第百五十話
「お、お姉さん、こ、これ……これって……」
「わぁ……すごい……」
「法術師だとは聞いていましたが、これは……」
ギルドは隠しきれなかっ……いや、所長経由で漏れた? でもあの人が職務上知り得た情報を迂闊に漏らすわけがない。となるとマスターだな、あのおっさんめ。
現在工房はリューンが使っているので、模型は全て二階の空き部屋に運び込んでいる。崩すのも忍びなく、机を大量に買ってきて陳列して、お茶を飲みながらニマニマするのが楽しみの一つだ。家を出る前にインゴットに戻す気でいたのだが、思わぬところで役に立ったな。
「当然ですがこの件も口に出してはいけません。私は法術師として活動してはいませんので」
樽から浄化橙石を取り出してぐにゃぐにゃと変形させてみせる。少年少女の顔が驚きに彩られるのが楽しい。今は、どやー! だなんて言えるキャラではないのが残念だ。
「これで自身に合った、理想の形を成形し、それそっくりに剣を打ちます。模様を入れたりとか、余程凝った造形でなければ何とかなるでしょう。順に作ります。誰からやりますか?」
「はい! 私からお願いします!」
元気がよくてよろしい。
「希望を述べなさい。作り直しは簡単にできますが、よく考えてからにしなさいね。今日一日で済ませようと思わずとも良いのですから」
犬二号はレイピア、飼い主がロングソード、犬一号が片手半剣……バスタードソードという、後ろ二人は持っていた剣と同じものを希望してきたのだが──。
「貴方突剣を使ったことがあるの? 普通の長剣を使っていたようだけど」
「あはは……その、途中で折れてしまって……あれは間に合わせで買ったんです、それもすぐダメになっちゃって……」
耳を垂らして反省している犬の姿を幻視した。まさにそんな感じだ、これはかなり可愛い。キュンときた。
レイピアなら純アダマンタイトにしないとダメかな……真銀との合金だと微妙に強度が不安だ。ただちに折れはしないけど、あれは金属疲労が──。
(──いいやもう。この三本と、リリウムのまでは純アダマンタイトの魔石型で作ってオッケーということで。刺さらない折れるレイピアなんて作っても仕方ないしね。術式や真石の粉末を込めるわけでもない、リューンが拗ねることもないだろう)
鉱石買いに走らせたのに、やっぱり使わなくなった……なんて言われれば拗ねるかもしれないけど、鞘にでも使ってごまかそうかな。真銀錆びないし、持っておけばその内使う機会もあるかもしれない。
「使えるのであれば構いませんよ。今度は折れないように、頑丈な物を作りますからね」
過去、こっちのわんこには服や下着の面で世話になった借りがある。今にして思えば雑談に付き合ってお茶を御馳走したくらいで、あれで恩を返したとは言い難い。
剣が折れたことでソフィアに危険が及んだりすれば一大事だ。これはソフィアのため、巡り巡って私のため。大丈夫大丈夫。
犬娘達は剣の製作過程を見たがったが、炉に赤石の欠片を一つ放り込むと慌てて逃げ出してしまった。いくら気温が低いとはいえ、炉に火を入れれば……ここの室温は慣れてないと拷問でしかない。
彼氏君も興味深そうに室内を眺めていたが、熱気に耐えられずに脱落してしまった。リューンは最近割りと平気そうな顔をするようになったが、それでもまだ短時間が限界だ。ソフィアにはその内慣れてもらうつもりではいるのだが、今は飼い主に任せて追い出すことにする。
「剣本体だけなら三日あれば三本とも打てるでしょう。鞘などはその後になります。しばらくは観光にでも──」
「あの、お姉さん。ここに泊まったらダメですか?」
残念ながら犬っ娘の言う通り、この家には何もないんだよ。
「私達の寝室と模型部屋以外は数年掃除をしていませんし、ベッドも寝具も予備がありません。どの部屋もホコリまみれで住めたものではありませんよ。何もない家というのは謙遜ではないのです。滞在費は出してあげますから諦めなさい。仮に二年の修行を経てから南へ向かうのだとしても、ヴァーリルでは冒険者は食べていけません。ここに寝具を揃えたところで無駄になることは理解できますね?」
以前ギースが使っていない部屋を掃除してないことを聞いた時、なんて不精な……なんて内心思っていたものだけど、いざ自分で家を持ってみればこんなもんだ。一度も入ったことのない部屋もあるし、三階に最後に足を踏み入れたのは何年前だろうか。
リューンはあれで結構掃除好きなのだが、ここしばらく二人とも忙しかったわけで。下手したら三階があることすら忘れられているかもしれない。
「わかりました……」
「よろしい。遊びに来るのは構いませんが、私は剣の完成まで相手できません。それまで有意義に時間を使いなさい」
「ねぇサクラ、それなら私も宿に遊びに行ってもいいかな?」
と──そこでようやく大荷物を抱えたリューンが買い出しから帰ってきた。随分遅かったな。
「おかえり。別に構わないけど、どしたの急に。珍しいじゃない」
「いやぁ、これからしばらく一緒にいるんでしょ? ならほら、親睦を深めたいし?」
「いいよ。剣本体は三日か四日で仕上がるから」
リューンは結構面倒見がいい。リリウムのことも構っていたし、元を辿れば私に色々教えてくれる気になったのも……これは少し違うか。まぁ、そういうのに飢えていたのかもしれない。
仲良くしてくれると嬉しいな、などと思いながら特に気にすることなく追い出したのだが、単に初めて会う噂の元『聖女ちゃん』にマウントを取りたかっただけだったと知ったのは、三本の剣が完成した後のことだった。
「私ね、サクラと毎日一緒に寝てるんだよ! 同じベッドでね! もちろんお風呂もだよ! 毎日洗いっこしてるんだ!」
「ああ見えてサクラ、私には甘えてくれるんだよ? 膝枕とかしてあげると喜ぶの、すっごく可愛いんだぁ」
「ああいう砕けた態度、私の前でしか取らないんだよ? いつもかっちりしてると思ってた? これが違うんだなー」
「一度事故で離れ離れになっちゃったことがあったんだけど、必死で私のことを探してくれてね……遠く離れた土地で、また巡り会えたの! 運命的だと思わない?」
「サクラは可愛い格好が似合うんだ! ズボンばかり履きたがるんだけどね、短いスカートとかも、私がお願いしたら穿いてくれるんだよ? それでちょっと照れるの! もうっ、本っ当ーに可愛くてね! お揃いにしようって言うと、いいよ、ってはにかんでくれるの!」
「彼女の魔法術式は全部私が刻んだんだよ! 私以外には絶対にやらせないんだよ? あのサクラが身体を任せてくれるんだよ? 信頼されてるっていうのが分かるよね、キュンときちゃうよ」
「初めて会った時もね、私が困って泣いてたら颯爽と助けてくれてね! 『君が欲しい……』ってカッコよく求めてくれてね! あの時はもう、王子様かと思ったよ! それでいて普段はお姫様かよっ! ってくらい可愛いの。このギャップにやられちゃったなー」
「ヴァーリルにもね、私のために良い剣を作ってあげたいって来たんだけど……。でも色々あってここの職人に剣は打ってもらえなくてね……。でもね、なら私が打つよ、って言ってくれたの! それから必死に鍛冶を覚えたんだよ! 素人だったんだよ!? 何年も鍛錬して、何度も何度も習作を重ねて、ヴァーリルの元締めやってるようなお爺さん達から合格をもらうまでになったの! それで私のために最高の一品をプレゼントしてくれたんだ! あの時は嬉しくって泣いちゃったよ! サクラはそんな私を優しく──」
「おねえぇさああぁぁん! リューンさんがあぁ! リューンさんがあぁぁ!」
一人で剣を磨きながら仕上がりの確認をしていると、やかましい四人組が鍛冶場に雪崩れ込んできた。
リューンが三日間徹底的にソフィアをいじめたらしい。ガン泣きしてるじゃないの……。
「……何やってるのよ……大人げない……」
胸元に飛び込んできた可愛いのの背中を叩いてあやす。めちゃくちゃ泣いていたが、今はなんか吐息が怪しい。下心を感じる。離せ。
「サクラさん! 恋人同士って本当なんですか!?」
「本当だよ。というか何言ったか知らないけど、リューンが言ったことはほぼ真実だと思うよ。彼女嘘つかないし」
「きゃー! すごいですー! 王子様ですー!」
「おねえさぁぁーん!」
姦しい。鍛冶場では静かにしてもらいたい。ここは私の神聖な仕事場、言うなれば神域であってだね──。
「大人ってすごいんだな……」
ん? 王子様……?
「言ってない!」
「言ったよ!」
「言ってないよ!」
「言った!」
この嘘つきエルフめ! 私のソフィアに何を吹き込みやがった!
「あの時は……私の先生になって、とか、そんなだったでしょ!?」
「それはお前が欲しいって言ったのと同じだよ!」
「違う! 誇張しすぎだよ!」
少年少女達が呆然としている。私の積み上げてきたお姉さんキャラが……だが今はいい。もういい。このエルフ、一体何を吹き込み──。
「あの! 遠く離れた土地まで必死に探しに向かって、また巡り会えたっていうのはどうなんでしょうか!?」
先ほどから犬っ娘の瞳が爛々と輝いている。こういうの好きなんだろうか。
「それは本当だね」
「おねえぇさああぁぁぁん!?」
「あの……困って泣いているところを助けたとか、プロポーズをしたっていうのは……?」
「プロポーズ?」
「ほら、ルナで。家を買う前にさ」
あー……言ったね。ていうか求婚なんて割りと頻繁にしているじゃないの。ほとんど冗談だし。
「それもこれも本当だね。というかよく覚えてたね、あの時寝起きじゃなかったっけ?」
案外ホラばかり吹いていたというわけでもないのか。多少の誇張くらいは……いや、でも王子様はやりすぎだ。私はそんなキャラじゃない。ヅカじゃないんだから。
あまり真に受けないで欲しいんだけど、これがトドメになったのか、ソフィアは口から煙を吐いて死んでしまった。
「お、おね……おねえさ、さ、さ……」