第百五十一話
騒動が落ち着いた後、壊れたソフィアそっちのけで、犬二号ことペトラちゃんと飼い主ことミッター君が剣の確認を始めた。
鍛冶場はそれなりに広いのだが、五人も居れば多少窮屈に感じてしまうのも仕方がない。この圧迫感は魔の数年間を思い出して胸が苦しくなるな……。
炉の火は落として暖房の魔導具を使ってはいるが……こういう時に居間がないのが不便だな。次に家を建てることがあれば絶対に用意しよう。
鍛冶場、工房、居間、風呂、トイレ、台所、寝室と、個室が二部屋以上かな。もちろん倉庫もいるし、庭もあるに越したことない。洗濯物を干すドライルーム、乾燥部屋とかも欲しい。
ギースの家に鍛冶場を設置するのは難しい。ルナに家を用意するなら、新しく建てることを考えなければならないな。
さておき、二人の顔からして剣は気に入ってくれたようだ。
「今ならまだ作り直しできるからね。その際それらは回収するけど、素振りするだけじゃ分からないよね……。近くに野良迷宮あるから、そこで振ってきてもいいよ。寒いの我慢できるならうちの庭使ってもいいし」
「い、いえ、そんな……これ、アダマンタイトじゃないですか? こんな良い物を打って頂いて文句を言えるはずもありませんよ。こんなに鋭い剣は見たことがありません……」
「これがアダマンタイト……!? わ、私初めて触りました……これならいくら突いても……!」
ペトラちゃんは鍔もナックルガードもない、シンプルな形のレイピアを希望した。針ではない細剣タイプ。柄よりほんの少しだけ刃が広めの、灰色の突剣。
ミッター君のロングソードは特に特徴のない、至って普通の形状だ。二本共、もちろんソフィアの物もだが、柄まで純アダマンタイトの一体成形で作っているので頑丈さは折り紙つきだと自負している。重心やバランスにも気を遣っているし、仕上がりにも割りと満足している。簡単に欠けも曲がりも、もちろん折れもしないだろう。切れ味の鋭さも保証する。刃の成形にも一切手を抜かなった。
「ソフィア、呆けてないでさっさと剣の確認をしなさい。素振りの一つもなしにぶっつけ本番だなんて許さないからね」
ソフィアの片手半剣は刃長だけで一メートルは軽く越えており、一般的なロングソードよりもかなり重い。重い方が威力が増すので頑丈な物がいいと希望したためそのまま打ったけど……あの細腕でこれを振り回せるとは、気力というものは凄いものだね。
ちなみにこの子も鍔なしを希望した。見方によってはペトラちゃんのとお揃いのような感じもするが、こういう形が流行ってるのかな? 鍔があった方が攻撃を受けられて良さそうだけど。
全員鞘はあるとのことだったが、大きさが合っていなかったので合わせて製作することにしている。これくらいはサービスだ。
翌日また私の鍛冶場に集まり、鞘と剣を受け渡す。リューンはまたソフィアをいじめに宿に出向いてしまっていて、帰ってきてからも彼女にちょっかいを出しながら楽しそうにしている。
「私のお礼はここまでだよ。他の武具や船代、食費なんかは自分達で稼いでね。貢献点を吸うし、私はギルドの依頼には参加しないから。リューンと組むなら相談して好きにすればいいよ」
真銀に少しだけアダマンタイトを混ぜ込んだ合金製の鞘を一日で三つ用意して、私のお仕事はおしまい。お金出してあげてもいいけど、彼らにもここまで冒険者としてやってきたという矜持があるだろう。手を出し過ぎるのは控えたい。
「わ、私、早く依頼を請けたいです! 魔物をガンガン倒す系の!」
ポニテを揺らしてうずうずしている。可愛い。
「気持ちは分かるが落ち着け。サクラさん、こういう提言をするのはお恥ずかしい限りなのですが、先に南大陸まで向かって、あちらで稼いで船代をお返しする、という手はどうでしょうか。西大陸で稼ごうとすると、かなり遠くまで出向かねばなりません」
「そうだね、それでもいいよ。それなら船代を貸してあげてもいい。ただね、私とリューンは個室を使う。大部屋を使うなら、船の中では会えないよ?」
何とか復調したソフィアに目を向けると、彼女は頭を抱えて盛大に悩み始めてしまった。ギルドマスターのおっさんからお金の重みは十分に学んできたことだろう。
「ね、ねぇみっちゃん……ここから南までって船代いくらくらいかかるの?」
「個室なら二人部屋で三百、三人部屋で四百以上かかる。大部屋はそんなに変わらない、一人当たり二、三枚だろう」
「部屋当たり?」
「そうだな。だがそこに食費や寝具代などが別途でかかる。個室を使うと大部屋の時より食費も高くなるぞ」
「大金貨四百……一人当たりでも百四十枚くらい?……でもお姉さんに会えなくなるし、大部屋は嫌ぁ……」
賑やかでいいことだ、存分に悩んでくれたまへ。できれば台所にでも移動して欲しいけど。私は炉の掃除をしたい。
「ねぇ、行きだけ五人で入れる個室取ってあげられないかな?」
ん? これまた珍しい提言だ。それは二人っきりではいられないってことだぞ。
「どしたの急に、高めの個室使うの嫌がってたじゃない。五人部屋って結構するよ」
どれくらいするの? 千から二千くらい。ひぇー。なんて小声で言い合っているのが聞こえる。別にコソコソというわけではなく、単に私達の邪魔をしないようにという配慮だろう。
「術式刻んであげたいんだよ、ペトラとミッターは教科書通りの戦い方するんだけど、それでも最低限切れ味強化くらいはできるようになっておいた方がいい。もちろんソフィアもね。それにほら、大勢の方が楽しいじゃない」
ふむ。やっぱりこのエルフは面倒見がいいな。単にマウント取りに行ったわけでは……いや、それは怪しいところだけど。
「リューンがそうしたいって言うならいいよ。行きは個室取ろうか。船代は私が出すよ」
「ほら見てソフィア! 私がお願いすればね?」
「ぐぬぬぅ……!」
鍛冶場でやらないで欲しい。
「と言うか、ミッター君居辛くない? 平気?」
「はい、その……うちは女所帯でして。姉二人と妹に囲まれていたので、その点は特には」
なるほど。
それからしばらくして、ペトラちゃん一行はマヘルナの港町を目指してヴァーリルを発って行った。リューンも一緒だ。商隊の護衛任務があったので、四人でそれを受けながら向かうらしい。急だったので割りとバタバタしながらの旅立ちだ。私は少しやりたいことがあったので、しばらくヴァーリルに残ることにしている。
ミッター君曰く、船はちょうど出発してしまった頃だろうと言う。次の船までに半年くらいは時間があるそうなので、四人で依頼をこなしながらお金と貢献点を溜めるとのことだ。
いくつか作っておきたい武具ができた。それをしばらく集中的に製作して、それから合流する予定だ。
まずはあのペトラちゃん一行の予備の武器だ。単にアダマンタイトがあり余っているので、それを消費しつつ保険をかけておこうという次第。純アダマンタイト製の装備がどの程度保つかは私にもよく分からない。頑丈に仕上がりはしたけど、物である以上不滅ではないだろうという考えは変わっていない。盾とかも作ってみたかったし、ついでにすね当てとか部分鎧とかも試作してみようと考えている。
そして本命はどちらかと言えばこっちなのだが……リューンの『黒いの』を再現したい。
浄化黒石は謎の魔石だ。瘴石にも言えることだが、一般的な用途がほとんどないに等しい。大抵は魔力を吸い出して終わり。汎用魔導具に用いる電池程度の役割しか持たない。
ただ私にとっては少し違う。刃先を鋭利にする目的で魔石型を作る場合、浄化真石より浄化黒石を用いた方がより鋭利に仕上げることができる。
そして浄化真石の粉末を混ぜ込むことで灰白色になって霊体を切れるようになるのだが……浄化黒石を混ぜ込んだ剣は黒に近い黒灰色をするようになり、魔法を……魔力をかな、とにかく切れるようになる。
これは実際に私の足場魔法……物理障壁を《結界》なしの普通の魔法として行使した際に、試製短剣で傷を付けられたことでその効果を確認してある。効果が微妙すぎて最初は勘違いかとも思ったのだが、何度も試している内に確かに効果はあると判断するに至った。
結界ではない防御壁の類があるかもしれないし、それを魔力持ち……盗賊などが行使しないとも限らない。不届き者によって遠距離から魔法で狙われても《結界》で大体のものは防げるだろうが、それでも対策の一つにはなるだろうし……単に作ってみたかっただけかもしれないけど。
というわけで、かつての『黒いの』ほど十全な対策とは言えないが、魔法対策の剣を一本用意しておこうと、『黒いの』もどきに仕込んでみようと思ったわけだ。浄化黒石の在庫が少ないので複数本作れないのが残念だが、主題はあくまでも雑に切れる刃物を作る、『黒いの』を再現することだ。魔法対策はあくまでもついで。
試作段階でもかろうじて成功しているのだが、未だ納得のいく出来になっていない。型作りは問題ないのだが、刃と柄の一体成型が中々上手くいかなかった。作りやすい形に変えてしまうというのも手ではあったが、なんというか……職人魂に火がついた。
そしてこれは……リューンに、というわけではなく、私の予備武器として欲しいのだ。
十手で人を殴るのは手間だ。もっと長くて、雑に斬れるような刃物が一振り欲しかった。法術師であるということを隠すのにもちょうど良いと思う。
(法術師として擬態できるようにだとか、法術師であることを隠すようにだとか……私も随分とややっこいことをやっているものだね)
これで霊体を相手する気はないので浄化真石の粉末は使わないが……これには試しに、ありったけの浄化黒石の粉末を用いる。
(浄化水を用いることで霊体を触れるようになるかの実験もしよう。こっちはハズレだと思うんだけどな……私の浄化だし、悪影響を及ぼすということもあるまい。一応一応)
リューンの剣を作った際に、私は剣を冷やすために浄化した冷却水に剣を突っ込み……何故か水樽が爆発した。私はその後ずぶ濡れで寝ているところをリューンに発見されている。
水蒸気爆発とはまた違うと思う。確かに水が膨張して、行き過ぎれば爆発してもおかしくはないことをしていたけど、ちょっと加熱した金属を浸したくらいで爆発されてたら、世の鍛冶場はもっとボンボンと大騒ぎになっているだろう。
今回はリューンがいないため、うっかり意識を失うと面倒なことになる。対策を練って挑まねばならない。
(よもや鍛冶に結界を使うことになろうとはね)
私の《結界》の強度は極めて高い。とはいえ、どの程度まで耐えられるかは正直分からない。実験しよう。
膨張した水の、水樽の爆発に、耐えられるかどうかを。
リューンが居る時にこれをやろうとしたら、危険だからと止められるおそれがあるわけで。鬼の居ぬ間に……ワクワクするね!
自分で使う剣なので、自重なしで私の持ち得る全ての技能を注ぎ込む。
切れ味強化と剣身保護の術式を刻んだ魔石型を用意し、残っていた二樽と少し分の浄化黒石を全て粉末にする。模型も用意したし、イメージも手順も万全。結界石も設置して、防音もしっかりと準備した。これで夜通し剣を叩いても問題ない。冷却水にも念入りに念入りに念入りに浄化をかけて……何かコポコポしてきたな? ま、まぁいい、始めよう。
浄化赤石の在庫が少し心許ないが……おそらく『黒いの』分は足りる。終わったら迷宮まで取りにいかないといけないかな。
アダマンタイトの原石から不純物を追い出し、折り返し鍛錬をしながら浄化黒石の粉末を延々と振りかけては叩いていく。今回は粉の量がリューンの剣の倍以上ある。適当にドサッと振りかければいいと言うわけではない、そんなことをすれば冷えて機嫌を損ねられてしまう。しっかりとアダマンタイトの原子と黒石の魔力が融合するようなイメージで、適量をかけながら念入りに叩いて織り込んでいく。
熱中してしまえば早いものだ。一樽消え、二樽目が消え、最後の余りを使い切ったところでようやく……なんかいつもより柔らかいな?
リラックスしすぎてどこぞのゆるキャラのように……ぐでーんと、アダマンタイトがとろけている。滴り落ちるほどドロドロになっているわけではないが、これ失敗したかな……。
そのまま鍛錬を続けたが、アダマンタイトの性質は変化しなかった。変わらず緩みきっている、とろけきっている。
「あー……いいやもう、このまま型に嵌めて冷やそう。やっぱり二樽は多かったかな──」
ドロドロと赤熱した、いつもより柔らかいそれを型に嵌めて包み込み、そのまま浄化水に浸すと同時に樽の周囲を《結界》で囲んだ。
念の為に軽く防音を施しておいたのだが、それの上から聞こえるほど大きな爆発音が響き……膨張した水の圧力で結界が押し破られそうになるのを慌てて補強して──力が弱まったのを確認してから解除した。アホみたいな熱気が部屋中に広がる。下手したら焼け死ぬなこれは……。
樽はバラバラの湿った木屑になっている。そんなずぶ濡れのおがくずのような樽の残骸に埋もれるようにして、『黒いの』もどきは横たわっていた。
光沢のない、不気味なくらいに黒い……見るからに呪われていそうな剣になってしまった。ぱっと見成形には不備を感じられない、見た目は大成功だ。
「あっつぃ……とりあえずこのまま冷やすか、まだ熱を持ってそうだし。これ強度とか大丈夫か……な……?」
私が鍛冶作業に使っているアダマンタイト製の金槌。地面に横たわっている剣の刃先をそれでちょっと小突いてみたところ、金鎚にスパッと切れ目が入ってしまった。まるで包丁で豆腐を切ったかのような、そんな手応えで。
「えっ──なんで切れるの。これ純アダマンタイトなんだけど……切れ味が良すぎる? そんなまさか……」
剣の切れ味云々というよりも、金鎚が切れてしまったことに衝撃を受ける。絶対無敵のマテリアルというわけではなかったわけで……しばらくの間、それを見ながら呆然としていた。




