第百四十八話
武具を打ったり、鍛冶道具を作り直したり、四角い金属製のコンテナを量産したり──。
リューンが毎日コツコツと柄や鞘の形を整えている間に季節はまた冬を越え、春がやってきていた。
ヴァーリルに来てから四年目の春。彼女にその気があるならば、ぼちぼちソフィアも移動を開始する頃合かもしれない。
西大陸にいると手紙は送ってあるし、北と西の間は船も頻繁に行き来している。北からの返事は届いていないが、おそらくこっちへ来るだろう。今しばらくはここで大人しくしている必要がありそうだ。
とはいえ、工房に閉じこもって鍛冶ばかり……とはいかないもの。暑さが厳しくなってきたある日、二人してヴァーリル近隣にある野良迷宮の一つにやってきていた。
「言うまでもないと思うけど、まだ触れるか分からないから霊体には気をつけてね。仮に触れたところでどの程度効果があるかは──」
「分かってる分かってる、気をつけるよ。今日は剣のテストが目的、無理はしないから。ふふふっ」
本当に分かってるのかな……? 鞘に収まった剣を片手に、リューンは怖いくらいご機嫌だ。人目がないからいいけど、本当に危ないから私のそばでそれをブンブン振り回さないで欲しい。
私が老ドワーフ達からひとまずの合格を頂いてから丸々一年以上は経過している。剣の柄と鞘の加工を始めてからもうすぐ一年といった時分に、ようやく剣としての体を成し、いざ試し切りと相成ったわけだ。
別にリューンは怠けてダラダラやっていたわけではない。むしろ冒険者としての活動や他の魔導具作成そっちのけで、毎日コツコツと作業を続けていた。あの聖樹の加工は……それだけ大仕事だったのだ。
「あぁん……いいよぉ……すごいよぉ……はぁ……最高だよぉ……」
恍惚とした表情で、私の燃料供給源の赤いサソリをぶつ切りにしていくリューン。怖い。
「はぁ……はぁ……あぁ……! きもちいいよぉ……これやばいよぉ……」
ヨダレを垂らしそうな緩みきった顔で、私の模型素材になる鉱物質の亀をナマス切りにしていくエルフ。ちょっと気持ち悪い。
「はははっ! 切れるよぉ! すごいよぉ! ふひひ! あはっ!」
もしもし警察ですか? 頭のおかしい女が死層で暴れているんですけど……はい、変質者です。お化けを剣で斬ってます。近寄りたくないです。
「……お恥ずかしいところを」
「フロンが見てたら確実に絶縁されるレベルだったよ、あれ」
頭のイカレた女が正気を取り戻したのは、迷宮内に他に動くものが一切何もなくなってからだ。外に出るまでの復路で階層の無残さを冷えた頭で目の当たりにしてからは、恥ずかしそうに縮こまっている。
この迷宮は一度倒すとただの雑魚ですら一日は魔物が生まれてこない。鍛冶師はさぞ困るだろう。──いや、逆に喜ぶかもしれないな。階層内には、火石や土石を体内に残したままのサソリや亀の残骸が一面に散らばっているのだから。
「私と仲良くしてるときでもあんなに気持ち良さそうにしてないよ。妬けちゃうなぁ」
「ち、違うよ! これは違うの! う、ううう、嬉しかったの! 楽しかったの!」
一年かけてコツコツ作ってきた剣の成果を試せるのだから、多少テンションが上がるのは分かるんだけど……極めて小規模な野良迷宮とはいえ、全ての階層を殲滅するのはやりすぎだ。
「試し切りって言ったじゃない……浄化すればいくらになったと思ってるのよ……」
私も初めて訪れた終層が死層で、これまた初見の大きな馬のお化けみたいな主に飛びかかり、サクサクと斬り刻みだした時はかなり慌てた。私もまだ戦ったことのない霊体を、この馬鹿エルフは制止する間もなく散らしてしまったのだ。散り際に浄化を掛けてみたがダメだった。消えていなくなってしまった。
「ご、ごめん……」
「もう……楽しかった?」
「うんっ! えへへ……」
いいやもう。リューンが楽しそうで何よりです。
鋼材や木材といった媒体に霊石を織り込んで対霊体用の武器にする、といった技法の情報はヴァーリルの老ドワーフからもたらされた。
霊体にも霊鎧のように物質化しているものや、剣や槍では触れないようなお化けみたいなものとがいる。この武器は後者にも効果があると聞かされていたので、その効果の程を確認できたから……もう、いいですけど!
とにかく、浄化真石の粉末をアダマンタイトと融合させて、浄化を掛けた冷却水にひたす、といった流れでこの手の武器が製作できることは確認できた。
冷却水は不要かもしれないし、もしかしたら水の方の効果で粉末は意味がなかったのかもしれないが……その内比較検証をしなくてはならない。手っ取り早いのは浄化した水で冷やしただけの剣で霊体が切れるかどうかを試すことだろうか。
「それで、術式はどうだった? 強度に不安は? バランスはどう? まさか何も確認してないだなんて言わないよね?」
「だ、大丈夫だよ。最初だけはきちんと検証してたんだから……」
「ほんとかなぁ……」
この剣には術式を二つ錬り込んでいる。とは言ってもそうビックリドッキリするようなものではなく、最初にリューンに聞かされていた保護膜と切れ味強化、その二つだ。
これらはシンプルながらも魔力消費の割に効果の高い、極めてコストパフォーマンスに優れた術式だ。燃えたり凍ったりする剣はアダマンタイトでは作れないし、いつでもどこでも腐らない……そんな堅実な効果を込めることは、かなり早い段階から希望されていた。
保護膜ではなく他の術式を錬り込むことで性能をより高めてはどうかと提案したが、大事にしたいからと言われれば……無下にもできない。アダマンタイトとはいえきっと不変不滅というわけではないだろうし。
お家に帰って最後に細かい調整を加えて──切れ味と硬度抜群のアダマンタイト製の剣が、ここに完成した。
切っ先から四十センチ程だけ両刃になった、刃長一メートル弱の片刃の刀の形をした灰白色の人造魔導剣。柄と鞘の覆いは東大陸の聖樹製。
剣固有の特性で霊体が斬れて、極めて軽い魔力消費で切れ味の強化と剣身を保護する術式が発動する。
面白みには欠けるかもしれないが──うん、我ながらいい仕事をしたんじゃないかな。
「サクラっ……ありがとうっ!」
「どういたしまして」
リューンが喜んでくれて、嬉しいよ。
かつて私の次元箱に放り込まれていた迷宮産魔導具。危ない剣の数々。私は宝箱から剣が出るたびに落胆し、随分と粗雑に扱っていた。こんなもんに用はないと。
今の私の《次元箱》に並べられている多種多様な習作の数々。私の子供達。私は剣が増える度に、丁寧に磨いてそれを陳列することに喜びを感じている。
変われば変わるものだ。普通のロングソードから比較検証用の果物ナイフの一振りに至るまで、その来歴を把握していないものはない。
とはいえ記憶は薄れるもの。忘れてしまわないうちに、自分で作ったものは全て紙に記録しておくことにした。魔石炉の工法や耐熱レンガの作り方なども含めて、ヴァーリルで学んだことは全て。
安い合金製のナイフとか、売られてしまって手元に残ってない物もあるが……あれはもう仕方ない。
「案外しっかりと覚えているものだね」
「鑑定消さなくてよかったよ、また使うことがあるなんてね」
術式としての鑑定は鑑定神とは無関係である、ということがこの数年の間に判明している。というか、神殿で働く鑑定師が使っている物と一般に流れている物は、術式そのものが違っているらしい。ヴァーリルの鑑定神殿勤めをしているドワーフのおばちゃんが教えてくれた。
私にはよく分からない話であったが、鑑定神とやらが仮に実在していたとしても気取られる心配はないと、リューンが自信を持ってそう断言したので、それを信じることにした。食事に来ていた酒場でおばちゃんの術式を調べだした時は少し焦ったが……。
鑑定は何も野菜の生産地や迷宮産魔導具の詳細を調べるためだけに存在しているわけではなく、人が作った物の評価も下してくれるという優れものだ。ヴァーリルでも引っ張りだこである。
鑑定神とやらが実在していたら困るので、私は神殿を使う気はない。リューンちゃんの出番だ。
剣 並 特記事項なし。 短剣 良 特記事項:極めて鋭利。 短剣 特良 特記事項:類稀な切れ味。 剣 良 特記事項なし。 剣 良 特記事項:不合理な形状ながらも鋭利。
鑑定は今のリューンでも負担が大きいので、無理をしても一日二回程度しか行えない。急ぎの仕事というわけでもないので、特に出かけることのない日に一日一回程度、気が向いたらお願いして記録していく。
刃物の数は順調に増えていっているが、店が開けるほど膨大な数というわけでもない。定期的に続けていけば未鑑定品の数は減り、やがて一振りを残すのみになる。
「それも鑑定する?」
「しない。これは最高だからね! 鑑定なんてするまでもないよ!」
リューンの剣、特良かそれ以上の評価が付くのは確実だろう。どんな評価になるのかは少し気になるが……まぁ、あえて明かそうと思うほどのことでもない、その意思は尊重しよう。
「そっか、ならいいよ。後はこれをどうするかだね……全部持っていきたいけどスペースが……かと言って倉庫にしまいこんでおくのも、少し不安だし」
「売る気はないんだ?」
「売って得られるものはわずかばかりのお金と面倒事だよ。厄介事を抱え込みたくない。それに私、鍛冶で食べて行く気なんてないんだから」
私のアダマンタイト製の作品は魔石の型で刃先を整えたものに限っての話だが、極めて狂った性能をしている。普通に打ったものならまだしも、これらは正直公にできない。少なくともヴァーリルに居る間だけは絶対に秘匿する。晒せば、私の平穏は炉の中に吹き飛ぶだろう。
リューンにもヴァーリルにいる間は剣を抜いたり持ち歩いたりしないように頼んでおり、普段は最初に打ったあの普通のロングソードを下げてもらっている。
ヴァーリル近郊はとても平和で安全だ。なぜならば、魔物や野盗はちょうどいい試し切りの相手となるからだ。
鍛冶師に限らないと思うが、職人とは偏屈な人間が多い。自分で作った物は自分で試さないと気が済まない、なんて言うのは珍しくもなく……長年そんなことを繰り返していれば、まぁ……減るわけだ。魔物も、盗賊も。
まともな頭をしていれば、目を皿のようにして獲物を探してる筋骨隆々なマッチョがうろついているヴァーリルへ盗みに入ろうだなんて思わない。バレようものならゴリマッチョの群れが自慢の武器を片手にどこまでも追いかけてくる。とはいえ、とはいえだ。
「不在の間、倉庫に置いていくのもなぁ……かといって全部持って行くのも、魔石置いていくのも抵抗がある……うーん」
ここでソフィアと穏やかな余生を送る……というわけにはいかない。彼女はそのために三年間必死に修行を積んでいたわけではない。言えば剣を置いてしまいそうだが……それはそれでどうかと思う。彼女には私の元を離れ、いずれは自立してもらわなければならないわけで。
そのためにも冒険者が稼げる場所を探して、そこに落ち着くことを考えておかねばならない。
ルナか他の大きめの迷宮都市か、南大陸で食べて行けるなら南でもいい。ナハニアでさえなければ、北でもパイトまではまだ許容できる。
もうしばらくすれば住み慣れたこの家とは一時お別れだ。空き家に盗みに入られるリスクは許容できない。なんとかしないといけないんだけど……。
私としてはいい加減に瘴気持ちの群れに飛び込みたい。横道に逸れて早数年……たまに自分でも忘れそうになる、何のためにここに来たのかを。