表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/375

第百四十四話

 

 私のお家二号は、それはそれは立派な建物でした。

 日が昇る頃までグズっていたエルフを着替えさせて背負って自宅に向かい、鍵を開けて門を潜ったところで大量の骨を見つけた。

 人骨は混ざって……いなかったと思う。おそらく全て魔物や魔獣の白骨死体だ。若干瘴気を放っていたので一纏めにして浄化する。この辺りまではリューンもまだ普通にしていた。

 綺麗になった骨の処理を後回しにして、玄関の鍵を開けて扉を開いた瞬間に──霊体が飛び出してきた。何となく予想できていたので落ち着いて十手を振るって浄化したが、エルフは隣で腰を抜かしていた。魔石を残さないから……魔物とはまた理の違った霊体なのだろう。あるいは単に魔石にならないほど弱い個体なだけかもしれない。

「……いや、いるでしょ。これだけ瘴気放ってるんだから」

「い、いき、いきなり飛び出してくるとは思わなかったんだよ!」

 ホラーやパニックではド定番だと思う。明かりの魔導具を使って中を無差別に浄化して回ると……まぁ、出るわ出るわ。骨と霊がわんさかと。

「ねぇ、これドワーフの骨だと思う?」

「……ドワーフだね、ハーフリングの物もある。どうなってるの……」

 死体は放っておくと、こんな風に瘴気を発するようになるのかな? 殺し合ったって感じではなさそうなんだけど……腕や頭だけが離れた場所にあったりしないし、刃物の類も見つからない。盗賊を燃やして埋めたのはこういった理由があったのかもしれないな、崖下に捨てたのは……知ーらないっ。

 ただ個室や廊下、台所や風呂に至るまで……骨と霊がセットで出てくるのは一体どういうことなのでしょうか。

 この辺りでエルフは使い物にならなくなった。お化けなんてちゃんちゃらおかしいですわオホホホホみたいなことを昨夜言っていたと思うのだが、怖いんじゃないか。

 そして居間の扉を開けたところで泣き出し、鍛冶場の浄化を終えた辺りでもう帰ろうと号泣して縋りつかれる羽目になる。

 この二箇所はかつて地獄だったのだろう。私も流石にこんなところに住みたくはない。

 死神のドクロ魔石ほどではないが、別にこういうのが好きというわけではないわけで……。

 一応隅々まで浄化をかけ、骨が綺麗に……瘴気が綺麗さっぱり消え去ったのを確認してから施錠してヴァーリルの壁中へ戻った。

 周辺も確認しておきたかったが、この泣き虫エルフが本格的にダメだ。きっと数日は使い物にならないだろう。

 そのまま商業ギルドまで直行して、案内してくれたお姉さんに事情を説明して権利書と鍵を返却する。売却ではなく、所有権を放棄した。お化け屋敷は日本で色々と経験があるが、本物のお化け屋敷に出会おうとはね……しかもこれ、さっきまで私の持ち家だったわけだ。

 売れるまで……あれが私の物というのは、流石に少し気持ち悪い。

 少しでもお金が戻るよう上と交渉してみます、と言われはしたが、さてはて……。このエルフが落ち着くまでは、待ってみてもいいかもしれないが──。


 それから数日は桃色の日々だった。朝も夜もない。出会った当初を思い出すリューンのこの甘えっぷり、とても懐かしい。

 幼児退行とはまた違うのだろうが、まぁたまにはこういうのも……いいかもしれない。可愛いし。

「もう大丈夫だよ。あのお化け屋敷にはもう行かないし、私はどこにも行かない。リューンもどこにも行かないでしょ? ならほら、ずっと一緒だ。怖くないよ、大丈夫だよ」

「どこにも行かないでよ? ふ、ふりじゃないからね!? 冗談でも止めてよね!?」

 いい加減リューンにも女神式ご奉仕フルコースを施したいのだが、中々機会に恵まれない。大きなお風呂……北の王都ガルデ並みのいいお風呂か、時間を気にせずゆったりできる自宅で、というのが望ましい。

 それでも……肌を重ねるのは心地良い。だいぶ道草を食ってはいるが、こうしてまったりする時間を得られたのは良かったと思う。

 商業ギルドから呼び出しがかかったのは、リューンの精神も安定して、ぼちぼち今後の予定を決めないと、なんて考えていた雨の日のこと。


 ギルドの応接間……というより会議室のような殺風景な部屋に通され、そこにいた数人の老ドワーフと面会をする。

 雨の日に呼び出すのは止めて欲しかった。少し寒い。

「あの屋敷を浄化したってのはあんたかい? エルフの方か?」

 中心に座った片目の潰れた男に問い掛けられ、私だと告げると……何やら考え出して黙りこんでしまった。周囲の男達も似たような感じで難しい顔をしている。

 すまし顔のまま、机の下でリューンと手を繋いでイチャイチャと遊んでいると──しばらく時間を置いてからようやく話が進む。

「あんたが浄化してくれた屋敷は、昔流行った疫病で全滅しちまってな……壁ん中もかなり手酷くやられてよぉ、あん時は町が滅びるかと思ったもんだ」

 違いねぇ、あれは酷かった、などと口々に声が発せられる。病死だったのか。変な菌とか残ってないよね……?

「あいつは……あそこの主は俺達のダチだ……あいつが化けて出てくるんならいいさ、会いてぇくらいだ。だがあいつはもう悪霊と化しちまってよ……。心苦しかったんだ、あそこに近づくと、皆思い出しちまうからよ、あん時をよ」

 遠い目をする老ドワーフを前に私は気が気がじゃない。ここしばらく暇だったのでリューンに存分に奉仕したが、自分への浄化は結構適当だったかもしれない。後でまた念入りに施しておかないと。

「法術師一人呼ぶのも金がかかる。実際何度か呼んだんだがよ、結局半端に触れば余計に酷くなる始末だ……あそこが浄化されたって話を聞いた時は金鎚スッポ抜けたぜ。年寄り集めて赴いてみれば……瘴気は綺麗さっぱり祓ってあるし、庭にたむろしてた魔物の骨も片付けてあるしで……屋敷の中も、あの頃のまんまでよ。埃一つ落ちてねぇ、あいつの骨もそのまま残ってやがった……それを見て俺ぁよ……俺ぁよぉ……」

 泣き出してしまった。顔を向ければ皆泣いている。男泣きだ。

 つまりなんだ、私は感謝されてるのか。人骨を処分しなくてよかったな、リューンがもう少し堪えていたら始末するところだった。

 隣のエルフが少し震えている。心配しなくても、あそこを譲られたところで辞退するつもりだ。お爺さん方の友人でも、私達にはただの骨。


「しかしお前さん達はなんであんな辺鄙な家を買ったりしたんだ?」

 過去話から世間話に話の流れが移ってしまった。さっさと帰りたい。

「剣を打ってもらおうとセント・ルナからやってきたのですが、どの工房でも請け負って頂けなくて。せっかくだし自分達でやってみようと上質な炉付きの工房を探していましたら、あそこが空いていたという感じです」

「……あんたら、経験があるのか?」

「いえ、ド素人です。金槌を触ったこともありません。リューンは触ったこと──」

「おいおいおい、そりゃあ鍛冶を舐め過ぎだぜ! 炉付きの工房買ったって、素人の女に剣が打てるわけねぇだろうが! 馬鹿にしてんのか!」

「馬鹿にはしていませんが、リュー……こっちのエルフがアダマンタイトは割りと簡単に打てると言うものですから、それなら経験を積めばそのうち作れるかなと。剣ならヴァーリルが一番だと聞いていましたが、どの工房でも門前払いされてしまいましたし……作って頂けないなら自分達で作るしかないではないですか。それに──」

 武具を頼ることは悪いことではない。作り手を、選んだ者を信頼できるなら、構わず任せろ。命を乗せろ。

 かつて、ギースがそう教えてくれた。

「作ってみたかったんですよ。自分達で、自分達の命を乗せられる武具というものを」


「アダマンタイトか……上物の炉を探していたって言うんだ、あの家を綺麗にしちまった法術師のあんたなら、なるほど、あれを加工するこたぁできるかもしれねぇ」

「いろはを仕込めばナイフの一本くらい打てるようになるんじゃねぇか? 下積みさせずに技ぁ仕込むなんざ、褒められたことじゃねぇがよ」

「気力はかなりのもんだ、力足りねぇってこたねぇだろ」

「どっかに魔石炉空いてる家なかったか? 探せばあるだろ、一軒ぐらいよぉ!」


 私の言葉の後に数瞬静寂が辺りを包んだが、誰かの声を皮切りに騒がしくなってきた。なんだなんだ、協力してくれるの? それなら一本打ってもらった方が手っ取り早いんだけど……言い出せる空気じゃない。

 あのお化け屋敷を使うといった感じではない。リューンも同じことを考えているのか、震えてはいないが……戸惑っているのがよく分かる。

「あの……これは、ご指導頂ける……と受け取ってしまってもよろしいのでしょうか?」

「おうよ。炉と石だけで剣が打てるわけねぇだろうが馬鹿野郎。命を乗せられる武具。いいじゃねぇか、作れるように仕込んでやる」

「作り手としてはよぉ、依頼してもらいたいって気持ちもあるが……自分で作りたい、直したい、できるようになりたい、知りたいってぇのは、いい心掛けだ」

 いや、別に知りたいと言ったわけでは……いいやもう。

「金だけ積んでありがとな! で終わりなんざ、職人のやることじゃねぇ。恩には報いる。立派な鍛冶師にしてやるよ!」

 いや、別に立派な鍛冶師になりたいわけでは……いいやもう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ