第百六十話
フラグを立ててしまったかとも思いきや、その後はただ魔物の襲撃が増しただけで……お昼前には無事帝都アイオナへと到着した。
どんな国かと道中ワクワクしていたが、正直これは……凄い。
白いドームに覆われている。都が丸ごと。その大きさはちょっと言葉では言い表せない……遠くから見てもなんじゃありゃと思ったが、近くで見てみればこの異様さは特に際立つ。
「これは圧巻ですね」
「えぇ、アイオナは他所と比べて税金が高いのですが……それも全てこれを維持するためのものでして。ドラゴンやオーガに囲まれてもビクともしませんよ。戦に負けたことも建国以来一度もないのだとか」
商隊のおっちゃん曰く、なんでもクズ魔石を幅広く集めて、それから吸い上げた魔力を使ってこのドームを維持しているのだとか。ただの石壁というわけではないらしい。
国が迷宮下層を専有してるというのも、これを見てしまえば納得するしかない。文句を言えば、じゃあお前が竜を追い払ってこい、って話になるわけで。
守りがしっかりしている国というのはいいものだ。問題は治安と生きやすさだが──治安はいいとかリューンが言っていた。とりあえずここなら、別に内湯と乾燥部屋付きの家を借りる必要はなさそうだな。
冒険者ギルドで依頼を完了させ、疲労困憊のうちの子達に貢献点が付いたことを確認して商隊と別れた。
「あぁ……やっと終わったぁ……終わったよぉ……うぇっ、ぐすっ……」
ペトラちゃんが泣いている。キツかったよね、よく頑張ったよ。偉い偉い。
「雨中の行軍がこうも厳しいとはな……今はとにかく──」
最後までリーダーとしてやりきったミッター君も顔色が悪い。風邪引かないようにね。しばらくはゆっくり休むといい。
「もう、限界です……」
ソフィアも死んでいる。がんばれ。
「数日は休暇にしようか。早めに宿決めてゆっくりしよう」
リューンも無言でふらふらしているし、この後はもう宿に直行しよう。観光も後。こりゃ全員しばらくは使い物にならんな……。でも皆よく頑張った。後で褒めてあげよう。
近場にあった寝室が二つある大部屋をとりあえず十日借り、追加料金を払ってベッドを五つ用意してもらう。その後はお風呂にも入らず、私以外全員ぐっすりだ。
「私ちょっと出かけてくるから、夕飯は四人で適当に食べておいて」
「うーい……」
聞いてんのかな……いいやもう、本当に眠そうにしてるし放っておこう。メモの一枚くらいは残していくかな。
迷宮を見に行ったり国の外で瘴気持ちを屠殺して回りたい気持ちもあるが、まずは魔法袋だ。仕様に融通が効くかも調べておかないといけないし、値段も気になる。
おそらく金策の必要が出てくるはずだ、楽して稼げる手も考えておかねば。
人通りの多い大通りを歩いて商業ギルドまで出向き、町の地図を手に入れてから魔導具屋を巡る。迷宮を中心とした冒険者の多い国だからだろうが、人造魔導具でもそれなりに質の良い物が多い。
金属製品はヴァーリル製には大きく劣っているし、装飾品も……おそらくエイフィスの物に比べればかなりダメなのだろうが、お金を払うのがもったいないと感じるほど悪くもなく……どの店も品揃えが豊富で、質の水準が高めだ。店の数もかなり多い。
数店舗目で目当ての人物についての話を聞くことができ、その店まで出向いたのだが──。
「申し訳ありません、店主は現在留守にしていまして……あと二十日ほどは戻らないと思われます」
と、小柄な店員……ハーフリングの女の子に告げられてしまう。受注生産しか受け付けておらず、既成品の在庫は置いていないとのこと。
「そうでしたか……。製作可能な仕様の幅について、お話を聞かせて頂きたいのですが」
「も、申し訳ありません。私はその、魔導具についてはさっぱりで……」
ハーフリング、特に女性はエルフ並に年齢が読めない。特別長寿な種というわけでもないようだが、私は老婆の類を見かけたことがない。老けないというならそれはそれで羨ましいが、お爺さんは割りと見かけるんだよね……。
「分かりました。では二十日後を目処にまた伺わせて頂きます。とりあえず二枚は確定で、最大で……三枚から六枚ほど注文をするかもしれません。店主にそうお伝え頂けませんでしょうか」
「は、はい。承りました。必ずお伝えします」
暇乞いをして店を後にする。間が悪かったな……。
魔導具店──と言ってもいいのだろうか、この店を。
商品が一切棚に並んでおらず、というか棚すらなく、何を扱っているのかも不明。一見ただの一軒家で店舗には見えず、その店には店員かどうかも怪しい留守番の女の子が一人いるだけ。店主は不在。こんななら、お店閉めとけばいいのに……。
(商売というよりは……魔法袋も含めて趣味の延長なのかもしれないね。できれば二枚、最低でも一枚は欲しいんだけどな……請け負ってもらえないかもね、これは)
もし私がまだヴァーリルにいて、急な見知らぬ来客にアダマンタイトの剣を二本から六本打ってくれと言われても、まぁ断るだろう。──よほど興が乗らなければ。
何となくだが、私と似たようなタイプな気がした。諦めることも視野に入れておかないといけないかも。魔法袋云々は、まだ誰にも告げていない。
その後冒険者ギルドに出向いて依頼の傾向をチェックする。基本は都市間を行き来している商隊の護衛と、帝都の外にいる魔物の討伐依頼が常時出ているといった感じ。後は下水道の掃除とか、そういう駆け出し向けの依頼がちらほら。
(魔物の討伐報酬、やっすいなぁ……オーガ一匹で大金貨の一枚にもならないのは流石に割に合わなさ過ぎる。まぁゴブリンやオーガの首一つに大金貨出してたら国が傾くだろうけど)
山ほど狩るだろうからついでにお金になれば……と思いはしたが、流石にこれは──む?
「なんだこれ、魔食獣……? 三級以上からか……」
長いこと掲示されているような一枚の古びた依頼書が目に留まる。アイオナ南部に棲息する魔食獣の駆除。一匹当たり大金貨三十枚。討伐証明部位、頭部。
オーガは結構強めの魔物だと思うのだが、それでも首を持ち帰って大金貨一枚の半分にもならない。その六十倍以上になる、この魔食獣とやらはそんなに強いのだろうか。気になる。
瘴気持ちも、リスや狼を狩るよりカバや熊を狩った方がより神力は育つ。そしてアルシュの熊よりオーガの方がはるかに私の餌として優秀だ。
(ならこの魔食獣とやらの瘴気持ちは……大金貨はこの際どうでもいい、これがどの程度私の糧となるのか──)
三級冒険者で討伐可能な獣なら私に狩れないことはないはず。善は急げだ。るんるんだ。
禿げ上がった草原、枯れた山。これまで見てきた緑豊かな南大陸としては異質な一帯に、そいつらは棲息していた。
「獣……? プールより大きそうなんだけど、三十メートルくらいあるんじゃないのこいつら。これの頭持ち帰って大金貨三十枚? 馬鹿でしょ。安すぎる」
アイオナから南へ転移することしばらく。少数のオークやオーガといった小物を無視して山を三つ四つばかり越えた先にある一帯で遭遇した、その……森を貪っている土色をした、山のような獣? を前にして戸惑っている。正直躊躇している。なんだこいつら。
森を食っている。地面を食っている。山を食っている。オーガとか、何か生き物も食っているのもいる。これ放っておいたらまずいんじゃないの? 現在進行形で森がバリバリ食べられてるんだけど……。そのうちアイオナをもぐもぐしに来そうだ。
多少個体差はあるようだが、小さい個体でも二十メートル以上は確実にある。そしてその小さい個体が今まさに大きな個体に食べられている。むしゃむしゃしながらもぐもぐされている彼は今一体どんな気持ちなんだろうか……私にはそれを推し量ることはできない。
幸い瘴気持ちの数はかなり多い。とりあえず黒いモヤに包まれている、一際元気よく食事をしている連中は私の餌だ。
「ああいうよく分からない手合は浄化するに限るんだけど……そうも言ってらんないのが辛いところだね。というわけで頼んだよ、『黒いの』の出番だ」
ともあれ一当してみよう。上手くいけば──ここは私の牧場になるかもしれない。