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第百五十二話

 

 翌日、本来なら予備の武具を作ってアダマンタイトを消費するはずであった予定を急遽変更し、ヴァーリルから遠く離れた森へ足を向けていた。

 周囲には他に村も町もない。ただ木々が茂っているだけの森の中。近場には若干の魔物の反応がある。とりあえずそいつらの前に──。

「あー……こりゃダメだ。人前には出せないね……」

 切れ味強化の術式を発動させずに大木に刃先を沿わせるだけで、サクッと切断され……幹を蹴飛ばすと、音を立てて倒れてしまった。

 次元箱から失敗作の元アダマンタイト製の剣を取り出して、術式に魔力を通しながらそれをスパスパと切断していく。面白いのだが、正直微妙な心境だ。

 失敗作とはいえ硬度はすこぶる高い。というか硬度を高めに高めようとした結果生まれた産廃だ。そんなアダマンタイトをサクサクと輪切りにしている私の『黒いの』もどき。これはもう、雑に斬れる刃物……だなんてレベルではない。触れさえすれば問答無用で切断される。確実に命を奪えるレベルの切れ味だ。

 剣術の腕前とか、そんなのをガン無視して命を奪える。誰かに使わせるわけにはいかない。今ならまだ誰にも知られていないし、このまま次元箱に封印することも視野に入れていいレベルのズルい武器だ。

(これは存在してはいけない……そんな気がする)

 刃先の太い、反り返った、普通のロングソード大の黒い剣。鞘におさまっていれば、ただの黒いロングソードにしか見えないだろうが──。

「鞘、切っちゃうよね。これは持ち歩けないな……」

 近場の魔物を数匹斬り殺してみるが、抵抗のての字もない。空気を切ってるのと変わらない感覚で命が奪われていく。

「私……武器を作ってるんだなぁ」

 赤い血にまみれた艶のない剣身を眺めながら、そんな当たり前のことを今更ながら自覚することとなった。


 金属製のコンテナ──まぁ、ただの箱ではあるんだけど──に延棒状に成形した魔石を詰め込んでは次元箱に収納していく。

 ゴツゴツとした魔石を樽に放り込み、それを積み重ねることで無理やり収納していたが……いかに無駄が多かったかを痛感することになる。

 私の次元箱は未だ四畳程度と狭いが高さはそれなりにあり、隙間なくきっちりと積んでいけばこれまでの半分程の面積しか専有しないようになった。

 魔石を変形させることで質が低下するかもしれないのだが、今は気にしないでおく。闇石はともかく、他は魔導具の電池に使える。粘土に使う分には土石の質なんてどうでもいいし、消耗品の動力源に特級品を要求されるなんてこともない。

 それにより生まれたスペースに、作り直した金槌や金床といった鍛冶道具や私の子供達、リューンが買ってきた服や日用品などを詰め込んでいく。折り畳みできるコンテナを作ることができればよかったのだけれど……私の技量では難しかった。

 安価でサビに強く、それなりに剛性のある強固な合金をきっちりと鍛接しているから、荷物入れとして使ってる限り壊れはしないだろう。そして──。

「この『黒いの』もどきはきっちり覆い隠しておかないとね……放り込んだものが細切れになったら笑えない」

 色々と検証したが、結局この剣はあかんという結論は変わらなかった。私の物理障壁をもサクサクと切り崩しやがった、割りとオーパーツだ。正直手元に置いておきたくないのだが、盗まれることを考えれば家の倉庫に置いていくわけにもいかない。樽は置いていくけど。ありがとう樽。また会おう樽。

 海や火山の火口にでも捨てるという手もあるだろうが、もし何かの間違いでこれが誰かの手に渡ってしまえば……なんて考えると夜も眠れない。自分の目の届くところに置いておかなければ不安で仕方ない。

(困ったちゃんだよ、ほんと……)

 これに比べれば、量産品のアダマンタイトソード達が可愛く見える。今なら魔石型で成形した短剣を包丁として売りだしても──いや、流石にないな。

 まだ色々と比較検証したかったが、残念なことにもう浄化黒石がない。南大陸でしこたま集めて……またヴァーリルに戻ってきてから試そう。


 忘れてしまおうと無心で武具の製作を続け、荷物の整理を終え、隣近所と世話になった老ドワーフ達に家を空けることを伝えてから、私もヴァーリルを発つことにした。

 ソフィア達に遅れることしばらく、探査を適当にかけながら転移を繰り返し、いくつかの町や山を越えた先で合流することができた。

 馬車二台から成る小規模の商隊……隊? まぁ、とにかく護衛対象と少年少女足すエルフの一団に近づいていく。

「あ、お姉さん! 早かったですね!」

 真っ先に気付いたのはソフィアだ。やっぱりこの娘は鼻が効く。私に関してだけなのか、他のものにも通用するのかは分からないけれど。

「ええ、荷物の整理が主なところでしたので。私はこのまま港町で待っていますね」

 商隊の人間に軽く会釈して先を急ごうとするが──。

「あれ、サクラもう追いついたの?」

「そんな大した量じゃなかったからね。依頼の邪魔はできないし、先に行って待ってるから」

「あー……ちょっと待って。あのね、この先少し魔物が多いかもって。大丈夫だとは思うんだけど、一応付いてきてくれないかな? 見てるだけでいいから」

 ここまでは特に問題なかったらしいが、どこからか流れてきているらしく……近場の町は今てんやわんやの大騒ぎになっているとのこと。ヴァーリル方面に流れてきてくれればマッチョが大喜びなのに。

「商隊の人の許可が出るならいいけど、余程危なくならない限り手は出さないからね?」

 それを聞いたわんこ達がいち早く責任者の下に駆け、許可が下りたことで私も護衛に加わることになった。


 探査によれば近辺には何もいない。今の私では周囲一帯隈無く調査……ともいかず、こういう時の状況把握能力は低い。ふわふわなら無理やり、もっと遠くまで調べられたのだが。

「トロールだってさ、多種多様。ソフィア達も行き掛けに遭遇したらしいよ。普段はもっと北の方にいるらしいんだけど」

「あー……」

 トロール自体は迷宮で出会ったことがある。巨人族とはまた違う、手足のある大柄な人型の魔物だ。強いて言えばサルかゴリラのような風貌をしているものが多い。

 ただこの手のトロールだのコボルトだのゴブリンだのは種類が多く、単に種族名だけで脅威度を判断すると痛い目を見る。

 ゴブリンなどでもルナでも序盤の二、三層に出てくるようなものから二十層以上に出てくるような連中もいるし、私の知る限り五十層近くにも魔法を使ってくる面倒くさいのが出てくる。

 過去の私は物理障壁しか行使できず魔法防御力に不安があったので、あの辺りはほとんど探索をしていない。

 トロールは基本的に素手か棍棒を用いるような脳筋系の魔物だが、私の知らない魔法を行使する種がいないとも限らない。弓使いがいるかもしれないし、注意をしておく必要がある。在野のものは迷宮のそれと違い、種類によって強さが決まっているということが少ない。ルナの五十層に出てくる魔法を使うゴブリンが、在野のものだとやたらアホみたいに弱かったりやたら強かったりするという風に。

 知恵が回り、道具を使ってくるような魔物の相手は面倒くさい。フロンがいればまとめて薙ぎ払ってくれるのに。

 残念ながら私もリューンも脳筋物理系だ。そしてわんこズと飼い主も剣を振り回す方がメイン。不意に接敵して数で攻めてこられるときつい。


「見っけ」

「えっ、もう? えー……分かんない、どの辺り?」

 しばらく静かに歩いていたが、ふと探査に魔物の反応が引っかかる。魔石で絞り込んでみるが土石だ、大きさからしてたぶん件のトロールだろう。

「あの丘の手前の森。右手側。数は八だね。たぶん普通のトロール」

「右手の森……んー…………ああ! いたいた、私も見つけたよ!」

「近場にはあれしかいないと思う。頑張ってね」

 私は別にやる気がないのではない、手を出してはいけないのだ。若者の成長の機会を奪ってはいけない。

 一連の会話はリューンの耳にしか入っていない。三人は先頭を、私達は殿を務めている。

 八匹なら不意に接敵してもまぁ、なんとでもなる。

 などと考えていたのだが、リューンは私に殿を任せると、返事も聞かずに前へ駈け出して行ってしまった。何かドヤ顔で森を指し示している。可愛いなぁ、もうっ。


 犬娘二号ことペトラちゃんは盾を捨ててしまった。彼女の持ち味はどうやら俊敏さにあるらしい。蝶のように舞い、ハチのように刺す。そんな戦い方を是としていた。

 背を低くして強襲し、接敵したトロールの目やアキレス腱といった弱い部分をチクチクと刺し、斬り、決して深追いせずにピョンピョンと飛び回って奴らを翻弄している。見た目通りというか、クラスの委員長っぽいというか、そんな印象を受ける手堅い戦い方だ。盾はともかく、剣に鍔がないのが本当に惜しい。鍔や鈎は大事だと思うんだけど。

 一方犬娘一号こと私のソフィアは、癒し系脳筋剣士となっている。剣士……? 私のソフィアはトロールの身体に剣を突き刺し、それを足場にして顔面に回し蹴りを入れるような女の子じゃなかった。もっとこう、頑張り屋さんで……儚げで……杖を持って祈りを捧げているのが似合うような……そんな──。

(涙が出そうだ……さようなら、私の可愛いソフィア……)

 ゴギリと鈍い音を立てて首の骨を折り、音も立てずに着地した後に死骸から剣を引き抜くと、そのまま両手持ちで新たな獲物に向かって襲いかかる。楽しそうだ。狂犬だ。

 この二人は何も好き勝手に暴れ回っているわけではない。剣と盾で堅実にトロールの相手をしながら指示を出している少年の姿がある。ミッター君が司令塔の役目をこなすことで、あのわんこ達が存分に動き回れ……本人の力量もなるほど、中々のものだ。

 リューンは秒で一匹を真っ二つにした後、周囲の警戒と後詰に回っていた。彼女が本気を出したら八匹切り倒すのに十秒とかかるまい。偉いぞ。

 この三人に必要なのは場数だな。どんどん戦わせてあげよう。


「ソフィア。戦いぶりは見事なものでしたが、トロールの腕が動いて足を掴まれたらどうするつもりだったのですか。首を折った程度で慢心してはなりません。確実に斬り飛ばしなさい。その後に死骸を蹴飛ばして、次の個体への攻撃の一部とすればいいのです」

「分かりました! お姉さんの教えは師匠とそっくりでしっくりきます!」

 あまり嬉しくないな……。

「死体に敬意を払う必要などありません。存分に使いなさい」

「はい!」

 トロールは食えないらしい。というか、魔物でも食わないほどまずいとのこと。放置しておけば魔物が近づいてこないので、死骸は魔石だけ抜かれた後に森の中に放り捨てられ、一行は先へと進んでいた。

「あとリューン。あんた何後ろ任せて前に行ってるのよ。いなかったからよかったけど、魔物がどっかから強襲してくるってことも──」

「ちゃ、ちゃんと後ろにも注意を払ってたよ……」

「もうっ」

 それからも何度かトロールの集団と遭遇し、それらを危なげなく──いや、割りと危なっかしかったかな──なんとか討伐を続けて町まで辿り着いた。

 私は道中一度も十手を抜くことがなく、ただ歩いて眠って、たまに探査の結果を伝えたり伝えなかったり。

 意図的に情報を出し惜しみしていることに気付いてからは、リューンも気を抜かずに真剣に依頼に取り組むようになった。偉い偉い。



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