第百六十八話
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ほとんど変わっていません。
南大陸をあちこち飛び回った。
魔食獣を狩り、餌場を探し、スライムの生態を調査し、魔石を集め、色々な町の店を賑やかし、迷宮の規模や傾向を調べ、ちょっと入ってみたり、食べ歩き、買い物をして、一緒にお風呂に入ってと、リリウムといちゃいちゃしていると……不意に、脳裏に般若面が浮かんだ。
「……ねぇ、私達が再会して今日で何日目くらいかな?」
早朝、寝起きの身体をストレッチをしながら解している最中に、ふと気になって聞いてみた。今日は二人してリリウムスタイル。タンクトップとハーフスパッツっぽい短いズボン姿だ。動きやすくて大変よろしい。私はちっとばっかし寒いが、リリウムはこれで平気な顔して出歩くものだから眼福……いや、目に毒だ。
「二十日くらいではありませんか? いえ、待ってください、えぇっと──今日が十八日目ですね」
指折り数えてそう教えてくれる。おぉ、もうそんなに経ってたか。いい加減帰らないとまずいな……。
「名残惜しいけど、デートはこの辺で一度中断かな。いい加減アイオナに戻らないと」
「そうですね。ふふっ、ゆっくりと羽を伸ばせて……こんなに楽しかったのは久しぶりです」
アイオナから数日で行き来できる町はない。私単独ならある程度の無茶ができることはソフィアもリューンも知っているが、人を探して会ってとなると……そんなすぐ帰ってきたらおかしい。
なのでまぁ、辻褄を合わせるという名目でぶらついていたわけだが……いい加減に戻らないとエルフがオーガになってしまう。
「私もすごく楽しかったよ。でもほら、これからはいつでも一緒にいられるし」
「そうですね。そう……なのですよね……あぁ、今でもまだ信じられません……またこうして……一緒に……」
「──色々聞きたいことが山積みなんだけど……それは後にしておいてあげるよ」
その後しばらくイチャイチャしていたが、断腸の思いで切り上げてアイオナに戻って……ギルドに残されていた言伝の宿に向かうと、綺麗な顔をしたエルフの顔が唐突に夜叉と化し、仁王立ちして立ちはだかった。お菓子の食べかすがほっぺに付いている。
(なにこれ、滅茶苦茶可愛いんだけど……怒ってるの? ……流石に十八日は掛かり過ぎ……いやでも、数日で戻ってきたらおかしいでしょ。どこまで迎えに行ったと思って──)
迫力がないので般若のお面を作ってあげよう。でも作るのも怖いな……。
おやつタイムを中断させられた少年少女達は近づいてこない。部屋の奥、隅でソフィアがペトラちゃんと抱き合ってブルブル震えている。広めの大部屋にベッドが四つ。彼らの安息の地は、今まさに戦場と化そうとしている。
「ご無沙汰ですわね、リューンさん。何十年振りでしょうか」
後半は極めて小声だ。隣にいる私でも、やっと聞き取れる程度の。
「──あぁ、やっぱりそういうことなんだ……」
私達にかろうじて聞こえるくらいの小声で、リューンもそう呟く。察しが良くて助かるよ。
「ソフィア、ちょっと外で遊んできなよ。お小遣いあげるから。ご飯も食べておいで」
小銭入れに大金貨を追加で数枚入れて、部屋の奥で震えていたわんこズに放る。受け取ったソフィアがコクコクと頷くと、三人はいそいそと装備を身に着け、ピューっと擬音がしそうな勢いで部屋を去って行った。
「──サクラも外で遊んできなよ。迷宮行ってきてもいいよ。好きでしょ?」
密談空間を作ろうとしたところで──えぇ、私も追い出そうって言うのか。
残りたいんだけど、何か有無を言わせない迫力があるな……。こんなリューンは初めて見る。──大人しく言うこと聞いておこう。面白そうだし。
結界石を適当な袋に詰め込んで手渡す。何かこう、リリウムまでもが殺る気漲っているのが一抹の不安を煽る。面白そうだけど。こっそり覗きたい衝動が……いやいや、さすがにそれは良くない。あーでも──。
「例の袋の件も、そろそろ頃合なのではなくて? わたくしのことは気にせず、いってらっしゃいな」
袋? 袋……袋? ──ああ! そうだ、魔法袋!
(いっけない、えっと……十八日目だから、ちょうどいいのか。ナイスだリリウム。すっかり忘れてたよ)
とりあえず魔導具屋行って、その後は……その時考えよう。
「さて……改めまして。お久しぶりですね。お互い色々とあったようで」
「そうだね、色々とね……。随分と可愛げなくなったじゃない? 何してたの、二人して」
「それはもう、色々と。わたくしでなくてはお付き合いできないことが、それはもう色々と、たっくさん……ありましたので」
「──言いたいことは色々、本当に色々とあるんだけど──その回路、何よ?」
魔導具屋に赴く。具体的な予算が立たないと、こちらも金策ができない。
魔石を売ればお金を作るのは簡単だが、私の魔石を大量にばらまくと絶対に面倒事が舞い込んでくる。できれば装飾品のような加工品の販売でお茶を濁したいところだ。
(それも危険かなぁ。でも家を買うならある程度まとまったお金は要るし……どうしたもんかね)
南ではまだ、私を法術師だと知っている人間は身内以外にはいないはず。ワイバーンを魔石化した場面を誰ぞに見られていなければ、公には浄化を使っていない。
リリウムの居場所には自力で至ったわけで、ギルドも帝都も私のことは把握していないはずだ。この立ち位置は可能な限り守っていきたい。何の変哲もないただの冒険者……戦闘力のみで二級を突破して、時間をかけて一級に辿り着いた……そんな脳筋という扱いが理想だな。というかリリウムの影に隠れていてもいいな、二級冒険者もそれなりに目立つ。
(掃除屋の掃除道具の一つ……うーん、ありだ)
「いらっしゃいま……あ、この間の……」
いつぞやの店員の女の子、今日も一人でお留守番か、偉いね。
「こんにちは、お久しぶりです。店主は戻られていますか?」
「はい、つい先日戻ってきました。少々お待ち頂けますか、呼んで参ります」
そう告げてペコリと頭を下げると……家の奥へ引っ込んでしまった。
(何かコミカルというか、可愛らしいな。立派に成人してるんだろうけど……)
この世界ではこれが普通なのだが、未だに馴染みがないというか、ほっこりしてしまう。
ドワーフは魔力に疎く気力が強い、エルフはその逆。巨人は聞くところによれば気力がそれなりに強く、おそらく生力にも強いと睨んでいる。
さてハーフリングは……となるが、これがあまりはっきりとはしていない。
冒険者の中にも気力を持っていたりいなかったり、魔力を持っていたりいなかったり。二つ持ちもそれなりに見かけるが、どちらも持っていない、いわゆる手ぶらというのも、これまたそれなりに見かける。
単に特色がないのか、私が知らないだけで実はあったりするのか……大変謎だ。ただまぁ、あまりずけずけと詮索しても仕方がない。
この店主はどうやら……相当に魔力が強そうだけど。
「貴方が依頼人だね、母から聞いているよ。野暮用で外に出ていたんだ、手間を取らせてすまなかったね」
母? 母っ!? お、お母さんだったのか……いや、まぁ成人してればそりゃ子供は産めるんだろうけど……はぇー……。
「いえ、いきなり訪ねてきたのはこちらですから。はじめまして、貴方が人造魔法袋の作り手の方ですね? ……他所では学者だと耳にしましたが」
「ああそうさ。よくいる食えない学者、趣味で魔導具の研究などをやっているよ。僕も奇特だが貴方もそうだ。その辺に売っているものをわざわざ作るのも、それをわざわざ買い求めに来るのもね」
おー、僕っ娘だ。性別が女なのは間違いないんだが、結構年いってるんだろうか……背丈は人種の子供のそれだが、かなり落ち着いた雰囲気の女性だ。ということはあの店番のお母さんも──。
「奇特かどうかは分かりかねますが、興味本位の冷やかしで来たわけではありません」
「──どうやら本気のようだね。早速だけど話をしようか」