、楽しみですわね?」
「そっか。なら話は食後か……明日かな。──リューンー、たーだーいーまー」
このプイッと顔を背けて、私不機嫌ですと全身で表現してる可愛いのは……さてはて、どうしたものでしょう。
「改めまして、お三方とは初めまして。リリウムと申します。リューンさんの友人で、サクラの……パートナーかしら?」
「ちょっと! そこも友人でいいじゃないの!」
「大声出さないでよ……」
夕食の席、流石に六人もいると賑やかだ。ソフィアは半分死んでいて静かだが、それを補ってペトラちゃんがやかましい。
「リ、リリウムさんもサクラさんの良い人なんですか!?」
「えぇ、そうですよ。ねっ?」
良い人というか、まぁ……使徒なんですと紹介するわけにもいかない。適当に肯定すると、キャーキャー言ってくねくねし始める。年頃の娘さんは、やっぱりこういうのが好きなんだろう。
「もおぉ……友達でいいじゃないのよぉ……もおぉぉ……」
牛かな? 夕食は牛っぽいな、猪ではなさそう。それにしても相変わらず卓上がすっごい肉々しい。魚料理はこっそり食べに行かないとダメそうだな。
夕食がやたら豪華なのは、リリウムの歓迎会も兼ねたんだろうか。そもそも何か予定してあったのか。
円卓を私起点にして、右にリリウム、ソフィア、ミッター君、ペトラちゃん、そして私の左隣にリューンといった位置で着席している。
「それでこれはどうしたの。リリウムの歓迎会? それ以外にも何かあったの?」
服装規定のあるようなレストランではなさそうだが、それなりにしっかりしたお高めの食事処だ。しかも個室を借りるとは。
「はい、その……自分達の冒険者ランクが五級に上がりまして。それで、サクラさんが戻ってきたのと、リリウムさんの歓迎会も兼ねて、ということに」
「なるほど、それはめでたいね。三人とも上がったの?」
「はい! 同時に昇級しました!」
「ソフィアも頑張ったのね、おめでとう」
「ありがとぉござぃますぅ……」
放心してる。すっかり残念な娘になってしまったな……教育方針を間違えたか。そもそも預けた先が──。
「普段から五人でパーティを組んでいる……というわけではなさそうですね?」
エルフと聖女ちゃんが自棄食いを始め、リリウムとミッター君はお酒を飲みながら雑談をしている。私はサラダを、ペトラちゃんは果物を貪っている。野菜が足りていない。普段はなるべくバランス良く食べたいものだ。
「はい。自分達三人と、都合が付けばリューンさんを含めて四人で活動しています。サクラさんは依頼を受けずに同行してくださることが多いです」
「なるほど。五級三人と四級一人ならバランスが良いですわね」
煽らないで欲しい。脇からすっごい視線を感じる……。
「修行と聞いていましたが、これからの活動方針などはどのように?」
迷宮に入り浸るとか、護衛を受けながら商売の真似事をしたりとか、在野の魔物を狩って回るとか。冒険者にも色々いる。
「話し合ったのですが、修行の間は迷宮を中心にバランスよく色々こなしていこうという結論になりました。護衛依頼ばかりやっていて迷宮に疎いのも、逆も危険だと思いますので」
なるほどなるほど。やっぱり真面目に考えているんだな。
「アイオナの迷宮も手強くて……四人で入ってみたんですけど、どうしてもこう……数に押されてしまって」
リューンが本気で暴れればなんとでもなりそうだが、そうしなかったんだな。偉いぞ。
(それにしてもアイオナの迷宮……どんな感じなんだろうか。私はまだ入ったことがない。南大陸の他の迷宮は、割りと普通というか……階層型の普通の……普通だな、普通だった)
エルフに視線を向けるが、つーんと顔を背けて、食事に戻ってしまう。いい加減機嫌を直して欲しい。
大部屋とはいえ、ベッドが六つも入れば流石に狭っ苦しく感じる。
(拠点も定めたいけど、アイオナに家買ってもな……工房を設置できそうにないのが悩ましい。かといって宿住まいというのも落ち着かないし)
宿に戻ってもリューンの機嫌は直らずだ。これはこれで可愛いんだけど……とりあえず先に話しておかないといけないことがある。
「ちょっと真面目な話するから聞いてね。リューンもだよ」
お風呂にも入りたいが、今日は無理かな。っていうかこの辺にあるんだろうか。
「人造魔法袋を作ってる職人……というか学者の人がいてね、製作依頼をして話をまとめてきたんだ。とりあえず三枚は早めに仕上げてくれることになった」
「──えっ? なにそれ聞いてない。っていうか作れる物なの、あれ」
やっとこっち向いてくれた。きょとんとしているが……。あれ、言ってなかったっけ。──言ってなかったかも。
「実物をこの目で確認したよ。私もその人とは今日初めて会ったんだ。前もって話は通してもらってたんだけど、価格帯も請け負ってもらえるかどうかも分からなかったから言ってなかったんだよ。ぬか喜びさせても悪いしね」
こういうことにしておこう。リリウムには話してあるが、空気を読んで黙っていてくれる。愛してるよ!
「重量軽減が強めに効いて、大樽十から十二個分程度の容量で、口もそれなりに大きい、燃費は良好。そんな感じのやつ。ソフィア達に一枚貸し出すよ。リューンとリリウムにも一枚ずつ配るから」
「でもそれだと、お姉さんの分は?」
聖女ちゃんは優しいなぁ。お姉ちゃん嬉しいよ。大喜びしてるリューンとペトラちゃんは見習って欲しい。
「私がろくに仕事してないのは皆知ってるでしょ? 迷宮に入るなら魔法袋ないと不便なのはよく知ってるし。私の分は後でいいよ」
ペトラちゃんが盛大に笑い出してミッター君に叩かれた。それは事実だから気にしなくていいのに。
「もう何枚かは同じ物を作ってもらえるように話は通してあるし、先方もノリノリだったから追加も割とすぐ手に入るんだ。三枚分は明日支払いをしてくるから」
迷宮ももちろんそうだが、魔法袋なしで旅をするなんて、私に言わせればイカレてるとしか言い様がない。
ソフィアはともかく、ミッター君とペトラちゃんにはかなり不自由を強いることになっていたわけで……これで一つ肩の荷が下りた。護衛の仕事も今まで以上に楽にこなせるようになるだろう。