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第百四十三話

 

 中継点の町で一泊し、翌朝から認識阻害転移でヴァーリルまでの街道を一息に駆け抜けた。

 周囲を山に囲まれた煙の立ち上る無骨な町並み。なるほど、いかにも鍛冶職人の町といった印象だ。

 鉱石や宝石、それと魔石を売るような店、武具屋、食堂を兼ねた酒場、宿屋、花屋。それ以外には何もないと言ってもいいような、女二人で訪ねてくるには些か面白みのない場所ではあるが……遊びに来たわけではないわけでして。

「どうやって工房を探そうか? 一軒一軒当たってみる?」

「そうしようか、宿は……まだ後でいいね」

 早朝に町を出たのにまだ早朝。転移とは……本当に便利なものだ。


「剣を打って欲しいだぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇ、予約で埋まってるよ」

「他所行け他所! こちとら忙しいんだよ!」

「その辺に売ってんだろうが! オーダーメイドが欲しけりゃ紹介状持ってこい!」

「打ってやってもいいがよ……姉ちゃん、一晩付き合えよ。ゲヘヘヘヘ!」


 ──全滅だ。どうしたものか。

 正確にはまだいくつか訪ねていない工房があるのだが、リューンが幾度もブチギレたことで一度断念することとなった。

 ドワーフの職人に斬り掛かろうとするのを必死で押さえ込み、食堂まで引っ張っていき食事を与える。

 今はぷんすかしながらひたすら骨付き肉を貪っている。食事は口に合うみたいだな。

「参ったね、どうしようか。この調子じゃ他の工房もダメっぽいよね」

「何なのよ……! むぐっ……はぐっ……もうっ!」

「……食べてからでいいよ」

 今まで一度も足を向けたことがない商業ギルドでヴァーリルの地図を買い、記載されていた工房を近い順、大きい順に当たったのだが、この体たらくだ。

 アダマンタイトを加工するには浄化赤石の火力が必要になり、その火力を安全に使うには当然、設備……炉が必要になってくる。

 そしてそんな炉を備えている工房というのは大きい工房で、鍛冶で名高いヴァーリルの大きな工房は常に仕事が舞い込んでくるわけで……頓挫かなぁ、せっかく魔石集めたのに。

「もういっそ、自分で打ってみようか? なんてね──」

 ここで帰るのも寂しいし、記念に一回やらせてもらえないかな、なんて……何となく口に乗せてみたのだが。

「むぐぅ!? むぅ! もぐ……もぐ……。それだよ!」


「何、それって。──まさか剣を打たせるの? やったことあると思う?」

「思わないよ、でもサクラなら……できるよ!」

 何を根拠に……いや、根拠なんてないなこれは。単純にそうして欲しい、それが良いって顔だ。

「ほら、ここに拠点持ってれば……色々とはかどると思わない? どこかに家買って、設備を揃えて、二人の工房を作ろうよ!」

 愛の巣だよ! 愛の巣! などとはしゃいでいるが……うーん。

 確かに自前で色々と作ることができれば便利だとは思う。リューンは魔導具製作が趣味だし、工房があるとはかどるというのも確かだ。

 私も魔石をいじるのが楽しくなってきている。本腰入れるなら宿の一室では色々と不便だ。樽をしまっておける倉庫も欲しい。

「──こんな色気のない町でいいの?」

「サクラと居られれば毎日が桃色だよ!」

 それはどうかと思う。たまにでいい。


 どんな国や町でも大抵はそうだと思うのだが、中心部は利便性と地価が高く、郊外に出るとそれなりに不便にはなるが、価格は抑えめになる。

 私達は別に商売をして暮らしたいわけではない。単に落ち着いて寝泊まりと作業のできる家が欲しいだけ。

 必要なのは炉を備えた作業場と寝室、それと倉庫か。価格を考えれば町外れでオッケー。

 そんな条件の不動産を求めて商業ギルドを当たってみたのだが、鍛冶師は別に町中でばかりカンカンと鉄を打っているわけではない。きちんと郊外に工房を構えていたりするわけで。

 浄化赤石を使えるほどの高品質な炉を備えた空き家なんてものは存在しな──

「一軒だけ心当たりがございます」

 ──なんだと?

「本当ですか!? サクラ! サクラ! そこにしよう!」

「ちょっと落ち着いて。──あの、そこはどのような?」

「郊外……というよりは壁の外、森の中にあるお屋敷です。元鍛冶職人の工房で造りもしっかりしてはいるのですが、その──」

 凄く言い難そうにしている。私もそこはかとなく嫌な予感がしている。エルフは楽しそうにしている。

「出るのです……お化けが」

 横で小さくガッツポーズを取っているエルフには後でお仕置きが必要だ。


 西大陸の港町、マヘルナから西進すると、いくつかの町を経由してヴァーリルに辿り着く。

 そこから更に西へ森の中を進むと件のお屋敷があり……そこはまぁ、なんというか、酷く見覚えのある形をしている。

 周囲は家と同じ茶色いレンガ造りの壁と門で囲まれている。庭は草が伸び放題になっていて緑一色だ。

 建物も屋根だけ黒いが、門と同じ色の茶色いレンガ造りの平屋。正確に言えばかなり大きな平屋。

 門の形にも見覚えがある。というか非常に馴染み深い。違いがあるとすれば……庭がルナのものよりもかなり広めに取ってあることくらいか。

 心なしか家屋も大きいような気が……しないでもない。

(デザイナーハウス? こういう家が流行った時期があったとか……?)

 正直混乱している。リューンも似たような感じで、落ち着かなさそうにそわそわしている。

 ついでにここまで案内してくれた商業ギルドのお姉さんも、別の理由で泣きそうになっている。確かにまぁ……瘴気がきついな、ここ。

 瘴気溜まりでも近くにあるのかもしれない。霊が出てくると言われても納得してしまうような、そんな家。


「ちなみにここ、おいくらなんですか? 家屋と土地と、すべてひっくるめて」

「ろ、六百万です……あの、本当にここを? 止めておいた方がいいですよ、壁中にも、いい物件はございますから!」

 六億でも六千万でもなく? ……安すぎるな。見切り発車で先に買ってしまってもいいけど──。

「中を確認したいので鍵を貸して頂きたいのですが」

「えぇ……あ、あの……一人にされると非常にこわ……困るのですが」

 視線を下げると大げさなくらいに足がガクガクしている。

「ねぇリューン、ここに残って──」

「嫌だよ! あのねサクラ、私も怖いんだよ!」

「じゃあ、二人は先にヴァーリルに戻って──」

「付いてきてよ! お願いだから! ちゃんと待ってるから!」

「おおおお願いします、私もう限界でぇ……」

 仕方ない、失禁される前に引き返すか……。いやもう買ってしまおう。これは買いだろう。


 鍵束と権利書を数枚受け取って代金を渡して商業ギルドを出ると、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。急いで食事だけ済ませて宿に戻る。

「演技は迫真だったけど、ギルドの中でよっしゃーって顔したでしょ。あれは減点だよ。というか六百万から更に値切ろうとしないでよ……」

「だって、お化けがいるからって、サクラがいるのに……予想通りだったからおかしくって」

 思い出したのか、また横でコロコロと笑い出す。私も苦笑を抑えられないが。

「どれだけ悪さをすれば六百万まで値落ちするんだろうね。明日は朝一から掃除するからちゃんと起きてね?」

「朝からやるの? えー……」

「現状確認は早めに済ませておかないと、井戸があるかも使えるかも分からないんだから。案外ルナと違って中はボロボロかもしれないし」

「レンガは同じ物だったから中の状態は心配ないと思うよ。井戸は分からないけど、たぶんあるでしょ。あの辺り水源豊富そうだからたぶん大丈夫だよ」

 単に早起きするのが嫌で屁理屈こねてるのか、本当にそう思っているのか判断つかない。

「それにほら、お風呂の魔導具、使えるなら発注しないと」

「あー……それは確かにそうだね。うーん……仕方ないかぁ」

 エルフのペースでやっているとすぐに冬が来てしまう。お風呂がなければ最悪売り払って、別の拠点を探すことまで視野に入れなければならない。


「もし本格的に定住するなら、どんなところがいいと思う?」

 ヴァーリルの家はおそらく仮宿というか、拠点の一つの域を出ないと思う。お化けを追い払えば色々手を加えても……売却益で黒字になるだろう。だからこそ買ったわけだし。

 長くてもここを使うのはソフィアの修行が終わるまでくらいじゃないかと思っている。

「サクラ的には南大陸? あと迷宮が近いと嬉しいとか」

「南に永住……はどうかな。行ったことないからなんとも。迷宮は近いと嬉しいね、火石と水石だけでも集まれば及第点かな、霊石も取れるに越したことないけど」

「私は東大陸以外……かなぁ。正直一番色々揃ってるのは東なんだよね。瘴気持ちもかなり多いし、迷宮も多い上に世界一大きいと言われてる迷宮は東にある。大きい国や都会も多いし。ただ私の実家もあるし、知り合い……エルフやハイエルフもかなり多いんだ。正直面倒事の臭いしかしないよ」

 ほお、エルフは東なのか。ドワーフが西っぽいし……でも北は色々いたんだよね。元々住処が分かれてたってわけでもないのかな。

「私は北以外かな。というかナハニアから遠ければ遠いほど嬉しい。そういう意味では南なのかもね」

 今の私が敵対神……あの木の枝の神に認知されているかは不明だが、触らぬ神に祟りなしだ。本音を言えばナハニアどころか、もう二度と北大陸には渡りたくない。

(ただ、エイフィスは北にあるんだよなぁ……悩ましいもんだよ、ほんと)



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