第百六十九話
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お店の奥は予想通り、研究室兼作業場といった感じの部屋。ヴァーリルの私達の作業場というよりは、かつてのセント・ルナのエルフ工房に近い。
地球にも似たような物が存在していそうな変な形のフラスコや魔物の物と思しき革や骨、それ以上によく分からない道具や素材の数々。魔石の類も数多く見受けられる。そして山積みになった魔法書や走り書きされた紙の束などなど。杖やローブもそこらに散らばっている。なるほど、確かに学者という表現はしっくりくるね。それよりも魔女っぽいかもしれないけど。
「汚い所ですまないね。普段は店舗で済ませるんだが、六枚とか言っていたかな? さすがにその量ともなると、しっかり話を詰めたいからね」
「そうですね、最大で六枚ほどと考えていましたが……その前にまず、可能な仕様と価格設定について確認させて頂きたいのですが」
「もちろんそのつもりさ、だけど僕もこれで食べていかねばならない。市販のそれと比較して、圧倒的に安価なものを期待されても困るんだ。──払えるのかい? 魔法袋の一枚に、どの程度の値が付いているか知らないわけではあるまい」
値札が出ていない。時価。応相談。不親切極まると思う。客からすれば、これはいくらです、とバシッと値付けしてもらいたいものだ。
「手持ちでは足りるかは何とも言えませんが、支払い能力はそれなりにあると自負しています」
大金貨の束をこの場で積めない以上、とりあえず信用を得ねばどうしようもない。持っててよかったギルド証。一級冒険者だよ!
普段は絶対に見せないのだが……たぶんこの人はフロンと同種だ、こっちの方が話も早い。彼女が表面に目を通したのを確認して、パチリと小さな音を立てて、机上にギルド証を裏返す。法術師だよ!
「──非礼を詫びよう。すまなかった。そうだね、これに勝る証なんてものは……国や商業ギルドの天辺くらいなものだ」
「いえ。今回はお互いの信頼が肝だと思っていましたので、これくらいは。言うまでもないとは思いますが、賑やかになると困りますので──」
「言われるまでもない。僕は一級冒険者とも、法術師とも会わなかった。ただ魔法袋を作ってお客と取引をする。それだけの話だ」
あー、ギルマスとデートしてよかった。話が早すぎる。身分って大事だね。
「セールストークをしよう。僕が売り込む側だ。理論や理屈を長々と説明しても面白くないだろうからね、はっきりとできること、できないことを説明しよう。値付けも普通に行う。その上で判断して欲しい」
彼女は話を始める。
「まず、数億や数十億の値が付くような迷宮産の高級品に相当するような物は作れない。付加機能も、精々重量軽減くらいだね。いずれはその域に至りたいと日夜研究を続けてはいるが、時間停止や転移のような物を探しているなら、今は他を当たった方がいい」
「容量と燃費については、どの程度?」
「燃費については自信があるよ、僕の研究テーマだからね。誇張も謙遜もなしにはっきり言うが──普通だ」
「普通ですか……それは大層な自信ですね」
「若い頃苦労したんだ、粗悪品を随分と長いこと使った。ある日──いや、昔話は止そうか。迷宮産の低燃費を謳うような物には到底敵わないが、自信がある。そうだな……少し待っていてくれ」
言い残して部屋の更に奥へ引っ込んでしまう。ここは家屋兼用なんだろうか……あまり奥行きがあるようにも見えなかったから、倉庫にでも行ったのかな。
(さておき……燃費が普通か。かなり自信があるようだったけど)
魔法袋の燃費は割りとピンキリある。あるのだが、普通の魔法袋はぶっちゃけ、大して燃費に違いなんてない。
一般的な至って普通の大樽数個分のサイズの物であれば、燃費が倍はまだしも、三倍とか五倍とか、そんなに差が出るなんてことはほぼないと言ってもいい。
ただ、容量の大きい物や機能が色々と付随されている物は……ヤバイ物が多い。下手したら私やリューンでも単独では維持できないような物とか、普通に店に並んでいる。
粗悪品みたいな品もある。私がギースにもらった、リューンが散々扱き下ろした魔法袋は魔力が満タンだろうが近場から魔力を吸い続ける類の品だった。だがそれでも普通に使えるし、燃費自体は割りと良好だったわけで。
このレベルの物を普通に提供してくれるなら、文句のつけようがない。重量軽減を付けることでどの程度魔力を食うようになるか、私は過去終ぞ調べることがなかったけど……調べておけばよかったなほんと。お金も時間もあったのに。結局買わずじまいだった。
容量と燃費、それと値段次第だけど……いっぱい買っておいてもいいかもしれないな。
(次元箱に持ち込めなくとも、私が使う分が一、二枚あってもいいかもしれないしね)
「待たせたね」
店主が数枚の魔法袋を手に戻ってきた。特に嫌な感じはしない、自作品だろうか。
「それらは貴方が?」
「ああそうさ。ここ数年以内に作った僕の作品だ。私物なので少しくたびれているが、それは勘弁して欲しい。サンプルにはちょうどいいだろうからね。手に取って確認してくれて構わないよ」
見た目はほぼ同じ、というか普通は外側に衣装を着せて使うものだ。見ただけで分かることなんて袋そのものの大きさくらいしかない。
内部は……かなり広いな。色々物が入っているようだが、まるで重さを感じない。魔力も……ほとんど吸われている感じがしない。これは欲しい。超欲しい。
「僕は見ての通り非力な学者、冒険者的に言うのであれば魔法師だからね。全て重量軽減を強めに施している。これにも自信があるから、現実的な使い方をする分には重さは気にならないだろうと思う。ただ容量はそれほど大したことがない」
「大樽なら最大で何個ほど入りますか?」
「大樽なら……そうだな、十個から十二個程度かな。それ以上の広さにすると途端に燃費が悪くなるし、行き過ぎれば拡張空間の維持ができなくなる。無理をしてもこの部屋……二つ分程度が限界だと思ってくれていい。素材が変わるから値段も高くなるし、製作に余計に時間がかかることも今のうちに告げておくよ」
どの魔法袋も、内部の大きさはほぼ同じくらいに感じる。おそらくこれが大樽十から十二個分の大きさなのだろう。十分すぎるな……ひょっとしてこの人、かなり優秀なんじゃ……。
「口の大きさはどの程度まで広げられますか?」
「大樽を横向きに、二つ重ねて出し入れできる……、いや、それよりももう少し大きいかな。普通の大きさの大猪くらいなら出し入れできる」
はぁ? 猪が入るって……んなアホな。私がどれだけ苦労したと──。
「……それはまた、随分と広く作れるのですね」
「迷宮産はいじわるでね、ここを広げるのはなんてことないんだよ。内部の拡張空間の広さに対して……まぁ色々あるんだけど、僕程度でも、この程度の広さまで広げることは容易なのさ。内部を拡張すれば、もう少し口を広げることもできる。限界はあるけれどね」
私が南に喚ばれ──いや、この人が北にいればどれだけ楽ができたことか……溜息が出そうだよ。
「魔法袋の寿命……耐用年数は?」
「魔力供給を怠らずに外的要因で破損しなければ、理論上寿命はない。ただ強く衝撃を与えたり、頻繁に枯らしたり……魔力供給を怠れば、燃費の悪化や術式の破綻を招く。これは迷宮産の物とそう変わらない」
「外的……というのは、刃物を袋の中に突っ込んだり、刃物で外側から突き刺したり、ということで?」
「その通り。剥き出しの刃物を突っ込めば魔法袋でなくても穴が空く。当然のことさ。丁寧に使ってくれれば三桁年くらいはいけると思う」
箱を作ろう。アダマンタイト製の。『黒いの』以外では傷もつかないくらい本気で鍛錬して、それで魔法袋を守る。それくらいしてもよさそうだ、いやマジで。
もう決めてしまっていいかな。正直何十枚でも欲しい。延々と魔力を注いで維持をするだけになってもいい。いくらでも確保しておきたい。
「現実的な域で強めの重量軽減を施し、容量は燃費に影響を及ぼさない大樽十から十二個分程度、口の大きさは無理のない範囲で可能な限り大きく。──この仕様だと、一枚当たりどの程度になりますか?」
無理なく作った普通の良品、大金貨千枚くらいなら出してもいい。
「金額を提示してもいいんだが、裏を見せてくれたということは、そっちを期待してもいいんだろうか。先にそれを知りたいな」
「……こういう物を、でしょうか」
念のために持ってきておいてよかったな。足下に置いていた布鞄からインゴット状の魔石を八種類取り出す。もしかしたらこの学者さんは、法術師だと明かした段階で、魔石を持っていることに気づいていたかもしれないけど。
「──手に取って見ても、いいだろうか」
どうぞ、と手振りで示す。こういうの慣れてます。
「これは術式で形を変えているのかい? 刃物で削ったという感じではないね」
「ええ、術式で変形させてます。この方が管理が楽ですので。天然品の方がよろしければ、そちらを都合することもできます」
私とてただ遊び歩いていたわけではない。魔石の分布や拠点に向いていそうな町や国、ご飯の調査などに邁進していた。鮭は見当たらなかったけど、有力な情報は得られた。
ま、まぁあれだ。アイオナの迷宮に入らずとも、全種類の魔石を集められる算段は整っている。私偉い!
だいぶ転移を酷使しての力業になるが……税金だの荷物検査だのもあるんだったかな? そういったことがあると考えると、アイオナで魔石集めをするのはあまり気が進まない。国の目に留まれば面倒事が舞い込んでくるだろう。いくら私が一級とはいえ、アホが出てこないとも限らないわけで。
次元箱に入れておけば調べようがないが、それをすると脱税だし……あまり良い気はしない。
「この浄化真石は──数を集められるのかな?」
まぁ、食いつくなら普通はそこだな。予想はしていたので返答もスムーズにいく。
「その程度の質の物なら天然物も含めてそれなりに在庫があります。出処を伏せて頂ければ放出することも吝かではありません」
「……この延棒一本、市場価格はどれくらいなんだい?」
「同程度の重さの真石の天然物を、商会には二百五十から三百万程度で買い取って頂いたことがあります。最近は魔石を売る機会が減っているので、今どうなっているかは分かりませんが。他の色魔石は真石よりはかなり安くなるはずですが、販売経験がありませんので何とも」
私が過去、パイトに卸していた特上品の浄化真石はおおよそ三十七万程度で買い取られ、それが八十万程度で商人の下へドナドナされていたと聞いている。
私がパイトに実績作りのために若干数──とはいえ、数百個は行っているが──卸した特級品は、一つ当たり二百五十万、悪霊化したものは三百万程度の値が付いていた。女役人が悲鳴を上げたのを覚えている。それらがどの程度の値で商人に売りつけられたのかは聞いていないが、五百万は軽く越えているだろう。
迷宮産出の安目の魔法袋ならこの延棒一本でお釣りがくる。そしてこれをふんだんに注ぎ込んだリューンの剣はさてはて、原価だけで何億……ゾクゾクするね。彼女にはどんな使い方をしたのかを説明していない。
霊鎧より幽霊大鬼からの方が質のいい物を生成できるが、査定の上では大差ないか、全くないか……パイトなら後者になると思う。
「この延棒八本セットと浄化真石の天然物を一つ、それに対して先ほどの仕様の魔法袋一枚、というのはどうだろう? もちろん手抜きせず、しっかり作ることを約束する」
ん、そんな程度でいいのか。パイト換算で六百万弱? ……んー、少しばっかし安すぎる気がするな。お金を積めばいつでもどこでも手に入るという物でもないのは確かだけど、それはこの魔法袋にも同じことが言える。
「全て魔石で換算してもいいのであれば、真石の天然物は六つ出します。延棒八本セットと真石六つ、それに対して魔法袋一枚。これでどうでしょうか。なるべく急ぎで一枚、その後できるだけ早めに二枚仕上げて頂けるとありがたいです。後はゆっくりで構わないので、現状全部で八枚ほどは購入の意思があります。魔法袋の仕様は全て同じ物で」
大金貨換算なら真石分だけで余裕で千枚越えて二千に迫ろうとしているが……既に手元に揃ってる上に、真石六個集めるのなんて一瞬だ。ここはケチらずに心証を良くしたい。今後もお世話になるかもしれないし。
手元に残っていても、粉末にされてアダマンタイトに錬り込まれるだけだ。換金するのが何よりも手間だし、腕のいい職人には誠意を以て応えよう。
「──最高の物を作ると約束しよう。任せて欲しい」
何かプルプル震えてる気がするが、交渉成立だ。あーよかった。久しぶりに浄化真石が役に立った気がする。
前金代わりに延棒八本セットを置いて暇乞いをし、翌日改めて三セット分の魔石を代金として支払った。
その際に交渉して、魔法袋を一枚借りることができた。店主の私物で、使っていない型落ちの物とのことだが……十分過ぎる。大変ありがたい。
これはしばらくの間、うちの子達に愛用されることになる。丁寧に使ってね。