第百五十五話
そんなこんなで長いようで短かった半年が過ぎ去り、私達二人足す三人の五人は南大陸行きの船、その出航の日を迎えていた。
三人は定期的にギルドからの依頼を請け、リューンもたまにそこに混ざったり、宿で寝ていたり。私は本を買いにあちこち飛び回った以外は、基本的に宿で大人しくしていた。
身体が鈍りそうだったが、手頃な依頼はソフィア達が請けるし、やりごたえがありそうなお仕事は拘束時間に問題がある。そんな仕事も数日以内には売れていってしまって、私の出る幕はなかった。
暇すぎてヴァーリルに帰りたくなったが……浄化黒石もないし、今は作りたい物が作れない。南に行けばこんなにゆっくりできないだろうし、今のうちにダラダラと……なんて生活を送っていたら半年なんてすぐだ。
素振りやストレッチ、それに気魔力の消費は怠っていない。私一人だけヴァーリルを発った後の収入がゼロだったのは……まぁ、うん。
「わぁ、個室! 五人部屋、広いですね!」
「個室ってこんな風になってるんだね! いいなぁ、ベッドがある……」
わんこズが賑やかだ。ミッター君も興味深そうにキョロキョロしているし、もしかしたら個室は……大きな個室は初めてなのかもしれない。学生の間は船旅に出る機会もなかっただろうし。
部屋は中々だ。シャワーはついているがトイレがない。寝室と居間が別れており、寝室にはベッドが五つ。居間の方には固定されてはいるが、大きめのソファーとテーブルも備え付けられている。窓も大きいし眺めもいい。値段が高いだけのことはあるな。
「居間と寝室が分かれているのはいいね、五人もいれば賑やかになるだろうし」
「そうだねぇ。ただソファーとテーブルじゃ少し作業がしにくいね」
魔導具作りでもする予定だったのかな。二人なら次元箱からあれこれ取り出せるが、今は少年少女達と一緒にいるわけで、あまり大きなものは増やせない。そもそも机と椅子は──置いてきてるな、ヴァーリルに。
私もリューンもそれなりに大荷物を背負って船に乗り込んでいる。私の中身はほとんどダミーだけど。
三人もこの半年間の依頼を経て色々と身の回りの物がバージョンアップしている。このくらいの時期が楽しいんだよね。魔導靴を買って、キャミとホットパンツを買って、メガネを買って……。今は防汚の魔導服以外ろくな物を使っていない身としては、装備の更新に邁進しているのが羨ましくも感じるな。
私は十手以外は下手したら全てお手製になる。あの楽しみを味わえる機会はかなり少なくなるだろう。エイフィスには期待している。
初日は全員で船内を見て回ったり、屋上に出て陸が遠ざかるのを見届けたり、元気っ娘達に連れられて色々と散策することになった。リリウムといた時を思い出す。
二日目からは寝る前にリューンから順に切れ味強化の術式を三人共刻まれ、術式が馴染みきった後にペトラちゃんが足場魔法の術式を続けて刻むことになった。
港町にいる間、私は何もずっと宿でダラダラしたり魔石をこねくり回していたわけではなく、割りと頻繁に請われてチャンバラ……対人訓練の相手を務めたりしていた。その際にペトラちゃんに問われたわけだ、ギルドマスターのおっさんとの試合で使っていたのは結界魔法だったんですか? と。見られてたんだね……。滅茶苦茶恥ずかしい。
「そうだよ。足場魔法……って呼んでるけど、物理障壁の魔法だね。私はあれを足下に展開して足場にしてる。普通に障壁としても使えるよ」
展開した魔力障壁を見えるようにして、そこに足元に落ちていた石を思いっきり投げつける。当然石は砕け散る。その後足裏から術式を展開して宙を階段を上るように歩いてみせた。
「わぁ……すごいです! 私にもできるようになりますか!?」
「あー、どうだろ……リューンに聞いてみるといいよ、彼女の方が詳しいから」
というか、私はこの辺無知に近い。魔法のことはエルフ先生によろしくどうぞ。
「んー……できるね。ただ上手く扱えるようになるかはペトラ次第だよ。サクラは簡単そうに使いこなしてるけど、かなりの時間を術式の習熟に当ててたんだから、基礎だけで何百日もだよ」
昼寝していたところを起こされ、寝ぼけ眼でペトラちゃんの身体をまさぐっていたリューン先生によれば、可とのこと。だが気を付けた方がいい。降りられなくなったのは割りとトラウマになっている。高いところ怖い。
「術式覚えてるの?」
「サクラの見て写せばいいよ。これはかなりの力作なんだ。市販の使うよりは、こっちをベースにしていじった方がいい」
後日例の如く私は全裸に剥かれ、足場魔法の術式を写し取られた。それに調整を加えたものが、今回ペトラちゃんに移植されたものになる。
「いいなぁペトラちゃん……いいなぁ……」
「ソフィアも魔力育てばそのうち使えるようになるよ! 今は訓練して育てないと!」
うちの聖女ちゃんは治癒の術式に魂のスペースのかなりの部分を専有されていて、切れ味強化を追加するので割りとカツカツだったようだ。足場魔法を刻むのはかなり先になるかもしれない。
本人も悩んだようだが、結局切れ味強化の術式を優先した。今の気力や剣の技量では、私の剣を十全に活かせていないことはよく分かっているらしい。
「分かってるけど……お姉さんの術式……」
ペトラちゃんは切れ味強化、足場魔法に加えて氷弾の放出魔法が使える。ソフィアは治癒と切れ味強化のみ。認識阻害の結界は治癒のために薄めて消してしまったらしい。ミッター君は魔力がそれなりに強いらしく、切れ味強化と火玉など、放出系の攻撃魔法をいくつか所持している。
リューンは身体強化二種と束縛魔法と保護膜と鑑定。私は身体強化二種と足場魔法と変形と変質だ。外から見れば浄化に魔法障壁に認識阻害結界に……色々使えるように見えるはず。魔物除けとかも使えるが、一度も使ったことはない。普通は野営時にでも使うのだろうが、結界石もろとも依頼の間は封印していた。
「リューンは術式追加する予定があるの? 保護膜消すんだよね?」
「属性剣かなぁと考えてたけど、あれ癖が強いし、今のところあんまり必要ないんだよね。あの剣大体なんでも切れるし」
「切断力強化を重ねがけとかは無意味なの?」
「無意味だね、剣の方が優先される。剣の術式に魔力を流さずに自前の術式を使うとか、できないわけじゃないけど」
なるほど。
私の新たな相棒の話もしておかねばならない。
例の『黒いの』もどきを軽い気持ちで名付けてみたら、当然ではあるのだが名付けられてしまった。
過去の『黒いの』は私とリューンとで名付けたようなものだし、これもそれでいいかなと、そんな感じで適当に名付けをしてみたところ、私の神格と『黒いの』ががっちり結びついたのが分かった。普通は一大イベントのはずなのだが……まぁ、私の祝福だし……自作自演と言うかマッチポンプというか。はい、そんな感じです。
鑑定の結果はこうだ。
魔剣 黒いの 評価■■ 特記事項:神器。不壊。魔力破壊。切断力強化術式。剣身保護術式。■■鋭利。
リューンの声で魔剣黒いの、と読み上げられた時は吹き出してしまった。評価と切れ味がバグっているのは、単純に発声されなかっただけ。口も動いていなかったし、鑑定術式の限界を越えたところにあるのかもしれないとか、そんなことを言っていた。
後は魔力貫通が魔力破壊に変化した。リューンによれば、魔力吸収とは違い魔力を回復する効果ではないが、魔法を破壊することにより特化した能力とのこと。試しに私の足場魔法を斬ったり、束縛魔法を飛ばしてもらったが、簡単に壊せた。
術式に変化はなかったので、名付けが影響を及ぼすのは魔力貫通や霊体干渉といった、剣固有の能力のみかもしれない。
名付けにより剣本体の切れ味も上がっており、正直この殺傷力は過剰が過ぎて持て余す。現状術式は二つ共腐っているようなものだし。
(どういう理屈で切れ味が上がっているのかが分からなくて怖い……刃先が鋭く変化したんだろうか? 剣としてカテゴライズされているからこうなる? 鎧やすね当てが神器化できたらどうなるんだろう。鎧の鋭利な部分の切れ味が上がってもらったりしたら困るんだけど……動くたびに身体がズタズタになる鎧とか、呪いの装備というか拷問具みたいだな……)
気力と浄化を通せば十手からの持ち替えも検討できたのだが……残念ながらどちらも通さない。剣に無理やり浄化を纏わせることくらいはできるが、魔石化できなかったので、浄化はできない物として扱うことにしている。
そして──これを魔法袋で言うところの転移付きの武器と偽って使ったらどうか、ということになった。
実際にそういう装備は──迷宮産魔導具だが──あるらしい。普段は消しておいて、戦闘の時に宙から剣が飛び出てくる、みたいな物が。
次元箱に放り込めば鞘はいらない。いくら魔剣『黒いの』でも私の次元箱に傷を入れることはできなかったし、そのように偽装することに問題はない。ないのだが……。
「ソフィアに迷宮産魔導具使うなって言ってるのに、私が使ったら変に思われないかな?」
「いざという時はそういう名目で使えばいいよ。言い訳を用意しておくだけでも違うと思う。何十年も一緒にいるわけじゃないんだから。それくらい死蔵するなんてよくあることだよ」
(そういうものか。──確かにそうかもしれないな、流石ハイエルフ。伊達に年をとって──)
「……何よ?」
なんでもないです。




