第百六十二話
一夜明け、まだ夢の中にいるエルフと少年少女達の姿を確認してから再度南へと赴く。
今のところ、一匹までなら討伐してもその後の行動に全く支障は出ない。続けて二匹目を狩ると途端に辛くなる。その後は体調次第になるが……ゆくゆくは討伐数を増やしていきたいところだ。現状三匹目を狩れば動けなくなるおそれがある。
きちんと数えていなかったが、魔食獣は共食いしながらもかなりの数が棲息していた。
(あいつらどうやって増えてるんだろう……交尾してんのかな。メスがオスを食らうのって何だったっけ、クモ? カマキリ? 細胞分裂するってわけでもないだろうし)
獣と言うくらいだし、卵生ではなさそうだけど……あの食いしん坊の子供もどこぞでもぐもぐやってるんだろうか。謎だね。子供をもぐもぐしてないことを祈ろう。
一晩眠ったことで頭のふらつきはすっかり治まり──その後すぐ狩りに出かけて再発したが──少しではあるが神力が育っていることをはっきりと自覚できる。おそらく《浄化》の威力も上がっているだろう。それに転移の消費から察するに、時間当たりの回復量も伸びているような感じがする。
私の身体は気力も魔力も、そして神力も、器の大きさに対する歩合で回復していくのだろうと思う。器が二倍になったところで回復にかかる時間は二倍になるなんてことはなく、これまでの経験から、少なくとも気力と魔力は枯渇ギリギリからでも、条件さえ整えれば常にある一定に近い時間で回復しきっていることは分かっている。
今のところ神力のそれは、気力や魔力のものと比べて割合が小さいようだが、これも同じようなタイプだと感じている。……ゆくゆくは何十日何年も回復に必要、といったことにはならなさそうで一安心ではあるね。
眠りこけた大きめの魔食獣の頭部を二つ吹き飛ばし、これまた大量の糧を吸い込んだ後に……ふらふらになりながら宿へ戻った。
この日課に要する時間は一時間程度だろうか。これならストレスなく続けられる。
アイオナの内部まで転移し、宿からほど近い裏路地で周囲を探査で警戒しながら認識阻害を解除する。
直接部屋に戻れば楽なのだが、転移のことは流石にリューン以外には明かせない。うちのわんこ達は勘が良いし、横着はしない方がいいだろう。今日は散歩にでも出向いていたことにしようかな。身体は結界で覆っていたし、濡れても湿気てもいないはず。
そんなことを考えながら静かに部屋に戻ってきたが、まだ誰も起きてきていない。居間のソファーに身を沈めると、どっと疲労感が押し寄せてきた。
私と彼らのタフネスの差は、気力や魔力量の差によるものなのだろうか。もしくはここ数年で急激に育った生力の差なのか。単に彼らが不慣れで、私より勤勉に働いているだけ……ということも考えられなくはないけれど。
毎日日課はこなしている。気力もより強い力を引き出せるように努力はしている。簡単にパワーアップできれば苦労はないのだが……どうしたものかね。気力の格が上がれば近当ての威力も増すはずなのだが。
考えることが多い。拠点、迷宮、ソフィア達の育成、魔法袋、金策、魔食獣、気力の格──。そうだ、ペトラちゃん達の剣の鞘についてもなんとかしないと。
ペトラちゃんがお昼前に起き出して、そのすぐ後にミッター君も目覚めて居間へやってきた。
このわんこも今回は流石にきつかったのだろう、可愛い顔してぐっすり眠っていた。
「おはようございます。すいません、熟睡してしまって……」
「みっちゃんおはよう! 今回は疲れたもんね、私もさっきまでずっと寝てたよ!」
「おはよう。疲れは取れた?」
「はい、だいぶ楽になりました。サクラさんはいつも朝が早いですね」
私とてダラダラ眠っていたい気持ちはあるのだが……お姉ちゃんが惰眠を貪っていたらソフィアに大きな顔できない。それに今は、コソコソ動くには早朝に行動するしかないわけで。メガネがあれば時間を選ばないんだけどな。
「私のこれはもう習慣だから。リューンと二人ならもっとダラダラしてるかもしれないけど、今は半分保護者みたいなものだし、少しはしっかりしないとね」
「保護者──そうですね、まだおんぶにだっこな自覚はあります」
もっとこう、子供扱いするなっ、みたいなタイプならあしらいやすいのだが、真面目な顔して申し訳なさそうにされると私も焦る。
「あと二年くらいは気にしなくていいよ。ソフィアには五年修行を付けるって話だったし、その間くらいはね」
ゆくゆくはもちろん私の下から巣立ってもらうが、うちの聖女ちゃんの修行期間はここから丸々二年は残っている。それまでは多少甘えてくれても構わない。とはいえ──。
「三人だと、厳しいのかもしれないね」
「……はい。それは自分も考えていました。今回痛感しましたが、手数を含めて色々と足りていません。かといって誰でも良いというわけでは……」
治癒を使える癒し系わんこのソフィアと、共に攻撃系の放出魔法を扱える剣士のペトラちゃんとミッター君。三人とも切断強化の術式が使える。隙がないように感じていたが、パーティとして見れば彼らに足りていないものは多い。
斥候や後衛、専属の治癒使いも居るに越したことないだろう。万能剣士二人と治癒剣士の三人パーティというのは些かバランスが悪いと言わざるを得ない。盾が一枚しかないのも不安を残すし、その盾持ちは司令塔を兼ねている。
リューンも束縛魔法を使えはするが基本は前衛だし、私がそこに加わったところで担えるのは索敵くらいだ。私は広範囲を薙ぎ払える放出魔法も、戦線を支える治癒も使えない。作ったことはあるけど、私自身が盾を用いることもない。
「斥候とか、殲滅力のある純粋な後衛とか、索敵持ちとか、探すだけ探してみてもいいんじゃないかな。もちろん人格がまともな人物限定で」
「索敵に関しては自分が担おうかとリューンさんと相談をしているところです。今すぐにとはいきませんが……自分の術式の一つが、もうしばらくで消せるであろうとのことでしたので」
攻撃系の放出魔法も別に悪いものではない。魔物に対する属性の相性などもあるが、やはり遠距離から一方的に攻撃できるメリットは大きい。その属性を多く揃えるというのも間違っていないと思う。
雨中での戦闘ということで今回は腐っていたが、火玉のような魔法も大変便利だと思う。死骸の処分とか、薪を乾かしたり、燃やしたり。
物理的な干渉を無効にするような霊体にも、魔法でなら有効打を与えることができたりもする。索敵に集中すれば、それらを使う機会も減らさざるを得ないだろう。
今一度よく考えて欲しい。自分でやるのがいいのか、誰かの手を借りるのがいいのか。よく考えて決めた結論なら、尊重しようとは思っている。
ねぼすけ二名が起きてこないので、放置して三人で食事をとりに出かけることにした。私も割りと空腹であるからして。
近くの食堂へ足を向け、空いていた席でメニューを広げる。何にしようかなぁ、がっつり野菜食べたいな、後はパンと……普通にお肉でいいか。
「二人とも昨日から何も食べてないでしょ? 時間は気にしなくていいからゆっくり好きなだけ食べな。奢ってあげる」
「あ、ありがとうございます。あの……ソフィアはいいのですか? リューンさんもですが」
「いいよ、夜まで我慢させれば。我慢できなければ二人で食べに行くだろうし、うるさかったら干し肉でも口に突っ込んでおいて」
「ありがとうございます! ふふっ、ソフィア絶対拗ねますね! ああいうところも可愛いんですけど!」
何を今更、聖女ちゃんは可愛い。目に入れても痛くない、可愛い可愛い私のソフィア。だがそれとこれとは話が別だ。いつまでも寝ているのが悪い。
「サクラさん結構ドライですよね……自分は正直、その……ソフィアのことは凄く猫可愛がりしているものだと思っていました。それで彼女も懐いているのだと。リューンさんの扱いも、その……割りと雑で驚いています」
「ソフィアのことは可愛がっているし、君達よりも甘やかしてる自覚はあるけれど、それと甘えを許すのはまた別。お姫様扱いを望むような娘だったら、そもそもあそこから連れ出したりしなかったよ。リューンはまぁ……付き合い長いから」
リューンとは最初からこんな感じだった気がしないでもない。皆の知らないところでは結構甘々なのだが、それは知らなくていいことだ。
「そういえば今更なんだけど、どうして二人はソフィアについてきたの? あの娘と違って、二人ともガルデで騎士になる道もあったと思うんだけど」
食後に注文したお茶がまずい。これなら水飲んだ方がマシだ。知らない味だったし、南大陸のお茶なんだろうか。雨量が多いとやっぱダメなのかな……。
二人は特に気にすることなく飲んでいる。私の気にしすぎだろうか。
「それが、最近ガルデは平和で……募集がほとんど出ていなかったんですよぉ……。倍率がものすごくって」
「自分達の同期は卒業できた者が百人以上いたのですが、あの年に王都から出ていたのは、騎士の枠が二人で、後は全て兵士や衛兵といった有り様でして……平和なのはいいことなのですが、競争して本気で騎士を目指すのか、他所で騎士を目指すのか、王都で兵士としてやっていくのか、他の道を行くのか、などと言ったことを話し合いまして」
「──なるほどね」
兵士やるよりは冒険者やった方が当然儲かる。その分危険は盛り沢山だけど、生き抜けばそれだけ名誉なんかも得られるわけだ。
私は埒外に居るが、普通に冒険者やっていても、家を買って子供を作って、その上で老後を安泰に過ごせるくらいの貯蓄はできる。頑張れば。
「同期とパーティを組んで冒険者をやるという話に決まりそうだったのですが、その……行き先で揉めまして」
「ルナと他所で? ナハニアとか」
「はい、その通りです。皆が皆裕福というわけでもありませんでしたから、その……大部屋は無理だとか、ナハニアは嫌だとか……。お恥ずかしい話なのですが、結局話そのものが流れてしまいました。その前後に実家に顔を出したのですが──」
「ソフィアがまずヴァーリルへ行くっていうのは聞いていたんですけど、みっちゃんもお仕事で付いて行くって言うものですから、そのぉ……」
なるほどなるほど。色っぽい話じゃなさそうなのが残念だけど──。
「──付いてきてくれたのね。良いお友達を持ってソフィアは幸せ者ね」
話は分かった。手紙一通、片道半年以上かかる距離と世界だ。彼らも彼らなりに切羽詰まっていたのかもしれない。押しかけてきた、それ自体は別に咎めようとは思わない。
この二人はソフィアのお友達だし、私とも縁がある。




