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第百六十一話

 

 認識阻害と結界を十全に備えてから、単体で地面をもぐもぐしている瘴気持ちの一匹に斬りかかる。比較的小さい手頃な相手を選んだが、それでも体長二十メートル以上あり、体高も確実に十メートル以上ある。私の『黒いの』は刃長一メートルほど。当然切断できない。

 しかも傷口の肉がすぐに盛り上がるようにしてくっつき、再生されてしまう。

(これ下手に斬りかかったら剣も食べられそうだな……傷口から)

 抵抗なくサクッと斬れはするものの、魔食獣はグギュルルと見た目の割に可愛い唸り声をあげて周囲を探るような素振りを見せると……食事に戻ってしまった。なんだこいつ……そんなに大地が美味いのか。土だぞこれ。

(どうしようかなこれ……かなり面倒くさいぞ。細切れにすれば死ぬかな? 殺さないと糧にならないんだよね……)

 気分は一寸法師だ。これの頭を持って帰ってこいとか、よくギルドは依頼を出せたものだな……こんなの死体から頭切り離すだけでも大仕事だし、これが入る魔法袋を持っているような人達は、こんな割に合わない仕事請けないだろうに。

 とりあえず頭を落とせば死ぬだろうと、頭部を集中的に狙って切り崩していくことにするが、流石にこの食いしん坊も斬られれば痛いのか、身を捩ってイヤイヤする。こんな質量がイヤイヤすれば、肉が飛び血が舞い、私は轢かれて跳ね飛ばされるわけでして。

「あーもう……面倒くさすぎる……」

 こればかりは一人で何とかしないといけない。リューンがいくら束縛魔法の名手であろうとも、流石にこの質量は抑えきれないだろう。

 私そっちのけで食事に夢中なのがなんと言うか……湧き上がるこの感情は怒りか。私は相手にもされていないのか。こけにしてくれる……。

(五メートルくらいの『黒いの』作れないかな……伸縮付きの魔剣とか欲しい……伸縮といえば『ぐにゃぐにゃ』か──)

 助けて縦ロール。


 ムキになって斬れば斬るほど、盛り上がった肉の色が変わって、こうやって……。

「てってれーってね。あー……どうしよう、頭が一回りでかくなってしまった……」

 魔食獣の討伐は難航している。というか悪化している。多少血肉を削ぎ落とせても、現在進行形でもぐもぐしている分で、おそらくこの子の体重は元以上に増えてしまっている。少なくとも頭は大きくなってしまった。目、見えてんのかなこれ。かなりグロい見た目になってるんだけど。

 口の周りを切り崩せば食事のペースが落ちるかと思いきや、こいつは構うことなく肥大化した唇ごと地面をもぐもぐし始め……長い舌でベロリと傷口を舐めると、傷口が綺麗に治ってしまった。それでまた元気に食事を始める。

(もうやだ……お家帰りたい……)

 頭が痛くなってくる。『黒いの』じゃダメだ。斬るのはダメだ。となればもう、私には十手しかない。

 吹き飛ばそう。頭を。この六十センチほどの細い棒で。

「横着をするなってことかな……とりあえず食事を止めさせないことには話が進まない」

 血を拭った『黒いの』を次元箱に放り込──もうとして丁寧に安置し、腰の相棒を手に取る。うん、やっぱりこのスタイルがしっくりくるな。

 十手は良質な魔石を生成するのに必須なのでこれまでもたびたび使ってはいたが、この手の強敵と最後に立ち会ったのはいつだっただろうか。

 少なくとも一度死んでからはなかったような気が──いや、ギルマスのおっさんと試合したか。それでも結構前だな、こんなことでは打突も近当ても錆びついてしまう、たまには本気で戦わないと。そしてこれを日常に戻さねば──。


 私の過剰とも言える攻撃力は、素の腕力に気力での身体強化、ドワーフの身体強化術式、ハイエルフの全身身体強化術式、近当て、それに《浄化》が加わることによって成り立っている。

 私個人の筋力は十年前と比べてもそれほど上がっていないだろう。気力も格の上がり方は相当に緩やか。なのでかなり時間かかるだろうな……と自分でも半ば諦め気味だったが、私の魔力の格の成長は、自分で思っていた以上に著しかったらしい。

 変形と変質は戦闘技能ではないが、何故かやたらと魔力の格が育つ。それを鍛冶を覚える少し前から延々と……ここ数日の護衛任務の間以外はずっと使い続けて魔力の修練をしていた。

 そして私はそんな魔力の身体強化を、リューンと同じように二種掛けできる。魔力の格が育つことで受けられる筋力の上昇量は、半端なものではない。特にドワーフの方と気力の相乗効果が。


 構造物の破壊。一見脳筋の私の得意分野のように見えるが、これまた実は、全然そうではない。

 《浄化》は浄化もどきの頃からそうではあるが、それ自体に攻撃力が、ダメージを与える効果がある。厳密には……でもないな、全然違うが、魔石を生成する目的なら神力で近当てをしているようなものだ。とにかく魔物に与えるダメージは嵩む。

 当然魔石を生成してはいけない局面だと、私の攻撃力は近当て一個分程度落ちることになる。

 私の戦闘スタイルは大きく振りかぶってドーン! ではなく、隙なく構えてササッと頭蓋を砕いて回るというものだ。

 凶暴な魔物を前にして隙を作るなんてとんでもないと、ギースにも褒められた常に構え続けるこのスタイルを貫いてきたが……フロンが必要としていた水色ゴーレムといい、最初の町……アルシュの固い岩場といい、そしてこの魔食獣といい……十手の強みが活きない、こういう物をただ破壊する作業は苦手としている。

 はっきりと自覚がある。なので、私は私なりに創意工夫を重ねて……あかんことに良い手段が思い浮かばなかったので、地道にこれまでのスタイルの改良を図ったわけだ。

 回転というものは馬鹿にできない。腰の回転……腰を入れる、などと称すのだろうか。これは大事だ。それに突く際に腕を捻りこむようにすることでも威力が上がる。えぐり込むように打つべし、とは何だったか、どこかで聞いた覚えがある。

 それに、足を踏み込む際の体重移動などの力も、打突の威力を増すことに繋がる。

 踏み込みの勢いを乗せ、地を蹴ることで威力は上げられる。

 本気で使う機会はほとんどないので普段気にすることはないが、足場魔法の強度も大きく上昇している。強化魔法で強さを上げた上で、《結界》のサポートがなくても私の全力の踏み込みに耐えられる。

 一つ一つの工夫で得られる成果は微々たるものだが、それらをきちんと束ね合わせて、しっかりと一撃に乗せることができれば──。


「──斬撃はダメだな。もう打突一本で生きていこう」

 さよなら『黒いの』、ありがとう『黒いの』。あれはリューンにでもあげよう、盗賊用の武器は……また何か適当に作ればいいや。

 宙に避難して下を眺める。うちの子達が見たら泣き出すかもしれない、結構な地獄絵図ができあがってしまった。

 私がたった今ぐしゃぐしゃにした魔食獣の血の臭いを嗅ぎつけたのか、周囲のお友達が、ビクンビクンと痙攣しながら生臭い血をドバドバと首から吐き出し続けている彼をもぐもぐしにやってきている。死んだら傷口は再生しないみたいだね。

 結構動きが素早かったのでびっくりしてしまった。……飢えた獣のようにと言うか、獣なんだけど。

 討伐して数分経つが、未だに少しずつ、ちょろちょろと光が私に流れ込んできている。もっとこう、一気にドバっと入ってきて欲しいものだ、止まらないルーレットでも眺めているような気分になってくる。

 このちょろちょろ分でも、狼何百匹分になるか分かったものではない。きっちり根こそぎ頂いていく。私の餌がお友達に食べられたりはしていないようには見えるので、そこは一安心だ。

 念入りに撃ち込んだ打突で下顎を吹き飛ばしたことで彼の食事ペースは大幅に落ち、唸り声がただの空気の流れと化し、上顎と鼻先を潰したことで盛大に暴れ始めたが……君はもっと早くそうすべきだった。皮膚呼吸ができるような種ではなかったらしい。暴れるのを止め、徐々に衰弱していく彼の頭部を砕くことで、それが止めになったらしい。光が生まれて吸われ始めた。

 十手を握ってからも結構な時間を要したが、ようやく魔食獣の討伐に成功した。ほんきだすのすっごいつかれる、もうやりたくない……。


(とは言え、オーガの二百や三百じゃきかない戦果と言うのも確かではある。小物をちまちま狩ってるのが馬鹿馬鹿しくなるような量だな)

 すっごく嫌だったが……その後もう一匹、身体強化を最高強度で漲らせ、浄化まで込めて全力で戦闘して討伐した。浄化を全力で込めたにもかかわらず、彼は魔石にならなかった。

 体感でしかないが、おそらく魔石化しなければ、浄化でダメージを与えても神格の糧になる光の量は減らない……と思う。

 そして浄化を攻撃手段に用いることができると言うなら話は別だ。一気に楽になる。


「──これは……いいな。素晴らしい。ちょっと眩暈がするのが難点だけど……」

 大量に光を吸ったせいか、神力を消費しすぎたのか、急激に神格が育った──あるいは育とうとしているせいか、少し耐え難い倦怠感が我が身を襲う。戦闘中にこれがくると危険だな。

(これはあれだね、気力や魔力が一気に減ったり、神力が少ない時に感じる気怠い感覚に似てる……急激に成長してもこうなるのかもしれない)

 次元箱を覗きこんで思わず身体に力が入る。四畳ほどであった私の次元箱、隅にきっちりと並べていたコンテナの先に、大きく空間ができていた。

(よーしよしよし! やっぱりそうだ、神格が育てば拡がる……これは本当に素晴らしい。計画的に討伐していかないと)

 二匹目の死骸を別の魔食獣がもぐもぐしにやってきた。これもそう遠くないうちに、全てこいつらの腹に収まるだろう。

「私がすべきことは、滅ぼさない程度に瘴気持ちを殺して、死骸を食わせて──それを繰り返す」

 蟲毒ではないが、こいつらが食い合って一番大きな個体が瘴気持ちになれば……それはどれ程の糧になるだろう。

 こいつらとて無限に湧いてくるわけではないだろう。狩り続けていれば、いつかは必ず品切れになるはずだ。

 こいつらがここにしかいないというのも考えにくい。他に棲息地があるならそこも回って……つまみ食いしていこう。

 しっかりと数と規模とを管理して……必要なら間引いて、彼らがすくすくと成長できる、理想の環境を整えてあげたい。

「あと一匹──いやダメだな、止めておこう。私がもぐもぐされたら元も子もない」

 まだ頭がクラクラしている、無理は禁物だ。暗くなる前にアイオナに戻って、私も身体を休めよう。



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