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第百四十九話

 

 ヴァーリル周辺はとても平和で安全だ。魔物はもちろんのこと、瘴気持ちを見ることもない。

 それが要因かは定かではないが、寒さが厳しくなる前にヴァーリルに駆け込んできた……久方ぶりに会った成長した彼らは、自分の血にも返り血にも染まっているようなこともなく、くたびれてこそいたがそれなりに綺麗な身なりを維持していた。

「お久しぶりです、サクラお姉さま。またお会いできて嬉しいです」

「お久しぶりです!」

「ご無沙汰しています」

 パイトの犬娘と王都の犬娘と王都の方の彼氏君だ。彼氏かは知らんけど。


 私はどうやら、手紙に差出人の住所を記していなかったらしい。

 遠路はるばるやってきたはいいものの、肝心の私がどこに居るのかが分からない。宿住まいかもしれないし、もしかしたらヴァーリルの近くの街にいるということだったのかもしれない。すぐに見つかるだろうと楽観的に考えていたが、酒場や冒険者ギルドでいくら聞き込みをしても『冒険者のサクラ』なる人物の情報は出てこなかった。リューンとは違い、私はヴァーリルでは冒険者と見られていない。名前を知ってる者もそれほど多くはない。

 商業ギルドを当たるか、法術師の姉ちゃんと言えば、多くの住人から答えが得られただろうが。

 担がれたんじゃないかと、犬二号ことペトラちゃんにからかわれながらも、この数日ヴァーリル中を探し回ったそうだ。

 それを見つけてきたのが何を隠そう、昼食をテイクアウトするために出かけていた私のエルフだ。よく気付いたなと素直に感心した。過去──彼女にとっては二十年以上前に北の王都で一度会ったっきりの、犬娘二号と彼氏君を覚えていたらしい。もしかしたら私に用があるのではないか、と。

 話を聞いた後に家に直接連れてくることはせず、一度私を呼びに戻って──待たせていた酒場で、食事を取りながら対面することとなった。


「久しぶり、綺麗になったわね。二人も……確か一度会ったわね、確か王都のギルドマスターの部屋で」

 リューンは嫌がったが、私は久しぶりに軍人コスプレ色違いスタイルだ。お姉さんぶるにはまず形から入らなくてはならない。

「はいっ! 覚えていただけて光栄です!」

「光栄です。この度は連絡もせずに押しかけてしまいまして申し訳ありません」

 聖女ちゃんは無言でくねくねしている。なんかお姉さんぶっているが……好きにすればいいと思う。しかし本当に綺麗になったな。

「気にしなくていいのよ、よく来てくれたわね。色々とお話もしたいのだけれど、先に聞いておきたいことがあるの。──貴方これからどうしたいの?」


 聖騎士と呼ばれる人達がいる。ただの騎士とは違う、ホーリーな騎士だ。

 こういう人達は大抵が宗教関係者で、まぁ僧兵みたいなものだと思う。鎧を着て剣や槍を持っているのは騎士と変わらないが、治癒ができたり、瘴気を祓えたり、結界を使えたり。ようは儚かった頃の聖女ちゃんが騎士になれば、聖騎士っぽいわけだ。

 魔力がとても弱かったソフィアは、この三年で治癒の術式を会得していた。これは一目で分かったとエルフに言われていたので再会する前から知っていた。聖騎士というか、治癒剣士というか、癒し系わんこというか。

 持っている剣は飾りではないだろう。気力も育っている、魔力もそこそこだ。今の彼女なら一人でも……きっと、友人達とだって食べていける、生きていける。

「お姉さまは南へ……いかれ……いくと……いき……」

「向かわれると、でいいんじゃないか?」

「お姉さまは南へ向かわれると言って……仰っていましたし、私達もそれについて……ご一緒に……させていただき……」

「──普通に喋りなさい、ソフィア」

「おねえさぁぁん……」

 うん、わんこはアホなくらいが可愛い。昔はもっとしっかりしてた気がするんだけど……やっぱり騎士学校に入れておくべきだったか。


「それで、貴方それ治癒でしょ? 安泰じゃない。戦わずとも末永く食べていける技能よ、今でも冒険者なんてものを続ける気?」

 私も適性的に使えないことはないが、かなり無理をしてギリギリなんとか……といった具合だ。それをこの娘はかなり優れた適性をお持ちらしい。正直もう、魔力さえ育てていけば食いっぱぐれない。

「はい!」

「私達、これから南大陸へ向かおうと思ってるの。それに付いてくる気?」

「はい! 最初から南に付いて行く気でいました! 二人もそうです!」

「……二つ持ちが三人も揃って、物好きね。正気?」

「はい! 私の修行期間はまだ終わっていません。三年頑張りましたが、お姉さんは五年頑張れば連れて行ってくれると約束してくれました! なのであと二年、ここで頑張──」

「えっ!? ソフィア、すぐ南に行くつもりじゃなかったの!?」

 騒がしくなる。まさかこの娘説明して──っていうか、そもそもどうしてこの二人はここにいるんだ。

「馬鹿、修行を付けてもらうにしても、南大陸に一緒させてもらうにしても、俺達もう資金がないだろうが……宿代も食事代もかかるんだぞ。鹿や猪獲ってくれば食えるってわけじゃないんだ。武器だって痛んできているし、先にどこかで稼いでこないと」

 三人は割りと軽装だ。以前の騎士装備よりも圧倒的に安物と思われる片手剣と部分鎧、それに飼い主と犬二号が小型の盾を持っている。見るからに結構傷んでいるし、飼い主の言葉から察するに、武器はもっと酷いのかもしれない。

「ヴァーリルで冒険者が食べていくのは難しいよね……どうしよう!?」

「それは……うー!」

 ……彼氏君は苦労していそうだ。うちのソフィアがごめんなさいね。

 エルフは我関せずと隣でもぐもぐしている。二人足す一人の予定だったが、二人足す三人になりそうだ。どうしたもんかな。


「そうでした、サクラさん。父から手紙を預かっています」

 手紙? 父? ギルマスのおっさん?

 首をかしげて彼氏君に目をやると、説明不足に気付いたのか慌てて補足をしてくれた。

「はい、俺……いえ、自分の父はパイトの管理部所属で、第四迷宮管理所にて責任者をやっています。船を待つ間に実家に寄ったのですが、その際にこちらからサクラさんの話題を出したところ、会いに行くのならと、父から依頼を請けまして。もし同名の別人であったなら中身を読まずに確実に処分するよう言いつけられています。父に依頼された件について、心当たりがお有りでしょうか?」

 おー! 所長の息子さんって彼氏君だったのか! 今回は姉二人にも届けてないけど、手紙をもらえなくていじけてたとかいう……。ということは、私は過去今合わせて王都にいる所長の家族にはほとんどいや、全員? 会ってるんだな。それにしてもこんな所に出てきて大丈夫なんだろうか、パイトにまだ誰か……。まぁ、それはいい。

「──死層の件ね。魔物が増えたことに関しての」

「はい、その件です。少々お待ち下さい、確か奥の方に……」

 彼氏君が荷物を漁り、少し縒れた厚めの封筒を一通差し出してくれる。字は……確かに所長のものだ、何か懐かしいな。

「ありがとう。食事中にごめんなさい、先に確認させてもらうわね。皆は私に構わず食事を続けていて」


 私が所長に依頼した件──そんなもの、死層で霊鎧が大増殖した一件以外ありえない。

 最後にパイトを訪れた際には何も判明していなかったみたいだけど、手紙の厚さからしてこれはかなり期待できるのでは──。なんて考えながら手紙、というよりも報告書や論文のようになっているそれに目を通していく。

(なんということでしょう……)

 そこには一連の事件の下手人や道具、その製法まで事細かに調査され、記載されていた。パイトではこれを法で禁ずるとも。それとおまけのようにそっけなく、息子を頼むとも。

 期待以上だ。この情報は値千金。これはお礼をせねばなるまい。


「ソフィア、剣を見せなさい」

 賑やかに食事を取っていた三人がピタリと動きを止め、犬一号がおずおずと鞘を渡してくる。何かビクビクしてるが、怒られるとでも思ってるんだろうか。何かやましいことでもあるのかな?

 っていうかこの娘、片手半剣なんて振り回してるのか……盾持たないならありっちゃありかもしれないけど……。おっさんもこれよりでかい剣使ってたもんな。

(普通の鉄剣……鋼鉄でもない。下から数えた方が早そうな値段相応の安物、質もあまり良くない。うーん……アダマンタイトは論外……いや、合金にしよう。純アダマンタイトは高品質すぎるから分不相応だと思うけど、真銀辺りなら鍛錬しても魔石の型が使えるから、加工の面でも手軽だ。きちんと見ないとアダマンタイトだともばれないはずだし、ちょうど良いかな)

「ありがとう。よかったら二人の物も見せてもらえないかな?」

「は、はい!」

「はい、こちらです」

 ソフィアに剣を返し、二人の物も見せてもらうが……これは同じ物だな。鋼鉄だが普通の片手剣、安物だ。痛み具合もソフィアと似たような感じで、犬二号の方は結構酷い。

 さっと目を通して二人に返し、畳んだ手紙を懐に入れて食事を促す。三人は困惑顔で頭上には疑問符が浮かんでいたが、隣のエルフは訳知り顔でニコニコしていた。


「お、お姉さん、ここは……?」

「私と先ほどのエルフの家です。人を招くように作られていないのですが、今日は我慢して下さい。お茶くらいは出しますよ」

 リューンはここまで影に徹してくれている。さっと家の中に駆け込んでお湯を沸かしたり、その後すぐに買い物に行ってくれたり。真銀これくらい買ってきて! できちんとお使いができるくらいには、リューンもこの街に染まっている。

「何もない……し、失礼しました! 広くて素敵なお家だと思います!」

「お前いい加減にしろよ!? す、すいません……よく言い聞かせておきますので……」

 苦笑する。正直でいいことだ。確かにまぁ、女二人で住んでいる家には見えないな。数年で離れる仮宿というか、拠点の一つという意識だったので、あまり彩ったりもしていない。そもそもこの町で女性らしい家を作るのは難しいと思う。男臭い町だし。


「いいのよ、何もないのは事実だもの。じゃあ、本題なんだけど……彼が手紙を届けてくれたお礼をするわ。南までの往復の個室代か、それなりの剣を一本。三人ともどちらか好きな方を選んでいいわよ」

「お礼って、手紙一通でそんな!」

「往復のって……大金貨数百枚分……数百枚分の剣? ……あわわわ!」

「いいのよ。私が所長……貴方のお父様に頼んでいた調査報告、受け取っておいてお礼もしないなんて不義理な真似はできないわ。その代わり、剣を選ぶなら約束をしてもらわないといけないことがあるの」

「えっと、魔導具は三人共使ってないです。魔法袋も含めて何も」

 魔法袋なしでここまで船で来たのか──アホ──いや、言いつけを守ってくれていたのは嬉しいが、まさか三人共とは。


「そうでしたか。それはそれでありがたいのですが、今回のとは違います。ここで見たことを例え他に人がいなくても、死ぬまで口に乗せない、他人に知らせない、剣の来歴も一切明かさない。これを守ると誓約することが条件です。ソフィア、貴方もですよ」

「はい! 誓います! 私、剣……剣が欲しいです!」

「ちょっと黙ってろ! あの、その来歴を明かさないと言うのは……その……」

「盗品ではありませんよ。残念ながら誓ってもらわねば証明もできませんが」

 相変わらず慎重でいいことだ。二号ももう少し見習って欲しい。

「し、失礼しました! 自分も誓います。父の名に賭けても」

「あの、それは私とお姉さんの二人だけの時でもですか?」

「例外はありません。二人だろうと、一人だろうと、口に乗せること、手紙に記すこと、一切合切何もかも禁じます」

「わ、分かりました……誓います!」

「違えたらお別れですからね、ソフィア」

「は、はい!」

 身体は大きくなったし、まだ少女と言ってもいい年頃だが、どこに出しても恥ずかしくない美人さんになっている。だが根っこは変わってないなこれ。数年で変わるものでもないか。

 可愛い可愛い私のソフィア。お姉ちゃんが良い剣を打ってあげるからね。



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