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第百五十八話

 

 護衛依頼は初日から大層賑やかなことになった。

 街道が石畳で舗装されているなんてことはなく、とてもぬかるんでおり、足場が悪い。

 馬車の車輪が頻繁に取られてはその救出作業に奔走し、少年少女達は足を滑らせて転び泥まみれになる。

 武闘家の娘とリューンだけは雨に濡れるだけで綺麗なものだったが、こんな様で魔物と戦わせるのは無謀だと思う。バランス感覚に優れたソフィアや、何でも卒なくこなす印象のミッター君まで転んでいたのは、さてはてどうしたものでしょう。

 今のところ泥に塗れていないエルフ一人で魔物の相手は何とかなっているが、数が増えれば面倒なことになる。私の仕事が増える。元からあまり期待はしていなかったが、武闘家の子は魔物戦では役に立たなかった。

 そんなエルフに視線を送ると──。

「──ペトラ、使っていいよ。脛より上の高さはダメ。切断強化との併用は緊急時以外禁止」

「はいっ!」

 ペトラちゃんの飼い主と化しているリューンからの許可が出ると、待ってましたと犬っ娘が足場魔法を展開して元気に歩き出す。こういう時に本領を発揮する便利な魔法だ。本当はこの程度なら普通に身動きできるよう修練して欲しいのだが、リューンだけに仕事を任せるわけにはいかない。

 もちろん私は最初から使っている。ついでに見えない障壁で傘を差してもいる。こうしているとリューンが可愛くジト目で視線を送ってくるので、止めるつもりはない。すっごい可愛いのよ?

 というか冗談を抜きにしても、足裏が濡れていると足場魔法の強さは半減する。これは必要な措置だ。最初に買った、あの魔導靴があるわけでもないのだから。

 セント・ルナで飛脚用魔導靴を買っていたとしても、この状況は打開されなかっただろう。早めに対策を講じないと私もまずいかもしれない。これはこれで結構めんどくさい。


「右前に四、すぐに左前から三」

「はい! ソフィア、右やるぞ! ペトラは左行け!」

「左後ろから二」

「はいはい。私が行くよ」

 楽ちんだ。独り言を呟いていれば勝手に魔物が減っていく。ササッとゴブリンを始末してきたリューンが戻るなり、右に四とだけ告げて探査に意識を向ける。ブツブツ言いながらリューンが右翼へ走っていく──。

(前はもう少しかかるかな……。あー忙しい……)

 ──ゴブリン。スライムと並んで最もメジャーな魔物ではなかろうか。北大陸では見かけなかったが、南大陸にはうじゃうじゃいる。

 幸い大して強い個体も、矢や魔法を飛ばしてくる面倒なのも近くにはいない。ただ数が多くて非常に面倒くさい。もう慣れて何も思わなくなったが、最初は人型をした魔物を殺すことに強い抵抗があった。

 今はもう……トロールもゴーレムも人型だ。リビングメイルも剣を持っていたりするし、結局全部同じ魔物だと思えばなんてことはない。魔物に慈悲など掛けていたらこっちが死ぬ。


「んー……しばらくは大丈夫かな、お疲れさま」

「話には聞いてたけど、本当に多いね。……ねぇ、サクラも手伝って?」

 現在私は無給だ。十手も『黒いの』も抜いていない。荷馬車の空きスペースにでも座り込みたいが、ソフィアがいる手前、お姉ちゃんはそれなりに真面目に仕事をしています。

 商隊の列の中ほどに集まり周囲の安全を確保したことを告げると、うちの少年少女達も弛緩する。あまり気を抜いて欲しくはないが、これが続けば最後まで持たないだろう。

 外套一枚羽織っているとはいえ、雨と微妙な寒さが体力を奪っていく。呼吸しているだけで疲れが溜まりそう。私も寒いのはまだあまり得意ではないし、万全とはいかない。

「別にいいけど、独り言言わなくなるよ」

「……言いながら狩って欲しい」

「大声張り上げながら? 嫌だよ」

 こんなゴブリン相手でも油断すれば怪我をするし、下手を打てば死ぬ。誰かに索敵魔法を……なんてことは今考えたってどうしようもないし、うちの子達にはひたすら場数を踏んで欲しい。この程度の雑魚相手に手を出して機会を奪いたくない。

 比較的動きが安定しているペトラちゃんをソロで数の少ない辺りへ回し、やっとおっかなびっくり動けるようになったミッター君とソフィアをペアで、リューンは後方を中心に遊撃に走り回ってもらう。

 これで何とか問題なく回せているが、馬車五台を狙ってくる魔物を実質四人で処理するのは……無理じゃないかな。その内破綻しそうだ。

「いえ、索敵はとても助かっています。できればこのまま……その、独り言を言っていただけると……」

 魔法の術式にも索敵はあるのだが、かつてリューンはかなり効率の悪いものしかないと言っていた。魔力的にミッター君は使えそうだしポジション的にも向いていそうだが、放出魔法にも回せる彼の魔力を索敵に使うのも……どうなんだろうね。

 とはいえ、雨の中で火弾や火玉をぶっ放しても仕方がない。彼は他の属性の放出魔法も使えるはずだが、この依頼中は私の見ている限り使ってはいないようだ。

(なんだかんだ、私も索敵魔法より足場魔法優先したもんな……斥候職なら話は別かもしれないけど、大金払って索敵魔法なんて買うくらいだったら火玉とか、そういうの覚えたくなるよねきっと)


 定期的に休憩を挟みながら移動を続け、やがて見通しのいい空き地に辿り着いて一日目の移動を終えた。

 休憩所として使われているのだろう。簡素な物だが、屋根がついているのがありがたい。地面がぬかるんでいるし、この雨の中地べたにテントなんて張れたものじゃない。先客がいないのがこれまたありがたかった。

「じゃあ先に寝るね」

「私もお先に休ませてもらいますね!」

 簡単な食事を済ませ、私とペトラちゃんとで睡眠を取る。この子はどうやらショートスリーパーらしく、四時間も眠れば次の日は元気いっぱいだ。船では私より早く起きていることも多かった。

 一方ソフィアはその倍は眠らないとぽんこつになる。ミッター君はよく分からないが、ある程度睡眠を取らせないと流石にきついだろう。一番気苦労を背負っているのは間違いなく彼だ。

 睡眠不足だとリューンはソフィア以上にダメになるので、この二人にはしっかりと睡眠を取らせることにして、私とペトラちゃんで夜番を担うことにした。


「ペトラちゃんも大変だね。ソフィアもリューンもあんなだから、いつも夜担当でしょ?」

「あはは……私は大丈夫なんですが、泊まりだとみっちゃんが割りと辛そうにしてます。彼結構朝も弱いんですよ、頑張って起きてましたけど」

 女二人とはいえ狭いテントだ。気温も低いし、自然とくっついて抱きしめ合うように暖を取る。ソフィアやリューンほど邪な気持ちを持って抱きついてこないのが、なんだかすごく新鮮だ。

「三人だと色々足りてないかもね。かといってただ人数を増やせばいいってわけでもないし……」

 例の駆け出し五人組はついに何の役にも立たなかった。最初は最前列に当てていたのだが、簡単にゴブリンに抜かれて馬が一頭やられかけた。あれは肝が冷えたね。

 後ろに当てれば背後から奇襲を受け、慌ててリューンが駆け出す羽目になる。階級っていうのは……目安にはなるんだな。

「六日か七日程度で着くそうですから、それまでの辛抱です! 雨は辛いですけど頑張ります!」

 いい娘だ。私を湯たんぽにする権利をあげよう。

 私一人かリューンと二人ならともかく、冬場に南大陸を移動するのは自殺行為だな。気を付けないと。


 軽く睡眠を取って三人と交替し、お茶を淹れながら周囲の警戒に当たる。

 とはいえ、探査という信頼性の高い索敵技能を持つ私が本気で見張りに当たれば滅多なことはない。よほどの物量に押されなければ私単独でも処理が可能だ。

 夜眠る魔物もいるのだろうが、ゴブリンやら狼やら、夜行性の魔物というものもそれなりに多い。トロールやオーガは割りとぐっすり眠っているみたいだけど。猛禽の類が降ってこないのがせめてもの救いか。

「ペトラちゃん、右前に三。終わったらすぐ戻ってきて」

「はいっ」

 夜半に数度の襲撃を受けたが、ペトラちゃんが危なげなく処理をしてくれる。楽だ。

 現在信じられないことに、見張りは私とペトラちゃんの二人しかいない。言葉もないね。

 話を聞かれることはないだろうが、眠っている商隊の人達を起こすのも忍びない。緊急でもなければ、声量を抑えてヒソヒソと話をすることになる。


「装備と術式はどう? もう慣れた?」

 製作者が言っていいことではないかもしれないが、私は細剣の良し悪しというものがよく分かっていない。

 希望の通りに作れたという自負はあるが、使いにくい物を遠慮して、我慢して使っているのでは……という懸念は今でも残っている。

「剣は最高です! よく刺さるしよく切れるし曲がらないしで、手入れも簡単でもう、愛しくて毎日キスしてますよ! 術式も、足場として使うのには慣れてきました! まだ障壁として使うのは難しそうですし、脛より高い高さに立つことは禁止されてますけど、これも凄くいいです! ただ──」

 無骨な黒灰色の細剣に付着した血を布で拭いながら可愛いことを言ってくれる。キスしてるというのは本当だ、私も何度か見ている。危ないし、以前の私なら軽く引くところだが、今の私にとっては可愛い子供達だ。可愛がってくれて本当に嬉しい。

「ただ?」

「えっと……もし仮に新しい物が手に入るのなら……剣か鞘のどちらかに、熱を発する機能が欲しいと考えることがあります。柄が冷たいのは全然我慢できるのですが、剣が鞘にピッタリと納まっているので、水気が付いたまま気温が下がってしまうと、凍りついて抜けなくなるかも……と。鞘から抜いておくと、その……かなり危ないので」


 なるほど。なるほどなるほど。

 私が少年少女達に打った剣は三本とも柄までアダマンタイトの一体成型。当然金属であり、触れば冷たい。燃えている魔物を斬り続けていれば熱くて握っていられなくなるかもしれない。魔力は弾くとはいえ、アダマンタイトとて熱は通す。

 逆に凍りつくというのもあり得る話だ。南大陸は湿気も酷いし、冬場は当然今よりも気温が下がる。剣身と鞘の内側に付着した水分が冷えて固まれば……剣が抜けなくて、それが原因で危機を招くということは十分考えられる。

 しかも抜身で置いておくと、うっかり指が飛びかねない。

 柄が冷たいのは我慢できる、とペトラちゃんは言った。我慢させてしまっている──。手袋を厚く、なんて言うのは簡単だ。だが作り手として、お姉ちゃんとして、ここは改善してあげたく思う。

「教えてくれてありがとう。そうだね、凍りつくのも考えられる。鞘に暖房系の術式を込めたり、柄に工夫を……いざという時鞘は、いや普段から簡単に割れるように? そっちの方が手入れも──今のところは鞘から抜いておくしかないかな。うーん──」

「そういえば、優れた断熱効果を持つ皮膜の竜種がいると聞いたことがあります! それを巻き付けるだけでも──」

 ふむふむ。ふむふむふむ。

 とても有意義な時間だ。私一人に想像できる事柄なんて限界がある。ご意見ご感想をお待ちしております。



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[一言] 「馬車の車輪が頻繁に取られてはその救出作業に奔走し、少年少女達は足を滑らせて転び泥まみれになる」 そんなことも護衛依頼の者の担当?それは、違うと思うな。商人がぬかるんだ道から馬車を救出作業し…
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