第百六十五話
12/19 編集済みです。
以前とは話の流れが変わっています。
さてどうしよう、触ってもらうだけで納得してもらえるだろうか。
「ちょ、ちょっと!? 何脱いで──」
「いいからいいから」
口で説明するよりこっちの方が分かりやすい。現実を受け入れてもらわねばならないわけで。
下着を残して私も服を脱ぐ。そのまま押し倒してしまえば手っ取り早いのだが、バレたらリューンが夜叉と化すだろうことは想像に難くない。
しかし改めて見れば……相変わらず凄い胸だな。誘ってるんだろうか。ダメだぞ。
「ちょっと、あの……せめて先にお風呂にっ!」
「後でね。その前に真面目な話をしよう。──私の身体を好きにしていいよ」
「それのどこが真面目な話なのですかっ! って……あら……?」
別に取って食いやしない。茹でたタコのように赤面してもじもじしていたリリウムの顔が、しばらくの後に驚愕に彩られる。それから打って変わって積極的に、私の柔肌を念入りになでなでして、腹の上から退き、引き続きぺたぺたされ……気力を通したり魔力を通したりしていたが──。
「あの、サクラ……サクラはずっとこうなんです?」
だいぶ長いこと身体を触られた。お分かり頂けただろうか。
「死ぬ前からってことなら、そうだよ」
私は成長こそすれ、変化はしていない。少なくとも神格を受け取ってからは。
「……これ、そっくりと言うより……同じではありませんか?」
「同じだねぇ。体型が違うから、魔力の回路はまだそっくりと言ってもいい程度かもしれないけど……気力の質は全く同じだと思う。ちょっと信じられない。私も驚いてるよ」
自分の気力とリリウムの気力、これは全く同質と言っていい。普通は親兄弟、双子であろうとも多かれ少なかれ違いがあるものなのだが、私とリリウムのそれに違いは全くない。面白いなこれ。
「つまり、その……どういうことなんでしょう」
「リリウムが私の使徒になったというか、された時に……うちの女神様に、その辺を私と同じように創り変えられたんだと思うよ」
そもそも私の気力とか魔力の回路なんかも、前任のお手製だ。作者が同じなら、同じように作れば同じものになるだろうが、これは意図してやったんだろうか。
「そっ、そうです! それです! その辺りの話を!」
本当はもっと落ち着いてからゆっくり話しをしたいのだけれど、概要だけでも説明しておこう。
「とは言っても、あの人が言った以上の話は特にないよ。うちの女神様は消えかけてて、私が神格を引き継いで後継者になった。ただ私は割りと出鱈目だったから、不安だったんだろうね。あの人は私に保険をかけていて、パイトで死んだ時に一度だけやり直しさせてくれたんだよ。それで今度こそ本当に消えちゃった。ちなみにリューンもこれに巻き込まれて、あの当時から二十年以上過去に飛ばされてる。彼女は普通のハイエルフのままだけど」
リューンは過去に巻き戻りはしたけど……使徒ではない。確実に違う。その差は一体どこに? 単に自分の後継者に巻き込まれて死んだのが不憫だったから、使徒という形でやり直しさせたんだろうか。
ただそれだと、リリウムが過去に戻され──。
「先にこれだけ教えて欲しいんだけど、リリウムが使徒になって……何年か過去に戻ったよね? それ、具体的にいつ頃で、どの程度昔に戻ったか、分かる?」
「変なことを言う自覚があるのですが……聞いて下さい」
リリウムがおおよそ二十年程遡ったのはおそらく数日前の話らしい。
「記憶があるのです。ルナでフロンと出会った頃、リューンさんは必死にサクラを探していました。わたくしは当時サクラなる人物のことを知りませんでしたが……再会できて、ヴァーリルへ向かったということはフロンが口にしていました。その後南大陸に向かうのだともお酒の席で言っていた記憶があります。それからしばらくして……ちょうど今頃の話でしょう。ルナもだいぶ寒くなってきて、冬支度を整えなければと思っていたのですが──急に思い出したのです。朝起きたらと言いますか、夢の中で、でしょうね。女神に告げられた言葉を」
夢の中で神様に会ったとか、言葉を聞いたとか、メルヘンなことを言い出した。だが私はそれを笑い飛ばせる立場ではない。
ていうか、数年一緒に居ただけの女を二十年近く探すなんて、それくらい爆弾な出来事でもないとまぁ……続けてらんないよね。
「そして目が覚めたら……暖かい季節で、生家のそばにいました。見知った、心なし若い衛兵に追い掛け回されて……大変でしたわ、まだ夢を見ているのではないかと。遠目にこれまた若い父の姿を目にして──そこでようやく納得できたと言いますか、理解が追いついたと言いますか。父の頭に石を投げつけて、身ぐるみ剥いで逃げてきました。わたくしは、おそらくまだ生まれてきていなかったでしょうね」
きっと全裸だったんだろう。衛兵が職務に忠実であっただけならいいんだが。
「……廃嫡されたとか言ってたけど、お父さんが?」
「えぇ、仔細はまた機会があればお話しますが……あれは敵ですから。死んでいても何とも思いません」
暖かい季節だったのは幸いだったな、ドンマイ親父さん。
たぶん……おそらく……きっと、私の神格が育ったことで、リリウムが使徒化した? 使徒化に必要な条件を満たした? 正解はちょっとよく分からないが、おおよそそんな感じなんだろうと思う。今くらいの時期に過去に戻ったというのなら、魔食獣をもぐもぐしたことで神格が育ったのが原因としか思えない。
「私の女神様は、リリウムは私と一緒に死んだって言ったんだよね?」
「えぇ、間違いありません。そのように」
仕込みはバッチリなので、後はそっちでよろしく! とか、そんな感じだったんだろうか。もうちょっとこう……やりようがあったと思うんだけどなぁ……。
っていうかこれ、下手したらフロンとかソフィアとか、その辺も過去に飛ばされる……? でも微妙におかしくなってたらしいあっちのハイエルフはともかく、聖女ちゃんは……普通だしなぁ。
私と関わったことがある人間が全員、というわけでもないだろう。パイトの所長とか女役人とか、屋台のおばちゃんとか……片っ端から皆使徒です! なんてことになったら本気で頭を抱える。ペトラちゃんとミッター君は? これも違うような気がするんだけど……。
何なんだ。この差は何だ。
フロンがおかしくなった、というのがなければ一緒に死んだリリウムだけ特別ってことでいいんだろうけど……。何か引っかかる。
「そ、その……やっぱりあの……宝箱のせいですよね?」
ん? ──ああ、死因か。確かにトリガーはあれだが、私はせっせと爆弾をかき集めていたわけで……そのうち爆発していたことは想像に難くない。
「そうだよ。次元箱の中にもいくつか──他所の神の神器を持ってたんだ。それを集めすぎて死んだ。私も迷宮産魔導具がダメなんて知らなかったんだよね。そもそもこの後継者っていうのも結構急に決まって、ほとんど押し付けられたようなものなんだよ。最後には自分の意思で決めたけど」
私も上手いこと言い含められて、なんやかんや後を継ぐことになってしまった。そのことを後悔してはいないが、色々と人を巻き込んでいることに関しては、正直思うところがないわけではない。
「ご、ごめんなさい……謝って許されることではないのは分かっています……で、でも……わたくしが……」
悪いのはむしろ私の方だろう。『ぐにゃぐにゃ』を押し付けたことで、あるいは単に北大陸に付き添うことで巻き込まれて、数年やり直すならまだしも──人ではなくなってしまった。
「いや、私は遅かれ早かれこうなってたんだよ。宝箱見つけたら絶対に開けてたし、別件で最初の一、二歩目から私は踏み外してたんだから。リリウムは何も悪くないんだよ、泣かないで」
「でもっ、でもぉ……」
超可愛い。まずい、これはまずいぞ……。気を強く持つんだ。
「リリウムはなーんにも悪くない。私はまたリリウムにもリューンにも会えた。それだけで十分だよ。今は問題もなく、以前よりもずっと順調だし、リリウムと前よりもずっと近い関係になれたのも嬉しい。──ねぇ、また一緒にいてくれる?」
「もうっ、わたくしが一緒にいなくてどうするって言うんですか……よかった、また一緒に、いられ……てぇ」
まだ話してないことも聞いてないこともあるが、それは後でいい。
泣くのはいい。私も会えて嬉しい。だが全裸で抱きつくのは止せ。私の心は豆腐よりも簡単に崩れる。胸を押し付けるのは止せ。私の心の堤防は、決壊寸前だ。