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第十七話

 

 買い出しのために屋敷でギースと別れ、武具屋で手持ちの浄化黒石を売り、私は必要な物を揃えるために市場に出てきていた。まだギリギリ食品も扱っている時間だ。

 日本から着ていた服も一応回収してある。もう不要だが魔法袋に突っ込んでおけるし、どうしても邪魔になったら処分しようと考えている。後生大事にしまっておくほどのものでもない。

 とりあえず日持ちする食料と水と……それだけあれば死にはしない。食べ物最重要。この町は水源が豊富で井戸がそこら中にあるし、多少持って行ったところで文句は言われないだろう。

 ただ、容器がちょっと高い。魔法袋用のものは倒れても零れないようにしっかりとしているものがほとんどで、手を出すのを躊躇うレベルだった。水袋は安かったので大量に買ってそれに詰め込んでみようとも思ったが、中で零れた時に悲惨なことになりそうなので、結局諦めて魔法袋用のものを購入することにした。

 水袋を一つと魔法袋用のを五つ。魔法袋用のものは二リットルくらいは入りそうな大きなものだ。それが五つ。結構な量だ。

 靴や服を買った時の残りが銀貨七枚、新たに一つ、三千で買い取って貰って三千七百。容器が五百を五つで千二百余り、残りから千分使って硬パンと干し肉を買い込んだ。全て使いきってしまいたかったが、バイアルでも食料は買えるだろう。走って行ける距離と言っていたし、食料が尽きることはないだろうと思う。

(もう一度森に入って狼を狩ってくるべきかな。一、二匹狩ればかなり余裕が出る。日のある内ならここまで帰ってくることはできるはず。水の心配もない)

 今から出向いて日が沈むまでに戻ってはこれない、その場合は……野営? 野営道具買ってない!

「しまった、どうしよう……もしかしてこの大きさはテントとか毛布とか入れ……ああ、毛布もない! どうしよう、もうもうお金使っちゃったよ……」

 手持ちは銀貨二枚。毛布はボロ布なら買えるかもしれないが、テントを買えるはずもない。

「その前に火、火は……あれ、薪……鉈もないな。木は叩き壊せばいけるかな、これはまずい。とりあえずバイアルまで……いや、宿代がない。銀貨二枚で泊まれるかな……」

 混乱していた。一人で旅はおろか旅行もしたことがない。食べ物のことしか考えていなかった。

(見なかったことにして村まで走ろう。万が一暗くなっても辿り着けなかったら、引き返して早朝から森に行く。よし、決めた)

 井戸で桶から容器に水を移しながら考えをまとめて行動を決める。走ろう。なるべく急いで。


 物を詰めても魔法鞄は膨れることがなかった。背負ってきつく固定する。動かないことを確認してから、ポンチョを羽織って東へ向かって走り出す。

 気力なしだと即潰れていただろう。出発前に一度切ってみたが、五秒で諦めた。

 町の外での経験から、一時間程はこの速度を維持しても問題ないことは分かっている。どの程度で休憩を入れるべきか。いや、そもそも休憩、休憩……?

 ギースは私がそれなりに、少なくとも一時間走ってピンピンしていたことは知っている。その後打撃の鍛錬をしたのだから。

(……走って行けるってそういうこと? 車みたいな速度で何時間も走り続ければ? いや、そもそも私はそれ以上走ったことない。何考えてんだあの爺さん……)

 速度を上げようかとも思ったが、あまり負荷をかけると身体より先に靴が壊れそうで怖い。しっかりした物を選んで貰ったし今日までは問題なかったが、今日壊れないとも限らない。そしたらまた裸足だ。

 結構高かったし、割と気に入っているのだ。私の手持ちで水の容器達の次に高い品だ。あれ、そう考えるとそう大したこと……。

(いっそ、靴脱いで裸足で走ろうかな。強めに強化して速度を変えなければ……でも道は結構でこぼこしてるし、血塗れになるな)

 身体強化は肌を守ってくれない。いや、守ってくれるのかもしれないが私はできない。転んだ時に擦り傷だらけになっている。

(とりあえず二時間走って少し休憩して、その次は三時間を目安にしてみよう。その頃には日暮れが近くなるから眠れそうな場所も確保しないと)

 街道は特に何もない平原だった。土地の無駄使いだと感じたが、山も川もないし、特に用途もないのだろう。

(そもそもこの国……国? 国なのかな、遠くに国があるようなことは言ってたけど。そもそもこの陸はどの程度の大きさなんだろう)

 考える時間だけはあるが、考えても答えの出ないことばかりだ。図書館でもあれば行ってみたいな。学者がいるんだし、たぶんあるよね。


 休憩を終えてそこから更に二時間ほど走った頃、遠くに人が複数固まっているのを見つけた。

 おそらく人だろう。馬車のようなものもあるし、争っているような気配もない。よく分からないがたぶん動いていない。休憩中かな?

(迂回……するのも変か、近くまで行ったら距離を落として、そのまますれ違おう。怪しかったら迂回で)

 バイアルについて尋ねてみたいが、あまり他人と接点を持ちたくない。少なくとも馬車が休憩する程度には時間がかかる……ん? それはまずくないか。

 馬車旅なんてしたことがないからはっきりしたことは分からないが、一時間や二時間で休むものなのだろうか。いや、車ならそれくらいで休憩入れてもおかしくないか……。どうしよう。進むか止まるか決めないと。

 暗くなってから村に辿り着いても宿が見つかるか分からないし、そもそもお金が足らずに泊まれない可能性もある。うーん、どうしよう。

 馬車団の姿が見えてくる。私は駆け足程度まで速度を落とし、馬車の前を塞がないように、街道を少し逸れてすれ違うことにした。

 馬車が六台、結構な数だ。これがどの程度の規模なのかは分からないが、馬車は大きく見えるし綺麗だ。馬も私の知ってるそれよりもがっしりとしていて、立派。乗ってみたい。

 よく見ると、護衛らしき人達が武器を構えてこちらを見ていた。ギョッとする。これはいかん。誤解を解く? 逃げる? 弓を持ってる人がいる、まずい。見えた段階で距離を取るべきだったか。

 足を……馬車からかなり距離を置いて止め、フードを取って、とりあえずそこを通りたいと伝えてみる。

「怪しいものではございません。横を通り過ぎたいのですが、よろしいでしょうか。街道はこちらが外れます」

「お、おう……大丈夫だ、そのままでいい、通りすぎてくれ。驚かせてすまない」

「ありがとうございます。差し支えなければ、バイアルまでここからどの程度かかるか、ご存知でしたら教えて頂くことはできませんでしょうか?」

「お、おう。馬車の足で二刻くらいだ、そう遠くはねぇよ」

「感謝します。では、失礼します」

「お、おう……」

 短いやり取りを終えると街道からズレて速度を落としてまた走り出し、馬車を抜けた所で速度を上げ、一目散に逃げ出した。

(あー怖かった……。望遠鏡売ってないかな。いや、それ以前にやっぱり今のは確認できた時点で私が道を逸れた方がよかった。今後こういうことは可能な限り回避しよう)

 あれが盗賊団だとは思っていなかったが、擬態だったら私は危なかっただろう。彼らの作戦勝ちということになる。

 そのまま速度を落とさず走り続け、三十分程でバイアルへ辿り着いた。


 ──のはいいのだが、宿に泊まれなかった。お金が足りなかったのだ。

 バイアルで宿を使うのは商人がほとんどで学者が稀に。銀貨四枚以下の宿はないらしい。

 野宿が決定した。流石に宿の人に野宿できそうな場所は聞けなかった。

「どうしようかな。酒場はあるけど……絡まれに行くようなものだよね」

 お酒はともかく食事はしたいが。それ以上にお金がないので魔物の情報が欲しい。

 朝一で行動しようにも、情報なしで動くわけにはいかない。酒場か……門番? そうだ、門番なら魔物について知っているかもしれない。

 入場してきた門まで戻り、話かけてみる。

「申し訳ありません。少しお時間よろしいでしょうか」

 この辺りに魔物の生棲地がないか尋ねてみると、この辺りには少ないし討伐は定期的に行われているから平和ですよ、との答えが帰ってきた。

「なるほど、安全な村なのですね、心強いです。それでは、この辺りで野宿できそうな場所に心当たりはありませんか? 手持ちが足らずに宿に泊まれなかったのです」

 門の周辺は一日中門番が二人以上いるので、安全だと思いますよと答えてくれた。門番の笑みは凍りついていた。

 仕方ない、ここで眠ろう。路地裏という手もあるが……流石に危険すぎる。

 門のそば、仕事の邪魔にならないような場所に陣取る。背負っていた魔法袋を前に抱え直し、ポンチョをかぶると座り込んで休むことにした。

 仕事の邪魔してごめんなさい。今日だけなので許して。

(そういえば明日はどうしよう……魔物がいないと食えない……? やっぱり先に狼狩るのが正解だったなこれ……)

 下手したら走って町まで戻り、森へ強行軍だ。水はともかく食料が怪しくなる。

 体力はともかく精神的に疲れている時に四時間も五時間も走りたくない。往復することを考えると……頭が痛くなるな。

(そういえば、パイトまで馬車で七日とか言ってたっけ。馬車……馬車かぁ)

 馬車が二刻、四時間程と言っていた距離を、私は四半刻、三十分で走りきった。

 速度だけなら馬車の八倍出ていたことになる。

 あの馬はどの程度の時間移動できるのだろう。二刻で休憩していたから、二時間引いて三十分休憩するとして、それを

 朝六時に出発するとして、二セットで十一時、四セットで十六時、五セットで十八時半……五は無理か、四だな。

 馬車が四セットで八時間引いてそれを七日分、

(馬車が五十六時間走る分の距離を私は八倍で走るから、七時間……あれ?)


 ちょっと待て、もう一度だ。


 あの馬車は荷馬車だった。先頭の馬車は荷台に木箱が山積みになっていたのを確認している。

 ということは、馬車の速度は護衛の人間に合わせていたということだ。

 人は普通に歩いて大体時速五キロ程だと記憶している。

 私はそれの八倍、つまり時速四十キロ程度で巡航していたはず。


 七日というのが荷馬車でなく駅馬車のような、少人数を運ぶようなものだとしたらどうだろう。

 駅馬車は速いもので時速十一キロ程だったと記憶している。七日も走るなら無理はしないはず。

 時速十一キロ、それを八時間分だから一日の移動は八十八キロ。それを七日でパイトまでの距離が六百十六キロメートルだとして。

 それを私は時速四十で走る。

 つまり、二頭立て以上のしっかりした馬車が、一日八時間頑張って走るものだと仮定して、十五時間半。


(十五時間半か……。朝出て走り続けても到着は夜だな)

 先ほどの門番の人にバイアルからパイトの間に町や村があるか聞いてみると、いくつかあると教えてくれた。

 魔物の生棲地が途中にあるらしいことも、ついでに知ることができた。

 この村の共用井戸は、許可を取れば使っていいということも。

 となると、私の採るべき手段は──。

 なんとか魔物を見つけ、生活費と馬車での移動費を稼いで七日かけて楽して移動するか。

 十五時間半走るか。



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