第百五十九話
朝方になり、ミッター君が起き出して馬も目を覚まし、ワイバーンの群れに襲われた。
正確には襲われそうになったので、先手を打って殺すことにした。馬が怖がったら可哀想だし、万が一にも食べられたりしたら一大事だ。そんなこと断じて許されない。
以前北大陸の王都を狙ってきたのとはまた別種だろう。青茶色をしたあの時より少し大きめの飛竜……それが十羽、十匹? まぁそれくらい。
放出魔法を使えるミッター君とペトラちゃんがいるとはいえ、流石に空の敵は少年少女達の手に余る。
割りと高空にいるので普通に殺してしまうと下が酷いことになるかもしれない。あまり人前でやりたくないが、空を駆け上がって一息に全て浄化して魔石にしてしまった。青と赤のそれらが宙を舞い、それを慌てて回収して袋詰にする。
今はあまり有り難みのない浄化蒼石と、なぜか半数ほど集まった浄化赤石の詰まった布袋をぶら下げて地面に戻ると、瞳を輝かせたペトラちゃんが出迎えてくれた。
「ダメだよ」
これまた先手を打つ。まだ空を飛ぶには早い。
「だ、ダメですか……」
「上を飛ぶのはまだ危なすぎるから、ダメ」
「あ、そっちじゃなくて……あの、浄化蒼石を見たいな? ……って」
おねだりされる。もじもじしながら上目遣いで! ──その高等技術をよくぞ体得した。ソフィアから習ったんだろうか、これをされると私はひとたまりもない。
こんなんでよかったら好きなだけ見てくれたまえ。他所様に見せないようにね。
「わぁ……!」
「すごいものですね……これが……」
二人ともやたら目が輝いている。袋の中の魔石をじっと見つめているが、こんなもん別に珍しくも──。
(ん、そういえば……浄化の現場を見せるの初めて? どうだったかな、初めてのような気がする……たぶん)
「ペトラちゃんもみっちゃんもズルい!」
「本当に凄かったよ! 空にワイバーンが現れてね! それをね──」
「凄かったな、本当に……。浄化の現場なんてそう見られるものじゃない。しかも空中戦だ。ソフィアも早起きしてれば立ち会えたのにな」
別に口止めしてはいなかったが、二日目の移動が始まってすぐ、うちのわんこズが騒ぎ始めた。私の浄化を肴にして。
浄化は一応希少技能ということになってはいるが、使い手自体はそれなりに存在するはずだ。私にとっては日常だし、別に面白いものでもないと思うんだけど──彼らにはそうではなかったようだ。
「私だって見たことないのに! 見せてもらったことないのに!」
ソフィアが地団駄を踏んで悔しがっている。泥が跳ねるから止めなさい。
「ねぇソフィア、私は何度も何度も見たことがあるよ? ずっと一緒に戦ってきたからね? 羨ましい?」
ニヤニヤしながらエルフが聖女ちゃんを煽っている。商隊の人が変な目で見てるから止めて欲しい。
「ううぅぅぅ! ううぅぅー!」
剣に手をかけるのは止めなさい!
「──今度見せてあげるから、今は護衛に集中しなさい」
ゴブリンを魔石にしたって仕方ないんだけど……いいか、一個くらい。
「というわけで、サクラが討伐に加わります! 指揮は私が執るからね!」
エルフが嬉しそうだ。そして楽しそうなところ悪いんだけど、指揮は不要だ。大人しく休んでいて欲しい。
今日の私は軍服コスプレスタイルで外套もなし。本気も本気モードだ。
二日目三日目と問題なく消化し、四日目を過ぎた辺り……アイオナが近づくにつれて、襲撃の頻度、数、質、何もかもが上がっていく。
その翌日、五日目に数匹のオーガとかち合って……どうにかそれを、うちの子達とエルフでなんとかかんとか迎撃したものの、ソフィアとミッター君が仲良くダウンしてしまった。ペトラちゃんも魔力が切れて死にそうになっている。リューンもしんどそうにしていて、結構ピンチだ。呑気にお茶など飲んでいる場合ではない。
うちの子達がダメになりそうなのと、同行している駆け出し冒険者達がまるでダメなのとを見て、商隊の人間も流石に命の危機を感じたのだろう。六日目は護衛に加わると申し出ると、待っていましたとばかりに受け入れてくれた。
本当はもっと早く休ませてあげたかったけど……比較的安全に死にそうになれる経験っていうのは中々に得難いと思い、涙を飲んでここまで酷使することを決めた。リューンは道中ずっとぶつくさ言っていたけれど。
「今日一日は私が何とかするから、三人はしっかりと休むのが仕事だよ。リューンは寝ててもいいけど、一応動けるように装備だけは準備しておいてね。頼りにしてるから」
意識して休むというのは中々に難しい。魔物の群れに襲われている最中ともなれば尚更だ。だが私が何とかするのは今日だけともなれば、三人とも馬鹿ではない。しっかり努めてくれることを願う。
「任されたよ!」
機嫌が戻ってくれて何よりだ。後は言い付けを守ってしっかり休んでくれれば嬉しい。
荷物が減って、詰めれば三人四人眠れる程度のスペースができた先頭の荷馬車にうちの子を詰め込ませてもらって、一人で孤独に護衛仕事に当たる。
今日しっかり距離を稼げば明日にはアイオナに着けるかもしれないとのこと。しっかりと距離を稼いでもらおう。私もいい加減ベッドで眠りたい。村や町の一つもないのは本当に……勘弁して欲しい。
三人が見ていなければ『黒いの』の実戦テストもできるし、見る限り魔物の五、六割程度が瘴気持ちだ。狩れば狩るだけ神格が育つ。気を取り直して、頑張れ私。
「いやはや……一級冒険者の戦闘というものを初めて目にしましたが……こうも圧倒的とは……」
「二級冒険者とは格が違いますな……まさに天災だ……」
「恐れ入ります」
照れるのであまり褒めないで欲しい。澄まし顔を維持するのが大変だ。単に恐れられているだけかもしれないが、それはまぁどっちでもいい。血振りをくれた『黒いの』が怪しく……光ってはいないな。この子光沢ないし。
自重なしに容赦なく魔剣を振り回し、アルシュの瘴気溜まりで屠殺して回った熊やカバより多くの光を吸えることに気を良くした私は、周囲一帯の魔物を文字通り全滅させた。
血煙が舞わないのが南大陸の良いところだな。惨殺されたオーガや真っ二つになった狼やオークの死骸が散らばる街道を恐慌することなく歩いてくれる馬を褒めてあげたい。魔石化すればもう少しスマートに事は済んだのだが、そうするわけにもいかない事情があるわけで。
オーガという種は筋骨隆々で角の生えた半裸の巨人が金棒を持って暴れる……そんな日本的な鬼の姿を想像してもらえば大体それに違いはないのだが、面倒くさいことに魔法を使う個体がとても多い。
火の玉を飛ばしたり氷の槍を投げたり土の壁を作ったり、一匹で色々してくるわけではないのだが、知能があって協力して襲い掛かってくる厄介な魔物だ。これを全て浄化しろと言われたら、私は断るであろう程度には面倒くさい。
膂力もある。引き締まった筋肉による防御力も中々のもので、魔力持ちで魔法を飛ばしてくる。だが些か敏捷性に欠けているし、殺せばいいだけなら話は別だ。
暗殺者スタイルなら魔法の射程圏に商隊が入る前に問題なく近寄ってぶつ切りにできるし、そうでなくともこの程度の魔物の魔法は『黒いの』で撫でればそれだけで消失する。
オーガの群れを相手にすることが決まってから、これを使わずにおくことは諦めた。万が一にも馬に被害が出たら可哀想だ。この雨の中、こんなに健気に力強く歩いてくれていると言うのに。
周囲一帯は地獄の様相を見せているが、そこに人の遺体が混じっていないので、私は十分よくやったと思う。
「近場の脅威は全て排除しましたが、今日一日はこのまま私が皆様の護衛を続けます。明日はまたうちの子達に任せますが、私が後詰で控えるという形は変わりませんので、ご安心下さい」
「えぇ、えぇ……それはもう安心できます。ありがたい限りです」
「後進の育成に熱心なのですな」
「そのためにここに来たようなものですから」
もっと育って欲しい。ぐんぐん育って欲しい。だがまだほっぽり出すのは難しい。何かいい手はないものだろうか。
(こんなことならリリウム口説いて連れてくればよかったなぁ……)
マンパワーが圧倒的に足りていない。
かと言って、ただ人数を増やせばいいという話ではないことは、同行しているはずの駆け出し達のことを思えば火を見るより明らかだ。
私が上司ならあれらを上手く使ってなんぼだろうが、そこまで切羽詰まっていないし、リーダーはミッター君だし、正直余計な仕事を抱え込みたくもない気持ちが強い。
あと数日でお別れだ。それまでこちらの邪魔をしてくれなければ、それでいい。