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第百四十二話

 

 マヘルナの港町は縦に長い長方形のような形をした西大陸のちょうど真ん中辺りにある、大陸東部の大きい港町だ。

 とはいえ、北大陸のルパやセント・ルナと比べれば多少小ぶりに感じるのは確か。上の下か中の上といった感じの規模だと思う。

 ここの第一印象は『ドワーフの町』だ。他所と比べて明らかにドワーフの割合が多い。男女別け隔てなくだ。

「あー……言われてみればそうかも。あんまりそういうところ気にしたことがなかったよ」

 うちのエルフ先生はそう言うが、そういうものなんだろうか? 案外種族差なんて、地球で言うところの肌や髪の色くらいの違いでしかないとか。


「ともあれ、無事に着いたしどうしようか? 少しゆっくりしてからヴァーリルへ行く? 場所分かる?」

「行ったことあるから分かるよ。ここからもそう遠くないし。護衛の依頼があったらついでに請けてもいいかな? 一応実績作っておきたいんだ」

 リューンの冒険者ランクは現在五級だ。確か五から四か、四から三のどちらかの昇級に、護衛を普通にこなせること、みたいな条件が設定されていたはず。私としても否やはない。

「馬車でどれくらいかかるの?」

「二十日……くらいかな? 馬車だと結構かかるね」

 走っても数日かかるかな。リューンを抱えて転移すれば数分で着きそうだが、たまにはこういうのもいいかもしれない。

 私は一級冒険者とは名ばかりで、あまり冒険者らしいお仕事はしてきていないわけだし。

 盗賊を駆除して流れで護衛をして、大型の魔物を掃除して回っただけだ。

(ん? ……いや、結構冒険者らしいことやってるね。まぁいいや)


「あるにはあるが……女二人に任せられるような規模っつーと、厳しいかもしれんなぁ」

 ギルドの受付にいた老ドワーフにリューンが、護衛をやらせてください! と可愛くお願いするも、煮え切らない返事が返ってきてしまった。私なら二つ返事で依頼書を差し出してしまうであろう。

「私はこれでも五級です! ルナの迷宮でも戦ってきたんですからね!」

 うちのエルフはドワーフ相手だとムキになる傾向がある。ギースに対しても割りとそうだった気がする。そういう血なのだろうか。

「つってもなぁ、あんたが護衛される立場だったら、やっすい装備の女二人よりも数の多いしっかりしたパーティに頼もうと思わんか? 紹介する分にゃ構わんが、断られると思うぜ」

 まぁ、私達は休日に町中を歩くような私服だし、リューンの剣は鞘からして安物だし、私はベルトに刃物ですらない十手を一本下げているだけだ。冒険者には見えないかもしれない。

 こめかみを羽ペンでゴリゴリとこすりながら諦めて帰れ、的な雰囲気を醸し出される。諦めて帰ろう、そしたら数分後にはヴァーリル入りできるし。

 今日は西大陸初日とあって何があるか分からなかったので、魔力も神力も全く使っていない。もちろん気力だってダダ余りしている。ここでだらだらするくらいならさっさと宿で日課と修練に明け暮れたい。

 私のそんな想いは愛しのリューンには届かず、ドワーフとエルフがぎゃーぎゃー言うのを大人しく見守る羽目になった。受付は別に騒いでいなかったけれど。


「うー! ううぅぅー! サクラッ! サクラー! あれ、あれ出して!」

 しばらく言い合っていたエルフが半泣きになって逃げ帰ってきた。ここで、諦めてもう行きましょう、とならない辺り……よほど悔しかったのだろうか。

「しょうがないなぁ、もう」

 背中を押されながら受付ドワーフの下へ戻り、偽装魔法袋から取り出したギルド証を提示して話を始めた。

「お騒がせしてしまい申し訳ありません。ヴァーリル方面への護衛依頼があれば一件請け負いたいのですが」

「──先にあんたが出てくりゃ騒がんで済んだものを。好きなの選びな」

 差し出された護衛依頼の束を受け取──ろうとしたところで横からエルフに奪われ、ニコニコ顔で吟味するそれに対して吐かれた溜息は一つではなかった。


「サクラサクラ、これ! これにしよう!」

 商隊、馬車三台、ヴァーリルまでではないが、ヴァーリル方面の町までの護衛だそうな。経路も大きな街道一本道で特に問題ないように思える。所要期間も五日ほどだし手頃ではあるな。

「いいよ。ではすいませんが、これでお願いできますか」

「あいよ。客はそこんとこ書いてあるだろ、宿にいるから直接会ってくれ。おいエルフ、あんま迷惑かけんなよ!」

「べーっ!」

 そんな子供みたいなことしないでよ……可愛いなぁ。


 依頼書に記載された宿まで出向き、案の定変な顔をされ、私のギルド証で黙らすという一連の流れを経て、無事リューンは依頼にありつけることになった。

(これは大変便利だけど、こういう使い方はよくないんじゃないかな……いや、これが普通なのかな? 相変わらず私は常識に疎い)

 まぁ今はいい。後は二日後からのお仕事を完遂させることだけ考えていよう。それでリューンに貢献点と実績が付けば、それでいい。

「護衛依頼を成し遂げたかどうかって、どこかに記録されるの?」

「されるよ。これはほら、簡単に彫れるから」

 銅板のような色をしたリューンのギルド証を見れば……なるほど、確かにいくらでも細工ができそうだ。

「リューンならズルできたんじゃないの?」

「そんな割に合わないことしないよ……バレたら酷い目に遭うよ……」

 清廉潔白な……も条件にあったんだっけ。私は特に審査されなかったけど。

 護衛対象と同じ宿に泊まり、依頼の流れを詰め、後は……特に準備することもないな。食事は向こうが持ってくれるって話だし。

「そういえばサクラ、道中は浄化どうするの?」

「冒険者として活動する上では基本的に秘匿するよ。霊体が出てきた時だけは別かな。一応カードの裏には法術師って彫られてるけど、表に出していかないスタンスなので、よろしく」

「分かった。まぁ……目立つもんね、一級の法術師だなんて」

「厄介事を抱えたくないからね。そうでなくてもここ数年はやることが目白押しだし。リューンが請けたいなら望まれる範囲で協力するけど、私個人で依頼を請ける気もないよ」

「一級冒険者ってのは皆そうなんだよ……世俗に関わろうとしないっていうか、自分の興味のあることしかやろうとしないっていうか。枯れたお爺さんみたい」

 それが目当てでおっさんとデートしてまで一級になったわけだ。この優遇措置がなければ……一級冒険者なんて枯れ果てるだろうなと思う。私ならギルド証は即破棄するだろう。商業ギルドにでも所属した方がマシだ。


 北大陸はそのままの意味で、割りと平坦な道のりだった。私の活動圏は平野部が大半で、あまり山だの谷だの、足腰に負担がかかりそうな道というものは多くなかったわけだ。

 そして西大陸は……まぁ、鍛冶なんてものが発展しているところからも分かるように、山だ。大陸全土が山々しいというわけではないが、平野部というのはそれなりに希少であるとのこと。

 今も三頭引きの馬車三台を護衛しながらえっちらおっちらと山越えをしている。五日かかるというのは、こういうのを含めてのことだったのだろう。

「馬も大変そうだね」

「この子達はほら、身体も大きいし、慣れてるから」

 この世界の馬はでかい。馬車を引いている馬くらいしか知らないが、どいつもこいつも私の知ってる馬から一回りも二回りも大きく、がっしりとした体躯をしている。

 そのくせよく見ると可愛い顔をしているのだからたまらない。顔をすり寄せて甘えてくる子なんかは特に……乗りたいなぁ。流石にダメだよなぁ。

 大きな港と西大陸の主要都市の一つを繋ぐ街道だ。人通りもあるし、道は広いし、魔物の一匹も出てきやしない。

 となると警戒するのは人だが、怪しそうな人間なんてものとそうそう出くわすものではない。これ、護衛なんか要るのかな……。


 リューンと交替で夜番を行いながら三日ほど野を越え山を越えしていると、やっとこさ護衛らしいお仕事がやってきた。盗賊だ。出くわしてしまったし、護衛は必要だった。

 先に気付いたのはリューンで、私は指摘されてから《探査》でやっとそれっぽい人間を確認した。十人程度の小規模団。野盗とかそういう類だろう。

「この先に盗賊がいます。十人です。囲まれてもいませんし私達が狙われているとは限りませんが……どうしましょうか? 殺してよければ始末してきますが」

 この商隊、規模はそれほど大きくはないが……それなりに身なりのしっかりとした人員で固められていて、ただの商店の仕入れ要員とも思えない。そのくせ護衛が私達二人のみというのだからちぐはぐだ。

 責任者の男に問うてみると、首だけ持ってきて欲しいと言われて少し躊躇う。

「サクラちゃん、手配書が出回っているような悪人だと、首から上だけ持っていけば懸賞金が出るかもしれないんだよ。貢献点も美味しいし、やりたいな?」

 そうお願いされては……やるしかないなぁ。

「無力化して連れてくるから、斬首お願いしていい?」

「もちろんだよ!」

 嬉しそうにしているが、こんなことを嬉々としてやって欲しく──いや、これは私の倫理か。

 まだ日本人としての……殺人を厭う感覚が抜け切れていないようだ。こんなことじゃそのうち死ぬ。リューンを無闇に危険に晒すような真似はしたくない。悪人は殺そう。喜んで殺そう。


 五倍近い数の武器を持った悪漢を相手にするのだから、それなりに作戦を考えて──と行きたいところだが、私は二級を突破できる程度の暴力を持ち得ているし、リューンはそんな私と遜色ないか、上回る力量の持ち主だ。

 特に危険はなかろうとのことで、闇討ちして皆殺しにしてしまうことになった。

 念の為にリューンを商隊の護衛にあて、認識阻害をかけてちゃちゃっと九人分の首を折って街道まで引きずっていく。先にリーダーらしき男を一人だけ生かして連れて行ったが、他に仲間がいるようなこともないらしい。

 宙に足場を作って姿も音も断ち、後ろから無音で一撃必殺。苦戦しようがない。接敵したのはほんの数分であり、一人ずつ首を折っていくだけの作業だ。首を切ったり首なし死体の処理をしている時間の方が圧倒的に長かった。十人分の首なし死体は崖下に放り捨てられていた。これが普通……常識だと言う。

 彼らが魔物の餌になり、それが瘴気持ちとなってゆくゆくは私の餌になるのかもしれない。ただ燃やして埋めるよりは有意義な資源の使い方なのかもしれないね。楽だし。

「リーダー格の男に手配が掛かっていたようです。迅速に処理して頂きありがとうございました」

 十の生首を魔法袋にしまったのを見て少し嫌な気持ちになる。荷馬車にでも積んでおけばいいのにと思ったりもしたが、虫が湧くから仕方ないのかな。臭いもするだろうし。

 そんなことよりも、中古の魔法袋はこういったことに使われていた可能性があるわけだ。果物とか干し肉とか固パンとか、思いっきり直で突っ込んでたんだけど……もしかしたらギースから貰ったあの魔法袋も……ああぁぁ……考えたくない……。


 頻繁に盗賊や魔物の群れに襲われるような殺伐とした地域ではないようで、それからは特にイベントもなく、無事目的地の町まで辿り着いた。

 ギルドで依頼の達成報告をし、リューンに貢献点を付けてもらって、なんとか商会のかんとかさん一行と別れる。

 名前はあったが、単に覚えようという気にならなかっただけ。一応これはリューンが請けた仕事なわけで、私はただの後ろ盾だ。彼女はこの二十年間で共通語の使い方が上手くなっており、最初から最後まで話はほとんど彼女が行っていた。

 言葉上手くなったね? などと言おう物ならネチネチと責められることは目に見えているので、特に告げていない。

「これでもう四級に上がれるの?」

「まだみたい。貢献点溜めるの大変なんだよね、毎日積極的にこなしていかないと数年はかかると思う」

 一人前扱いされるのが四とか三とか言われてた気がする。戦闘力だけなら四や三の水準はとっくに満たしているだろうが、現在五級なことに変わりはない。資格とはそういうものだし、頑張って欲しい。



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