第百四十六話
毎日のようにガンガンと金鎚で金属を叩かされていたことから分かるように、私が主に修練を積んでいたのは鍛造だ。
鋳造も一応、といった程度ではあるが仕込まれたので、これで剣を作ることもできるっちゃできる。
鍛造とは……結晶の微細化や配列がどうこうといった細かい理屈は割愛するが、ようはしっかり叩いただけしっかりした金属になるわけだ。それは地球でも、こちらの金属でも変わらない。そしてアダマンタイトも。
アダマンタイトの特性として、まず一定以上の熱を通した後に一定以下の温度まで下げることで、硬度が一気に上がるという点が挙げられる。
一度硬度が上がってしまうと……生半可な熱や力を加えてもうんともすんとも言わなくなる……そんな困ったちゃんな側面もある。
一定以上の熱を通すのに莫大な燃料を必要とし、そこから許容される一定以下までの範囲が極端に狭い。常にリラックスして寛いで頂けるだけの熱を加えながら作業しなければ簡単に機嫌を損ねてしまって産廃が生まれる。困ったちゃんなので再利用もできない。こうなってしまうともうどうしようもない。
棒状になっていれば物干し竿にでも使えるが、そうでないものは千年単位で塩水に浸して徐々に溶かすそうだ。ようは海に捨てる。溶けた産廃を見たことがあるというドワーフはいなかったけれど。
そして……通常の刃物であればそのまま使うか、研ぐわけだが……研げないわけだ、この子は。
しっかりと打たれて最高に硬化したアダマンタイトを研げる砥石なんてものは存在しない。グラインダーのような物があれば……どうだろう。確かなのは、この場にそんな物はないという現実だ。
なので、鍛造の段階で刃先を鋭く仕上げておくなんて言うふざけた技能を要求される。包丁のような切れ味が要求される刃物にアダマンタイトを使うことはない。鉄でも使った方がよっぽど切れる刃物が作れる。
(そんな気難しいところが可愛いんだけどね。ふふふっ)
しっかりと構想を練り、計画を立て、準備を整え、手際よく根気強く作業を行わなければならない。一本二本、十本二十本で完成するとは思っていない。
アダマンタイトは安い。いくらでも試行錯誤できる。
日を改めてとりあえず一本、教わった通りの普通のやり方で、普通の形、普通の長さ、普通の重さ、そんな普通の剣……ロングソードを普通に打ってリューンに渡す。仮免許が外れたての私が打った物とはいえ、ヴァーリルの老ドワーフに合格を頂いた質の、紛れもないアダマンタイト製の剣だ。術式も何も入ってないただの金属の塊だが、数打ちの鉄剣とは比較にならない。
これは試作品ですらない。リューンの剣はだいぶガタがきているので、その代用品、保険の一振りだ。
「ありがとぉ……嬉しいよぉ……嬉しいよぉ……」
「そんなので感激しないでよ……。それで満足されたら、私はこの数年何をやってたの、って話になるんだから……」
何がそんなに気に入ったのか、それからと言うもの毎日のように丁寧に手入れをしたり、抱いて眠ったり……気に入ってもらえて嬉しくないわけではないのだが、結構微妙な心境だ。
「一応それの扱いにも慣れておいてね。それで──いよいよ試作品の製作に入るわけだけど」
工法に関しては色々とアイデアがあるが、それはそれとして。まずはリューンの好みをあれこれ把握しておく必要がある。
浄化橙石を『変形』させ、粘土をこねるようにして模型を作っていく。ロングソード、グラディウス、サーベル、レイピア、片手半剣……バスタードソードなどなど。
「どんな形状が好き? 長さとか大きさとか、重心の位置とか、鍔の大きさとかデザインとか、ナックルガードとか、柄の太さとかも、注文があったら何でも言ってね。何度でも作り直すから」
タルワールを作ったついでにあの『黒いの』を再現してみたり、おまけで『ぐにゃぐにゃ』っぽい剣を作ってみたり、ショーテルのようなより大きくぐにゃーっと曲がっているようなものや、死神の大鎌のようなものまで、これまでこの世界で見てきた、あるいは単に知識としてあるだけの、色々な刃物の形状模型を作っては並べていく。慣れたもので、ある程度イメージが固まっていれば一つ作るのに数十秒程度の時間しか要さない。
「随分と上手くなったよね……すごいよ、これは分かりやすいねぇ」
「そんなのでも刃先はそれなりに鋭いから、指を刺したり切ったりしないように気をつけてね」
随分と練習したのだよ。ゴールのイメージを明確にしなければ、考えこんだり躊躇していたらすぐに冷えてダメになってしまう。そしてイメージを明確にするには、私にはこうやって魔石をこねてみるのが一番だった。
手で魔石をこねるのではなく、術式を通してぐにゃぐにゃと変化してイメージ通りの形になるのは、正直かなり面白い。
色々な金属、合金を用いての鍛造を習ってきたが、今のところ自分達で使う分の武具はアダマンタイト以外で作る気はない。はっきり言って他とはマテリアルとしての格が違う。
真剣な顔で検討しているリューンの邪魔をしないように、静かに槍の穂先や薙刀、長巻に大太刀のような物を作って遊ぶ。一応修練の内かもしれないが、この辺は剣ですらないな。槍は穂先である必要も……いや、一体型で作るのは無理だな……冷めちゃうし。
その後普通サイズの日本刀──テレビで見たことのあるシンプルな、鍔のない……なんて言うんだっけ、白鞘だったかな?
それを鞘とセットで作るのにしばらく夢中になった。結構難しいな鞘。きっちりと納まるように作りたい。
(しかしあれだな、日本刀はなんで片面にしか刃がついてないんだろうな……両刃にできないかなこれ)
両刃にするのは簡単だったが、目にしたことがない理由にはすぐ至ることができた。
(あー……これ、峰を鞘で滑らせて抜くのか……。これじゃ両刃だとすぐ鞘がダメになるな、鉄じゃ刃先も痛みそうだし)
アダマンタイトで鞘を作ることができれば、鞘も鈍器として十分使えそうだ。峰のある……片刃である必要は薄そうだと感じる。作れるかどうかは別にして、私は両刃の方が好みだ。いざとなったら剣の横腹で殴ればいい。というか別に抜刀のことは考えなくていいんじゃないか……? 居合をするわけじゃないんだし。
(峰よりは、刃を付けた方が殺傷力はありそうだし……。片刃で刺すのと両刃で刺すのってどっちがいいんだろう。片刃の方が鋭く作れそうだけど両刃の方が傷口は……うーん、でもでも──)
切っ先だけをいくつか作って比較してみるが、結論は出ない。まぁいい、この辺はただの手慰みだ。良い物を作りたいし、急かしても仕方がない。じっくりやろう。
魔石を取ってくるとリューンに告げて、燃料を補充しに一人で迷宮まで足を向けた。
ここ数日リューンは盛大に悩んでいる。鍛冶場の隣室にあるもう一つの工房を模型置き場にしてそこに陣取り、私が色々とガンガン打っている最中もずっと、最近は食事も考えごとをしながらもぐもぐしていることが増えた。
そんなある日。
「ねぇサクラ。これ……これいじって欲しいんだけど」
意外なことに、彼女のお気に召したのはロングソードでもサーベルでもレイピアでもなく、遊びで作っていたいくつかの日本刀もどき、その中の一つだった。
片刃で若干の反りが入っている、切っ先の鋭い物。刃長は一メートルほどあり、結構長い。
「いいよ、まず希望を教えて。それ比較用に残して新しく作るから」
「うん。えっとね、片刃がいい。ただ、先の方だけは両刃がいいの。切っ先から……このくらいまで。それと──」
四十センチくらいか。ふむふむ。
希望を織り込んでいくつか橙石をこねまわし、その後それらの要素を一纏めにして一本作ってみる。
「そう、これ! これだよ! うんうん、いい感じだね!」
ブンブンと振り回し、壁に当たって折れた。無言で新たに一本作り直して差し出す。
「ご、ごめんね……?」
「プッ……ふふふ……いいよ。じゃあ、こ、これでとりあえず、この形で、ふふ……ふふふ……」
「ちょっと! 笑いすぎだよ!」
満面の笑顔で模型を振り回し、それが折れたところで表情が凍りつき、泣きそうになった一連の流れがツボに入ってしまった。家の中で木刀を振り回して窓を割ってしまった子供のよう。
なんて可愛いんだ。これだけでご飯三杯はいけるね。お米ないけど。