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第百四十五話

 

 私はどうしてこう、ご老人……お爺さんやおっさんとの縁ばかりできるのだろうか。

 ギースといいパイトの所長といい、ガルデのギルマスもおっさんだ。ヴァーリルに来てからはなぜかドワーフの老人達に囲まれて鍛冶を仕込まれている。

 リューンやフロンも……いや、まぁ、うん。

 引退現役問わず、年老いたドワーフの鍛冶職人に囲まれ、私は今日も金鎚をふるっている。

(まぁ、今日からではあるんだけど)

 ヴァーリルの中心部から少し外れた場所にあった一軒の廃工房を隣の敷地ごとドワーフの総力を挙げて修繕され……というかほぼ建て直され、立派な建物──私のお家三号が完成したのは、商業ギルドで老人達と別れてからわずか二十日ほど経った日のことだった。


 最初はどこかの工房を借りるという話だった。老人達もそのつもりでいたと思う。

 別れる前に適当な廃屋に炉を設置するか、いっそ誰かから取り上げてしまえばいい、とかいう話になったのは覚えている。慌てて制止したのだから。

 それから……そこに商業ギルドが話に加わり、手頃な建物を修繕するための作業員として集まっていたドワーフ達に一連の話が伝わった。

 特になんだ、私がお化け屋敷を浄化して、中も外も綺麗にして、それをギルドに売却ではなく返却したというのが……彼らの琴線に触れてしまったらしい。男泣きの嵐が巻き起こった。さっさと捨てたかっただけで、別に私は慈善家ではないのだが、とてもじゃないけど言い出せる空気ではなかった。

 そこからはよく知らない。リューンがドワーフに混ざってあれこれ指揮を執って、昼も夜もなく街中のドワーフが集まってきて……あれよあれよという間に家が一軒できあがってしまった。私名義の持ち家が。

 一階に炉付きの大きな工房と小さな工房が一つずつ、大きな台所に大きなお風呂、水洗トイレ付き。それと地下にまで及ぶ倉庫部屋。二階に個室が三部屋。三階にも三部屋。屋内に井戸が二箇所付いている上に庭まである。

 茶色いレンガ造りの……それはもう立派な……過分な……いいお家だ。というかお屋敷と言っていい規模だろう、これは。


 私は建築作業の邪魔だと追い出され、近隣の迷宮でひたすら魔石を集めていた。火石と土石を集中的に集められるここいらの迷宮は、なるほど、鍛冶の街なんてものが近くにできるのも納得のいく話。

 何でも、炉の作り方から仕込んでくれるというお話で、そのために土石……橙石を使うから取ってこいとのことだった。持ってるとは言えず、逆らうこともできなかった。

 どこぞの廃屋に残っていたカマドを利用させてもらい、泥をこねて延々とレンガを焼いていく。私は何をしているんだろう……?

「ありがたい話じゃない」

「それは確かではあるんだけどさ……」

 浄化赤石の火力に耐える炉。さてどんな素材を使うのだろうか?

 ただのレンガじゃ融けて、燃えてしまう。そう、浄化橙石の出番だね。

 最初の町……アルシュの岩場で砕いたような固い石材の砂と、粉々にした大量の浄化橙石。それと少しばかりの浄化赤石を混ぜて焼き固められた特殊な赤煉瓦を延々と生産させられ、それの積み方とか、圧着の仕方だとか、自分一人でも一から炉を組み立てられるよう仕込まれた。

(まさか人生で、この世界で、剣を打つのみならず、煉瓦を焼いてカマドを作る羽目になるとは……予想できるわけがないんだよなぁ)

 剣を一本打ってもらうためにここに来たのだ。どうして自分で剣を打つための炉を構成する煉瓦の素材集めなんてものからやらされているんだろう。何度でも疑問符が頭上に浮かぶ。

 まぁでも、これはこれで結構楽しかった。


 棟上げのようなものだろう。家のことで世話になったドワーフ達に酒場を貸し切って酒と食事を振る舞い、次の日から私は工房に缶詰状態で鍛冶を体得していくことになる。

 魔石を変形させて回路をだとか、そんなことをやっている暇はなかった。一本打てるようになれと、何から何まで……金鎚や金床、タガネにブラシといった機材まで提供され、ひたすら金属を精錬して、熱して打って冷まして熱して打って……どやされ怒鳴られ……。

「もうやだぁ……ドワーフきらい……」

「そんなこと言って……私ほっぽって一人で楽しんでるの分かってるんだからね?」

 リューンはなぜか鍛冶を教えてもらえなかった。秘伝だとかなんとかで、鍛冶場に入ることも許されない。これもまぁ……老人達の誠意なのかもしれない。

 私がひとまず合格をもらったのは、冬が明け、私の感覚で言うところの春が過ぎて夏になろうかといった頃の話だ。もちろんその年のではない。ヴァーリルを訪れてから丸二年以上が経過した……三年目の夏。


「冬明けまでにだぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇ張っ倒すぞ! できるまでやるんだよ! 手ぇ動かせ!」

「熱いだぁ? ナマ言ってんじゃねぇぞ! 暑くなくなるまでやるんだよ! 黙って火石入れろ!」

「疲れたぁ? 疲れなくなるまで打つんだよ! 腰入れろ! そんなんで剣が打てるか!」

 なんとか立派なナイフのような物が打てるようになったかと思いきや、それをジーっと眺められた挙句炉に放り投げられて──。

「あんな金屑がナイフなわけねぇだろうが! 鍛冶舐めてっと炉に放り込むぞ!」

 ──と怒鳴られる。それからも老ドワーフに周囲を囲まれ毎日のようにどやされ続けた。

 一年で終わるわけがなかった。休みなく二年以上──馬鹿じゃないのほんと──毎日、誇張なく比喩でもなく毎日炉の前であらゆる金属を打たされ続け……ようやく、ようやく……。

「……まぁ、いいだろ。百年続けりゃ一端になる」

 片目の潰れた老ドワーフに、アダマントの鍛造で合格を頂けた。泣いた。


 その間にも色々なことがあった。

 リューンはヴァーリル近隣から港町のマヘルナを中心に冒険者としての仕事をちょこちょここなし、無事四級へとランクを上げた。ついでに家具や私服や、そういったものは全て彼女が仕入れてきた。……おそらく買い物のついでに仕事をしてきている。

 私は秘伝と言われた合金の知識や仕入れのいろはまで覚えさせられたり、剣以外の防具もあれこれ打たされ、色々と仕込まれた。これはあまり思い出したくない。せっかく打ったのに……崩されて……また打たされて……崩されて……。

 そしてソフィアに……というか北の王都のギルドマスター宛に手紙を出した。なぜかヴァーリルにいますと。三年真面目に頑張ったら教えるようにと頼んである。フロンにもリューンが手紙を出していたようだ。


 今日はドワーフの怒鳴り声も金属を打ち据える甲高い音も響かない静かな家の中で、リューンと二人でまったりとしている。膝枕をしてもらっている。

 ヴァーリルはこれで結構騒音や公害といった問題に真面目に取り組んでおり、夕方以降に金属をガンガン叩いていると隣近所から殴り込まれて、住んでいられなくなる。この家を建てた時はまた違ったのだろうが、基本的に夜は静かだ。今は日中も静かだ。あー……癒される。リューンのふとももきもちいい。ミニスカはいいね。

 この二年で最も成長したのは、鍛冶の技量でも忍耐力でも、気力でも魔力でもなく、生力だ。

 特級品の浄化赤石が放つ熱を二年以上毎日毎日近距離で浴び続ければどうなるだろうか。疲れたと泣き言を吐いても許されず、延々と金鎚を振るっていればどうなるだろうか。

 育つわけだ。生力が。熱い暑いと言わなくなったら金属を変え、赤石の数を増やされてまた炙られ続けた。第一迷宮に戻るまでもない、火炙りは有効だ。金属製の手枷足枷が、私の場合は老ドワーフ達であったというだけ。これは有効だ。

 だからソフィアをふん縛って溶岩地帯に連れて行ったとしても、それは虐待ではない。愛の鞭だ。


「それで、剣はもう打てるの?」

 聞きたくて聞きたくてしょうがなかったのだろう。上からワクワクした顔で覗きこんでくる。かわいい。適当に一本作るならすぐにでも可能なのだが──。

「問題ないよ。けどちょっと待って欲しいんだ。試したいことが色々あって、しばらくは試作品のテストを中心にお願いしたいんだけど」

「テスト?」

「そう。性能評価をやってもらいたいんだよ。教わった通りに作ることも、もちろんできるんだけど」

「何か考えがあるんだね? いいよ! やってあげる!」

 アダマンタイトは安い。ヴァーリルなら特に安く買える。浄化赤石は近場の迷宮から取ってこれる。浄化真石は手付かずで十樽分以上残っているし、いざとなったら死層のある迷宮を探して取りに行けばいい。

 いくらでも試行錯誤できる。



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― 新着の感想 ―
[一言] エルフに囲まれていると時間の流れが穏やかだ(百九話) ドワーフに囲まれていると→今話みたいになる
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