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第百四十七話

 

 アダマンタイトは研げない。日本刀は切れ味が持ち味の刃物ということくらいは私でも知っている。

 なら、アダマンタイト製の日本刀もどきは作れないのではないか。作れてもそれは形だけで、切れ味はお粗末な、模造刀程度の物にしかならないのではないか。

「そこが変形のずるいところなわけですよ。アダマンタイトでも上手くいけばいいけどな……」

 当然だが、私程度の技量では……鍛造で刃先を叩くだけでは大した鋭さにはならない。

 なら、鋳造ではどうだろう。別に鋳溶かして砂型に注ごうというわけではない。魔石で型を作って、そこに鍛造したアダマンタイトを押し込めば──。

 機嫌が良い時のアダマンタイトは、リラックスしきっていてふにゃふにゃなのだ。


「サクラ天才! これ、これすごいよ!」

 試作したアダマンタイト製のナイフで果物の皮を剥いているリューンが喝采の声をあげた。瑞々しい梨のような果物が、皮を通り越して可食部まで桂剥きにされている。

「ははは、照れますな」

 我ながらよくやったと思う。これはこの二年の間ずっと考えていたことだ。

 鋭利な、とても鋭利な刃先になるように魔石の型の方の精度を上げ、そこにしっかりと鍛造したアダマンタイトを押し込んで刃先を成形する。

 きっかけは宿題として残された少し硬めの合金を研ぐ作業に飽き飽きして、横着できないかと考えたことにある。金鎚をガンガン打たないなら夜にでもできるので、この手の宿題は頻繁に出され、合格した完成品はどこかで売れていったらしい。

 ともあれ最初から鋭く作ることができれば、大して研ぐ必要もないのではないか。なら最初からすごく鋭く作ることができるのであれば……全く研ぐ必要がないのではないか。

 金属を打つのは楽しいが、それを削るのは大して楽しくなかった。どうすれば手を抜けるか必死で考えたわけだ。

 結界石で防音を施して夜間にズルをし、何度かの失敗の後……試作してみた合金ナイフを老ドワーフの一人に見せてみたところ、合格を頂けた。この瞬間確信したのだ、これはリューンの剣にも活かせると。

 アダマントちゃんに属性石を使っては、機嫌を損ねられてダメになる。必要なのは浄化真石か浄化黒石。

 同じようなナイフを二振り作って比較検証してもらったが、鋭利な刃先を作るだけなら、黒石の方が型として若干優位かもしれない。


「というわけで、成形の問題は解決した。回路を埋め込むのが少し大変だけど……これも何とかできると思う。次はアダマンタイト本体をいじくってみようと思うんだ」

「本体? これじゃダメなの?」

「アダマンタイト、霊石は弾かないんだよ」

「……? うん、知ってるけど……」

「爺ちゃん達が言ってたんだけど、霊石を織り込んだ刃物でお化け斬れるようになるんだって。知ってた?」

「……できるの?」

「やってみるよ。上手くいったらオーガレイスをみじん切りにできるようになるかもね」

「うん……うん! うん! それはいいね……最高だね……!」


 テレビ番組だったか動画だったか、記憶は定かではないのだが。

 刀を作るに際して、折り曲げて謎の粉をかけて叩いて、また折り曲げて……そんな流れを繰り返していたような記憶が……私の脳みそに、かすかに残っていた。

 それを試してみようと思ったわけだ。鋼と謎の粉ではなく、アダマンタイトと粉末にした浄化真石で。

 どうせならパーッと使ってしまおうと、一樽分の真石を全て『変形』で粉々にした。ちょっとやりすぎた気がしないでもないが……やってしまったものは仕方がない、これは本番で全部使ってしまおう。

 アダマンタイトの原子と浄化真石の魔力を融合させるようなイメージで、隅から隅まで行き渡るように、丹念に丹念に、油断なく、何度も何度も──。


 リューンが用意した回路図を浄化真石で再現し、問題無いとお墨付きを頂いた後に、剣に適したサイズになるようにそれを成形する。

 ナイフか何かで先に試してみたかったが、触れるかどうかも分からない短刀で霊体に斬りかかるなんて真似は私でもしたくない。

 なので一度、刀の形状で試してみることにした。上手くいかなくても、強度に影響しなければ予備として使えるかもしれないし。


 浄化橙石の模型はある。浄化黒石と浄化真石から成る型と一体化した術式の回路もある。サイズ感も頭にきっちり入っている。手順も大丈夫。道具は完璧。浄化赤石も余裕を持って揃えてある。

 アダマンタイトの原石も、浄化真石の粉末も、霊体に効果があるかもしれないと思い立ち、念入りに浄化を掛けた樽入りの冷却水もある。体調も万全。時間も大丈夫。リューンにも今日は一日閉じこもっていると昨夜伝えてある。問題は何もない、始めよう。

 原石を鍛錬しながら不純物を完全に追い出して、延々とぶっ叩きながら折り曲げ、圧着面に粉末をかける。粉末をかけて折り曲げてまたぶっ叩く。その作業を延々と、延々と、延々と繰り返す。

 いつもよりも念入りに叩きに叩いて粉末が切れてもまだ叩き、満足がいったところで型──浄化真石と浄化黒石から成る回路を兼ねた型に押し込んで成形する。ここまでの一連の作業の間中、決して一定以下まで温度を下げてはならない。

 成形が完了したら目釘穴を二箇所開け、冷却水に入れて温度を下げれば──。


 目が覚めた時、私はベッドの上にいた。大体想像がつく……ぶっ倒れたのだろう。高い位置から日の光が差し込んでいる。朝だとは思うのだが、今はいつだ。

 珍しくリューンが隣にいなかったので家の中を探してみると、鍛冶場でその姿を発見した。

「すごい音がしたんだよ。ボンッ! って。何事かと思って駆けつけてみれば、部屋は滅茶苦茶だし、ずぶ濡れで寝てるし……ほら、見てよこれ」

 私が来たことに気づいて口を開くが、こちらを振り向きもしない。視線は一振りの……灰白色の刃物に注がれている。

 波紋のような物は残っていないが、形だけなら私のよく知る刀のそれ。狙った通りの反りが生まれている以外は特に曲がっても歪んでもいない。

「おぉ、結構いい感じにできたね。模型は──うん、寸分違わぬと言ってもいい」

 鍛造しただけの、他に手を加えていない素のアダマンタイトは、ギルド証の色と同じ黒灰色をしている。王都のギルドマスターの武具はそれよりも黒が濃かったが、今回打った剣はかなり白に近い灰色になっている。

「真石を混ぜ込んだ影響かな……いい色だね」

「うん、綺麗……しかもこれ、見てよ」

 そばに落ちていた樽の欠片を手に取り、それでスッと刃先を撫でると──。

「うーん……我ながらいい仕事だ。型の成形にはかなり気を遣ったけど……そうだ、術式はどう?」

 切れ味は問題なさそうだ、軽くなぞるだけで切断されている。最大の懸念事項は術式。一応これはまだ試作品なのだが、試みが上手くいったかは気になるところ。

「見る限りきちんと真石が残ってるよ。溝もできてる。まだ軽くしか魔力通してないけど、問題ないと思う」

「そっか……そっかそっか! そしたら次は柄を作らないとね。そのままじゃ握れもしないし」

「サクラ、ありが──」

「それはできあがってからにしてよ。ほら、一緒に柄作ろう?」

「……うん!」


 柄……日本刀のそれが何でできているかなんて知識は私にはない。何か糸や紐のような物が編み込まれているのは何となく分かるのだが。

 もちろん茎の上にそのまま巻くわけではないだろう。私がイメージしていた白鞘? のようなものなら木を成形してしまえばそれでよさそうだが、燃えたら困るしな。

 一応目釘穴は開けている。結構しんどいが……アダマンタイトで柄を作ることになっても何とか……できなくはないと思う。

 鞘とはばきに関してはアダマンタイトで制作する算段が既についている。木でもいいけど。

「というわけで、ここはまだ考えてなかったんだよ。何かいいアイデアがないかな?」

 しっかり握れて、握力で割れずに滑らなければ割りとなんでもいいとは思う。リューンの好みの肌触りというものもあるだろうし。素材によっては重量バランスが狂って取り回しし辛くなるかもしれないが……。

「私はこの模型みたいなシンプルなデザインがいいな。鞘もお揃いにしたい。私の希望は──」


「見つかってよかったね」

「そんなに希少な物でもないんだけど、たくさん流通してるってわけでもないから少し不安だったんだ。一安心だよ」

 リューンはエルフ。ハイエルフだ。森の民だ。木で柄と鞘を作る……という私の案をえらく気に入り、それならと最高級の──東大陸産の、聖樹と呼ばれているらしい木材を購入することとなった。

 港町のマヘルナまで出向いて交易品を扱っている商会を回って手に入れた。超高級家具に使われるような素材らしく結構お高かったが、ものすごく嬉しそうにしているので私も嬉しい。

 この木材はなんか、すごく固くてすごく燃えにくくて、とにかくすごいらしい。加工ができないほどではないので鞘はリューンに地道にヤスリで削ってもらい、アダマンタイトの鞘の上をこの木で覆って柄と鞘の見た目を揃えることにした。直に剣身と触れさせると流石にすぐダメになるだろうとのこと。

 色は普通の木のような色をしているが、強いて言うなら若干薄い桃色っぽく見えるかもしれない。可愛い。色々と呼び名があるのかもしれないが、色の名称には詳しくない。

 鞘とはばきを制作し、後はリューンがゴリゴリするのが終わればひとまず完成と言っていいだろう。

 試作一号の予定だったが、現状剣の質も術式も問題なく、霊体を含めた試し斬りの結果次第ではこれでひとまず区切りがつけられそうだ。

 色々と反省点、改良点がないこともない。今しばらくは問題の洗い直しを進めて……またリューンのために良い物が作れるよう、腕を上げていこうと思う。立派な鍛冶師をめざ──。

(いや、鍛冶師じゃないんだけどね……)


 その翌々日には私の作るべきものは全て作り終わり、リューンは鍛冶場の隅に設置した結界石の中で楽しそうに木材をザリザリと削っている。

 現在私は普通のアダマンタイト製の剣を色々と打っている最中だ。術式を盛り込みもしないし浄化真石の粉末を混ぜ込んだりもしない。奇特な形の剣でもない、一般的なサーベルとか、レイピアとか、ロングソードなどを。

 一度くらいは経験しておきたかった。リューンの予備という側面が強いが、せっかく時間があるのだし……手持ちのアダマンタイトはまだかなり残っている。

 かと言ってグレートソードとか呼ばれる、ギルドマスターのおっさんが使っていたような馬鹿でかい剣を作る気はない。リューンが使えそうな物限定だ。

 それも毎日根を詰めて必死にというわけでもない。今は適度にまったりしながら、程々に続けている。



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― 新着の感想 ―
[良い点] わかりますとも、わかりますとも! 弱音を吐いても剣を作り続けた数年で、ようやく自分の剣を試作と言えどうって貰えた感動など! リューーーン!まじ可愛い!!!
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