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第十六話

 

 ふわふわの使い方。それはパッと出してスッと引っ込める。これだ。

 長々と展開して維持なんかしてるからいけないのだ。距離と方角が大体分かればそれでいい。それに気づいてから、ギースの後ろでこっそりと練習を続けている。

 このふわふわ、というか神力の性質なのだろうが、身体から遠くに離すのが最も消耗する。逆に、身体の周囲に厚く展開することによるそれは然程でもなく。周囲であれば長時間の展開でも消耗しているようには感じない。

 長々と飛ばしていると疲労が嵩むので、自力で引っ張り寄せないといけない。

 逆に抑えこむことができないかと試してみたが、これは全く上手く行かなかった。どう頑張っても一定量が周囲に残ろうとする。

 気をつけなければならないのが圧倒的に距離、次に量だ。ほんの短時間でも、探査に使うような距離を飛ばせば疲れるし、残る。

(それでも最初に比べればだいぶ軽くなったな。やっぱり引っかかる範囲が知りたい、何か良い手を考えないと)

 レーダーというには些か更新間隔が長い上に手動だが、上手く使えればかなり便利になりそう。ただ──。

(油断しそうだなぁ。引っかからない相手がいたらかなりまずいことになる。少なくとも識別範囲の限定をしてからじゃないと、一人じゃ怖くて使えないや)

 悩みが増えていく。だが、今は置いておこう。

 先に、敵を打ち倒さねば。


 狼は、私が出会ったものよりも小ぶりだった。それが二匹。一匹目の首が飛ぶと同時に二匹目が地面に縫い付けられていた。

 おそらく斬った得物をそのまま投げつけたのだろう。

 そのまま近づき、もう片方の得物で首を刎ねる。ほんの一瞬の出来事だった。

「最後はお前さんじゃな、場所は分かっておるのか?」

 何事もなかったかのようにギースが血振りをくれている。私が頷くのを確認すると、彼はそのまま歩き出した。

 放置して行っていいのかな、あの死体……。慌てて追いかける。

「あの、あの狼は──」

「帰りに魔石だけ抜いて捨てていく。持ち歩いても仕方あるまい」

 確かにその通りだ。正論すぎる。

「死体は放置しても問題ないのですか? 埋めたりとか、燃やしたりとかは」

「そうするのが一番だがの、あの程度の小物ならその内散ってしまうよ。ここは瘴気も濃くないし、不死者になることもあるまい」

(不死者……ゾンビ? うわぁ、そんなのいるんだ……ああいうの得意じゃないんだよな)

 気が滅入りそうになり、その鬱屈した心を払おうと、少し駆け足でギースを追い抜いて狼に向かって歩を進めた。


(さて、どうしようか。普通に殺すか、浄化するか。ギースはもう私が浄化を使えることを疑ってない。ここでしらばっくれても仕方ないか)

 方針を決め、最初の狼と同じように倒すことにする。地面は柔らかい、踏み込みには注意しなければいけない。

 気力で身体を強化し、十手を正面に構えながら進むと、茂みの奥から飛び掛ってくる気配を感じた。

(一直線なら……!)

 左上から右下に打ち付け、狼の右側頭部を砕く。頭頂から目にかけてが潰れ、そのまま地面に叩きつけられた。

『浄化』と念じながら、続けて頭を打ち付け、いつかのように収縮を始める狼を見下ろす。

 程なくして、浄化黒石を一つ残して辺りは静かになった。やはり今回も薄い光の粒子が私の身体に吸い込まれたが、よく見るとそれは私ではなく、ふわふわに吸われているようだった。

(何だろう、神力の餌?)

 先程ギースが処理した二匹からは、粒子は出てこなかった。魂……なら首を斬られて死んでも出てきそうだけど。

(……私が無理やり引っこ抜いたんだったりして、あはは……いや、流石にそれは、でも……)

「浄化というには、些か、あれじゃな、趣がないな。もっとこう、パーッと光るようなものを想像してたんじゃが……」

「私もそう思いますが……これ、本当に浄化なんでしょうか?」

 光の粒子が舞ったのは確かだが、パーッとと言うには薄いし淡い。神秘的なそれはなく、私のはただの撲殺にしか見えない。

「魔石が浄化品になるんじゃから、きっと浄化なんじゃろ。大事なのは、それを売ればメシが食えるっつーことと、お前さんがそれをできるってことじゃ」

 その通りだと思う。いつまでもギースのところで修練しているわけにもいかない。魔力身体強化を習ったら、私はこの街を離れるべきだろう。

 ギースはとても良くしてくれたが、いつまでもここに留まるわけにはいかない。

 そんな事を話しながら、二匹の死体の元へ戻った。解体前に浄化を試させてもらったが、それは浄化黒石になることはなかった。

「殺してから浄化しても駄目なのでしょうか……。どのタイミングで……殺しながら浄化? 浄化でダメージを与えていれば? 私が浄化で殴ってギースさんが首を刎ねたら浄化されたことになる? あるいは……」

 考えを口に出すが、答えは出ない。

「物騒な浄化じゃのぉ……」

 解体はとてもグロく、とてもじゃないが見ていられなかった。私は今後、全ての魔物を浄化して殺そうと固く決意した。あんなことして掘り返すくらいなら魔石ごと捨てていく。素材の価値なんて知らん。


 終わってみると改めて、気力による身体強化の大きさを実感する。

 初めての時はあんなに必死だったが、今回は居場所も分かり、居場所も察知でき、何より気構えができていたし、上手に頭を割ることができた。あのまま放置していても狼は死んだだろうし、実質一撃で仕留められたようなものだ。

 ギースが後ろに控えてくれていたという安心感もあったのだろうが、自分の変わりように少し怖くなる。殺さなければ殺されるとはいえ、いざ対面するとどこか躊躇するのではないかと、心のどこかで思っていたからだ。

 一人でも上手くやっていける、だなんて自惚れてはいないけれど、早くそのようになれるよう経験を積まなければいけない。

 まだギースから教わりたいことは残っている。まずは力を着実に付けて──。


 なんて思っていた私の修練計画は、突如として崩れることになる。

 翌日、日が昇ると同時に起床し素振りを終え、体操をしながらギースを待っていた私は、そのまま彼の屋敷の居間に呼び出された。女護衛からだ。

 そこにはギースといつかの男護衛もおり、そこでギースから申し訳無さそうな顔で伝えられることになる。

「悪いが、鍛錬はここまでじゃ。仕事が入ってしまった」

 ソファーに向い合って話を始める。彼には彼の都合があるとはいえ、唐突で驚いた。ここを離れなければ、などと考えてはいたが、やはりどこかで依存していたのだろう。

「仕事、ですか。それは仕方がありませんよ。長くかかるのですか?」

 少しくらいなら待っていてもいいかな、などと思っていた。魔力による身体強化、それは身につけておきたかったし、岩場での素振りや森での瘴気持ちの狩りも、できることなら継続したいと考えていたからだ。

 長くなるの、と彼は答える。

「急に西の方まで商団の護衛をしないといけなくなっての。仔細は明かせぬが、早くて半年ほど……実際はもっとかかるじゃろうな。一日二日なら待っていて貰えばいいのじゃが、流石にお前さんをそこまで拘束はできん。すまんの」

 早くて半年。それは待てない。万全を期すなら待ってもいいのだろうが、私がこの町で生活するには、その基盤があまりにも弱すぎる。仕事に付いていくわけにもいかない。寝床にしている倉庫にしても鍛錬にしても、ギースの善意によるものだ。これ以上厚かましくはなりたくなかった。

「なるほど、分かりました。ギースさん、今までありがとうございました。生きる希望ができたのは、貴方のお陰です。本当に感謝しています」

(別れを告げてここを去ろう。手元には衣服の残りと、浄化黒石が一個残っている。これで当面の移動に必要な資金を工面して、それから──)

 考え込みそうになった私に、ギースが道を提示してくれる。


「お前さん、迷宮都市を目指せ」

 迷宮? 私にとってこの世界が既に迷宮のようなものだが、そういう町があるらしい。ゲームのダンジョンのようなものなのかもしれない。

「この町から街道伝いに東へ向かうと、バイアルという大きめの村がある。薬作りで有名での、良質な薬草の産地として知られている。お前さんなら走って行ける。そこから更に南東へ街道を進んでいくと、馬車で七日も行けばパイトへ辿り着く。『迷宮都市パイト』、お前さんならここを当面の拠点にするのがいいじゃろう」

 走っていける、の辺りで護衛の二人が目を見開いた。その反応が少し気になるが、抑えて話を聞く。

「あそこは小中規模迷宮が連なる都市での。人もトラブルも多いが、その分情報も仕事もある。迷宮の戦果を持ち帰る以外にも、食い扶持を稼ぐ方法はいくらでもある。だが、お前さんは迷宮に潜るべきじゃ」

 そこで護衛の二人を先に行ってろ、と屋敷から追い出し、少し待っとれ、と言い残して部屋を出て行った。

 経験は積みたい。気力にしろ神力にしろ、私はまだ使い方が甘すぎる。ここで独り立ちしておくべきだろう。ギースが勧めてくれているのだ、酷いことになるとは思えない。油断ではなく、信用だ。

 しばらくして、細めのドラムバッグのような革袋を一つと灰色のポンチョのようなものを持ってきた。彼はそれをテーブルの上に置き、更に話を続ける。

「そこに、『第四』と呼ばれる迷宮がある。普通は名前が付いていたりするもんじゃが、あそこは迷宮を番号で呼んでいての。確か第六まであったはずじゃ。この数字は特にダンジョンの深さや強さとは関係ないから、そこは気をつけろ。お前さんが目指すべきなのは『パイト』の『第四迷宮』じゃ」

 そこまで勧めてくるのには理由があった。


「迷宮には『死の階層』と呼ばれる場所がある。通常上でも下でも奥でも、深部へ近づくほどダンジョンというものは手強くなる。死の階層はその近隣の層とは比較にならないほど強かったり厄介だったりする魔物が数多く出てくる。厄介じゃから、迷宮へ潜る者達も死の階層だけは探索をせずに避けるのが常識じゃ。たまに物好きもおるがの。じゃがパイト第四の死の階層は賭けてもいい、誰もおらん」


「なぜならば、そこに出てくるのは霊体、リビングメイルだからじゃ。奴らは物理攻撃が効きにくい上に魔法も弾く。動きは遅いが嫌になるくらい頑丈での。力も強く、死の階層であるが故に数も多い。多人数でも囲まれれば命はないし、悪霊化しているものも決して珍しくはない」

 悪霊とは、霊体が瘴気に侵されたもののことを指す。一般的に魔物や魔獣が瘴気に浸れば瘴気持ちと、霊体は悪霊と呼ばれる。

「おまけに奴らは倒しても武器や鎧を残さん。あれはクズ金属や鉱石を魔力で編み上げたものでの、倒すと同時に組成をぶち撒けるから、それもまた厄介なのじゃ。対策をしておらんと肺を病む。これが原因で命を落とす者もおる」

 じゃがの、と彼は続ける。

「お前さんにとってはちょうどいい的じゃ。浄化で倒せば魔石しか残らんし、霊体のそれは特に価値が高い。動きが遅いのも防御が硬いのも、その棒切れを振る相手としてこれ以上ない。無限に素振りの相手が生まれてくるようなもんじゃ。人がおらんから宝箱が出現しているかもしれんし、死の階層のそれは他より強力なものが出てくることが多い」

 階層の程度にはよるがな、と。

「それと、迷宮産に限った話ではないが、素性の知れない道具は決して使うな。特に装飾具の類じゃ。仮面、指輪、腕輪。特にこの三種は危険な物のほうが多いと思ってもええ。ただの飾りなんてものは少ない。大抵はマイナスの効果持ちか呪われておる。ワシの昔の仲間にも、嵌めた腕輪が締まって手首から先を無くしたアホがおった」

「捨てていってもいいが掘り出し物があるのは確かじゃし、他の人間の迷惑になるからの。多少金はかかるが鑑定してもらってから処分した方がええ。それで足が出ることもあるじゃろうが、捨てた物が当たりだったら泣くに泣けん」


 呪い。気になる、呪い。私にも決して無関係ではない。

「呪い、というのは解けるものなのですか?」

「ものによるな。神官や呪術士にも軽度なものは解けるじゃろうが、得手不得手はあるしの。解呪以外にも封術士みたいなのは呪いを抑えこむことに長けておる。聖女もピンキリおると聞くし、教会はあまりあてにしない方がええ。呪われないんが一番じゃ」

 これに関してはギースもあまり詳しいようではなかった。危険を避ける。確かに正しいが、私は既に呪われている。

「なるほど、覚えておきます。迷宮には私も興味がありますので、当面の目標はパイトでの修練ということで、活動してみます」

「それがええ。迷宮都市は他にもいくつかあるし、遠国にも大規模なものがある。パイトでやっていけたらその辺りを目指してもええかもしれんの。それと、これは餞別じゃ。持っていけ」

「外套は古いが、作りはしっかりしておる。お前さんは目立つからの、それかぶっとけ。袋は迷宮産での、大樽三つ分くらいの容量がある。重量軽減や時間停止のような魔法はかかっておらんが、便利じゃから持っていけ」

 魔法の袋! すごい、大樽三つ分というと……だいぶ大きいな。水は浄化して飲めばいいからかなりの日数分確保できる。栓の付いた樽サーバーみたいなのないかな、蓋付きのものでもあれば……いや、まずは礼だ。

「魔法の袋……はじめて見ました、でも頂いてしまっていいのですか? 希少そうですし、お高いのでは」

「ありふれているものではないがの。そいつはさっきも言ったが、容量がそれほど大きくない。それに、より高度な袋と違って持ち主から魔力を供給し続けないと効果が切れる。今も切れているからしばらく身につけておかんと使えんぞ。あと、中に袋そのものの大きさ以上の物を入れたまま魔力切らしたり破損すると、袋突き破って中身が飛び出してくるからの」

 なるほど、よく見ると革袋は魔法袋の外側が更に三重の構造になっており、その中身を厳重に守っている。

「袋の入り口以上の大きさの物を中に入れることはできるのですか?」

「いや、できん。そういうのもあるが、目ん玉飛び出るほど高い。水を溜めておきたければ魔法袋用の細い容器が売っていたりするから、それを買うとええ。重ねて言うが、それは重量軽減かかっとらんからの。限界まで水やら溜めこんで馬や馬車に乗ろうとかするなよ」

 樽を買う計画はポシャった。

「理解しました。ありがとうございます、大切に使わせて頂きます。本当に何から何までお世話になりました」

「気にせんでええ。時間があったしそれらも長く使っておらんかったからの。魔力を教わる気になった時にでも酒の差し入れを持ってきてくれ、しばらく気力だけでやってみてもいいとは思うがの」

「はい。その時は必ず」

 話は終わった。ほんの数日だったが、とても充実していた。ここでのことはきっと生涯忘れないだろう。

「前にも言ったが、サクラ──殺すことを躊躇うなよ」

「はい。必要であれば、何であろうと」

「分かっておればええ。達者での」

「ギースさん、お世話になりました。いつか必ず会いにきます」

「おう」


 世話焼きな老年ドワーフ、ギース。そして森で出会った母娘。女護衛。武具屋のおばちゃん。

 色々な人に出会ったはじめての町での生活は、こうして終わりを告げた。



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